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昔、昔の物語りではありません!?

 これは、想像と創造の昔話しです。
 と言っても、大正時代の話しですから、「昔、昔の話し」ではありません。場所は山口県熊毛郡四代村、今田蟹平(仮名)さんという人が住んでいました。
 日焼け顔はまさに漁師という感じでしたが、漁師ではありません。魚の仲買いのような仕事をしていました。四代村の漁師たちが採った魚や海草を、柳井や遠くは広島にも売る仕事です。

 着流しの着物と丹前を着て羽振りが良く、何よりもハンサムで気前が良く、村の人たちから強い信望を受けていました。漁師同士のちょっとしたことが理由のケンカの仲裁も上手でしたし、若い漁師たちの結婚相手を探して、新しい夫婦が誕生することも大きな楽しみだったようです。仕事の関係で、柳井や広島にも知り合いがいて、広島から四代村に嫁いだ女性もいました。

 村の生活は、肉体的には重労働で有りながらも、みんなが平等というのが良かったようです。男たちは朝早くから漁に出て、女たちは歩いて片道1時間くらいの山に入り、枯草や小枝を集めて背負子に担いで持ち帰ってくるのが大切な日常の仕事です。風呂の湯沸しも、何よりも、米や食事の煮炊きには枯草や小枝は必需品でした。これが無くては、生きていけません。

 「よー、精が出るのー」蟹平さんは、山から降りてくる女たちに優しく声を掛けていました。この山は蟹平さんの持ち物でしたが、村に住むみんなが使う山として、村の人とっては欠かせないものです。

 しかし、蟹平さんに不幸が訪れました。柳井の魚市場の人に騙されてしまいました。いつもは元気が良く羽振りも良かったのですが、相当に参ってしまいました。そして、たくさんの借金もできました。蟹平さんが持っている山を売れば、これからの生活も安定するのですが、村の人たちのことを思うと、それだけは出来ません。

 ついに、蟹平さんは四代村を出ていくことになりました。村のみんなは寝耳に水、山を誰かに売られてしまうと、明日からの生活に困ります。そこで、村に住むみんなの物にするために、どうするかという話し合いを何度か繰り返しました。

 蟹平さんからも意見を聞きました。蟹平さんは、「神社さんの土地にしてもらって、これからも皆で使えるようにしよう」と提案をしました。「神社の土地にしたら、皆がこれまでのように使えるし、つまらないイザコザも起きないだろう」と話しました。そこで、村の人たちが1軒当たり10円を拠出することになり、八幡宮さんに買ってもらうという形で、集った2250円のお金を、蟹平さんの今後の生活費として渡しました。そして、山は神社の名前で登記をしてもらいました。

 蟹平さんが村を出る日、住民のみんなが港に集りました。室津村まで手漕ぎの船で行き、そこからは馬車が用意されていました。みんなが蟹平さんにお礼を言い、涙を流していました。蟹平さんはいつものように笑顔で、「みんな仲良くやってくださいよー」と大きな声を出しました。
 村の人たちはこれまで通り、山からの恵みを受けながら、仲良く暮らすことができました。しかし寅平さんは、二度とこの四代村に帰ることはありませんでした。

 その時は、約80年後に、この村に原子力発電所の建設計画が起こることなど、誰一人として想像することはありません。原子力発電所という言葉も無い時代ですから。

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コメント

[C6] 本当?

この話は、本当にあった話ですか?
みんなの山になったはずですので
みんなの同意が無いと
山は、処分出来ないですよね
仮に皆の同意があっても
生死の問題に発展する恐れがある
原発なら周辺に暮らす人の同意も必要ですね
  • 2013-11-08 22:45
  • まさやん
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