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母の命日がやってくる

 7月30日は、母の命日。15年目の日がやってくる。
 母は32歳の時、広島で被爆した。肩から背中にかけて火傷をした。原爆から4年後に僕が生まれ、その4年後に母は連れ合いを病気で亡くした。
 
 それまで主婦だった母は、仕事をして僕たち3人の子どもを育てた。

 職場でどんな感じで働いていたのかは知らないが、以前同僚だったという人から聞いたことがある。「お母さんは気の強い人で、うち(自分)を、早よう未亡人にしてしもうた主人が憎たらしいので、墓なんかにゃあ、参ってやらん」と話していたという。その同僚の人はこんなことも話してくれた。「省治(僕のこと)が、家で待っとるけえ、早よう帰ってやらにゃあいけん」とも。
 子どもの頃には思いもしなかったが、職場の人間関係などで、さぞかし苦労もあっただろうと、今になって感じる。

 母が亡くなって、僕は少しうつ状態にもなった。

 しかし、今は足もとに母がおり、記憶は全く無いけど父がいて、還暦を前に急死したすぐ上の姉がいる。そして、先に逝った多くの素晴らしい先輩たちが。その人たちが、足もとにいると思うと「足腰が強くなった」というか、その人たちの上に立たされているという、強さを感じる。そして、使命のようなものも。

 32歳で被爆し、今年は原爆から68年。ということで、今年は母の生誕100年でもある。母と生年月日まで同じ、1913年3月4日生まれに詩人の栗原貞子さんがおられる。「生ましめんかな」「ヒロシマというとき」などの多くの詩を書かれた方である。

 母が亡くなった日も暑かったあー。
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