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童心寺物語

 小学生か中学生の頃かはっきりした記憶がないのですが、学校に「童心園(どうしんえん)」から通学している同級生がいました。正しくはこの地の、戦災児育成所の施設の中に建てられたのが、「童心寺」というお寺です。僕らの記憶では「童心園」で通じていました。

 戦災児育成所は原爆孤児たちが暮らしていた施設で、ある個人の人の努力で原爆の落ちた年の12月に開所しています。

 友だちになったのは、その中の二人です。男子の名前は、はっきりと覚えています。どこかでこのブログの事を知ったら是非とも会いたいので、あえて名前を書きますが福間如月(ふくま きさらぎ)くんです。如月くんですから、たぶん2月生まれなのでしょうね。

 昨日、佐伯区民センターで被爆70周年記念演劇 廣島戦災児育成所 童心寺物語が上演され、観にいきました。

 僕は原爆から4年後の1949年生まれで、如月くんも同級生です。だから原爆孤児では無かったと思いますが、彼には両親がおらず、ここから通学していました。お昼の弁当時間になったら、弁当を持ってこなかったのか食事もせずに運動場の端辺りに座っていました。ここから通っていた、もう一人の女子は食べていましたから、弁当を作ってもらわなかったのではないと思いますが。

 ここのことは映画「青葉学園物語」にもなっています。今はシャッター商店街の状態みたいですが、僕らが「マーケット」と言っていた商店街でロケをしたのも思いだしました。青葉学園の子ども達が広島市内の百貨店に遊びに行ったときシーンに、その通りが使われたのだと思います。

 それにしても舟入高校演劇部の舞台は感動でした。「原爆」や「ヒロシマ」をテーマにした創作劇に取り組んで、その歴史は40年以上ということですから、歴史も伝統もある演劇部です。僕も演劇は時々観るほうですが、高校生演劇は大人のよりも感動させると思います。

 このことを作家で同じように演劇に興味を持っている友人に伝えたら、「演劇は楽しいですよ!特に高校演劇は最高です。あざとくないからね。」と返事がきました。言葉を知らない僕ですから「あざとくない」の意味がすぐに分からずに、インターネットの辞書で意味を調べました。なるほどねーそういう意味なのか。

 この演劇部のモットーは「目線を高く、いい顔で」、これも良いですね。良い言葉などはすぐに取り入れる性格ですから、僕も今からはこれを頭に入れて明るい顔で前に向きたいと思いました。

 この童心寺は老朽化して、1980年1月に解体されました。戦災児育成所は、今は障害者通所施設の皆賀園(みながえん)となっています。

 ちょっとした違いで原爆の時に3歳だった姉は、原爆孤児になっていたかも分かりません。僕なんぞ、この世に生まれてくることすら出来なかったのです。原爆から70年、今「継承」ということを考えています。

 それにしても福間如月くん、今、どうしていますか?話したいことがたくさんあります。

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