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ある上関町会議員の死

 原発推進派の上関町会議員である右田勝(みぎた かつ)さんが、急死したという連絡が入りました。8日の夕方のことだそうです。この日、上関中央公民館で行われた祭りの司会をし元気だったそうですが、祭りが終わって自宅の在るところまで帰る途中で具合が悪くなったのか、誰かが見つけた時には、すでに息が無かったそうですから、車の中で亡くなったようです。心筋梗塞だろうと噂されています。72歳です。

 この人のことをなぜ書くのかについては、首をかしげる方も在ろうと思いますが、右田さんは上関町に原発建設問題が浮上して実質的に最初の町会議員選挙となった1986年の時からの議員です。今年の2月に行われた選挙でも立候補し、上位で8期目の当選を果たしています。

 上関町に原発建設問題が浮上したのは、1982年秋のことです。この年の2月にも町会議員選挙は行われていますが、この時には原発問題は明らかになっていないために、争点にもなりませんでした。争点としないための、中国電力などの作戦だったかもしれません。

 あれから32年、原発反対・推進を含めてあの時からの町会議員は、残り一人となりました。つくづくと時間の長さを感じています。「生き字引」という言葉が在りますが、まさにその通りの議員さんが亡くなったということになります。

 右田勝さん、今年の選挙ではポスターには「若者に夢を」という言葉を書いていました。原発を建設することによって「若者に夢を」と思ったのか知りませんが、「若者に夢を」については僕も同感です。

 3年前の中国電力株主総会で、社長に対して上関町の原発推進派にも反対派と言われている人にも、謝罪の気持ちを表明するようにと迫ったことがあります。この時社長は、謝罪の気持ちを表明しました。翌日の新聞には、そのことが大きな記事になりました。

 町民の中に親子関係を含めて、「推進」と「反対」という対立関係を生じさせた責任というのは誰が取るのでしょうか。原発建設に翻弄された上関町の人たち。

 東北電力が福島県に計画していた、浪江小高原発建設計画はその計画が浮上して40年以上が経過して、福島原発事故によって計画が断念されました。東北電力の誰からも、政府の誰からも「長い間、皆さんにご迷惑をかけました」という言葉は聞こえてきません。

 そこで、思い出したのはマハトマ・ガンジーが遺した「七つの社会的罪」という遺訓です。改めてこの言葉を書いておきたいと思います。
・理念なき政治
・労働なき富
・良心なき快楽
・人格なき知識
・道徳なき商業
・人間性なき科学
・献身なき崇拝

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