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60年目の父の命日です

 今日は、父親の命日です。1953年のことですから、60年目です。僕は4歳でしたから、ほとんど記憶にありません。父の年齢は46歳でした。

 父親は広島郵政局の貯金の奨励課長(今でいえば営業課長です)をやっていて、広島市内のお寺で行われた婦人会の人たちの集まりで、「貯蓄の勧め」というタイトルで講演している最中に、脳溢血で亡くなったと聞いています。今、生きていたら106歳です。百歳超えの人も多い中では、今でも生きていたとしても、不思議ではないと思います。

 それから、3人の子どもを育てる、40歳少しだった母親の苦労が始まりました。母親は父親のことはほとんど話しませんでした。15年前に母が亡くなり、仏壇の整理をしていたら、父親が葬儀の時の弔辞が見つかり、父の死に方を知ったのでした。僕が54歳の時、父親の50回忌を行いました。亡くなった人の法要は50年が最後と言われていますから、僕が主宰した父親の法事はこれが最初で最後となりました。

 僕も、たまに人前で話しをすることがありますが、父親のようなことになったらどうしようか。「まあー良いっかあー」とも思ったりしています。

 父のことを知っている人から聞いた話で、僕と父親との共通点がありました。まず、歌を唄うのが好きで、それなりに上手だったということです。五右衛門風呂の中で唄っていた声が、近所まで聞こえたそうです。僕は「鼻うた省ちゃん」とも言われますから、これは父譲りだと思います。
 また他人にご馳走するのが、好きです。手持ちのお金が少なくても、奢ってしまいます。遠慮せずにバクバク食べて、「美味しい、美味しい」と言う声を聞くとすごく幸せな気持ちになります。小食の人は苦手です。
 それと話し好きです。初対面の人でも、打ち解けて話すことができます。遺影を見ていると、鼻が団子鼻であるとこと、下唇びるが大きいところ。そして耳たぶの大きいところが似ていると思います。

 今日、献血車が来ていました。いつも血圧が特に下の値が高いために「献血出来ないのですが」と断れることが多いのですが、今日は何とかチャレンジしたいと思い、休憩を2度してチャレンジしました。僕の熱意に、事前検査をした医者も、「まあー良いことにしましょうか」と許可してくれました。
 皆さん知っている人もいるかもしれませんが、献血が出来る年齢は69歳までとなっています。ただし60歳から64歳までに、献血をやっていないと駄目という条件がついています。だから、何とか頑張って粘ったのです。

 献血を終えて、とてもさわやかな気分になりました。これで69歳まで可能となりました。

 僕の血液型はO型。O型の典型だとも言われることも有りますし、A型だろうと言われることもあります。大雑把なO型、几帳面なA型。相反する要素を持っているのかもしれません。なにぶん「イラチの省ちゃん」ですから。
 友人に僕以上のイラチ男がいます。今年の正月明けに、この友人から忘年会の案内が来ていました。そのメール、「早いもので、今年も残すところ360日となりました。次の通り、忘年会を12月27日に開催します。ぜひともお集まりください」と。

 この男、とても気の合う友人です。もうすぐ12月。今、この忘年会の案内が現実的になりました。それにしても1月の初めに、忘年会の会場を予約する人はマレでしょうね。

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