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34年間の資料整理

 上関原発の建設計画が公けになったのは1982年ですから、今年で丸34年間が経過したことになります。僕はこの問題を最初から見つめてきましたから、資料もたいへんな量になります。大きなBOXファイルで15箱以上になっています。何時かこの資料が必要な時があるだろうと思いながら、置いておくだけという感じでもありますが、チェックしながら年数ごとにファイルしなおすことに取り掛かりました。

 その資料は、手書きのチラシやメッセージ文、新聞コピー、行動のスケジュール、原発に反対している人への嫌がらせのチラシ、中国電力の資料などなどです。

 それらを丹念に見ながらの作業ですから時間が掛かりますが、すぐに終わらせる必要もないので、懐かしい方の名前や写真を見ながら、思い出しながら進めています。

 多くの人が亡くなられています。現在闘病中という方や、施設に入所している方もおられます。もちろん今での第一線で頑張っている方もいます。原発推進の方の動向は詳しくはありませんが、町会議員をしていた方で、この問題が浮上した時からずっと現職議員という人は一人だけだと思います。

 原発建設に反対しふる里を守りたいという手書きのチラシからは、本当に熱い思いが伝わってきます。じっくりと読みながら、涙が出てきました。その人の家に泊めてもらい、夜遅くまで語った思い出が湧いてきました。

 当時は僕よりも相当な年上で頑張っていた方も、今の僕よりも若かったのだという方がほとんどです。あの時のあの人は、すごい先輩という感じの存在でしたが。

 34年という時間、中国電力の人ですら20歳くらいで入社しても、すでに54歳という定年退職前の年齢です。会社内部では、上関に関係する資料というのはどれくらい保存されているのでしょうか。最初から詳しく知っている人というのは、どれくらいいるのでしょうか。

 ましてや、中国電力が計画していた鳥取県の青谷、山口県の萩や田万川、豊北での原発建設計画までを知っていることになれば、皆無になるのではと思います。

 一つの計画で現に34年間も達成しないという状況、それでも「必要です」「ご理解を得ます」という言葉を繰り返しながら、止めないということは、まさに犯罪ではないでしょうか。

 27日火曜日の今年最後の古紙収集日までには、なんとか終わるだろうと思っていましたが、まあー来年の年末くらいまでは掛かるでしょうか。

 それにしても繰り返しになると思いますが、「上関に原発を作らせない」「きれいなふる里を子や孫に残したい」という熱い思いを持ちながら、亡くなった多くの人たち。その人たちが走馬灯のように、面影や声が見え、聞こえてきます。僕も継承を考える年齢になりました。
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