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映画・生きものの記録

 黒澤映画で1955年に公開された、「生きものの記録」というのがあります。原水爆禁止運動に関わっていて、僕らと同世代かそれ以上の人なら、いろいろな意味で影響を与えた作品だと思います。

 鋳物工場を経営している主人公の中島喜一は、「小金持ち」という、それなりのお金を持っています。かれは核兵器の脅威から逃れるために地下家屋を作ったりしましたが、ついにはブラジルに移住すると言いだし、そのために全財産を投げ打とうと本気で計画し、家族や何人もいる妾を誘います。そのためには鋳物工場も閉鎖するというのです。

 これに対して、家族から家庭裁判所に対して父・中島喜一を準禁治産者とする申立てが行われるのです。準禁治産者とは、本人が自分の意思で財産の処分が出来ないというようになることです。この喜一を演じる三船敏郎と、家庭裁判所の調停官役の原田を演じるのが志村喬です。ひと言でいえば、日本の状況に危機感を持ち行動を起こそうとする主人公が、日常の生活を優先する家族から攻められるというものです。

 喜一はとても「マメ」な男です。何人もいる妾に対してもきちんと生活費を渡し、その暮らしにも気を使っています。

 調停官の原田は喜一の訴えに心を動かされるのですが、結局は準禁治産の申立てを認めます。

 喜一は子どもたちから「どうせ人間は死ぬのだから」と説得されるのですが、この時の喜一の言葉が今でも僕の心に残っています。それは「死ぬのはやむをえん、でも殺されるのはいやだ」というものです。

 この映画に対する評価は、様ざまでした。映画監督の大島渚は「鉄棒で頭を殴られたような衝撃を受けた」と言い、弁士であり作家でもあった徳川夢声は黒澤に対して「この映画を撮ったんだから、君はもういつ死んでもいいよ」とまで言って絶賛したそうです。でも興行的にはお金にならなかったようです。

 「世界終末時計」とも「運命の日時計」とも言われるのがありますが、今年2015年は3分前としました。これは東西冷戦の時代と同じです。今年が3分前になった理由は気候変動と核軍拡が進んでいるとしていますが、福島原発事故や、着々と進められる戦争法律の動きを見ると実感させられます。

 黒澤明は「関東大震災の時の記憶が作品の根底にあった」と著書の中に書いていましたが、僕は福島原発事故によって、この作品のリアリティを強く感じています。

 映画の結末は、あえてこの場では書きませんが、最近改めてこの映画をレンタルDVDで観ました。皆さんにも観ていただいて、この映画の現在におけるメッセージについて熱く語り合いたいと思いますよ。

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