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葬儀

 先日、いとこが亡くなり葬儀に出席しました。葬儀は会館のようなところで行われました。最近の葬儀はほとんどが、そういうところですね。

 知人に葬儀会社で仕事をしているのがいますが、最近は家族葬という形が多く、以前のような大規模で豪華なのが無くて、そして葬儀会館も増えて儲けにならないと愚痴っていました。お寺の僧侶をしている友人もいますが、彼の仕事のほとんどは葬儀会社からの連絡からというもので、葬儀会社に見放されたら仕事にならないと、これまた愚痴っていました。お寺、門徒、という関係の希薄さを感じます。

 僕の妻のルーツともいえるところは、瀬戸内海の島です。橋が架かっているので陸続きで行けますが、田舎です。

 ここでの葬式は、集落の中の石で造られた祠のようなのが在り、その前に棺桶が並べられて行われました。祠は集落全体の物ですから、お金は掛かりません。

 葬儀が終われば、荼毘にするということになりますが、この集落では、正月が来るとこの集落の人たちが山に入って、雑木や枯れ木などの燃料を採って決まった場所に貯蔵しておくというシキタリがありました。その年に亡くなる人の火葬をするために使う燃料です。

 火葬場は山の斜面のような所に小さな場所があり、お棺は大八車のようなのものへ積んで、そこへみんなで運びました。その場所に薪や枯れ木などを、火がつき易いように並べて、その上に遺体を横にするスペースがありました。一度だけその場を視たことがあります。遺族は、荼毘にしてくれる人に、一升びんのお酒と冷奴を持参するというのが慣わしでした。山の中腹からは、煙が上がっていたのを思い出します。約半日は掛かったと思います。

 火葬が終わると遺骨を自宅に持ち帰って、仏壇の前で僧侶にお経を読んでもらうのですが、そうすると後の方に居る人から、仏壇方面にお金が何にも包まれずに投げられました。まさに投げ銭という感じでした。とても興味深い体験をしたのを思い出します。この形の葬儀は、妻のお祖父さん、お祖母さんでは行われました。まさに入会の習慣であり、みんなで助け合う姿です。

 従姉妹の葬儀では、受付けで香典を渡すと会館の女性職員が「中味を拝見します」と言って、中を確認して「お返しはこのA~Dの中からお選びください。お帰りの際にはご用意いたしておきます」とカタログを見せながら言いました。お返しは…は別にして、香典の中味を後に並んでいる人にも聞こえるように言われるのには、とても恥ずかしいという思いでした。「こいつケチだなあー」とか、「見栄はって」と思われるのではと思って。以外とこういうのが恥ずかしい体質なのです。昔から香典泥棒というのがありますから、分からないでもないのですが、余りにも味気ないという感じです。

 火葬場には煙突というのがありませんでした。最近はIHヒーターの要領でやるのでしょうかね。

 慶応義塾を創設し教育者であり哲学者でもあった福沢諭吉が、1901年2月3日に亡くなった時、その葬儀には自宅からお寺までの間に約1万5000人が集まったとされています。そして福沢諭吉を慕う慶応の学生たちが、「僕にも棺桶を持たせてくれ」と強く頼みながら泣いたそうです。

 最近友人が生前葬をやるから来てくれと連絡がありました。仕方ないから行きますけど、生前葬に行ったら本葬の時には参加しませんよ。

 そういえば最近、家の玄関に「忌中」という紙を貼っている家を見なくなりましたね。どうしてでしょう。妻のルーツのような場所での葬儀のこと、こんなのが、ほんのこの前まであったのだということは、せめて孫には話しておかなければなりませんね。


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