Entries

「さんてんいちいち」

 たいへんご無沙汰という感じになりました。「病気でもしれおられるのですか?」というメールまで頂きました。バリバリ元気という訳ではありませんが、元気にしております。

 学習会の講演準備、原稿書き、集会参加、などなどが重なり、そして仕事も週2日ですが行っておりますから、まあ多忙な状態ではありました。ブログも書き始めては、間で他の用事が入ってきて中断ということも数回ありました。間で入っている用事というのは、小学校から帰宅する孫から「じいちゃん!サッカーやろう」と声を掛けられるのです。近所からは、孫さんとサッカーをやっているおじいさんとして有名にもなっています。

 「さんてんいちいち」と書きましたが僕らには年間に何日かは、こういうふうに呼ぶ日があります。「8・6、8・9」「4・26」「9・29」「10・26」という日でしょうか。「8・6、8・9」は広島、長崎の原爆投下の日、「4・26」はチェルノブイリ原発事故の日、「9・29」は東海村JCO事故の日、「10・26」は反原子力の日、という具合です。

 さて今年の3・11、この日の区役所の日の丸掲揚台の旗は、半旗になっていました。ちょうどあの午後2時46分、自宅に戻っていた時でしたが、区役所からサイレンは鳴りませんでした。去年は鳴っていたと思います。土曜日で職員がいなかったということではないと思いますが、鳴りませんでした。

 NHKテレビでは政府主催の追悼式をやっていましたが安倍晋三首相の式辞からは、原発事故のことには一言も触れませんでした。新聞もこの事を書いていましたが、秋篠宮の「お言葉」の中には、「避難を余儀なくされた地域」「被災地や避難先で困難な生活」「帰還の見通しが立っていない地域の人々」などがありました。秋篠宮の言葉の中で、たぶん心に秘めた「言いたいこと」を感じたのは、最後の「様ざまな難しい課題を抱えつつも、復興に向けて…」という部分でした。「様ざまな難しい課題」とは、廃炉であり除染ということだと受け取りました。

 しかし今朝の中国新聞には、そのくだりが無いので「エッ」と思いましたが、全国紙の全文を掲載していた中には、書いてありました。中国新聞は「要旨」となっていましたから、これを記事にした記者らにはこの言葉の深いところに気が回らなかったのでしょうね。「全文は中国新聞アルファに掲載しています」というのも書いてありましたが、このくだりは要旨には含まれなかったのでしょうね。

 昨年までは3・11の2~3週間前から、震災、原発事故の特集というか大きな記事が始まっていたと思いますが、今年は始まりが遅かったですね。福島県に住んでいる友人に電話をしてみましたが、あちらではそれなりの特集記事が載っているそうですが、中国新聞の記事は少なかったように思います。

 8・6は71年が経過して、それでも広島ではその日前には大きな記事が載りますが、逆に広島を離れると、ほとんどニュースにはならないようですから。しかし、福島原発事故は過去の事件ではありません。廃炉も避難も汚染水も、なにもかもまったく解決されていませんし、その見通しも見えてこないのですから、「福島原発事故などまるで無かったかのように」という枕言葉が付いて、原発復帰が進むことを黙って見ている訳にはいきませんね。

 ブログ、本当に久しぶりでした。今日、午前中に頼まれていた字数8600字の原稿を書き終えました。わが家では孫の誕生会をやり、子どもやその連れ合い、妻の弟夫妻らも来宅し、僕は昼間からビールを飲んでいました。たった1本のビールで酔いが回りました。終わった後、少し昼寝をしてこのブログを書いています。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gomenda4918.blog.fc2.com/tb.php/565-ac32e758
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Appendix

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

Extra

プロフィール

省ちゃん

Author:省ちゃん
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新トラックバック