Entries

500号

 「省ちゃんの前向き語り」の数少ない読者の皆さん、今号で500号となりました。第1号は2013年7月21日ですから、3年少しで達成しました。始めたのは、ちょうど3年前の参議院選挙の時だったと記憶しています。

 選挙の投票日だったと記憶していますが、投票日の昼間というのは僕にとっては暇な時です。単純にブログをやってみようかと思い、長くやっている二女に教えてもらい始めたのでした。「ブログを始める人は多いけど、長続きするのは難しい」と聞いていたので、そう言われないようにととりあえずは100号、次の目標は200号というようにして続けてきました。

 書いたものは「原発のこと」、「日常の生活の中で」というように9項目に自分で分類するのですが、「原発のこと」というのが一番で、二番は「日常の生活の中で」というものでした。「嘆き話し」という分類もあるのですが、これは一つだけで、あえてそうしなかったというのも在るかも知れませんが、「前向き」で良かったと思います。

 ブログをして良かったこと、それは何といっても、オボロゲな自分の知識とか記憶を間違いは書けないので、きちんと調べなければならないことだと思います。例えば前号の伊方原発の部分で、「佐田岬の幅はとても狭い」だけでは分かりにくいのです。そこを調べたら約800㍍でしたから、僕の記憶の中に800㍍は残ります。

 そして、やはり文章を書く勉強にはなります。勉強というよりこれは積み重ねでしょうね。

 何よりも嬉しいのは、どこかで「省ちゃんの前向き語りのファンなのですよ」と声を掛けられたりすることです。これには単純に喜んでいます。

 この年齢になると結婚式に呼ばれるより、葬式や法事の方が多いのですが、もし結婚式に呼ばれたらこんな話しをしよう、こんなあいさつをしようということを夢想しています。

 それは若い人たちへの希望というかメッセージのですが、それは多くの「引出し」を持って欲しいということです。仕事のことしか、上司の悪口しか、嫁・姑の悪口しか、ゴルフのことしか、逆に原発のことしか話さない、というのも疲れます。

 多くの「引出し」を持つには、何でも見てやろう、聞いてやろうの気持ちをいつも持って、とりあえずは新聞を読む、ラジオを聴く、興味の在ることは自分で知らべてみる、そしてメディアの情報をただ信じるのではなく、「まてよー」という気持ちで自分なりの考えを持ってみる、こんなことが大切ではないかと思っています。

 500号の次は600号だろうと思いますが、ブログの間が空いているから「何か書かないと」という気持ちでは、読者の方に伝わらないと思っています。夜眠っている時ふと目が覚めて、「あーこれを書かなければ、否、書きたい」という衝動的な気持ちを大切にしてパソコンに臨んでいます。

 結構、他のところで原稿を頼まれることが多いのです。今は、上関原発の埋め立て免許問題で25日までに5000字を書いています。そういう状況の中でも、このようにブログを書いています。こういう時は、中学生の頃に試験も前にしている前日に、いつもはやらない部屋の片づけをやっていたというのに似ています。


東京都知事選挙

 東京都知事選挙、投票締め切りとともに小池百合子さんの当選が決まりましたね。自公の増田候補が当選するよりも、良かったという感想です。小池さんが増田さんよりも良いとか、悪いとかという話しは別にしてもです。

 もちろん、小池さんが後から自民党に取り込まれて、「追加公認」というようになる可能性があるにしても。とりあえずは、増田さんより良かったという気持ちです。もちろん増田さんは小池さんよりも、地方自治経験は豊富だとしてもです。

 今のこの気持ち、しかし何よりも民進党に言いたい言葉です。宇都宮健児さんでは民進党が押せないということで、宇都宮さん自らが立候補を見送り、知名度が高いということと、「顔」で鳥越さんに決めたのですし、その点で野党のみんなは民進党に譲歩したのでしょうけど、民進の「本気度」はほとんど感じ取られませんでした。

 民進には、鳥越さんという候補を決めるのが到達点だったようにしか思えないのです。一方で社共には、本当は宇都宮さんが良かったのだけどという本音が在るでしょうし、妥協の産物で鳥越さんになったのでしょうから。

 「後出しジャンケン」の鳥越さんで駄々をこねた民進には、大きな責任があると思います、参議院選挙直後で無かったら、民進は増田さんを推していたと思いますし、そういう意味では増田さんの落選は民進への批判だと思います。民進はここまで責任を感じる必要があると思います。増田さんでも「良いわ!」と本音で思っていたのはミエミエでしたから。

 政治家ならこういう流れは読めてシカリだと、僕はこのブログにも書いたことがあります。あの「舛添辞め辞めコール」は2か月早いと、僕はコールが高まった時点で思っていました。

 しかし小池さんに対し、石原慎太郎が「大年増の厚化粧が」と言ったという事、彼女は僕よりも3歳若いのです。こういう発言は、「右だろうが左だろうが」「男だろうが女だろうが」「若かろうが高齢者だろうが」ほっておいてはならない問題でしょう。

 小池さん、知事になったら都議会を解散させると公約していましたから、すぐに実行して欲しいですね。時間が経てば難しくなるのは間違いないと思いますし、二度言いますが自民に取り込まれる可能性が高いのですから。

 まあ、この間の二人の知事は任期を全うしていないのですから、2~3年後にまた都知事選挙があるかも知れませんし、そうなれば東京オリンピックには誰が都知事として参加するのでしょうかね。

 言っておきますが、2020年の東京オリンピックは辞退するべきだと思っています。まずは福島原発事故の解決が最重要です。本当にきれいになった日本で開催されるべきでしょう。そうなるのは、後何年先でしょうかね。50年?100年?、きれいになっていれば良いが…???

選挙、政党、議員、労働組合

 このブログ、僕としては珍しく??書こうか、書くまいかと悩んでいました。しかし、書かないでスキップすると「次ぎ」を書く気持ちにならないので、やっぱり書くことにしました。

 前置きが長くなりましたが、それは社民党の吉田忠智党首が5月12日の常任幹事会の席で、夏の参院選の情勢が厳しいとした上で「民進党との合流も一つの選択肢として考えなくてはならない局面に来ているのではないか」と述べたということです。

 言っておきますが、僕は社民党の党員でも強い支持者でもありません(弱い支持者ではありますが)。働いていた頃は、職場の労働組合は社会党(現・社民党)を支持していました。選挙ともなれば、会社も公認という感じで選挙応援に駆り出されたものでした。僕は「ここまで労働組合、イクオール社会党」という状況に反発する気持ちも持っていました。「労働組合員である者、社会党支持者であるべき」ということへの反発でした。

 その社会党は、労働組合の総元締めが総評(日本労働組合総連合会)から、連合(日本労働組合総連合会)となり今の民進党が出来て、連合に加盟している労働組合は民進党を支持することになりました。

 今、社民党を支持している労働組合はとても少なくなってきたと思います。2年前に職場とはまったく縁の切れた僕ですが、退職者ということで民進党の候補者への投票依頼がたくさん届きます。

 さて、社民党吉田党首の発言、参議院選挙が本番直前というこの時期にという状況で、余りにも唐突です。その気持ちが在るにしても、せめて去年の今頃に言うべきことではないでしょうか。吉田さんは自治体の労働組合である自治労の出身です。そして本人もこの参議院選挙で改選を向かえられます。

 支持母体といわれる出身労働組合というのは、金も票も人も出してくれるので、「頼り」になる存在だとは思います。しかし労働組合の組織率の低下、労働組合と組合員との一体感の欠如が強まる中で、あまりアテにならない存在でもあります。そしていつまでも労働組合頼りの選挙をし、議員になったのでは、この国の将来もおぼつかないものです。

 しかし吉田党首としては、民進党との合流ということを打ち出すことで、「安きに流れる」方向を考えられたのでしょうか。政党の根幹はあくまでも政策だと思います。政策を実現するために頑張ってくれるから、支持されるのだと思います。

 日本も「労働組合のおんぶに抱っこ」という状況への偏向傾向から、国内にたくさんある環境・平和・反原発などなどの思いを持っている団体や個人からの、まさに手弁当の支持を受けながら選ばれるべきではないでしょうか。

 少数政党になったとはいえ、一貫して社民党を支持し頑張っている友人が全国にたくさんいます。これらの人たちのことを頭に置いて、それらの思いに依拠されて吉田忠智議員も参議院選挙で、ぜひとも当選して欲しいものです。

 

世界的なトランプ現象なのか?

 「フィリピンのトランプ」といわれているロドリゴ・ドゥテルテがフィリピン大統領に当選しましたね。それも相当な大差で、まさにビックリです。国民が選んだ結果ですが、この現象をどう考えればよいのでしょうか。

 本家本元のトランプも、共和党の候補者に選ばれるのが確実のようですね。共和党の歴代大統領の大物たちがいくら苦言をしようが、選挙本番では投票しないといっても、そんなこと「どこ吹く風」という感じです。

 ドゥテルテは治安回復のためとして「暗殺団」を暗躍させ、実際に超法規的な措置として何人もの人を殺しているし、本人もそれへの関与を認めているというから、まさに殺人犯罪者です。

 ロシアのプーチンだって、似たり寄ったりという感じがしています。劇場での占拠事件などでも、容疑者以外の人が必ず巻き添えになって殺されてしまうことが分かっていながら、軍隊を突入させて「解決」させる手段は、どうしても納得できません。そしてこういう手段での「解決」が横行しているようにも思います。

 何年も前の親戚の法事の場だったと思いますが、「どうせ死刑になるのだから、さっさと執行すりゃあーええんじゃ」「どうせ自民、公明が多いんで成立するんじゃけえー。面倒な議論なんか止めりゃあええんじゃあ」と、まさに僕にケンカを売るような感じで話している人がいました。

 こういう言葉が出てくること、とてもヤバイことだと思っています。フィリピンもアメリカも「トランプ」が選ばれることは、国民の政治に対する欲求不満の表れだと思いますが、だからこそ「決めることの経過」を大切にしなければと感じています。

 最近は仕事を就くことも、学歴だけが大手を振っていて、これだけが社会人としての評価になるという感じがしています。ある友人が話していました。「高校の野球部員で、卒業までスタメンに成れなかった生徒を希望している会社がある」と。我慢強かったというのが評価のようですが、となると、もしスタメンに起用されようとしたら「すみません、断ります。今のままがいいんです」となるのでしょうかね。言っておきますが、僕の友人の息子は一生懸命スタメンになるように頑張っていますから。

 最近は男女交際もそれを成就させる「経過」を大切にしないというか、そこで学ぼうとしないというか、それを楽しまないという傾向が強いように思って仕方ないのです。

 インターネットの普及で、簡単に「欲求」が満足できるというのも在るとは思いますが、僕は本当の男女交際ほど人間を鍛えるものはないと思っています。

 若かりし頃、たぶん坂本九さんが唄ったものだと思いますが、「明日がある」という歌、「いつもの駅でいつも会う~。セーラー服のおませなこ(可愛いこ、かな)。もう来るころ、もう来るころ、今日も待ちぼうけ。明日がある、明日がある。明日があぁあるうさー」というのがありました。

 話しがねじれまくってしまいましたが、男女交際も政治も「経過」が大切にされ、大切にする政治家を選ばなければならないと思うのですが。




声をあげよう

  「火事場泥棒」という言葉から始まって「ショックドクトリン」という高尚な表現まである、「人の不幸に便乗して稼ぐということ、実際にお金を稼ぐとともに、点数を稼ぐということは往々にしてあることですね。

 熊本・大分の大地震でオスプレイを飛ばして、復旧のための資材や食料などを輸送したというニュース、彼の「本音」がミエミエだからこそ、こういう人は何をやっても、その裏に在るであろう本音を考えてしまいます。

 福島原発事故では、約10兆円近い金が「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」を通じて東京電力に払い込まれています。機構はお金を稼がないので、そのお金の多くは交付国債という借金、原発を持っている電力会社からの出資金です。交付国債も電力会社の出資金もモロに国民の負担になっていきます。

 このお金を使って、ほとんど効果が少ない除染作業が行われています。元請けの大手ゼネコンは、大儲けをしています。地元のバス会社は、福島原発事故で働いている人を運ぶのにこれまた大儲けで、大きなビルを建てたと福島県に住んでいる友人が話していました。

 事故が起ってしまったのですから、収束させるためにお金を使うのは仕方がないことだと思いますが、その大前提は「もう原発はやらない」ではないでしょうか。世界でも有数の地震国ですし、現に地震の影響で福島原発事故は起こったのです。そして、熊本・大分地方ではその真っ最中にあるというのに。

 九州電力は稼働中の川内原発を止める気は無いようです。事実、川内原発での地震動は少なかったにしても、そして川内原発を襲う地震が来ないにしても、多くの市民が感じている不安、心配、恐れ、などが一番の原発を止める要因ではないでしょうか。

 国も九州電力も、やっとの思いで再稼働を実現した川内原発ですから、この際は「何が何でも止めない」という本性が丸見えです。どうせ8~9月には定期点検で停止させることになるのなら、伊方原発を動かして「原発ゼロではない状態」にしておきたいのでしょうね。

 この度の地震が起って、伊方原発の地元の愛媛新聞は、「足元の活断層は今。検証・中央構造線断層帯」というシリーズもの特集を、5回に亘って載せていました。今日で特集は終わりましたが、熊本地震との連動についての危険性を書いていました。

 定期購読している「マスコミ市民」の今月号に、ドイツの神学者で、ヒトラーの教会支配に抗して闘い、逮捕されてダッハウの強制収容所に送られたマルチン・ニーメラー師の、戦後解放されたときの言葉が載っていました。興味深い言葉ですから、是非とも読んでいただきたいために書かせていただきます。

 「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった-私は共産主義者ではなかったから。社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった-私は社会民主主義者ではなかったから。彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった-私は労働組合員ではなかったから。そして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」




Appendix

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

Extra

プロフィール

省ちゃん

Author:省ちゃん
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新トラックバック