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後藤健二さんの殺害とアベシンの責任

 後藤健二さんが「イスラム国」に殺害された、ボカシの無い本物の写真を友人が送ってきました。その写真を観て改めてその残酷さを知らされました。怒り・悲しさ・悔しさ・後藤さんを失ったことのもったいという気持ち・落ち込みという思いでいっぱいです。

 後藤さんら二人が誘拐されたのは昨年のことです。新聞にも記事があったのを思い出します。であるのになぜアベシンは1月に中東へ行き、あんな発言をしたのでしょうか。中東に行ったことを非難する気はありませんが、エジプト、カイロでの発言はどうしても許せません。

 全文は省略しますが「過激派イスラム国がもたらす脅威を食い止めるために、イスラム国と戦う周辺各国に2億ドルの支援を約束する」というものです。

 こんなことを外交の舞台で発言することは、「殺してもいいよ」と促しているようなものです。レベルの低いつまらない塊りのような男ですが、国民から選ばれて総理大臣という仕事をしているのは間違いありませんから。僕の周りにもすぐにカッーとなるのがいますが、総理大臣と一般人とは違います。

 後藤さんが殺害されたことが明らかになった朝の会見で、アベシンは涙を流していたと報じられていましたが、涙はこういうタイプ(ある種の病気持ち)の人間によくある性格というか体質だということを、何かの本で読んだことがありました。

 アベシンは集団的自衛権行使を容認した昨年7月の閣議決定で「武器使用を伴う在外邦人の救出についても対応できるようにする必要がある」と明記しています。この国は70年前に反省し、二度と戦争はまっぴらゴメンという気持ちから憲法9条を世界中に自慢したのではないでしょうか。

 一方で「自業自得」「勝手に行ったのだから」という声が起こっているのも、悲しくて寂しくて、その浅はかな発言に落ち込みます。「後藤さんには数回の渡航中止要請をしていた」という政府側の人の発言もされていました。これは日本人は「変な」思いを持たずに、スマホ携帯でゲーム遊びでもして、正義感や国のやることに疑問を持ったり反対するなどせずに、日々しっかりと働いていればいいんだと言ってるようなものです。

 ジャーナリズムが本来のやることをしないで萎縮し、ホントの現実を報道しないという状況の中で、後藤さんら本気のジャーナリストが頑張っていたのではないでしょうか。

 アベシンの責任は重大です。これぞ辞職ものだと思います。それにしても野党の追及も軽い。後藤さんのお母さんの「悲しみが『憎悪の連鎖』となってはならないと信じます」という発言、これには涙でした。

 僕も子どもも孫もいますが、これらの子や孫が後藤さんのような仕事をしたいと言ったら、僕は許可すると思います。嫌、許可するもしないもなく、自慢したいものです。

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