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生まれるのが25年早かったら、遅かったら

 僕は1949年1月生まれです。昭和で言えば24年1月です。時々もし生まれるのが25年早かったら、遅かったらということを考えることがあります。こういうことを考えるのは僕だけということは無いとは思いますが、少し変わっているでしょうか。

 25年早かったら、1924年大正13年です。遅かったら1974年昭和49年です。

 1924年だったら、徴兵に取られるギリギリになるかなあーと思います。学徒動員の運命になっていた可能性が大です。「聞けわだつみの声」のように徴兵拒否をする勇気や度量もありませんから、特攻隊に行って死んでしまったという可能性も大きいと思います。生きていたとしても、原子爆弾に遭って死んでしまったということも考えられます。生きながらえていたら、戦後の労働争議などの先頭に立って頑張っていたかも知れません。

 逆に25年遅かったらバブル時代に青春期を過ごし、バブルの崩壊とともに「失われた20年」に社会人となり結婚し親になる世代かとも思います。

 25年早く生まれても遅く生まれたとしても、不幸せな時代になっていたように思います。特に25年遅かったら、就職したとしても賃金は少ないし結婚したとしても期待に応えられるような収入も無く、妻や子どもたちからも冷たい視線を受けているように思います。

 ましてや原子力発電に反対するというような活動に加わり、「利益を生まない」お金を使っていたら「何を考えてるのよー」と怒鳴られていたかも知れません。もちろん相手にもよるでしょうけど。そして何よりも、そういう市民運動に加わるような、良き環境が在ったか否かということも考えられます。

 労働組合の力がだんだんと弱体化していき、社会的な運動に関わることに対して消極的になったのが、失われた20年時代だと思います。

 僕たちは時々、若い世代の「活動家」不足を嘆きます。しかし、考えてみれば若い世代の人たちの社会人としてさまざまな影響を受けるべき時代環境が、とても悪かったというのを素直に感じます。

 そんな中でも、時々素晴らしい若者に出会うことがあります。時代環境が良かった僕ら世代とは違う、難しい時代の中で考えた末に出来上がった活動家は素晴らしい感性を持っているように思います。

 こんなことを考えながら、今は亡き父と母に感謝しているのです。僕が何を言いたいか分かって頂いたでしょうか。
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