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「被爆者になりたい~」

 よく「原子爆弾に遭った人は良いよねえー。病院はタダだし手当ても貰って」という言葉を聞くことがあります。こういうのを聞くのは、本当に不愉快ですが、今の日本の医療や福祉対策の遅れが、こういう妬みのようなものになるのだと思いもします。

 今年の原爆忌が終わり、友人と被爆者活動のこれまでとフクシマへの被災者対策について、話し込みました。

 原爆が投下されて12年後の1957年4月に、正式には「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律」、属に「医療法」といってる法律が施行されました。それまでの12年間の被爆者の状況は、偏見や差別の中にありました。同じ被爆者でもケロイドが在る人無い人。国による何の対策もなく、苦しみ中のどん底でした。

 そんな中でも被爆者救済のために苦労した人、お先真っ暗の中で病気とのたたかいも在る中で、すべて手弁当で闘った人のことを忘れてはならないと思います。こんな時間が12年間もあったのです。12年間は本当に長かったと思います。

 それが1957年に「医療法」ができ、「被爆者になりたい」人が徐々に増え始めました。そして1968年の「特別措置法」の制定となり、1994年12月にこの二つの法律が一本化されて「援護法」が制定されたのです。

 「された」という言葉を使うと、何も戦いが無くて国が「してくれた」というように受け止める人も多いと思いますが、この法律を制定させるために被爆者の人たちを中心にした、血のにじむような活動があったことを忘れてはなりません。

 特に、原子爆弾投下から12年間のことを考えると、涙が出てきます。僕が被爆者援護法を成立させる運動を始め出したのは、1970年代からですから、「医療法」も「特別措置法」も制定された後で、いわゆる「安定期」といって良い状況の中でしょう。でもその頃に知りあった被爆者の人たちも、「この法律はこれから二度と、原爆被爆者のような放射線被害者を作らないという『未来の保証』を勝ち取るものだ」と、熱く語られた姿は忘れられません。

 繰り返しになりますが、もっともっとたいへんだったのは、12年後までの被爆者ではないでしょうか。誤解を招くかも分かりませんが、あの頃被爆者を差別した人が、今ごろになって「被爆者になりたい」と言ってるのではないかと思ってもしまうのです。

 福島原発震災から6年5か月、国からの施策はほとんど「何もない」状況の中で、同じ被災者の中でも差別と分断が起っている状況、1945年のヒロシマ・ナガサキと同じように見えるのです。

 そんな中でも、被爆者として戦ったヒロシマの先人たちのこと、フクシマでフツフツとした思いで活動をしている人に、是非学んで欲しいと思うのです。外部からの偏見や分断の動きを知りつつも、たいへんに困難なことではありますが、道理のある姿を示して欲しいのです。

 こんなことを語りあった友人に、「こんな本を読んだら、というのがあるかなあー」と訊ねたら、山代巴さんの「原爆に生きて」が参考になるのではと教えてくれました。

 もうすでに絶版になった本で、アマゾンでも探してみましたが在りませんでした。そうなると図書館に行ってみるしかないですね。

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