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原発避難いじめ

 福島原発事故で福島県から横浜市に自主避難している男子中学生がいじめを受けていて不登校になった事件、新聞で報じられた生徒の手記を読んで、本当に悲しくなり、また怒ってしまいました。そして、いじめをした生徒の言葉の背後に大人たちの姿が見えるのです。

 「ばいきんあつかいされて、ほうしゃのうだとおもっていつもつらかった」。金銭を繰り返し要求した同級生らに対しては、「ばいしょう金あるだろと言われ、ていこうできなかった」この言葉、大人の会話の中からも往々に発せられるものです。

 「放射能が感染する」という話しは、昨年ノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエービッチさんが書いた「チェルノブイリの祈り」にも同様のことが書いてあります。被災地から子どもが同じ教室で学ぶことを拒まれ、連れてきたペットを処分するように言われたということなどなどが、この本の随所にあります。

 確かに広島・長崎の原爆被爆者では、被爆者定義の中では、被爆地に入っていなくても、被爆者を看護、介護した人というのは「3号被爆者」として定義されています。これはまさに被爆者した人からの放射能による感染被爆とされるものですが、自主避難者とはまったく異なります。いじめをした生徒がここまで知っていたということはあり得ませんから、まさに大のつく偏見です。

 最近よく聞く言葉に「原爆被爆者の人はええノー。病院に罹っても金はいらんし…」というのがあります。確かに僕ら年代の3割負担というのは、結構な金額です。しかし、その不満を自分より弱い立場にいる人への、「羨ましい、腹が立つ」というのは、前向きな態度ではないと思います。

 政治の貧困や福祉・援護政策の後退を、そういう方向へ向けることは結果として、自主避難者援助を切り捨てることに通じると思うのです。

 それにしても学校や教育委員会は、本人や家族が訴えても警察からの情報を得てさえも、重大事態だとは捉えなかったということには、「なんで、どうして」とまさに理解が出来ません。

 学校や教育委員会も「大人社会の偏見」が感染していたのではないかと、思ってしまいます。

 「いままでいろんなはなしをしてきたけどしんようしてくれなかった」、この言葉の中に、大人・先生への絶望と彼の中にあった孤独感が、ひしひしと伝わってきて改めて涙が出ました。

 それでも手記の後半では、「いままでなんかいも死のうとおもった」としながらも、「でも、しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」の言葉に助けられました。

 ブログの前号で原発事故避難のことを書きましたが、避難計画についてもこの中学生が受けた体験も、考えながら計画を立てるべきではないでしょうか。

 しかし最大計画は、原発を止めることではないでしょうか。すでに1986年のチェルノブイリで学んだことだったと思うのですが。




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