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もうすぐ3・11から5年

 もうすぐ5年目のあの日がやってきますね。今年はあの年と曜日の並びが同じなので、「あの年の今日は?あの時は?」という感じで思い出します。一年前のこのブログでも書いたか分かりませんが、僕は3月6日に京都で会議があり、会議が終わった後に、茨城県の水戸に向かいました。夜遅く水戸に着いた時、寒くて雨が降っていたのを思いだします。

 茨城では1999年9月30日に起った、JCO臨界事故で被害を受けた方に会って話しを聴くことと、その地域を視てまわることが目的でした。東海村の村会議員をしておられる友人に、たいへんお世話になりました。東海村は雪が降っていて、道はシャーベット状態になっていたのを思いだします。

 本来なら水戸での用事が終わると福島県の双葉町に行き、福島原発で働いたことのある人に原発労働について話しを伺うことにしていました。しかし、この人の奥さんが亡くなられて間もないということで、双葉町行きは諦めて3月9日の夜遅い新幹線で広島に帰りました。

 10日・11日は職場に出勤し、11日は午後3時前に休憩室で休んでいる時にテレビからのニュースで地震を知ったのです。あのまま双葉町に行ってたらどうなったか、生きてたか死んでたか、生きていたとしてもどうなっていたか、今でも思います。

 3・11から5年ということで、新聞は大きくスペースを割いて記事を書いています。それらを読んでいてつくづく思うのは、5年経ってもほとんど何ひとつという感じで状況は改善されていないことです。

 福島第一原発の廃炉作業が終了するのは、何時のことでしょうか。終了するのにいくらのお金がかかり、どれだけの被ばく者を作るのでしょうか。終わらない原発はずっと生き残り、人間はどんどんと入れ替わっていく、本来責任を取らねばならない者たちは、ノウノウと亡くなっていく、まるで他人事のように、本当にふてぶてしい話しです。

 最近3・11が教えてくれた僕たちへの忠告、ということを考えていました。それなりに考えた、僕の中間結論というのを聞いてもらいたいと思います。

 それはリスペクト(respect)ということです。日本語では「尊敬する」「敬意を表する」「価値を認める」という意味ですが、このリスペクトが特に弱い立場のものや、価値ある歴史などに対して無くなっているのではと思うのです。子どもたちに、年寄りに、田舎に、自然に、在日の人たちに、そこに流れている川や森に、難民とされている人たちに、格差社会の犠牲者に、歴史や風習というものに、そして何よりもこの日本が最も大切にしなければならないはずの平和憲法にです。

 リスペクトを奪う、その最たるものが戦争であり原発だと思うのですが。今年で5度目の3・11、あの時の僕が何をしていたということが、リアルに思い出されるから特に考えるのかもしれません。

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