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山中鹿之助の祠(ほこら)

 戦国時代から安土桃山時代に活躍した武将に、山中鹿之助という人物がいます。尼子氏の家臣で、山陰地方の出身ということで、中国地方の各地に鹿之助にまつわる史跡などが存在しています。広島市内にも、何か所かあるそうです。

 「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」という、彼の言葉は有名です。宿願を果たすためには、まず自分を鍛える。自分を鍛えるためには、苦難が必要なのかもしれない、という意味です。この言葉、好きです。

 自宅の北側に、鹿之助を祭っている祠があります。ここの土地を持っているのは、山中トシさんという方でした。祖先は、明治の中ごろに私立山中高等女学校として広島市内に建設された学校の創設者です。そして、1945年の4月に山中トシさんが理事長に就任。 
 山中トシさんは、学校の土地約7400坪と校舎約3000坪を国に寄付して、この学校は私立から当時の官立になったのです。当然、原爆の被害を受けました。

 山中さんは、相当に土地を持っておられましたし、どうも山中鹿之助との関係がある方だというのは、母親から聞いたように記憶しています。詳しいことは知りません。その土地の中に、山中鹿之助の祠がありました。僕が子どもの頃には、山中さんの土地を通らないと、買い物にも行けないと聞いたような土地持ちでした。土地持ちでしたが、とても人格者だったと聞いていました。

 この祠の前で、時々知らない人が手を合わせている姿を見たことがあります。中には、子どもの病気を治すのに、ここに来てお願いしなさいと言われ、わざわざ遠方から来たという方もいました。

 山中トシは亡くなられ、子どもの世代、今は孫の世代になりました。子どもの方は、祠を残したままで月ぎめの駐車場にされていました。20年位前のことです。この時、祠を撤去していたらもう1台分の駐車スペースが取れたと思いますが、「歴史がある物だから」ということで残していたのです。

 最近になって、この土地を売却しようということで、トシさんの子どもさんが挨拶に来られました。岡山に住んでいる方です。僕は「あの祠は、出来れば残しておいて欲しいのですけど、もし撤去されるのなら、それなりの儀式を行いたいので知らせて下さい」とお願いしていました。

 それが、昨日帰宅したらシャベル車が入って撤去工事をしていました。何とも不愉快な気持ちになりました。自分の土地ですから、売却は自由ですし、祠の撤去も自由かも知れません。しかし、撤去の前に連絡して欲しいとお願いしたのですが。トシさんの孫という人の意向だそうです。境界確認に来ていた土地家屋調査士さんも、「何も儀式をやらないと、タタリが起こるかも知れませんねー」と言われていたようです。

 この土地も売られることになりました。問い合わせの方が来られたら、「ここに住むと、タタリが起きるかも知れませんよー」と話してやろうー。売るのも祠を壊すのも自由なら、タタリが有るかも知れませんよーと、言うのも自由です。

 世知辛いご時世です。山中トシさんも泣いているぞー。

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