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いつの世も若者には夢を語って欲しい

 「子どもの日」を終えて思うのは、いつの時代でも若者には夢を語って欲しい、そして付け加えるなら、その夢が実現できる道筋を考えられるような環境になって欲しいと思っています。

 興味を持っていることに原始時代の頃、若者たちどうしがどんな会話をしていたかということがあります。やはり「あの女の人が好きなんだけど」という会話はあったと思いますが、この国の将来についてどんな会話がしていただろうかいうことです。

 歴史上の人物、近くで言えば高杉晋作とか吉田松陰らという、特別な有名人の思いというのは、書物などで知ることができますが、一般庶民というかそういった人たちのことです。一般庶民が何を語っていたかについては、今となっては知ることができません。

 「子どもの日」の新聞は、子どもの数の減少を心配し子どもたちにもその親世代の貧富の差により、勉強したくてもできない、目指したい道を断念しなければならない現実について心配する社説などが目につきました。
 教育の機会均等を守り、経済的理由ということで優秀な人材を失うことは、まさに国家の大損失だと思います。望む人には、それを実現する方向に向かわせるために政治は保障すべきと思います。奨学金というのも、サラ金の請求のように「返せ、返せ」と言うのではなく、もっと柔軟に対応して欲しいものです。
 若者自身も、貧しいから希望が持てないというように決めつけてしまうのは、後ろ向きな姿勢だと思いますが、夢と現実に悩んでいる若者たちの姿が見えてきます。

 僕も裕福ではありませんでした。しかし近くに住む同級生の友人と、ある時は銭湯で少し大人になってからは喫茶店などで、長い時間夢や希望を話あったものです。銭湯では、あまりにも長い時間語ったので、のぼせてしまったのを思い出します。

 世の権力者は、市民を諦めさせること。「言っても無駄だよー」、「自分一人が頑張っても変わるもんじゃあないよー」というように市民を諦めさせることが、権力を維持し、黙らせることの最大の政策だと言われています。ドイツでも戦時中の日本でも見られたことですし、今でも世界中の国々であります。

 大人の立場から見れば、幼稚で出来るはず無いと決めつけてしまうようなことかも知れませんが、僕たちの子どもの頃を思いだして欲しいものです。

 プライド(誇り、自尊心、自負心)と、アイデンティティ(主体性)を持ち続けながら、若者が生きていける社会をどうして作りあげるかが、僕たち世代の多きな課題だと思います。

 もちろん、若者に限らず老人にも障害者にも言えることだと思います。そんなことを思いながら、「子どもの日」を過ごしていました。



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