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呉の少女死体遺棄事件

 呉で起こった少女死体遺棄事件。いとも簡単に人の命を奪う。怒りというより、悲しいというか、嘆かわしいというか、むなしいというか、なんとも言えない落ち込み気分です。こんな世界にしてしまったという、自分自身の大人世代の責任というものも感じてしまいます。
 最近読んだ本で、中公新書から出ている「ケータイを持ったサル」というのがあります。副題に、「人間らしさ」の崩壊、とありました。本の帯文には、日本人は退化している!?大人になれない若者たち-子離れできない親たち-、と。著者は、比較行動学で有名な、正高信男さんです。「ケータイを持ったサル」と言いながらも、僕自身も携帯を持ち、メールをしたり、パソコンでこのようなブログを書いたりしているのですから、僕もサルだと思います。
 新しい伝達手段が多くありますが、やはりそのツールから受け身になるのではなく、ツールに対して能動的に利用してやるという、姿勢が必要なのではないでしょうか。愛の告白も、メールよりは手書きの手紙の方が気持ちが伝わるでしょうし、もっと言えば直接会って伝える方が、もっともっと本気度も上がると思います。しかし、直接会って伝えるのが苦手な人は、その前提として新しいツールを使う。そう考えているのですが。
 若い人には、生まれた時から携帯が有り、メールがあるのですから、マッチ箱の裏に告白文を書いて渡すというような、エキゾチックなことは、僕たちが思う平安時代の和歌や俳句の時代感覚かもしれませんね。
 原発反対運動をしていて、ちょっとした行き違いがきっかけになって、人間関係が悪くなり崩壊してしまうということを何度か経験してきました。直接会って、議論や討論をすれば、余り無駄で無用なトラブルは減っていると思うのですが。あくまでも、使う側の人間が主体だと。最近、議論をしたり討論している若者も大人も少なくなっていると感じています。
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