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風邪、その後

 なにぶん21年ぶりの風邪ですから、セキ・熱・タンに苦しめられて、近くのクリニックに行きました。右肺の下部分から音があるから、肺炎だろうけど大きな病院でCTを撮ってもらった方がよいとのことで、そういう設備のある病院に行きました。1時間くらい待たされて、医者は僕の顔を見るよりもパソコンに向かって、グチャグチャと書いていました。ヨーロッパなどでは、医者は患者に向かって聞き取りをし、その内容は同席しているスタッフがパソコンに向かうというのが普通だと聞いたことがありますが。

 CTスキャンで撮影をしました。だいたいCTでは6ミリシーベルトの被ばく量といわれてますから、大量の被ばくをしたことになりました。CT被ばくによるリスクと、得られるデータで病気が発見されるというメリットを天秤にかけると、子どもたちや50歳くらいまでは、CT撮影でなく別の方法で病気を見つける方が良いのではと思っています。まあー僕は67ですから、放射線に対する感受性も少なくなっているのだから、メリットの方が多いかと自分を納得させていました。

 病院としては高いお金を使ってCT撮影装置を購入したのですから、元を取るためにもCTを使いたいという気持ちも分からなくはありません。

 結局は近くのクリニックで言われた通り、肺の右下に小さな肺炎があり、抗生物質の薬を服用することになりました。

 そこで思ったのですが、昔の人はどうやって病気を見つけ、どうやって病気を治していたかということです。昔といってもほんの20~30年前、医者の使う道具としては聴診器とよく在ってレントゲンくらいの時代です。医者は念入りに聴診器を使い、打診というのだと思いますが、手を使ってトントンと背中や胸をたたいていたと思うのです。

 粉薬をもらい、「まあー滋養の在る物を食べて、ゆっくりと休むこと」と言われたものです。親は卵とか牛乳、時にはスッポンを食べさせてくれて、休んでいるといつの間にか、直っていたように思います。「越中富山の…」の置き薬も効くのやらどうやら分からないまま、飲んでいたように思います。

 結局僕の風邪も、最初のクリニックの医者が診断した通りでした。CT撮影のために無駄なお金を使い、同じような薬をもらいました。

 最近は医療過誤問題などのために、病気についてきちんと特定させなければならないことは分からないでもありませんが、そのためか過度にデータに頼りすぎのような気がしてなりません。

 黒澤明映画に「赤ひげ」というのがありますが、聴診器も無い時代に医者は念入りに問診を行い、打診・触診という方法で病気を見つけ、漢方薬を作って自然治癒能力を引出しながら、治療を行っていたと思うのです。

 この前、ある保険会社のセールスマンが「万が一の時には、○○のお金が出ます」と言いました。僕は「万がいちー?人間の致死率は100%じゃあないだろうかなあー」と答えていました。

 それでもだいぶ回復の方向に向かっています。この日曜日は義父の7回忌法事でお経を読むことになっていますし、12日からは北海道の幌延へ行くことになっているので、それまでには何とかしなければというプレッシャーと、抗生物質も薬にして奮闘しています。

 娘から「父さんも65歳を過ぎているのだから、西田敏行がコマーシャルしている肺炎球菌の予防接種をしなさいよ」と言われました。
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