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情報ツールで考える

 僕の場合、情報を得る手段は、まずは新聞、そして専門紙、メール、メーリングリスト、フェイスブックなどでしょうか。

 15以上のメーリングリストに加入しています。原発をめぐる各地の動きは、昼夜関係無く、まさに24時間体制で入ってきます。
  これらの情報を得るために、パソコンは必需品です。外出中にも、必要なためワイファイ用で使えるモバイルパソコンも持ってしまいました。これらのツールを使っています。だけど、スマートフォンは持っていません。理由は、あの手を滑らすのはどうも苦手なような感じがしますし、大きな理由は老眼で小さな字は読めないからです。そして、先日も書きましたが、DVDで映画を観るのが趣味ですから、スマホでは不可能だと思っているからです。

 2003年に発刊された中公新書、「ケータイを持ったサル」というのを読みました。著者は、正高信男さんです。今のようにスマートフォンは無かった時代ですし、携帯に対する頭からの偏見というか、使い方によってはとても役立つ物だという視点は少し持ってもらいたいという気を著者にも感じますが。
しかし、今の若い人たちを中心にした、「失語症の時代」に対する懸念の部分はとても興味深く読みました。
 
 そう言えば、失語症の時代という本も本棚の中に納まっていました。正しくは、「『勉強しなさい』しか言えぬ親たち-失語症の時代」というタイトルでした。この本は1979年の本ですから、「ケイタイを持ったサル」よりも20年以上前です。時間的には20年以上の離れがあるのですが、その根底の親たちの苦悩には共通点があるように思うのです。

 「失語症の時代」の子どもたちが親世代になり、その子どもたちが「ケータイを持ったサル」になって、心配されているという時の流れとなります。これから20年過ぎたら、どんな題名の本が出て、その時代を風潮するでしょうか。

 「絵文字でしか笑えなくなった人類たち」はどうでしょうか。「ケイタイを持ち始めた猿と、携帯を捨てたくなったサルたち」を、僕は望むのですが。

 「電子書籍は使わないの」と訊ねられたことがあります。新しいもの好きの僕ですから、買いたいなあーと思い友人のを貸してもらいましたが、止めました。本の場合は、ペラペラとめくって先を見ることができますが、電子書籍はそれが出来ないことは無いようですが、あのペラペラという感じは持てません。だから、電子書籍は購入しませんでした。

 それにしても、町中から小さな書店が無くなっていることは、とても心配です。アマゾンに代表されるインターネット書店の増加からでしょうが。確かにアマゾンは便利だと思いますけどね。

 町中から、たばこ屋さんが自動販売機に替わった時、タバコ屋のおばさんの顔が見られなくなり寂しく思ったことが有ります。「フェイスtoフェイス」が無くなり憂いたものですが、インターネットでフェイスブックが普及している状況を思うと、頭の中がますます混乱してきました。

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