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藤圭子の死

 藤圭子が死んだというのを、パソコンの検索サイトから知ったのは、22日の夜、京都のホテルに戻った時。

 藤圭子の大ファンだった。もちろん歌手だから、創られた藤圭子像からだけど。彼女は、とても素直な人だったと思う。自分の気持ちに素直だから、同じ人と結婚、離婚、再婚、離婚を繰り返すなどといったような、いろいろな「問題」も起こしたのだろうけど。この問題というのは、極めて生き方の価値観が、限定されている今の尺度からの「問題」だから、これがすぐに悪いとは言えないだろう。

 自分に素直、強いしかし涙もろい、世間の常識を嫌う、子どもよりも自分を大切にする、自分の意見や考えを通す、通らないと抵抗はするけど徹底的には戦わない、笑顔を見せるけど真から笑っていない、そんな藤圭子像が僕の中にはあった。

 「新宿の女」「圭子の夢は夜ひらく」いつも口ずさんでいた。

 新聞に作家の五木寛之がコメントを載せていた。藤圭子の歌を「怨歌」と表現した人だ。
「1970年代のデビューアルバムを聞いたときの衝撃は忘れがたい。まちがいなく『怨歌』だと感じた。ブルースもファドも『怨歌』である。当時の人びとの心に宿ったルサンチマン(負の心情)から発した歌だ。このような歌をうたう人は、生きづらいのではないか。日本の歌謡史に流星のように光って消えた歌い手だった」

 やれやれ、いやはやである。

 繰り返し、繰り返し「新宿の女」と「圭子の夢は夜ひらく」をCDで聴いていた。僕は、藤圭子の持ち歌では無いけど「東京砂漠」を歌う声が好きだ。

 長崎で買った「長崎ちゃんぽん」を食べながら、昼間から缶ビールを一本飲んだ。今日は、藤圭子気分を過ごしている。
 
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