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敦賀に行っておりました

 27日~28日まで、福井県敦賀市に行っておりました。2年に一度の反原発新聞総会が行われ、総会に合わせて原発見学ミニツアーが行われたのです。

 JR敦賀駅を降りた時、瞬間的に僕が子どもの頃の国鉄五日市駅前を思い出しました。駅前の幅だけは広いという感じの道路、閑散とした商店街、でもほとんどが「シャッター」です。駅前をうろうろしていたら、「みんなで昼ごはんを食べているんだー」と後ろから声を掛けられました。同じ総会参加者の友人です。その店は麺類を主に食べさせる店でした。総会参加者の5~6人と、その他のお客さんが2人いましたが、誰のテーブルにも注文品が置いてありません。麺類を作る人、持ってくる人が同じだという感じで、僕には注文も聞かれませんでした。何分かはいたのですが、迷惑をかけたという感じなので、そして「セッカチの省ちゃん」ですから、「僕は駅内の立ち食いで食べるわ」と言ってこの食堂を出ました。それが大正解だったようです。総会会場へ行くと「注文品はだいぶして出て来たけど。味が悪かった」と友人が話していました。

 ミニツアーでは、最初に美浜原発まで伸びているとされている、破砕帯を見に小高い山に上がりました。破砕帯とは、岩盤が割り砕かれて、多くの隙間を持つようになった地層のことです。 断層の運動などによって発生し、通常の地盤に比べて軟弱で、地下水などが含まれている場合も多いとされています。そこには関西電力の仕事をしていると思われる調査会社の人が、4人ほどいました。地層調査で必要な道具は、ハンマーの小さなシャベルです。皆さん持っています。破砕帯を指で実感することができました。スケジュールでは先に白木浜に行って高速増殖炉「もんじゅ」を外から見学する予定でしたが、雨が心配で破砕帯を先にしましたが、これが正解だったようです。

 続いて白木浜に行って「もんじゅ」を見学、白木浜には名古屋ナンバーなど県外車の車が何台も停まっていて、若い人たちが海水浴を楽しんでいました。

 続いて美浜原発PR館に行って休憩を兼ねた館内見学、説明員の人が丁寧に話してくれました。「1号・2号は昨年廃止しました。3号機は建設されて39年ですが、この12月にも運転開始できるように頑張っています」と。僕は「まあー頑張ってください。1号機が発電したのは、大阪万博の時ですよね。覚えていますよ、1970年3月14日、僕の友人でこの日が誕生日というのがいますから。もうあれから46年なんですよね。もう友人も年なんだー。美浜という言葉、美しい浜の町、良いですよねー」と、意味不明の激励をしてあげました。

 一点だけこのPR館の説明文で気に入ったところ、廃炉にした後の使用済み燃料について「再処理工場または中間貯蔵施設等へ搬出する計画です」と記していました。この中間貯蔵施設等の「等」が『くせ者』なのです。

 1・2号の廃炉が決まり、40年近い3号の再稼働を目指している関西電力と美浜町、美浜町は次の原発を建設して欲しいと町議会で決議したようですが、関電の本音ではその気はまったく無いようです。美浜原発を望みながらの海沿いの道、やはり砂浜で海水浴をしている若者を多くみました。

 新聞でも大きく報道されていますが、27日には高浜原発で、28日には大飯原発で過酷事故が起きたとの想定で、国や福井、滋賀、京都の各府県と兵庫県を含む関西広域連合が主催して、広域避難訓練が行われていました。

 私たちの会議に島根から来た人、28日の朝「同じホテルに島根県庁の人で知った人がいた」と話していました。島根原発の在る島根県庁の人もやってきていたのですね。携帯電話のメールには数回の「訓練情報」が入ってきました。

 このブログを書くために、どんな内容だったのかなあーと探してみたのですが、どこにも残っていません。「どうしたもんじゃろのー」という気がしています。消した記憶はありません。福井県を離れると自動的に消えるとか、そんなことは無いと思いますがねえー。



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