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「あの時は言える時代ではなかった」は聞きたくない

 NHKが放映した、フェイス「届かなかった声 ~新資料が語る“海の特攻”の真実~」というのを観て思いました。

 “海の特攻”といわれた人間魚雷「回天」と、潜水具を身にまとった兵士が竹ざおの先にくくりつけた爆弾で、敵艦を自爆攻撃するという「伏龍(ふくりゅう)」の話しです。

 どちらも大きな欠陥がありました。「回天」は、行き先をコントロールするハンドルが効かないのです。そして「伏龍」は海底で岩などに当たった時、海水が化学反応をして、毒ガスを吸い込んだようになって死んでしまうというものです。これらの欠陥は、どうも作った段階で分かっていたようです。

 テレビには、元・「回天」乗り組み員だった、既に90歳は超えた人が出ていました。これらの「兵器」の致命的な欠陥を明らかにした物を見て、「分かっていたけど、あの時は言えなかったのです」と、反省の顔で話していました。「言えなかったのです」というのも、時代が時代ですから分からないでもありません。しかし、なんとなくどうしても不愉快でした。

 これと同じようなことを、7月11日付けの朝日新聞「原発回帰 再稼働を問う」の核燃サイクル再開にらむ、の中で日本が核燃料サイクルでプルトニウムを持ち続ける政策についての記事から、思っていたからです。

 記事の最後部分ですが、1988年の時に外交官で、元原子力委員長代理だった人の言葉です。プルトニウムを持たない方が良いのではと思った部分で、「それは、みんなそう思ってるんじゃないか。私に言わせれば、心の中では思っていても、言ってはいけないことだが」とのくだりです。

 「回天」「伏龍」、そして核燃サイクルのことも、同一だったからです。誰を守るために、この人たちは「言えなかった」のかということです。それは多分に自分そのもの、家族、そこから生まれた社会的・経済的な地位、「バカにするな」と叫びたくなりました。

 中国電力もその時は責任ある地位だった人から、「あの頃は言えなくてねえー。ご迷惑をかけました」という類のことを聞くことがあります。「応援していますから頑張ってください」とまで言われると、蹴飛ばしてやろうとも思うのです。。

 僕も長い間サラリーマン生活をしましたが、職場でも言わねばならないことは言ってきたと思います。そのことを自慢しているのではありません。最近の状況を観ると、なかなかものの言えない構造になって来ているようにも思うからです。思っている意見が言われない社会、口を閉ざしてしまわざるを得ないような社会にさせてはいけません。
 「あの時は言える時代ではなかった」と言い訳はしたくありませんから。

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