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被爆体験から学ぶこと

 「被爆体験の継承」といったら、聴いたり、観たり、読んだりした体験から、想像によって「その時」を自分の中に再現」し、「もう二度と原子爆弾はいけない、平和な世界を」という気持ちになることだと、思っていました。

 12月6日、「原爆被害者相談員の会」の主催による講演会が行われ、それに行ってきました。講演をしたのは長い間、医療ソーシャルワーカーとして病院や大学で働いてきた方でした。これまで、たくさんの原爆被害者に接してきてことからの体験を、淡々と話されました。

 その体験から講師の方が得たものが、次のことでした。これには強烈なインパクトがありました。
1、凛として生きる。
2、修羅場を超えてきた人が持つ揺るがないド根性。
3、権力に怯まない。
4、困難を抱えた人への優しさ。
5、公憤を抱き続け諦めない。
6、自己開示に潔さ。
7、衰えない学習意欲。
8、助けを求める勇気。
9、仲間への親和性。
でした。「平和」とか「放射能」とかいう言葉はありません。

 この話しを聴いていて、思い出したのは母のことでした。自慢のようにもなりますが、母はそんな女でした。あえて無いところと言えば、8の「助けを求める勇気」は身内以外にはしなかったように思います。

 エピソードになりますが、母は郵便局で働いていました。爆心から2㌔少しの皆実町というところで原爆に遭いました。夫、僕からは父ですが父は42歳で亡くなりました。僕が4歳の時です。母は結婚してからは専業主婦でしたが、結婚前に郵便局で仕事をしてた関係から、当時にはあった「未亡人対策」で、郵便局に復職し、3人の子どもを育てました。

 母は、郵便局で扱う外国郵便の宛先が読めず、こっそりとその郵便物を自宅に持って帰り、僕にどこの宛先なのかを訊ねました。同じ郵便局で働いている人に聞けば良いものをと思いましたが、それはしませんでした。
ただ「USA」だけは覚えていて、「USA」だったら安心したようです。今なら処罰ものですね。今でなくても処罰ものでしょう。見方によっては、とても勝気な母だったのです。

 上の9個の項目に、もう一つプラスするとしたら「孤立を恐れない強さ」だとも思います。だから「他人とつるんで何かをやる」というのは苦手だったことに通じていました。

 ここまで書くと、なんだか冷たい嫌われるタイプを思われるかも知れませんが、親分肌ではありましたが、それなりの人気者でした。当時の母を知る人からは、「お母さんは優しい人でねえー」というのは、何度も聞きましたから。

 上の9項目、地獄のような辛い体験をし、その中で人間の本性のようなものを観て、だからこそ持つことのできた、「体得」したものなのでしょうか。講演のレジメとして配られた物には、最後に次のような言葉が書いてありました。

 日常的な生きる姿を受け継ぐことで、自らの思考を選択する。子や孫に意図的に伝える。理不尽なことや、困った人々の力になるため、変化を生みだす働きかけに向かわせる。そして最後のゲーテの言葉「人はただ自分の愛する人からだけ、学ぶものだ」というものです。

 生きていたら102歳の母ですが、こんな話題で話しがしてみたい。(涙…)

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