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改めて原爆被爆者援護法制定運動を思い出す

 被爆二世ということで、原爆被爆者の悲願であった原爆被爆者援護法の制定を求めて、何度も何度も被爆者の人たちと上京し、厚生省(現・厚生労働省)に出かけたものです。

 今のように新幹線が全通していなかった頃には、夜行列車を、それも普通の座席の列車を「被爆列車」と名づけて、それに乗って上京したこともあります。

 その時一緒に上京した被爆者の人も、今や、そのほとんどが亡くなられています。

 「原爆被爆者援護法は、決して被爆者だけのものじゃあないんだ。援護法には、未来の保証という部分も有るのだ。未来の保証とは、二度と広島や長崎の人が経験したような放射能被害の苦しみを、将来にわたって受けることの無いようにするための法律なんだよ。だから国家補償の精神と言ってるし、国民運動として制定運動が行われているんだよ」という意味の言葉を、これも何度も何度も聞かされたものです。

 しかし、フクシマによって「未来の保証」は打ち砕かれてしまいました。

 僕たちの子どもや孫、孫の孫の・・・時代のためにも、「福島原発事故被災者援護法」の制定が必要なのではないでしょうか。この法律では「未来の保証」とは、「原子力発電の無い社会」だと思うのですが。

 

 
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コメント

[C3] 同感

同感です
事故処理を国が責任を持って進めるべきです
原子力村の一部の事業者だけでなく
日本人全員の力を合わせて対処しないと大変な事になります
  • 2013-08-07 12:29
  • まさやん
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