Entries

「ヒモの権威」

 広島電鉄の郊外線電車に乗っていると、小学校の高学年くらい思われる子どもが5人くらい、僕の座っている席の前に立ちました。電車で通学しているということは、私立小学校の子どもでしょう。

 5人の内、4人のランドセルのひもの部分には、非常時に鳴らす警報スイッチが付けてありました。あの「ピッピッピッー」と鳴るものです。わが家の前の通りは通学路なので、この音を何度か聴くことがあります。子どもたちは、遊びでこの音を鳴らしているので(そうに違いないと思うので)、その音が聞こえても、「イザッー」という気持ちになったことはありません。そんなものです。

 幼稚園へ子どもを迎えに行く保護者と思われる人たち、何か書いてあるカードを首にヒモを掛けています。なにくわぬ顔で書いてある言葉を読みました。それには「○○ちゃんの保護者」と書いてありました。ボランティアで道のゴミを拾って清掃している人も、腕章とともに首からカードのあるヒモを掛けていました。

 JRの電車に車いすで乗り降りする時、駅員さんが手助けしてくれます。これはとても良いことだと思います。しかし、駅員さんもヒモです。

 「ヒモの権威」を感じました。ヒモを掛けていないと幼稚園に子どもを迎えに行くことも、道のゴミを拾うことも、車いすの人の電車の乗り降りを手助けすることも出来ないのでしょうか。

 「ヒモの権威」の背景にある問題は承知しています。物騒な世の中、「変な人」が多い、責任の所在、事件・事故の防止といった理屈だとは思いますが、どの物差しで「変な人」を判断するのでしょうか。

 最初の電車の話しに戻しますが、電車の中に何かブツブツと言ってる女性がいました。公共の場ではよく見かける光景です。その時、この5人の子どもたちの眼にある種の緊張感のようなものを感じました。「変な人」がいるという緊張感です。関わりを持つまい、早く駅に着いてくれないかなあーという感じです。

 以前、居酒屋で友人と談笑していると、一人のおじさんがバターと倒れたことがありました。僕はとっさにそのおじさんに「どうしたんですか」と声を掛けました。そしたら、一緒にいた友人は「119に電話をするだけにしろ」と僕に言いました。素人がつまらんことをするなという感じです。その選択が正解かもしれません。たぶん、そうでしょう。

 最近、わが家の近くにも老人施設が出来ました。高齢化が進む中では、需要が多いのですから、これからは大切な施設だと思います。しかし、母親を施設に入れている友人が、施設の中では安全、安全と安全最優先で年寄りの自主・自立が阻害されていると悩みを言ってきました。事故の責任を問われるという問題もスゴークよく分かります。

 がしかし、本当にそれで良いのだろうかと思うのですが。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gomenda4918.blog.fc2.com/tb.php/207-c62c77bd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Appendix

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

Extra

プロフィール

省ちゃん

Author:省ちゃん
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新トラックバック