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いたずらに「空気」を読むことはない

 僕は子どもの頃は弱虫ですぐに泣いてしまうような男でした。それでもみんなの前では、それなりに意見を言ってました。この性格は大人になっても、そして老人と呼ばれる今となっても、変わっていないと思います。

 もちろんこの年齢になると、それなりに配慮したり気を使うことも多くなりましたが、配慮したり気を使い過ぎて、言えばよかったことを発言しなかったりすると、後で強く後悔します。

 平和運動や原水禁などの会議に参加することが多いので、特に若い頃は「生意気」だとか、そういうことを言われていました。それでも以前のこのような会議は、みんなが喧々諤々(けんけんがくがく)の議論がされていました。例えば、ヒロシマの「加害」と「被害」の問題とか、核の「平和利用」に関する考えに違いなどなど、それは本当に活発でした。この頃の経験は懐かしいですし、僕自身の成長に大きく役立ったと思っています。その頃の僕は圧倒されて黙っていることの方が多かったと思います。

 それが最近の会議の多くは、ほとんどの人が発言をしません。僕なんぞが「普通」のことを聞いても、会議の参加者のほとんどが下を向いて黙っています。まるで発言することは「けしからん」という「空気」です。それも「平和であらねばならない」組織の会議です。もちろん僕の考えに反対も賛成もあるは当然のことです。それなら反対だと僕がガツンとくるほど罵倒しても良いと思うのです。

 こういう雰囲気は、職場にもありました。「発言すること」や「抜け駆け」は許せないというものでした。職場で「あの人KY」という言葉もありました。普通「KY」というと「危険予知」だと思っていましたが、このKYは「空気読めない奴」という意味でした。
 職場には、正規・非正規というように頭ごなしの、非正規にはものが言えない「空気」というのがあります。だからこそ、それでも「言える」環境を作らねばならない使用者の責任があると思います。

 平和運動の会議でも職場でも根底に信頼関係があると、寛大な気持ちでケンカが出来るし、議論が成立すると思うのです。

 長崎県新上五島町で昨年4月に中学3年生の生徒が、いじめのことで自殺するということがありました。この自殺問題を検証するために町が設置した第三者委員会が、繰り返し悪口を言われるなど「過酷ないじめ」が原因で「生きている価値がないと思わされるほど追い詰められ自殺した」とする報告書が、町に提出したというニュースがありました。

 この自殺した生徒は、学級委員になり、授業中にも積極的に挙手をするなどをしていたそうです。そのために「出しゃばっている」と悪口の対象となったようです。

 この生徒が夏休みの宿題で書いた「空気」という作文に涙が出ました。それは「いじめの原因は何かを伝えよう。それは『空気』だ。いじめをしなければ自分がやられてしまうという空気」「いじめの加害者・主犯格でさえ空気によって動かされているのだ」と。
生徒の中には、自殺した少年に対して羨ましいという気持ちもあったように思われます。でもみんなが「空気」に従い、「大きなものに巻かれていた」のでしょうか。

 まあー考えてみれば国会議員や大臣にしても、自民党会社の安倍社長には抵抗できないという「空気」がありますからね。だから「ゴマメイ(ゴマすり名人)」、「イエスマン、ウーマン」が大きな顔をしているのですね。

 1月26日の毎日新聞「記者の目」という記事に、長崎支局の樋口岳大記者が“「空気」見過ごした学校”と題した文を書いていました。その最後の3行は“「空気」に従うことの代償の大きさを社会全体が重く受け止めるべきだ”。その通りだと思いました。子ども社会に起っていることは、大人社会にも起きていることなのですから。



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