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ある精肉店のはなし

 纐纈(はなぶさ)あや監督作品第二弾映画、「ある精肉店のはなし」を広島の小さな映画館へ観にいきました。纐纈あやさんの前作品は、上関町の祝島を扱った『祝の島(ほうりのしま)』という作品で、その映画の時に知り合ったと思います。

 と言うより、彼女の師匠とも言える本橋成一監督作品で『アレクセイの泉』というチェルノブイリ原発事故を扱った作品がありますが、この作品で彼女の名前を聞いていました。

 「ある精肉店のはなし」、なんといっても大きく育てた牛の脳天の大きな斧のようなものを命中させて、一発で「殺す」というシーンが強力でした。魚では「シメル」と言うようですが、牛では「ワル」というそうです。頭の上から吹き出る血、そしてすぐさま血ヌキ、大量の血が出る中、手際よく解体作業に入ります。これを屠畜解体というそうですが、この仕事を家業として7代続けている肉屋さんの話しです。

 肉は様々な部位に分別され、牛の皮膚の部分は丹念になめされて、太鼓の叩かれる部分へと姿を変えます。それが、この地方で有名なだんじり太鼓へと姿を変えていくのでした。

 この家族の歩みは、被差別部落の人たちの仕事としてやってきたものでした。差別された歴史、その中で地域の人たちと一緒になって部落解放運動に参加していく主人公家族の歴史もありました。

 今、僕たちは肉と言えば、スーパーなどで売られている、パックに入った、赤身のきれいな肉、ラーメンの浮かぶチャーシュー、おでんのすじ肉を思い浮かべると思います。しかし、丹精込めらて飼育された牛、屠畜解体という作業、天寿を全うすることなく、いのちが奪われて人のためになること。「生きる」という意味を改めて感じさせられました。

 この肉屋さんが代々使用してきた屠畜場は、2012年3月に102年の歴史に幕を下ろしたそうです。

 今の肉が霜降りになったり、ホルモンやタンなどの部位として店頭に出る過程を僕は知りません。肉屋さんも部位が仕入先から送られてきて店に出すのだと思います。どのようにして「ワル」のかも知りません。肉屋さん自身も、知らない部分かも知れません。

 この映画を観ていて、全然関係無いかも知れませんが、次のようなことを考えてしまいました。

 私たちが生きる上で必ず出す、排泄物の処理。亡くなった人に対する、弔いの儀式。この映画に出てきた肉の出来る過程。などなど、自分ですべき、嫌、この前まで皆が関わってきたものが、ブラック ボックスとして見ないように関わらないようにされていることへの反省でした。だから、私たちは大切にしなければならないものを、忘れてしまったのではないでしょうか。

 また、こんなことも思いました。僕も技術屋のはしくれのような仕事をしてきましたが、技術屋という人が現場を知らないということです。2次、3次というように仕事が下ろされていき、現場を見なくなったということです。東京電力の福島原発事故に対する対応にも似たところがあると
この状態はとても良く無いと思います。

 子どもたちや孫たちにも、僕たちの「生」のために、授けてくれた物たち、それは牛たちだけでなく、この自然、宇宙、そういったものたちに心を馳せていくことではないでしょうか。人にも誰にも優しくなれる気持ちにさせてくれた、ドキュメント映画だとも思いました。

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