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今、やらねばならないこと

 中高生だった頃からの悪い性格でしょうか。テストの前になると、日ごろはしもしないのに、部屋の掃除をしたり整理したりするという癖(へき)がありました。他の人にもこういう性格の人はあると思います。
毎朝、6時30分からラジオ体操をしているのですが、この10分間くらいは体操に専念すればよいのでしょうけど、枕の周りに散らばっている新聞紙が気になって片付けをしたりしています。そんなものです。

 原発の再稼働問題では、九州電力の川内(せんだい)原発に原子力規制委員会から最初の再稼働許可が出たということで、全国の人たちが川内原発に集中して再稼働をさせないための行動に取り組んでいます。僕も、川内原発のことはとても気になっていますし、この反対運動はとても大切だと思っています。

 しかし足元では、島根原発2号機の原子力規制委員会における再稼働に向けての審査が、急ピッチで進められているという新聞記事が載っていました。2013年12月に「再稼働申請」がされて、審査会合は45回を数えているのですが、今年だけでその半数に近い20回が行われているということです。

 僕は常々、島根2号を「B(沸騰水型原発)型の再稼働トップとさせてはならない」ということを言っております。福島原発がBで、今まで原子力規制委員会において審査に合格したのは、すべてP(加圧水型)です。いくらなんでも福島原発と同じBの審査が先行するとは考えていませんでしたし。再稼働申請が行われたのも、Pが先でした。

 Bの原発で再稼働申請がされているのは、北からの順番では青森県にあるJパワーの大間原発、東北電力の女川原発、東京電力の柏崎刈羽原発、北陸電力の志賀原発、中部電力の浜岡原発、そして島根原発2号機です。これらの原発状況を分析してみると、消去法から島根原発2号機がBの再稼働トップになる可能性が高いのではと思うのです。

 昨年10月に広島市内で開催した「反原子力の日」集会で講師をしていただいた藤田祐幸さんが、「広島の人には島根原発の再稼働を止めること、上関原発の反対運動に全力をあげて欲しい。全国に人たちが自分の住んでいるところと関わりの強い原発反対に全力を入れて、各地の人たちが出来る限り協力をするということが大切だ」と話されたのを思い出していました。

 まずなんといっても、眼の前にある島根原発と上関原発の問題を考えなければと思っています。統一地方選挙が終わってからということで、打ち合わせ会が延びていましたが、今日松江市で「島根原発問題の打ち合わせ会」が開かれることになり、松江市に来ています。

 島根原発も宍道断層、基準地震動、そして何よりもB原発に設置が義務付けられているフィルター付きベントシステムなどの問題を抱えています。意地にかけても島根原発をB型の再稼働トップにはしたくないです。

 そんなに大きな力のある僕たちの運動ではありますが、特に力を入れて考えなければならないことを選択し、それに全力をかたむけ、事実の分析・検討、なにが相手の弱点かということの判断、その上に立ってなにを行動の力点とするかを考えなければならないと思っています。

アトランタというところ

 アトランタと言えば、キング牧師でしょうかね。正式にはマーティン・ルーサー・キング・ジュニアです。アメリカの黒人公民権運動のリーダーで、39歳で銃弾により暗殺されました。ノーベル平和賞の受賞者ですし、彼の誕生日はアメリカの休日にされているのですから。
 市内にはキング記念館もあり、その場所に墓もあります。現在、アトランタに住んでいる知り合いは、キング牧師の生き方に共鳴して、住みついているという人です。

 そしてカーター大統領の出身地、カーター博物館も在ります。周りが緑に囲まれた静かな場所に在り、中高生と思われる生徒たちが遠足というか社会見学で来ていました。

 それと、世界中に視聴者がいるCNNの本社がアトランタに在ります。僕がCNNを見ていると、マレーシア航空の飛行機が行方不明になったニュースを繰り返し放送していました。このニュースを詳しく放送したら、CNNの視聴率が上がって、CNNは気を良くしてますます頑張っているようでした。

  1996年には、アトランタオリンピックが開催されています。

 そしてコカコーラの本社があるところです。コカコーラは世界中で飲まれている飲料水ですが、これでアメリカ人だけでなく、多くの人たちを肥満という成人病にさせました。中味はほとんどが砂糖類で、どうしても肥満になります。肥満にさせた後に、ダイエットコカコーラを販売して、また儲けるという戦略はコカコーラらしいという感じです。「GEORGIA」という商品名で缶コーヒーが売られていますが、これは日本コカコーラが売り出した商品だそうです。アトランタがジョージア州だから、こういう名前を付けたのでしょうね。

 それと何といっても、アメリカの中でも共和党が強く人種差別も強く、銃規制も進まないところです。州議会では、この期に及んでも教会でも学校でも銃の使用を認めたという法案が通過したと地元新聞が一面に載せていました。アメリカは今年の秋に中間選挙が行われるために、今、共和党も民主党も、それぞれの候補者選びの選挙が近くなっていましたが、中間選挙そのものでは、間違いなく共和党候補が当選するそうです。
 アトランタに居る時、女性州議会議員の資金集めパーティが近くのパブのようなところで開かれるということで参加しました。彼女はリベラル派という人で3回は当選している人でした。

 そして失業者の多いところでもあります。失業率が40%とも言われますから、犯罪も多いところです。自動車の中に物を入れていて、窓ガラスを壊されて奪われたという事件は頻発しているようです。

 アトランタ市役所の前で、毎週月曜日の集会が行われていました。二人の大金持ちが、市政を我が物にしているということを抗議する演説が繰り返され、約150人近い人たちが、2キロくらい先にある市民センターに向けてデモをしました。こういう集まりが毎週月曜日に行われるのですから、すごいと感心しました。

 そして何といっても、ボーグル原発を作っている「GEORGIA POWER SOUTHERN COMPANY(ジョージア電力、サザン会社)」がデーンと大きな態度で存在しています。電力会社はよう似てるわ!


私は忘れない

 先日、青森県弘前市に行った時、街中の小さな古本屋さんで有吉佐和子さんの「私は忘れない」という本を見つけました。70円で、すぐに購入しました。有吉佐和子さんは、「複合汚染」や「華岡青洲の妻」などで有名な作家です。もう何年も前に亡くなっています。

 「私は忘れない」は、1959年に朝日新聞に連載され、本としては、1969年に初版が出たものです。鹿児島県の黒島という小さな島が舞台です。東京でモデルをしていた主人公万里子が、モデルとしての仕事に挫折し、ふと見た雑誌でこの黒島に行って何日間か島の人たちの中で暮らし、その中から強くなったという小説です。

 本の表紙には、「日本のめざましい経済成長の陰に、電信電話もなく台風の被害も報道されない僻地、海の荒れる時は定期便の船さえ近づけない閉ざされた南の離島、黒島。スターの座を夢みながらチャンスを逃した門万里子は単身黒島へ旅立ち、自然との闘いの中でたくましく運命を切り開く人々の純朴な姿に心打たれる」とありました。

 現在の日本列島の中では、この島のようなところは、たぶん無いだろうと思いますが、1959年頃はあったと思います。連絡手段が無いのですから、病人が出て死にそうな状況の中でも、病院の無い島の中では何時やって来るかもしれない、船を待つばかりです。まともに来たとしても、4日に1回です。船が島に近づいても、風が強ければ港に近づくこともできません。この部分には、強い衝撃でした。そんな島の中でも、人間関係の軋轢や「好き嫌い」が有りながらも、島の人たちは暮らしているという、ある意味では単純なストーリィかも知れません。日本には黒島という名前の離島が多いそうです。「苦労する島」から、黒島になったとも言われています。

 僕が若かりし頃、祝島に電話を掛けようとすると接続してもらうのに、長い時には1時間も掛かっていたように思います。中国地方の中でも祝島は、ダイヤルで電話が掛かるのが一番遅くなった所だったと思います。だから、僕にとってとても印象的な島です。

 もちろん、今の祝島はインターネットも出来ますし携帯電話も自由です。しかし、やはり祝島は「不便」だと言われるかも知れません。定期船の数は少ないし、高校以上の学校は無いし、スーパーマーケットもありません。
 でも、都会暮らしをしている人にとっては、とても好きになる島です。もちろん、僕も大好きな島です。そこに有るのは、島の人たちの温かい気持ち、心です。でも、原発という物が入り込んできて、島の中に原発「推進」「反対」という対立構造を作りました。

 原発の最大の害悪は、人間関係の対立です。たかが電気を作るという機械だというのに、どんな理屈をつけても、人間関係を破壊しても良いという理由はあり得ないと思うのです。

 今度、時間が有ったら、鹿児島県の黒島にも出向いてみたいものです。地図で探したら、種子島や屋久島の西側にある小さな島でした。今では、定期船が鹿児島港から出ていましたし、何軒かの民宿もありました。

ブログが100号になりました

 今号で、「省ちゃんの前向き語り」も100号となりました。今年の7月21日の参議院選挙投票日に衝動的に始めたものですから、136日目で100号となったのです。1回の字数は平均して約1200字としていますから、原稿用紙に換算すれば、だいたい300枚くらいだと思います。
 「よくあんなに書けるねえー」と言われることもありますが、数日間の空きが出て、仕方なく何かを書いておかなければという気持ちで書いたことはありません。こういう文章は面白くないと思うからです。
 さっきまで、まったく考えが浮かばない時でも、「あーこれだ!」と思いついて、いっきに書き上げるタイプです。

 100号になって、一つ自慢するとしたら、カテゴリの中にある「嘆き話」というのが、無かったことでしょうか。あえて「嘆き話」を書かなかったのではありませんが、結果としてそうなりました。

 ブログを始めての実感ですが、書き言葉にしても、話し言葉にしても丁寧になれたと思います。会話だったら、「言った、言わん」でトラブルになることも有りますが、文章だと後の責任がともないます。
 「俺は知らんぞー」と言って、白を切ることも出来ません。「秘密保護法に反対するデモはテロだ」と、自らのブログに書いた自民党幹事長も、文章だったから白を切ることが出来なかったのでしょう。ブログを書くという行為は、一人で書斎やデスクで行う行為です。だから本音というのが書かれたと思います。それにしても、政治家の軽さというのは目に余ります。

 西暦660年に生まれたとされる、柿本人麻呂というと万葉の俳人が、たぶん「恥の文化」というもの中で「相反すること、攻め合うことなくの両立は、分をわきまえる文化」ということを述べています。
そして、言挙げ(自分の意識は声に出せ、人間なら言葉に出せ)という意味のことを何かに書いていました。相手を尊重して、議論を行うことの大切さと、意見はしっかり持って発表し、お互いの立場を尊重して議論することの大切さを言ってます。

 他人の顔色ばかり見て、言いたいことも言えない社会状況が強まっていると思います。自分の意見を言わなくて、逆に話した人を批判し、陰口ばかり言うのは嫌いです。しかも、それが生活する上での秘訣とされたら、ますます「チクリ」「陰口」「いじめ」という方向に向かうような気がしてなりません。

 これからも自分に素直な考えを、ブログというツール(器具)を使って発信して行きたいと思います。

 とりあえずの目標は、200号でしょうか。

 何はともあれ、自分に正直で素直な気持ちや、伝えたいことを書いていくことです。ブログを書くことによって、他人を尊重するという意味で大人になれたと思います。これは、本当にブログのおかげだと思っているのです。

 これからも、よろしくお願いします。

震災で大幅に減った青森県の観光客

 十和田湖に行くために、観光シャトルバスの予約をしていました。まさか、こんなことは無かろうと思っていましたが、心配したことが当たってしまいました。20人乗りのバスですが、なんと運転手さんと僕だけでした。申しわけないと思いながら、1日の観光を楽しみました。

 十和田湖の観光遊覧船は、24日を持って冬季休業に入ります。湖畔にある観光ホテルの閉鎖したものがやたらと目立ちました。周辺をベニヤ板のようなもので囲んで、すでに廃業そのものです。おみやげ屋も食堂も閉鎖しているのが目立ち過ぎくらいでした。観光客も多くありません。

 運転手さんと二人だけということで、いろいろな話しができました。震災前から観光客は減少傾向だったようですが、震災後はこの傾向に拍車がかかったそうです。以前の観光バス駐車場は、停めるのに順番待ちだったようですが、今日は観光バスは一台もいませんでした。運転手さんの話しでは、「東北というだけで敬遠されているようだ。ここには放射能の影響は無いのに。特に団体旅行が少なくなり、台湾や中国、韓国といった外国人の観光客が極端に減った」とのことでした。弘前市内から十和田湖に行く道沿いも同じような感じでした。

 これで来年の4月から消費税でも上がったら、本当に困ったことになるとしみじみと感じました。

 「デイリー東北」という地元紙に、来年3月末で期限切れを迎える核燃料税(核燃料物質等取扱税)について、青森県はこれまでの年間150億円から約40億円値上げして5年間で約964億円にする。三村伸吾知事は「切れ目のないお金が必要だ」とコメントしているとのことでした。震災後、核燃料税は受け取らないという首長が出ているという中で、まさに「いやはや」という人です。

 むつ市に建設が予定されている中間貯蔵施設も大間原発もMOX燃料工場も東通原発も、まだ核燃料税の対象ではありませんから、青森県にもしもこれらが建設されてしまったら新しい核燃料税が入ってきますから、ますます原子力施設頼みの県になってしまいます。

 この度の増額についても、たぶん、間違いなく日本原燃は了解することでしょう。

 そうなると、青森県は原子力施設無くしてはやっていけない県になってしまいます。「迷惑施設」と呼ばれている物が、お金を作る「打出の小槌」になってしまうのでしょうか。

 弘前市から、西側を見ると雪化粧した岩木山がくっきりと見えました。今夜は、津軽三味線居酒屋で美味しい魚料理を食べました。青森県は美味しい料理も、風景も、そして人情もとても良いところです。津軽弁で話す女性の声に単純な僕は、ホロロとしてしまいましたから。

 明日の午後の飛行機で、広島に帰ります。

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