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二つの民進党

 「最大の関心事」とまでではありませんが、僕の大きな関心事の一つに民進党が年末までには示すことになっている「原発ゼロへのシナリオ」というのがあります。どこまで具体的なものを描けるか、言っちゃあ悪いけど斜(はす)に構えた目で見つめています。

 どうしても裏切られたという思いを拭い去られないのは、民主党政権時の2012年9月の「革新的エネルギー・環境戦略」で、2030年までには「原発ゼロにする」としたものが、閣議決定を直前に撤回され元のもくあみになったことです。

 この時の「むかつき」というか怒り・裏切られたという思いは、そう簡単に脱ぎさられるものではありません。党内に原発メーカーや電力会社出身の議員が多いことがそうさせるのでしょうが、年末までに示すというものが、またもや納得できるシナリオで無かったら、たぶん民進党が政権に復帰できることはないでしょうね。

 同じ民進党でも台湾の民進党政権は、9年後に原発ゼロにするという目標に向けて大きな一歩を踏み出したという報道がありました。台湾は日本と似たところが多い国です。地震などの自然災害も多いところですし、資源が乏しい島国です。

 今年初めに行われた総統選挙で脱原発を公約にして当選した、蔡英文(ツアイ イン ウェン)さん政権の、脱原発関連法の改正案は年内に成立する見込みだと言われています。

 台湾の原発の発電容量は14%、これを9年後にはゼロとすることは、高いハードルという見方もありますが、この方向に向けて具体的に動きだしたことは、まさに「すごい」ことだと思います。原発の代わりに自然エネルギーの比率を今の4%から20%にするという政策も、画期的だと思います。

 台湾では原発のことを「核電」と言います。原発に反対する住民・市民運動は凄まじいものがありました。台湾にこの「核電」を売り込もうとしているのが、日本でもあります。

 日本の民進党、一度このブログでも書いたと思いますが、今年夏の参議院選挙の比例で当選した11人の議員らの、出所を調べていたら第1位は東京電力労組、2位は自動車(トヨタ)労組、3位は電機(パナソニック)と続いています。比例選挙で当選する議員の特に上位の人の出身というのは、民進党の強い地盤・カバン・看板です。

 民進党の国会議員でも、好きな議員は何人かいます。原発反対で頑張っている人もおられます。特に自治体議員の中には、何人もいます。

 しかし、先日の山口県議会で自公が提出した「原発推進の意見書」について、山口県の民進党会派である「民進・連合の会」はこれについては反対したものの、同時に出されていた「上関原発予定地の埋立工事免許延長許可の取消しを求める請願」の採択では、議員4人の内、1人が賛成しただけでした。この分かりにくさ、だから本気度にいつも疑問を持っているのです。

 

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電力会社はどうなる

 東京電力福島第一原発事故に関係する費用が、膨大な額になっています。すでに倒産状態にある東京電力ですが、「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」という組織が東京電力の筆頭株主として支えているために、なんとか存在しているような姿に見えますが、東京電力の力だけではどうにもならないという状況です。

 福島原発事故に係わる費用は当初の予想を大きく超えて、電力業界の集まりである電気事業連合会(電事連)が国に対し負担の要望をしています。その試算を見ると、賠償費用は2・6兆円増えて8兆円に、除染費用は4・5兆円増えて7兆円、この二つだけで15兆円になるのです。

 福島原発事故に関連する費用は、この他に中間貯蔵費用、廃炉費用があります。そして金食い虫だった高速増殖炉「もんじゅ」がやっと廃炉の方向になりましたが、しかし高速炉計画は継続するという方針で行われる核燃料サイクル費用、高レベル放射性廃棄物の最終処分場に係わる費用、などなどを足していけば総額30兆円プラスαという額だということが、10月20日付けの東京新聞は報じていました。

 これにまだ続けている原発建設費、地元補助金、再稼働を進めようとするために使っている「安全対策費」、この「安全対策費」は中国電力だけでも約5000億円になろうとされています。

 福島第一原発の廃炉について、「東京電力改革・1F問題委員会」は1年間で数千億円という額をはじき出してきました。福島第一原発の廃炉については、僕は廃炉終了までには100兆円は掛かるだろうと思っています。100兆円掛けても、廃炉が終了すれば良いのですが、どうやってやるかという行程も明らかにされていません。お金だけでなくどれだけの人が被ばくをするだろうかと考えると、吐き気さえ感じてきます。

 それでも、もう原発は止めるということにして、充分な反省もし情報を明らかにして、まさに「国民的な議論」でこれからは考えようということになれば、みんな協力をするだろうと思いますが,「いや再稼働だ、核燃料サイクルだ」とやられたら、誰が協力するでしょうか。

 東京電力はこの4月から「東京電力ホールディングス」となり、発電事業会社、小売事業会社、送配電事業会社の3部門に小会社化して、東京電力ホールディングスは持ち株会社として、福島第一原発の廃炉、賠償、復興支援などの事業と、水力・新エネルギー事業、そして柏崎刈羽原発などの原子力事業を行っていますが、この柏崎刈羽原発などの原子力事業も小会社かしてしまおうという発想を持っているようです。

 将来的には、全国の原発は各電力会社から切り離されて、原発事業会社となるのではと予想しています。沸騰水型原発を持つ沸騰水型原発事業会社と、加圧水型原発事業会社となるかもしれませんが、最終的には一本化されるだろうと思います。

 原発メーカーである東芝・三菱・日立といった会社も「核燃料の製造の統合だけでなく、全体を考える時期が来る」という意味の発言を、27日の記者会見で日立製作所の東原敏昭社長が話していました。原発が採算に合わないということをメーカーサイドで、明らかにした発言だと思います。

 このようなことを含めて、これからの原発の後始末をみんなで話し合おうではありませんか。でも、もう原発は要らない・使わないというのが大前提です。



ボブ・ディランさん連絡して欲しい

 ボブ・ディランさんのファンとしては、どうして本人からノーベル財団への連絡をしないのかが理解できません。アメリカに住む友人は「いかにも彼らしい」と話していましたが、最初は僕もそういう気持ちもありましたが、だんだんと腹立たちささえ感じるようになりました。きちんと連絡をしてファンと一緒に喜びあってもらいたいのです。

 ノーベル賞も確かに「この人があー?」と疑問に思うような人が貰ったのもありますが、世界最高の権威のある賞なのですからね。欲しくないのなら、理由を言って辞退して欲しいものです。ボブ・ディランがたぶん尊敬しているであろう黒人解放運動のリーダー、マーティン・ルーサー・キングさんも1964年に平和賞を貰っているのですから。

 ボブ・ディランさんがノーベル賞をもらうことは、権力に屈したことになると思っているとは考えられませんが。

 日本では春・秋の叙勲などを辞退する人がいることを聞いたような気もしますが、叙勲や文化勲章とノーベル賞は雲泥の差です。叙勲は辞退する人もいるでしょうが、それでも理由を話していると思います。まあー最近では辞退するような人には、最初から選ばれないという状況ではありますが。

 僕は「こだわりと柔軟性の調和」という言葉を、よく意識しています。世の中には、「右だろうが左だろうが」こだわる人を多く見かけます。先日、広島平和公園で中学生の修学旅行生に碑めぐり案内をして、後のあいさつで中学生の代表が私たちに「語り部の皆さん、今日は本当にありがとうございました」と挨拶をしました、そしたら碑めぐり案内役の一人が「語り部という表現は、部落差別に通じる」と言いだしました。

 部落差別問題を勉強した時に、そういう話しを聞いたことはあります。でも「語り部」という言葉はマスコミも使っていますし、何よりも中学生の言ったあいさつですし、いっぺんにその場がドッ・シラケになりました。

 「こだわり」とは少しずれますが、中国電力の人は悪い人、「敵」というように決めつけている人がいます。組織としての中国電力と、その中にいる人は別だと僕は思って接しているつもりです。

 中国電力の人を説得して協力を得ないと、原発は止まりません。そういう大人の視点から視られるように、僕はなりたいと思います。僕の人間関係を良くするための最大のツール(道具)は、ビッグスマイルです。ビッグスマイルを使うと、ほとんどケンカをすることにはなりません。ビッグスマイルを使うからこそ、ケンカになった時の威力が発揮できるものだと思っています。

 まあこんな理屈は別にして、ボブ・ディランさん早く連絡してくださいよ。素直に喜べばと思いますよ。このブログがどうにか本人に伝わることを心から願っています。

 

残業を考える

 会社員生活をしている人、した経験がある人なら「さぶろく(36)協定」という言葉を知らない人は、たぶんいないと思います。知らない人なら、その人が勤めていた職場は相当な「ブラック」だと思います。

 僕の勤めていた職場は大会社でしたし、労働組合も存在していましたから知らない言葉ではありませんでした。春闘のヤマ場になると、「さぶろく」を結ばないという状況になりました。いわゆる「時間外労働拒否闘争」と言われるもので、残業はさせないという労働組合の戦術です。

 こうなると「労使」ともの担当者が職場を巡回してきて、「残業をしないで、早く帰るように」と指示したものです。「使」といっても末端の課長ですから、本当の「使」とは言えないと思いますが、まあーそういう立場になっている人です。

 この「さぶろく」を結ばないという状況は、1年に一度か二度の春闘または秋闘と言われる時期だけで、ほとんどは結んでいるというのが通常でした。残業をするというのが「普通」の姿で、しないというのが「異常」な姿でした。

 しかし大前提の労働基準法の考えは、時間外労働をするというのは特別なことです。そして時間外労働は、職場の管理者が労働者に命じるというかお願いするものです。お願いに対して、労働者が「NO」と言えば、それを了承するか「さんさん発動」という第33条の規定によって、強制的に命じるというものとなるものです。災害が発生したような時の緊急の仕事では、「さんさん発動」が使えるのですが、最近の従順な労働者はこんなことを使う必要はたぶん無いでしょう。

 しかし僕のいた職場では、管理者が命じるという姿は皆無でした。労働者の方が、「今日2時間」「3時間」とかを自分から言って、管理者もその理由を聞くことなく、時間外をやっていたと思います。管理者が部下の仕事内容を知っていないというのが、その背景にあると思います。そして残業時間内に仕事が片付かなかった時、労働者の方から「すみません。ちょっと残ってやります」と謝って仕事をしていたものです。

 と言っても、僕も残業をしない方ではありませんでした。でも、日常的にやる人よりは少なかったと思います。

 この度の「電通」での過労自殺事件と関西電力課長の自殺事件、本当に気分が悪くなります。「電通」は「博報堂」と同じ広告代理店で、本間龍さんの著書「原発プロパガンダ(岩波新書)」に書いてあるように、原子力発電を進めるためのテレビCMや新聞などの広告を、いってに引き受けていた会社です。原発のウソを世論誘導して、大儲けをしています。

 関西電力課長の自殺は新聞報道では、高浜原発の再稼働に向けての準備というか原子力規制委員会への対応で、働き過ぎての過労自殺のようです。中国電力も島根原発のデータ改ざん事件では、部長という立場にあった人が、松江市のビジネスホテルから飛びおりて、自殺した事件というのがありました。

 県議会の開会期間中には、担当の県庁職員は日にちが変わる頃まで仕事をしているようです。建物はこうこうと電灯がついています。

 自分の仕事にやりがいと使命を持っている人には、残業に対する規制をカタグルシクいうのは酷かも分かりませんし、一人だけが担当しているという仕事の場合、どうしても自分で自分の首を絞めてしまう部分もあると思うのです。

 しかし1か月に100時間を超えるような残業をしなければならないような状況は、これは異常な姿でしょう。

 

キャンセル続きの今月予定でした

 午後2時7分に発生した地震、ちょうど自分の部屋にいたのですが棚のファイルが少し揺れた程度でした。何年か前の芸予地震の時はファイルがバサッーと落ちて、部屋中に散乱していました。地震は本当に怖いですね。

 すぐに鳥取県に住む何人かの友人に電話をしました。やっとの思いで電話が繋がりましたが、話しをしている最中も友人の受話器からは防災無線の音声と携帯電話を思われる緊急速報の音が聞こえてきました。

 僕の体調も今朝あたりから、だいぶ良くなってきたように思います。子どもの頃は病気になるのも早かったけど、治って遊べるようになるのも早かったように思います。この年齢になると治りのピッチが遅くなり、しぶとく続いていてスカッと良くなる感じになりませんね。

 ということで、今月はたくさんの予定をキャンセルした月でした。何度か予定していた飲み会、娘と映画を観にいく約束、何よりも北海道の幌延に行く予定、法事でお経を読むということ、中国電力前と本通り入口での2度の街宣行動、そして来週27日~28日にかけて岡山県真庭市でのエネルギーツアー、このツアーは参加者の皆さんの地震が心配ということでキャンセルとなりました。

 林業の盛んな中国山地のまち真庭市、木質チップやペレットを使った冷暖房を普及させているところなどを市議会議員の方に案内していただく予定でした。家庭用ではありませんが、新電力の真庭バイオエネルギーという会社も在ります。

 風邪かなと感じたのが先月の20日でしたから、1か月体調不良の時間を過ごしていたことになりました。思ったように動けないことに、イライラ感を相当強く感じたこともありましたが、このイライラ感が次へのステップにもなったようにとも思っています。

こんな錢をどこから持ってくるのか

 小池百合子東京都知事が、東京オリンピック・パラリンピックの経費がはね上がっていることについて「一丁二丁と、豆腐を数えるのじゃああるまいし…」と話しておりましたが、本当に呆れるばかりです。報道によるとその総費用は、3兆円になるのではと書いていました。僕の知っている範囲では、当初は約9000億円という数字だったと思います。これでも高いとビックリしたものでした。

 3兆円となれば、当初予想の4倍近い数字となります。僕はオリンピックそのものを否定するものではありませんが、2020年でなくても、福島原発事故の対応を優先して、その4年後でも8年後でも良いのではと思っています。

 改めて1兆円という数字、1兆円とは1000000000000円です。ゼロが12もつくのです。当然ですが3兆円とは、この3倍です。

 福島原発事故に対する除染・賠償に関する費用が、当初の試算より8兆円増になるということで、電気事業連合会が国に負担を要望していることが明らかになりました。2013年時点では、賠償費用は5・4兆円、除染費用は2・5兆円と想定されていました。しかし今回の電気事業連合会の試算では、除染費用が2・6兆円増の8兆円になり、除染費用は4・5兆円増えて7兆円以上になる見通しで、合計すると7・1兆円増の15兆円となるそうです。

 これに福島第一原発の廃炉費用、放射性廃棄物の中間貯蔵の費用などを足していけば、1兆円という費用が本当に豆腐の一丁のように軽くみられてきます。

 特に廃炉費用については、100兆円は掛かるのではないかと思っています。100兆円掛かるにしても、どうやって廃炉にするのかの行程が明らかにできない中で、100兆円でも出来ないのではという心配もあります。

 リニア新幹線の東京~名古屋までの費用が約5・5兆円と見込まれています。たぶん現時点の見込みですから、倍以上にはなるでしょうね。オリンピック費用は約3兆円、先日成立した補正予算は約3兆円です。

 兆という金が世間で語られていると、兆というお金の軽さというか、その膨大さを意識できなくなるような気がします。

 先週の国会論戦の中で、小・中学校の給食費用無料化するための費用が、約4446億円という数字が出ていました。現在、給食費用は無料化されていません。

 考えてみれば、「たった」の4446億円です。兆というお金が右往左往している中では、安いものではないでしょうか。

 オリンピックや福島原発事故での費用、このほとんどは大ゼネコンなどの収入になるのでしょう。ショック・ドクトリンという言葉がありますが「人の不幸に付け込んで利益を得る」という意味です。

 給食費用を無料化することで得られるものは子どもたちの成長であり、給食費用が払えなくて悲しい境遇にいる子どもたちの笑顔ではないでしょうか。


新潟県知事選挙

 昨夜は年がいもなく、興奮して寝つかれませんでした。新潟県知事選挙、午後9時40分過ぎに原発慎重派の米山隆一さんに、当選確実のニュース速報が流れて本当に嬉しくて嬉しくてという気持ちからです。

 7月に行われた鹿児島県知事選挙で三反園訓さんが当選して、連続の勝利です。政府や電力会社にとってみれば、鹿児島より新潟の負けの方が痛手は大きいでしょうね。何よりも柏崎刈羽原発は、東京電力のお膝元であるし、沸騰水型原発を再稼働させるための象徴的な存在だったのですから。

 現知事の泉田裕彦さんが立候補を取り止めると表明した時、全国の原発反対の人から「考え直して欲しい」という声が届けられましたが、僕は泉田裕彦さんのキャラからは、無理だと思っていました。そんな中で告示6日前に出馬表明した米山さんです。

 この選挙の勝因について考えてみました。
 第一はなんといっても、福島原発事故から5年7か月経って政府や電力会社は「3・11など無かったかのように」原発回帰に向かっていますが、根強い原発NO!の声があること。

 二つめには野党共闘が実現できたことだと思います。この野党共闘については民進党の後ろ向きの態度を変えさせたのは、反原発市民運動の強い影響だと思います。蓮舫民進党代表が最終盤には新潟県に入らざるをえない状況を作ったこと。新潟県の自治体議員も、これも最後の頃からですが米山さんの応援演説に加わったということです。7月の参議院選挙での野党共闘によって僅差で自民現職を負かせた実績も強いでしょうね。

 三つ目は東京電力の対新潟県への対応の悪さです。これは中越沖地震の時にさかのぼりますが、東京電力の横柄な態度が県民の強い反発を招いています。

 これで沸騰水型原発の中で、柏崎刈羽原発の再稼働は当分は無理だと思います。福島原発事故と同型の沸騰水型も、それを持っている各電力会社は再稼働申請をしていますが、その中でどこが前に出るかということを注目しています。そうなると柏崎刈羽の後に控える、島根原発の再稼働が前に出てくる可能性もあります。

 もしかしたら年明けにも予想されていた解散・総選挙も、先送りになるかもしれませんね。それだけの大きな影響力がある、県知事選挙だったと思っています。

 最後にこの度の流れの中からの教訓ですが、知事への皆のサポートというか日頃から支えるということですね。泉田知事が立候補しないと表明した時、僕たちは慌てふためいて「立候補してください」と訴えたものですが、どうしても泉田さんは元々自民党だし、経済産業省の官僚出身だという気持ちを持っていたように思います。知事一人が奮闘していたと思えてなりません。今度はみんなで米山隆一新知事を支えて行くことが大切だと思います。

 新潟県議会は、原発再稼働に前向きな自民党が圧倒的多数を占めています。だけど県民の多くは知事を応援しているのだということを、名実ともに示して協力していくことが大切ですね。



ボブ・ディランさんがノーベル文学賞

 本題に入る前に、今朝からこの9月21日に東京で開催された藤田祐幸さんを偲ぶ会で、娘さんが藤田さんに聞いた、「どんな人生だった?」という質問への答えをずっと考えていました。当日貰った資料の中にも、その答えの文章があったのですが、どうしても見つかりません。

 この会に参加していた知人二人にも電話をしましたが、「資料を貰わなかった」とか、電話に出てくれないとかで分かりません。一言の言葉が見つからないだけで、ブログの文章が進みませんでした。

 たぶん藤田さんの言葉は「波乱万丈だったけど、やることはやった、後悔はない」というようなものだったと思います。この言葉を入院中、考えていました。「波乱万丈」というのには人それぞれの受け取り方で、個人差があると思いますが、僕も「波乱万丈」といえばそうではありますが、藤田さんと違って「やることはやった、後悔はない」というようにはなりません。原発問題一つでも、たくさんのやらねばならないことが多く、イライラという感じです。

 そんなイライラの中でも、ボブ・ディランさんがノーベル文学賞を受賞したのは、本当に良かったですね。昨年のスベトラーナ・アレクシエービッチさんの時もとても嬉しかったので、2年連続の喜びです。スベトラーナ・アレクシエービッチさんは「チェルノブイリの祈り」という本を書いたベラルーシの女性作家です。春樹ファンには悪いような気もしますが、ノーベル賞選考の目も賢明だったという感じです

 ボブ・ディランさんの「How many roads must a man walk down」で始まる「風に吹かれて」は、知ったげに英語で唄ったものです。一昨年1月に亡くなったピート・シーガーさんの「花はどこへ行った」も大好きですし、天国のピート・シーガーさんも、ボブ・ディランさんの受賞を喜んでいるでしょうね。

 アメリカに行った時など、平和集会などではこのボブ・ディランさんやピート・シーガーさんの歌はよく唄います。こういう人が今でも、アメリカ内だけでなく世界中で人気があるというのは、まだアメリカのフトコロの深さを思っています。

 新聞には1963年8月28日に、ワシントンで開催された人種差別撤廃を求めるワシントン大行進で、ジョーン・バエズさんとボブ・ディランさんの若き時代写真が載っていましたが、これは保存物です。

 日本ではこんな歌を唄っていると、すぐに干されるでしょうね。何年か前に山口市で開催された反原発集会で高石ともやさんが唄ってくれましたが、こういう歌手がテレビなどで観ることが出来る状況が必要ですね。


入院していました

 風邪がなかなか治らないなあーと思っていたら肺炎ということになり、その肺炎が治りかけていた時、直腸炎になりついに入院をし、今日やっと退院となりました。

 入院から6日目まで食事はダメで、栄養と校正物質の点滴でやっと食べることになった食事は最高に美味しかったです。全部食べつくしたら、胃がぐっーと締め付けられる感じがしてきました。

 病気による入院は2度目です。52歳の頃、声帯白斑症(せいたいはくはんしょう)という咽喉科の病気で手術をして、その後は1週間、かんもく療法ということで声帯に負担を与えるので声を出してはいけないという治療をしたことがありますが、食事が出来ないという今回もそれなりに不便でした。

 「かんもく療法」をしたからと言って、完全黙秘ができる訳ではありませんからね(笑)。この度の入院中には、7回忌の法事でお経を読むということ、北海道の幌延に行くという予定もありましたが、どちらもキャンセルということにしました。

 おかげで、体重が約4㌔減りました。リバウンドが怖いところですが、こまめに体重計に乗って、やっとの成果を維持したいものだと思っています。そしてたった1週間ですが、筋肉力というのは落ちるものですね。「プリン・プリッ」としていたお尻やふくろはぎの辺りが、「ダラン」という感じになりました。

 自宅から歩いて5~6分というところにある病院で、小学1年生の孫はほとんど毎日のように病室に来てくれました。一人でいることが苦痛という性格ではありませんが、孫が来てくれるのが本当に楽しみでした。

 そこで思い出したのは、母親が入院や介護施設などへ入っていた時のことです。母は息子である僕が来ることを、とても楽しみにしていたことです。今だったら毎日のように母を訪ね、朝から夜まで話しをしていたのにと思いながら、母に悪いことをしたなあーと思っていました。

 今さらそのことを思っても、もう18年前に亡くなっているのですから仕方ないことですが、「親孝行、したい時には親は無し」です。

 入院生活を長くしている方も多いと思いますが、積極的に知識を得ようとか、身体を動かそうという気持ちにならないと、世の流れから落とされるという感じですね。僕は新聞を隅から隅まで読みつくし、ちょうど国会の衆参委員会でのテレビ中継も行われていたので、それを観ていました。原発に関する部分は答弁のメモをしていました。「落とされちゃあいかん」という気持ちを持ち続けていなければ、すぐに脱落しそうです。

 とても興味深い人間模様も観ることができましたが、さっき病院から帰宅したところですから、今日はこのあたりで終わらせていただきます。それにしても、多くの人から心配するメールや電話をいただきました。ありがとうございました。

風邪、その後

 なにぶん21年ぶりの風邪ですから、セキ・熱・タンに苦しめられて、近くのクリニックに行きました。右肺の下部分から音があるから、肺炎だろうけど大きな病院でCTを撮ってもらった方がよいとのことで、そういう設備のある病院に行きました。1時間くらい待たされて、医者は僕の顔を見るよりもパソコンに向かって、グチャグチャと書いていました。ヨーロッパなどでは、医者は患者に向かって聞き取りをし、その内容は同席しているスタッフがパソコンに向かうというのが普通だと聞いたことがありますが。

 CTスキャンで撮影をしました。だいたいCTでは6ミリシーベルトの被ばく量といわれてますから、大量の被ばくをしたことになりました。CT被ばくによるリスクと、得られるデータで病気が発見されるというメリットを天秤にかけると、子どもたちや50歳くらいまでは、CT撮影でなく別の方法で病気を見つける方が良いのではと思っています。まあー僕は67ですから、放射線に対する感受性も少なくなっているのだから、メリットの方が多いかと自分を納得させていました。

 病院としては高いお金を使ってCT撮影装置を購入したのですから、元を取るためにもCTを使いたいという気持ちも分からなくはありません。

 結局は近くのクリニックで言われた通り、肺の右下に小さな肺炎があり、抗生物質の薬を服用することになりました。

 そこで思ったのですが、昔の人はどうやって病気を見つけ、どうやって病気を治していたかということです。昔といってもほんの20~30年前、医者の使う道具としては聴診器とよく在ってレントゲンくらいの時代です。医者は念入りに聴診器を使い、打診というのだと思いますが、手を使ってトントンと背中や胸をたたいていたと思うのです。

 粉薬をもらい、「まあー滋養の在る物を食べて、ゆっくりと休むこと」と言われたものです。親は卵とか牛乳、時にはスッポンを食べさせてくれて、休んでいるといつの間にか、直っていたように思います。「越中富山の…」の置き薬も効くのやらどうやら分からないまま、飲んでいたように思います。

 結局僕の風邪も、最初のクリニックの医者が診断した通りでした。CT撮影のために無駄なお金を使い、同じような薬をもらいました。

 最近は医療過誤問題などのために、病気についてきちんと特定させなければならないことは分からないでもありませんが、そのためか過度にデータに頼りすぎのような気がしてなりません。

 黒澤明映画に「赤ひげ」というのがありますが、聴診器も無い時代に医者は念入りに問診を行い、打診・触診という方法で病気を見つけ、漢方薬を作って自然治癒能力を引出しながら、治療を行っていたと思うのです。

 この前、ある保険会社のセールスマンが「万が一の時には、○○のお金が出ます」と言いました。僕は「万がいちー?人間の致死率は100%じゃあないだろうかなあー」と答えていました。

 それでもだいぶ回復の方向に向かっています。この日曜日は義父の7回忌法事でお経を読むことになっていますし、12日からは北海道の幌延へ行くことになっているので、それまでには何とかしなければというプレッシャーと、抗生物質も薬にして奮闘しています。

 娘から「父さんも65歳を過ぎているのだから、西田敏行がコマーシャルしている肺炎球菌の予防接種をしなさいよ」と言われました。

とと姉ちゃん

 NHKの連続テレビ小説、「とと姉ちゃん」が終わりましたね。連続テレビ小説を最初の第1回から観ることはほとんど無いのですが、何かのキッカケで観た時に面白いなあーと思って、結果的に最終回まで観てしまいました。

 「とと姉ちゃん」が面白かったところ、それは主人公のとと姉ちゃんが、どんな難しいことに対しても、その相手に直接会う。自らがその難しいことの解決に向けて動く。「どうしたもんじゃろのー」と言いながらも、解決することに確信を持っている。部下の責任にしない。などなどです。

 最近の「責任を取らない」「部下にやらす」「上からの指示しか頭に無い」、こういう職場環境が多い中、「とと姉ちゃん」精神はとても大切だと思っていました。

 データ改ざんや偽装工作をやっても、やった本人だけに責任を取らせて上司は知らんぷりをしている、上司自らが責任を取ろうとしない、困難な問題を避ける、縦割りが強すぎて同じ職場でも他の人が何をしているのかを知らないし知ろうとしない、自分に責任が来ないことだけを、最大の目標として仕事をしている。

 などなど挙げれば尽きないほどの、「自分だけ!」職場が横行しているように思います。特に大企業と言われる職場に、たくさん起っている問題だと思います。

 縦割りが強すぎるから、それは結果として「会社を愛する」という意識はほとんど無くなります。「愛社精神」という言葉は嫌いな方も在ると思いますが、僕は「企業の社会的責任」という気持ちから、自分の働いている会社の対外的な視点を気にして、お客の立場で仕事をするということが大切だと思って働いていたつもりです。

 今年の株主総会で、二つの会社でほぼ同様の質問書を出していました。次のようなものです。これは中国電力に出したものです。
9.当社の役員および社員体質について
1.当社社員を私の住んでいる地域や会社内で見かけることがあるが、どうもその表情などに明るさが見かけられないというか、覇気を感じられないのである。企業の根幹は「人財」であり、電力自由化の中で生き残るためにも、目先の損得ではなく、先々を見据え、公益実現に努力する『トト姉ちゃん』のような明るい社員の育成が不可欠と考えるのである。社員に対し『トト姉ちゃん』を視聴するように薦めたらと考えるが、見解を明らかにされたい。

2.当社の取り組みでもあるコンプライアンスの推進を見ると、「当社は、過去の不適切事案の教訓を風化させず、二度と繰り返さないという強い決意に立ち、役員の率先垂範のもと、グループを挙げて、コンプライアンス最優先の経営を推進しています」と掲げている。
明るい社員の育成には、そのために率先垂範を担うのが役員であると考えるが、役員にも覇気、明るさを感じないのだが、見解を明らかにされたい。

 株主総会の中では、この質問に対する回答は行われませんでした。会場内でやろうかなあーと思いましたが、時間の関係で止めました。総会終了後、会社の株式担当の人が「事前質問に出されていた、あのとと姉ちゃんのもの、わが社としては会場で質問された場合を考えて、答えは用意していたのですよ」と残念そうな顔をしていました。どんな回答だったのだろうかなあー。

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