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広島市草津町

 広島市草津町(現・広島市西区草津町)の秋祭りは、毎年シーズンのトップで行われていました。今でもそうです。その理由は草津町が魚の町だったからです。今は広島電鉄の宮島線の電停で「草津南」という駅になっていますが、以前は「魚市場前」という駅名でした。

 魚の町と秋祭りがトップということの関連が分からない人も多いと思いますから、説明をしますが魚の町には蒲鉾を作るところ、売るところ、もちろん魚市場もありました。広島特産の牡蠣養殖も行われていました。秋祭りといえば、海産物が売れます。だから草津はさっさと秋祭りを終えていて、他所で行われる秋祭りは忙しく仕事をしなければならないという考えの上だったようです。魚市場の横路地にはリヤカーでシャコを売る女性も見かけたものです。シャコとは、にぎり寿司のネタになるあれです。

 この話しは母から聞いたものです。夫を病気で亡くした母は、僕たち子どもを育てるために、草津郵便局で勤め始めました。僕が4歳の時です。当時の草津郵便局は旧国道沿いにありました。最近の人は旧国道といったら、現在の国道2号線を言い、西広島バイパスを新国道という人もいるようですが、江戸時代「したにー。したにー」と参勤交代が歩いていた道のことです。母は広電電車で草津町に通勤していました。

 寂しがり屋の僕は、広電五日市駅に母を迎えに行ったり、時には電車に乗って草津町に行ったこともあります。現在は旧国道沿いにあった草津郵便局は民家になっていて、現在の郵便局は本当の国道2号線沿いにあります。

 草津の電停近くに「いなりや食堂」というのがありました。それがなんと今でも、同じ場所にほぼ同じ雰囲気で存在しているのです。電車の車窓から、この食堂を見る度に行ってみたいと思っていましたが、なぜか踏み切れませんでした。しかし先日、勇気を持って昼食を食べにノレンをくぐりました。80歳近いと思われる女性の店主さんにむかし話しを聞きました。なんと、この店は戦後すぐに開いた店だったようです。

 草津町の移り変わりをずっと見ていた人です。「草津はねえー魚の町だったのだけど、普通の町になったらまったく衰えてしまったんですよ。あの頃は魚屋さんが多くあって蒲鉾屋さんがあった頃が良かったですねー」という話しで盛り上がりました。魚臭いあの臭いが懐かしいです。僕の中では「くさつ」は「くさい」から来たのだと本気で思っていたくらいですから。活気があったように思います。

 今、ほとんどの町に個性が失われてしまったように思います。個性の薄くなった町には魅力を感じません。

 今日は僕の住んでいる町でも秋祭りでした。孫を連れて「子ども神輿」の横を歩きました。神輿の口上をいう人は僕と同年齢です。「口上を唄える若い人を育てんといけないねえー」というような話しをしていました。子ども神輿の横を、こちらを見るでも無く無表情に走る車、子ども神輿の世話役をしている大人たちは安全第一でマイカーの人には「すみませんねえー」と頭をペコペコ下げていました。僕は「神輿が通り過ぎるまでマイカーは停車して待っておけえー」そう叫びたいような心境にもなりましたが、黙っていました。

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