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貧困による悲劇か!?

 日本の新聞記事では小さな扱いですが、パキスタンのパンジャブ州で起った石油タンクローリーの横転による爆発事故、146人が死亡、約80人が負傷したという事件に衝撃を受けています。

 漏れ出した燃料を集めて持ち帰ろうと、多くの人がタンクローリーに群がった際、爆発が起きたとみられると新聞は書いていました。

 なぜこの事件に衝撃を受けるかと思われるかも知れませんが、僕の子どもがインドネシアに住んでいた関係から、何度かインドネシアに行きましたが、車を走らせていると沿道に、一升ビンくらいの大きさのガラス瓶にガソリンを入れたものを売っているのです。危ないなあーと思って見ていましたが、それが普通の光景でした。

 そういう物ですから、横転したタンクローリーの燃料を多くの人が持って帰ろうと群がったのでしょう。日本ではこういう事故は、たぶん起きないとは思いますが、僕には貧困故の事件と思えてなりません。

 チェルノブイリ原発の在る、旧ソ連ウクライナでも隣国のベラルーシでも田舎道では、このような光景を見たように思えます。

 話しが少しそれますが、太平洋のタヒチ島パペエテに行った時、僕は魚を売っている市場の中で飲み物が欲しくなって、自動販売機にコインを入れました。そしたら、お金がキチンと収納されなくて、飲み物を得ることが出来ませんでした。たぶん、湿気でコインが通る通路が詰まっていたのだと思いました。ちょっと販売機をゆすったらしてみましたが、ダメなので諦めてその場を去りました。その光景を見ていた子どもたちが、僕が去った後にヒモのようなものを使ったりして、飲み物をゲットするためにチャレンジを始めました。

 僕はその場を離れ、市場の中を1時間くらいウロウロして、帰りに何気なくその自動販売機の前を通ったら、まだ子どもたちはチャレンジを続けていました。

 その生活力というか、根性には本当に考えさせられました。もう10年くらい前の話しですが、忘れられない思い出です。

 特にアジアの貧しい国に行くと、新聞の一部売りをする少年たちを見かけます。車が頻繁に走る危険なところでも、子どもたちは車の窓ガラスに新聞を見せて売っています。僕は中国・韓国の人と間違えられることがあり、「それじゃあなくて日本の新聞が欲しい。後2時間したら帰って来るよ」というと、2時間後に少年は同じ場所で僕を待っていました。もちろんその日本の新聞を購入しました。

 日本でも子どもの貧困問題は大きな社会問題ですが、ほんの一握りの金持ち層の中に多くの貧困層が居るという状況、この度のタンクローリー横転による悲劇、本当に悲しくなります。

 わが家の前の道路は、小学生たちの通学路です。楽しそうな声が聞こえてくると、自然に嬉しくなります。いつまでも、そんな声が聞こえる状況を持ちつづけたいものです。

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原発と「テロ対策」

 原子力資料情報室の代表をしていて、2000年10月8日に亡くなられた高木仁三郎さんと話しあったことを思い出していました。それは「原発社会は監視社会を加速させる」というものでした。

 原発を進めるためには、テロ対策・核物質の管理、などにより「一般市民」も監視される対象になるという話しでした。共謀罪の議論の中でも原発へのテロというのは話しに出ていましたが、そこまでしてなぜ原発が必要なのかということが理解できません。

 原子力規制委員会が、大学などの研究用原子炉を使う学生や研究者などを対象に、精神疾患の有無や犯罪歴といった身元調査の実施を大学側に要請していることが分かったという新聞記事がありました。

 調査の目的は、核物質の盗難やテロ行為を防ぐためということです。すでに原子力規制委員会は、原発で働く作業員の身元調査は求めており、電力会社は今秋にも実施するとしています。

 身元調査は17項目あり、精神疾患やアルコール依存症の有無、犯罪歴や職歴、テロリストや暴力団との関係がないことが誓約されるそうです。これに対して大学側は「原子力の研究を志す学生が減りかねない」と困惑しているそうです。また身元調査は学生の自己申告で、その実効性にも疑問が残るとしています。しかし虚偽申告が見つかった場合、大学が行政処分を受ける可能性があるともされています。

 原発に反対している人も「テロリスト」とされるような時代、原子力を学ぼうとする若者が、僕のような「ハシクレの原発反対者」とでも話すことが避けるような気がします。

 6月19日、四国電力伊方原発でテロに対する、愛媛県警や松山海上保安部、四国電力の合同訓練が実施されました。終了後、警察幹部は「テロも自然災害も想定外への対応が重要。警察内部や海保などとの連携を強化したい」と話し、海保の幹部は「伊方でもいつ何が起こるか分からない。治安機関としてテロ対策を向上させていく」と話したそうです。

 「テロリスト」か否かは、事前に調べていないと判断できないと思うのです。そのためには、みんなが調査の対象にされると思うのです。

 先日新幹線に乗っていたら、「不審物、不審者を視かけられたらお知らせください」という内容の車内放送がされていました。いくらでも不審者に変装することは出来ます。逆に「不審者」が、いくらでも「紳士」に変わることも出来ます。

 2020年オリンピック・パラリンピックのために、「共謀罪」が必要だと安倍首相は話していましたが、そういう理屈ならいっそオリンピックを止めても良いと思います。オリンピックは口実だとは思いますが、あまりにも失うものが多すぎます。しかし、それを言う野党や評論家はいないですね。そのタブーが怖いです。

あきらめから希望へ

 1987年12月に発刊された「あきらめから希望へ(発行:七つ森書館)」という本があります。原子力資料情報室の代表をしていた高木仁三郎さんと、哲学者の花崎皋平さんの対談集です。この本には、「生きる場からの運動」というサブタイトルが着いています。

 高木さんは2000年12月に62歳で亡くなられましたが、花崎さんは現在86歳ですが、元気に活動しておられます。

 戦前の治安維持法を思わせる共謀罪の傲慢成立、強行される原発再稼働、信頼できない裁判所、憲法改悪の動き、一方で核兵器禁止条約に賛成しない被爆国日本の政府、福祉の切り捨てなどなどの中にいると、僕の心の底にある「あきらめ心」が膨らんできそうです。自分自身の中にある「あきらめ心」と、「そうではいけない」という心との、闘いの中で日々を過ごしているようです。

 高木仁三郎さんとは「省ちゃん、仁さん」という関係で、僕は高木さんを尊敬し、高木さんは僕に対し「過剰」な期待を持っておられました。その期待に応えられたか否かは、今になっては分かりません。

 高木さんは、相手側の戦略は「なにをやってもダメだ!」という、あきらめさせるというのが目的だから、「あきらめない」ことの大切さを話していました。

 高木さんから謹呈されたこの本を改めて読み直し、考えていました。ちょっと長いのですが、【まえがき】の中で高木さんは次のように書いています。1987年の物ですから、「世紀末」という言葉が使われていますが、読んでみてください。

 世紀末に向けて坂道をころげているような時代状況がある。国家の存在が次第に大きなものとなり、管理主義的な傾向と相まって、市民の自由な営みが押しつぶされようとしている。一方において科学技術文明の暴走も顕著である。私の多くの友人たちが危機感を募らせている。たしかに悲観的材料には事欠かない。しかし状況の悪さを声高に叫び、危機感だけで人を動かすような運動はもういやだ。
状況の表層だけを見ていると、たしかに悲観的になるが、眼をこらし耳をそばだててみよう。状況の底部で、かすかな、しかし着実に新しいものが胎動し始めているのを感じとることができる。それはまだほんのささやかな萌芽にすぎないが、わたしとしてはその芽を育てることに、これから生きてゆくことに希望を託してもよいという予感がある。

 昨日の朝日新聞「ひと」の欄に、地球温暖化の危機を訴えるマーシャル諸島の詩人、キャッシー・ジェトニル・キジナーさん29歳が出ていました。米国のパリ協定離脱で、温暖化対策の先行きに無力を感じないかという問いに、即座に「ノー」。「だからこそ、活動に火をつけてさらに前に進む時だと思う」。

 米国の南太平洋上での核実験で大きな被害を受けているマーシャル諸島の人たち、だからこそ強い連帯感を感じるのです。



真庭バイオマス発電所見学

 14日にして今月初めてのブログになってしまいました。頭の中から抜けないのが、28日に行われる中国電力株主総会のことです。事前質問書は何を出そうか、会場内質問はどれを取り上げようか、株主提案議案の補足説明はどうしようなどなどが頭の中を巡りめぐっていました。

 といっても、祝島へ枇杷狩りに行ったり、修学旅行の碑めぐり案内、いろいろな会議、証券会社のやる講演会とか、劇の観賞に行ったりとの生活です。こんな時間を過ごしていると、中高生の頃に試験が近づくと、部屋の掃除や模様替えをしていた時を思い出します。掃除や模様替えなどをあえてこの時期にやらなくても、と思いながらも昔からこういう癖があるのでしょうね。

 そんな中、ワールド・フレンドシップ・センターのピースセミナーの皆さんと、1泊2日の予定で岡山県真庭市のバイオマス発電所見学に行ってきました。僕以外は全てが女性で、皆さんとても勉強熱心な方ばかりです。僕は長い間このセミナーの講師という立場にいるのです。

 真庭市は9の市町が合併してできた、岡山市よりも広い岡山県で最大の市です。四国の香川県の半分くらいの面積だとも言っておられました。人口は約4万6千人、面積の内、約80%が森林です。

 最初に真庭市役所に到着、市議会議員をしておられる知人が待っておられて、大まかな真庭市の話しを教えてもらいました。その前に真庭市役所に着くと、プーンと木の匂いがしてきました。市議会議場は総木造りです、これにはみんなが大喜びでした。「うちの孫の学習机をこれで作って欲しい」という声も聞こえました。

 市役所は旧久世町にあるのですが、JR姫新線の昼間ダイアは1~2時間に1本の電車しか来ないのですが、その駅のトイレはオール木造りで数千万円を掛けたそうです。ピースセミナーの皆さんはこれにも感動して、みんな使っていました。

 真庭市役所の電力は、市役所内にあるバイオマスボイラを使った冷暖房を使い、後は屋上の太陽光発電、そして真庭バイオマス発電所が発電した電力を使っています。

 バイオマス発電所の燃料とあんる木材は、木材集積基地と呼ばれるところには、大きなトラックから、軽トラに載せられた切り立ての木材が運ばれていました。入ったところで、車の重量が測定され、木材を降ろした後に再び測定されて、その差額量でお金が払われるそうです。

 バイオマス発電所の中も見学させてもらいましたが、1万kwを発電するものですから、大きな規模です。ほとんどが真庭市で獲られた木材だそうで、まさにエネルギーの地産地消を見た感じでした。

 宿泊は有名な湯原温泉の旅館で、女性の皆さんは遅くまでおしゃべりをしておられたようですが、僕は大きな部屋で一人静かに眠りにつきました。

為政者のやることと市民の責任

 北朝鮮がミサイル発射をしましたね。日本政府の軍備を増強したいと思っている連中たちが、これぞという感じで語っている様子は、その魂胆が丸見えです。

 安倍総理は、森友・加計事件で苦境にある中、意気揚々という感じで、「北」批判をしている姿をテレビ観ていると、無性に腹立たしく思います。市民の目を自らの事件から逸らそうとしているようにも観てしまう、僕がおかしいのでしょうかね。

 北朝鮮もミサイル発射などにお金を使わずに?と思います。先週の土曜日に広島市の朝鮮学校の公開授業を観させて、元気な明るい顔と声で学んでいる子どもたちの姿が残っているので、なおさらです。

 何年か前に韓国に行った時、韓国の人から、きちんとした数字か忘れましたが、「日本の30数年間の侵略の歴史は…」、ということを何度となく聞かされました。日本は戦前から戦争が終わるまで、朝鮮半島の人たちに悪いことをしていたのだとは知っていましたし、申しわけないという思いはありましたが、何度も言われると「僕はそのことに関わっていないよ」と、反論もしたくなりました。もちろん口には出しませんでしたが。

 今、日本は福島原発事故を経験しながら原発の再稼働を進め、安保法制を強め、共謀罪を制定し、憲法まで変えようとしていますが、そのことをもって世界の人から僕たちが批判されたとしたら、それは為政者のやっていることで、僕たちは反対しているのだと言い訳をするでしょうね。

 為政者のやっていることと、市民の気持ちというのは違うのだということを言いたと思います。北朝鮮はけしからん、だからといって日本に住んでいる北の人たちが嫌がらせを受けるということは筋違いだと思います。

 しかし安倍首相を含め、官房長官や外務大臣らの発言を聞いていると、嫌がらせを助長しているようにしか見えないのです。

 G7サミットでは、貿易問題、地球温暖化対策、難民問題などで、ことごとく違う主張をする米トランプ大統領に対し、欧州首脳たちが揃ってトランプを批判しているにも関わらず、メディアの報道を観る限り安倍晋三の声は聞こえませんでした。「自分の意見は無いのか!」と叫びたくなります。

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