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原水禁の会議

 僕は、広島県原水爆禁止協議会(広島県原水禁)の常任理事という役割も担っています。2ヶ月に一度くらいのペースで開催される常任理事会や、8月に開催される原水禁大会で役割があります。
 常任理事になって何年になるでしょうか。20年以上は間違いないと思いますが、記憶は定かでありません。
 
 常任理事になった当初の常任理事会は、平和運動の多くの先輩たちの議論に圧倒されたものでした。まさに大物の集まりでした。順不同で、その頃の常任理事の名前を、既に亡くなった方のみ、紹介したいと思います。
原水爆禁止運動では、
シンボル的な森滝市郎さん。
僕がこの運動に関わるようになったキッカケを作った、宮崎安男さん。
被爆者運動をリードされた、近藤幸四郎さん。
同じく、伊藤サカエさん。
詩人の栗原貞子さん。
被爆教師の会の石田明さん。
統一労働者党の議長、松江澄さん。etc
 現在も、常任理事をしている方は、あの頃はまだ若者の部類に入っていました。僕なんか、まだぺーぺー組でした。

 とにかく議論が盛んで、すごい緊張感で席に座っていたものです。時には、声を荒げての議論になることもありました。常任理事会は非公開ですけど、出入り口の扉には、マスコミ関係者が扉に耳を当てて、その内容を聞いていたものです。

 そんな会議に参加させてもらって、僕の青春は過ぎていきました。声を荒げての議論をした後は、その一方の人から「飲みに行こう」と誘われました。それぞれ、行き着けの店があるようで、今の国際ホテル近くにあった「なめくじ横丁」の、お世辞でも綺麗とは言えないような店には、何度も行ったものです。「○○くんの発言は、間違いだ!現状の認識がおかしい」とか、先輩たちの、時には嘆き節と思われるものを聞いていました。まだ若かった僕は、聞き役にしかなれませんでした。話す方も、「若い」僕と議論をするというより、まるでサンドバックのような対象だったのかも知れません。
 こんな議論を、聞くだけで好きでした。そして先輩というか、年上の人との付き合い方も教えてもらいました。今、考えれば本当に貴重な経験をさせてもらったと感謝です。

 しかし時代の経過とともに、現在は常任理事会の雰囲気も大きく変わりました。まず自分の考えに基づく発言が少ない、議論をしない、意見の対立が無い。
 先日、今年初めての常任理事会が開かれ、僕は「今年は原水禁運動が趣味のようになれる人。好きになれる人を育てていきましょう」と発言したのですが、シラッーとした雰囲気が流れ、場違いな感じをさせたようです。

 あの頃、鍛えて下さった方が居られたからこそ、今の僕がおられるのかも知れません。それぞれの議論の底流には、お互いの信頼と「ヒロシマの責任」というものが在ったように思うのですが。


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