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雨の中で慰霊碑めぐり

 東京都に在る私立中学校の修学旅行生徒たちに、広島平和公園内の慰霊碑めぐりガイド役をしました。この学校は、中高一貫校です。たまに、こういうガイド役を頼まれることがあるのですが、久しぶりの大役でした。

 まずは僕自身の自己紹介から始めました。そして原爆が落とされる前の、平和公園辺りの説明です。母親が1990年の朝日新聞に、この辺りのことについて、『「出店」の甘酒・かき氷 思い出いっぱいの元安橋 芸人さんのバイオリン』という投稿をしていました。これを基に賑やかだった原爆投下前の平和公園辺りの話しをしました。

 そして「原爆死没者慰霊碑」です。2013年の8月6日現在で、104冊28万6818柱の死没者名が記された過去帳が納められています。そしてもう一冊には、氏名不詳者多数と書いたものもあります。
 僕の両親、母親の両親、そして実姉の名前が記されています。碑文は「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」という言葉です。この碑文については、碑文論争と言われたこともありました。そしてちょっぴりと今の日本について、「安らかに眠れないような状況も在るよねえー」と一言。

 そして、「平和の火」から、「原爆の子の像」、「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」、ここでは強制連行された朝鮮半島の人たちの話しです。続いて「原爆供養塔」、供養塔には名前の分からない遺骨が約7万柱あること、名前が判明していながらも引き取り手のない遺骨が現在816柱、最近はほとんど引き取り手が現れないことなどを話しました。

 続いて、「原爆ドーム」と「爆心地」。そしてこの度は「袋町小学校資料館」に向かいました。爆心地から460メートルのこの学校は、原爆が落とされた時には、多くの子どもたちは集団疎開をしていたために助かりましたが、残っていた約100名の児童や教師が亡くなりました。そして、ここは避難場所、救護所として、安否確認の伝言版としてチョークで書いた文字で知られています。そしてスイス人で原爆投下後に被爆者治療のためにやって来た、マルセル・ジュノー博士でも有名です。

 それから被爆建物でもある、旧日本銀行広島支店の前を通って同じく被爆建物と広島市レストハウスを案内して、被爆したアオギリの前で、アオギリに励まされて被爆証言活動をしていた沼田鈴子さんの話しをしました。

 少し休憩しようかと資料館近くの屋根のある所に入ったら、知り合いの英語での平和公園案内をしている方に会い、アメリカ人との話し合いになりました。「アメリカ人として原爆投下をどう思うか?」
「アメリカ人中での原爆感覚は?」
中学生も、シビアに世界を視ています。

 でも、ここで一番盛り上がったのは、同行していた担任の男先生だったように思います。後から分かったのですが英語の先生で、流暢な英語でオリバー・ストーンのことなどを質問していました。

 いつも思うのですが、僕の孫くらいの中学生でも新しい出会いは楽しいものですね。



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