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ほんのこの前まで松茸は珍しく無かった

 母親から聞いた話しです。
 今や、国産品では二本で1万円くらい、庶民には口に入らない松茸ですが、母が若い頃は、「えー、今日も松茸~」と言うくらい珍しくも無かったと言います。僕も、そういう時の記憶がかすかにあるように思います。考えてみれば、そんなに喜ぶほど美味しい味だとは思えません、エリンゲや椎茸の方が美味しいかも知れません。

 松茸が珍しいのは、言うまでもなく少なくなったからです。じゃあ、なぜ少なくなったか、これも理由は明快、山の手入れがされなくなったからだと思います。

 昭和の30年代のはじめ位までは、山は生活に欠かせない存在だったと思います。山はというより、枯草、枝木、そんなものです。食べ物の煮炊きのため、暖を取るため、風呂のため、大げさですが、まさに生死に関わる必需品だったと思います。
 手元に「大正初期の中国山地農村における農村民の生活事情」という報告書がありました。鳥取県日野郡石見村(現、日野郡日南町)の生活を書いた、とても興味深いものです。その中に、村民が所有している消耗品の数と価格の一覧がありました。その中で一番多いのは、数、価格とも薪になる枝木と割木です。3番目に蝋燭で、4番目は石炭、5番が黒炭と並んでいました。1戸あたりが1年間で消費する薪(割木)は245貫918キロ。薪(枝木)は1333.3貫5000キロです。
 上関島における燃料生産量という報告書が、「防長風土往進案」というのにありました。それによると、ここでは1戸あたりの平均は小割が650キロ、枝木が2792キロとなるようです。石見村よりやや少ない結果が出ていますが、上関の方が気候温暖だというのが理由だと思います。それと、人口と燃料の需要と供給との関係から、上関の人が節約して使っていたというのも考えられると思います。

 それが、電気やガスという燃料が出てきたために、山の存在は大きく後退して行ったのです。従って、山は荒れてきました。山の手入れがされなくなると、松茸も育ちにくくなりました。

 12日、広島高裁で上関町四代の神社名義地裁判、再控訴審判決がありました。四代地区に住む住民の人たちが、入会権に基づく権利として、八幡山の枝木を日々採って生活に使っていた山の入会権の確認を求めた裁判です。僕は、この裁判にずっと関わってきました。ある意味とても地味な裁判ですが、ほんの少し前まで大きな生活に欠かせない問題だったと思います。入会権として使われていた土地が、全員の同意を得ずして中国電力の原発建設のために売却されたことに異議を申し立てた裁判です。

 結果は負けでした。

 しかし、この神社名義地約10万平方メートルありますが、幸いにことにブルドーザーは入っていません。上関原発の工事が中断しているからです。上関原発が建てられないと、中国電力にとっては無用な土地です。今のままで残したいものです。

 昔といってもほんの少し前のことですが、あの頃の人たちに思いを馳せることは本当に幸せな気持ちになります。

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コメント

[C10]

私は今年50歳になりました。
小学校の低学年まで、薪で風呂を沸かしてたのを覚えてます。
おそらくそういう生活経験を持つ最終世代ではないでしょうか。

正確にはオガライトと新聞紙で火を焚いていましたが、夕暮れ時に母親が火を焚いている横で、煙突を見上げるとコウモリがパタパタと飛んでいたのを思い出します。

懐かしいです。
  • 2013-12-18 15:45
  • まさやん
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