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上関原発、スラップ訴訟最終局面へ(その1)

 始まりは2009年9月からです。14万平方㍍もの海を埋め立てなければ建設ができない上関原発は、前年の10月に山口県知事は埋め立て免許を交付しました。埋め立て免許は、免許交付から1年以内での工事着手、着手から3年以内に工事を完了させるという条件を付けました。

 中国電力は、1年以内とされた工事着手を工事予定海域周辺に灯浮標(ブイ)9基を設置することとしました。このブイの運び出しは、「田名(たな)埠頭の戦い」と言われるように、上関の隣り町、平生(ひらお)町の田名埠頭に置かれていたこのブイを、運び出さないための抗議行動でした。
 9月7日から始まったこの戦いは、海上からは祝島の漁師さんたちが、お互いの漁船を「もやい(ロープ)」で結んで、埠頭前海域に並んだのです。陸地側からは、地元の人たちが中心となり、全国各地から支援にやってきた人たちの抗議の声でした。

 この田名での戦いは、上関原発のことを全国に知らせることになりました。各地から多くの人たちが田名にやってきました。色とりどりの「原発反対」バナーも連帯のしるしとして並びました。

 結局ブイの海上設置は、着手期限が迫った10月7日、台風接近という悪天候の中で、別のところに置いていた中古の物を2基ほど予定海域に設置し、中国電力は着手としたのです。

 田名での戦いは、残り7基のブイを運ばせないということで続いていましたが、現場は上関原発計画地の上関町四代(しだい)田の浦へと移りました。そこで、11月を迎えたのです。

 中国電力は大型重機を積んだ工事船を、埋め立て予定地の取水・排水・本体設置場所海域の3カ所へ強引に運んできました。着手にも相当に手こずったので、中国電力自身に焦りと苛立ちがあったのかも知れません。この場所でも多くの人たちが抗議の声を揚げましたが、その中の4人の人が中国電力から訴えられたのです。

 4人の内、二人は祝島で長い間上関原発反対運動をしていて、現在「上関原発を建てさせない祝島島民の会」代表をし、町会議員をしている清水敏保さんと、漁師の橋本久男さん。そしてもう二人はシーカヤックガイドをしている原康司さんと、広島で特に海の環境を守るための運動をしている岡田和樹さんです。

 中国電力は工事が妨害され損害を受けたとして4人に対し、4800万円の損害賠償を求めたのです。これが上関原発スラップ訴訟の起こった背景です。

 スラップ訴訟とは、国や大企業が原告となって、それに反対する個人を民事裁判で訴え、発言や取り組みを封じる事を目的に起こす訴訟戦術です。中国電力は、この年の12月に訴訟を起こし、それから約5年6か月延々と裁判が続きました。

 5年以上の間には、当初4800万円としていた賠償額を3900万円に値下げするという値切りもありましたが、「裁判を長引かせて、被告とされた4人の負担を大きくし、上関原発反対運動を弱める」という目的でしたが、いよいよ裁判の大きな山場である本人尋問となり、昨日6月10日の第28回公判で二人の尋問が行われました。残りの二人の尋問は7月1日に行われます。これからの裁判の流れとしては、本人尋問が行われたら双方が最終準備書面を提出し、年内かあるいは来年早々に判決が出る予定です。

 6月10日は、広島からも岡田和樹くんの地元の県東部から大型バス1台、広島市内周辺からは中型バス1台、そしてマイカーなどでの支援行動が行われました。バスは2台とも満席札止めとなりました。

 裁判の傍聴定数42人に対し、これまで最大の196人が裁判所前に並ぶという狭き門になりました。もちろん山口県からの参加も多く、公判終了後の報告集会では北海道から沖縄までの参加者があったということが話されていました。

 アメリカ人で詩人、絵本作家で「被告4人を応援する応援団」の団長をしているアーサー・ビナードさんも参加してくれました。

 字数の関係で二人の尋問の内容については、次回に譲ります。お楽しみに!


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