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完全退職の日を前にして母を想う

 3月31日付けで、職場が完全退職になります。この職場では60歳でいったん定年退職し、65歳までは契約社員として仕事が出来ますが、65歳になった年度末で完全退職となります。

 その日が来週の月曜日という日になり、しみじみと母親のことを思い出しています。僕が4歳の時、母は夫を亡くしました。母40歳の時です。それから、3人の子どもを育てました。僕が子どもの頃というだけでなく、今日まで母は大きな大きな存在です。

 母は、働き続けた後、60歳で定年退職をしました。僕は、その年齢よりも5年も長く仕事をしていたことになります。今、この職場を去るに当って、職場の中に在る「好き、嫌い」「悪口」「無視」「いじめ」などなど、僕が子どもの頃に想う大人社会では、そういうことには縁のない社会だと思っていました。それが実は大きく違うということを知ってしまい、母の時代にもそんなことが在ったのだろうか、という思いを持ったのです。当然有っただろうと思います。思うというより、在るのが当たり前でしょう。

 母は、40歳で未亡人になりました。社会的な鍛えられ方が少ないまま、子育て、生活、社会とのつながり、など荒海の中に投げ込まれたのです。広島の原子爆弾受け健康状態も悪い中、生きるための力を求められました。その中でも、一人息子の僕を想う気持ちは相当に強かったでしょう。

 その頃のわが家は、親戚が手配してくれた借家で、あの頃には見かけることはあったでしょうけど、ワラ屋根の決して良い家では在りませんでした。雨漏りはするし、座は抜けることがあるような物でした。七輪で火を起こし、ご飯はカマドで作り、風呂はマキを使ったゴエモン風呂です。

 そんな中で母は、朝早く仕事に行き、夜遅く帰宅していました。決して裕福ではありませんでした。裕福であるとか無いとかいう前に、そういうことを母は喋りませんでした。「知らない」というのが正直なところです。
 しかし、クリスマスにはサンタをしてくれ、誕生日にはお祝いをしてくれました。学校の参観日には、教室の後ろから見ていました。どういうように言って、休暇を取ったのでしょうか。まったく知らない部分です。

 今、そういう母の苦労が分かっていたら、母に対する接し方というか、気持ちを分かってあげる努力ができたと思いますが、今やまさに「後の祭り」です。その母も1998年7月、85歳で亡くなりました。今思えば、何とか大人同士としての会話をすれば好かったのにと思う限りです。母と僕は、いつまで経っても親と子という、怒られた時には怖い存在でしたが、大きな目線で何でも受け入れてくれる「おとな」であり、僕は何でも受け入れて欲しい「こども」だったと思います。

 僕ら世代の親たちは、そのほとんどが亡くなったか、認知などで病院や施設に入ったままという人が多くなりました。「親孝行したい時には親は無し」という言葉がありますが、まさに的を得た言葉だと思います。

 母ともっと、ズブズブとした大人社会の会話がしたかった。聞きたかった。今、僕は子どもや孫たちにどんな姿を見せれば良いのでしょうか。親の背中を見ながら、子どもたちは成長すると言いますが、第二の人生とも言われる、定年後の暮らしの中で、これから世代の人に伝えるものということを、完全退職を目の前にして考えています。
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