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年明け衆議院解散と予想した!

 年明け衆議院解散と予想しました。年明け早々にとはならないかも知れませんが、遅くとも年度内解散だと思います。臨時国会での論戦を見てからのことです。

 ロシアのプーチン大統領の来日と、高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉表明を成果に、安倍晋三首相はやるだろうと予測しました。経済が良ければ、それだけで国民は喜ぶだろうと思っている首相ですから、まさか日本の原発回帰を争点にとは絶対に言わないでしょうけど、年明けしかないと考えていると思います。

 その理由は、第一に2020年のオリンピックに総理大臣として出席できるということです。2020年夏は任期は少ないとはいえ、まだ3年5か月くらいの、議員であってもおかしくない時期であること。

 第二には2019年10月に引き上げるとしている、消費税10%引き上げの直前はよろしくないとすれば、来年がちょうどよろしいのではと思っているだろうと予想したこと。

 第三には、来年1月20日の米大統領就任式までに、第4次安倍政権の首相として先輩指導者の立場で米新大統領を相手にしたい。

 そして、僕はこれが本音だと思いますが、高速増殖炉「もんじゅ」を廃炉にしても高速炉として研究し、再処理も続けてプルトニウムを持ち続けたいという気持ちから、2018年7月の日米原子力協力協定の期限までを向かえ、いっきに米国内の日本がプルトニウムを大量所有していることに懐疑的な人たちの声を押さえたい。そのためにはプルトニウムのウラン燃料を混ぜたMOX燃料を使うプルサーマル原発を、国内で16~18基には増やしたい。

 どうも最近の米国内の様子を視ていると、米国も沖縄問題で日本政府には「ご迷惑をかけ、お世話になっているので…」という借りがあるように思っているようで、米国政府としては、「大目に見てあげましょう」というような雰囲気もあるようです。

 僕としては、回らない核燃料サイクルの中で、それでも再処理工場を動かし、プルトニウムをこれまで以上に持とうとする日本の政策に、世界の人たちと一緒になって国際的な抗議の声を起こす運動が、重要なテーマではないかと思っています。

 じゃあ誰がこんな策略を考えているのか、悪智恵の働く安倍首相ですが、僕は背後にいるというか安倍首相を支えている今井尚哉(いまい たかや)秘書官と読んでいます。「経産省に今井あり!」とまで言われていた、経済産業省資源エネルギー庁出身で、安倍首相とも親戚関係にある人物です。今井秘書官についてもっと知りたいという方は、どうぞ自分で調べてみてください。

そして衆議院解散になれば、本気で原発反対に取り組んでくれる人に議員になってもらうことだと思います。「頑張って」という言葉は好きでないので、「一所懸命やってくれる」人をと思っています。

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風邪をひいてしまいました

 20日~21日にかけて上京し、少し調子がおかしいようだと思っていたら24日の夕方くらいから熱・セキ・痰に襲われました。これを世の中では風邪というのでしょうけど、21年ぶりにそうなってしまいました。思い出せば21年前の地下鉄サリン事件の日の風邪以来です。

 「地下鉄サリン事件から、風邪をひいていないのだ!」というのを自慢もしていましたが、それも言えなくなりました。家族全員がインフルエンザになった時も、僕は予防接種をしていなくても「ケロッ」としていたのですが。記録をリセットして、次の21年後といえば88歳ですから、難しいかも知れませんね。

 しかし、25日は街宣行動でのマイク、26日は会議、27日はセミナーの講師というように、決まっていた予定はやっていました。しかし昨夜から「絶不調」で、今日はついに病院に行きました。そんなことで、部屋の掃除をしたり音楽を聴いたりという感じの時間を過ごしています。

 ゆっくりしていると、いろいろなことを思ってしまいます。まず、小さな子どもがいる核家族でしかも共稼ぎでは、子どもが病気などをしたら大変だろうなあーと思ってしまいます。この前、台風の影響で警報が出て小学校が休校になった時、ゴミを捨て場の近くで「これくらいなら休まにゃあーええのに」と、あるお母さんが「本音」を話していました。そして思い出すのでは母親のことです。仕事をしていた母はこういう時、どう思ってたのだろうかと。その頃は、近所の子どもたちと遊んだりして、楽しい時間を過ごしていたような気がしますが。そうそう三角ベースの「ワンバン」をしてそれなりに楽しんでいたようだと思います。

 次に思ったことは、月曜日から議員からの質問となった山口県議会の様子をインターネット中継で観ていました。自民党系からは福島原発事故の反省はまるで忘れてしまったかのように、建設に進もうという雰囲気です。気になったのは「3・11で山口県や上関町の要請に基づき、中国電力は埋め立て工事を中断したが、この度の山口県の埋め立て免許を許可したという措置で、あの時の中断措置は終わり、今は免許を認めた時の知事が要請した原発の工事の見通しがつくまでは、埋め立て工事はしないようにとの要請で、現在は工事が出来ないのだ」という理屈です。どうもこのニュアンスの違いが、頭の中に残ってしまいます。福島原発事故の後、山口県議会も全会一致で凍結を決議しましたが、あの決議はどう今に活かされているのでしょうか。

 3番目に思ったことは、高速増殖炉「もんじゅ」を廃止しても、再処理をしてプルトニウムを抽出して、しかもプルトニウムの入りと出を合わすという現政権の屁理屈です。こんなことを米国が許すでしょうか。思い出すのは2012年民主党政権の時、2030年代原発ゼロを目指すと言いながら再処理は行うとした「革新的エネルギー・環境戦略」がポッシャタことです。原発ゼロにするのに再処理は行うとしたこの戦略に、米国政府は日本政権のことをメルトダウンしているとしたことです。

 先日、つまらないことで賭けをしたら、僕が勝ちました。僕が負けたらお好み焼きをご馳走する、勝ったら岩国市の山奥にある酒造会社の試飲に連れていってもらうということでした。まあー風邪が治らなくて、この日まで酒が飲めないとして良いか~という感じで、風邪に付き合おうかと考えています。


広島カープ優勝

 広島カープが7回もリーグ優勝したことを、知りませんでした。最初の優勝となった1975年の時のことは、よーく覚えています。平和大通りで優勝パレードをした様子は今でも記憶の中にあります。

 1977年に始まった「広島フラワーフェステイバル」は、あの優勝パレードの賑わいを再現しようと企画されたものだと聞いたように思います。

 僕の中でのカープといえば、ピッチャー長谷川良平、キャッチャー田中、ファースト藤井、セカンド小坂、ショート古葉、という具合に今でも守備も名前も憶えています。小中学生の頃、小さなサイン帳を持って球場から出てくる選手にサインを頼んだものです。サインは、大切な宝物をのを貰ったように思ったものです。

 その頃は、1年に1回か2回しか観戦に行かせてもらえませんでした。近所に住んでおられた、水道工事屋に勤めているおじさんに連れて行ってもらいました。母がそのおじさんに「息子をよろしくお願いします」と頼んでいたのを強く思い出します。

 あの頃の広島カープの応援というのは、セリーグの中でも特に品が悪いので有名だったと思います。その品の悪い言葉というか「ヤジ」が、僕を大人にしてくれた一つの要素かも知れないと思います。

 ヤジとともに、内野席も外野席もたくさんの旗が振られていたように思います。中学校時代の2年先輩の山本浩二選手が守るセンター席には「山本浩二ファンクラブ」が陣取り、そこでも応援したものです。

 今年は1度も応援に行きませんでした。去年は1度行きましたが、これは友人が券をくれてのと、その席では飲み放題という席だったから行ったような感じで、目的がそちらにあったように思います。

 テレビでもほとんど観ませんが、最近の応援はあまりにもお利口になっているという感じがして、統率され過ぎていて魅力を感じません。品のないヤジはない、応援者の服装もあの赤色の応援服、同じような歓声、そして何よりも入場の時に、持ち物をチェックされるのが気にいりません。持ち物チェックをする理由も分からなくはありませんが、今の状況で観覧席から、缶ビールの空き缶がグランドに投げ込まれるようなことは想定できません。高いお酒を買わせて儲けようという球場側の魂胆がミエミエという気もします。

 今、広島市内はカープの優勝を祝う垂れ幕、ポスター、などなどで埋め尽くされているという感じです。セールも行われていましたが、今、特に買いたい物もこれといって無いので、恩恵には与っていません。

 そうそう、先日病院に行くことがあり請求書を見たら余りにも安かったので、「やったカープの優勝セールを病院がやるようになったのだ」と喜んでいたら、翌日にその病院から電話があり「間違いでした。申しわけありませんでした」というのがありました。僕は「病院もカープ優勝セールをやるんだと喜んでいたのに」と皮肉を言ってやりました。

 中国電力の本店にも「ぐっときた ずっと信じていた 感動をありがとう!」という懸垂幕が下がっています。これを見て、本当に笑いました。それは今年4月から始まった電力自由化の、中国電力のキャッチコピーが「ぐっとずっとエネルギア」とい物だからです。


民進党

 「期待している」「していた」では大いに違いますが、2009年9月に政権交代が行われた時、大いに期待したものでした。しかし、この時の気持ちは「していた」の過去形になろうとしています。

 民主党政権の時、福島原発事故が発生し「革新的エネルギー・環境戦略」の議論が始まり、2030年台に「原発ゼロ」を目指すという議論が各地で開催されました。しかしこの戦略が決まる直前に、フニャフニャとずっこけてしまいました。この頃から政治・政権交代というものに、期待しない方が健康的だと思ったものです。

 福島原発事故が起こって9か月後の2011年12月16日に、当時総理大臣だった野田佳彦首相が「事故は収束した」と発言した時、この政権は「ウソ」の政権だと確信したものです。

 「期待している」と思う人が裏切った場合と、最初から「期待していない」「嫌なヤツ」と思う人がいる場合、「期待している」「していた」の裏切りの方が腹立つものです。

 民進党の支持基盤を見る上でのバロメーターに、参議院選挙の比例区選挙での上位当選者の出身を見ることにしています。

 この7月に行われた参議院選挙、民進党の1位当選は東京電力労組出身、2位は自動車、3位は電機の労働組合出身者です。この比例区選挙で民進党は11人の当選者を出しましたが、この3人の他はゼンセン同盟、郵政、自治労、日教組、NTTという具合になっていました。自治労や日教組という組合は熱心に平和運動にも取り組んでいますが、上位3番までは円安で儲けた会社の出身者で占められていることには、庶民感覚とのかい離を感じました。

 そしてこの度の民進党代表選挙、蓮舫参議院議員が勝つとは思っていましたし、蓮舫さんしかないとも思っていましたが、野田佳彦さんを幹事長にしたことで、完全に覚めてしまいました。それも、党内での反対意見も遮っての起用には理解が出来ませんでした。党内での反対意見は自民党に政権を取り戻された時の野田さんの「戦犯」だそうです。

 蓮舫さんも「二重国籍」問題や、この度の野田佳彦さんの幹事長就任ごり押し問題が参議院選挙前だったら、東京選挙区で約112万もの票は取れなかったでしょうね。

 広島県議会では、民進党という会派はありません。社民党関係の人も混ぜて「民主県政会」という15人の会派です。中国電力労組の出身者もいるようです。

 一番困るのは、原発問題で会派として同一歩調を取ってもらえないことです。「内部で意見が違うから、一緒に行動が取れないんですよ」とその会派の知人の議員さんが話されました。同一歩調が組めないからその問題で政治活動が出来ないということ、ある意味正しいことだと思いますが、それで自分の政治信条が形に表せなくて、その人はストレスを感じないのでしょうか。

 民進党が「期待していた」という過去形から、「期待している」の現在進行形の政党でいて欲しいという希望は、まだほんの少しは残っているのですがね。



やっぱり猿芝居だった

 上関原発の埋め立て免許を巡る中国電力と山口県との猿芝居、やっぱりそうだったということが明らかになりました。山口県が埋め立て免許を交付して、その後山口県から中電に行った意見照会については、すでに山口県から明らかにされていました。しかし中電からの回答については秘密のままでしたが、朝日新聞、中国新聞の情報公開請求により山口県側から中電の回答内容がほぼ公開されました。

 ことこの事態に至っても、中電側からは明らかにしないというのが、まずもって理解できません。山口県が公開したことについて、中電は事前に相談されていて「了解」したとのことです。

 中電側から明らかにしないということは、上関原発の建設については「ご理解を得るように最大限の努力をします」という言葉が嘘だということを中電自らが認めたことになりました。
 
 7回も秘密のやり取りをし、市民団体が情報公開請求をした時にも99%黒塗りにした物を出しておいた張本人が、県民の強い批判を受けたにも関わらず、そして埋め立て免許問題は「決着」したにも関わらず、ことここに至っても明らかにしないというのは、理解が出来ません。先日この問題について、中電の担当者と話したのですが、「言語不明瞭、理由不明」の屁理屈で「じゃあやります」にはなりませんでした。

 そこで新聞記事をじっくりと読みましたが、新聞に書かれている「やりとり文書要旨」には、それなりに真面目なやりとりをしているように見えますが、4度目の県からの意見照会、中電回答の頃から認めることを前提にして、どういう質問と回答を行うかという演出と流れを作るかということがミエミエです。特に5度目の補足説明からはそうなっているようです。

 ちなみに、4度目は13年1月30日付けの質問で回答は同年2月22日、5度目は13年3月19日山口県質問、中電14年1月回答です。12年の衆議院選挙で自民党に政権交代し、安倍晋三政権が誕生した直後です。

 14年4月に新設については「シカト」したエネルギー基本計画が決まり、翌15年には新設は無いと言いながらも、2030年の原発比率を20~22%とした「エネルギーミックス」が決まっているのです。

 明確にはしていないが「新設はない」というエネルギー基本計画と、20~22というエネルギーミックス、このジレンマに山口県も中国電力もオロオロと右往左往しながら、どうとりあえず無責任に先延ばしする理屈を作りあげたというのが、ことの本質だと思われて仕方ないのです。

 そこに知恵を与えたのが、経済産業省の悪代官、否、悪官僚だと思います。「使用計画が定まらない時点で免許延長はしない」と発言した、二井関成元知事と就任直後の山本繁太郎前知事の発言は忘れられたのでしょうか。

 最初が肝心だということ、悪知恵を教えてもらう前にケリを付けるという、ケンカ(交渉)の鉄則を思いました。飲み代でも借金でも時間が経てば取られなくなる。これが僕の人生経験による大きな智恵です。


回らないサイクル

 今さら言うことでも無く最初から分かっていたことですが、核燃料サイクルが回らないことを政府がやっと認めざるを得ないという方向に向かおうとしています。でも油断は禁物でしょう。

 昨日、今日の新聞に高速増殖炉「もんじゅ」を廃炉にする方向で、政府が最終調整に入ったという記事が載っています。「もんじゅを再稼働させるためには数千億円、廃炉にするにしても30年間で約3千億円、このままほっておいても、年間約200億円の維持管理費用が掛かっている」という代物ですから、モーレツに遅きに失しているということです。

 僕が原発問題に関心を持った頃、「原発には潜在的には危険な物である。しかし原発を運転して作られるプルトニウムは、準国産のエネルギー源として使用し、エネルギー源の無いわが国には大切な自前の資源である」という宣伝文句を何度も何度も聞かされたものです。関心を持った頃だけでなく、今年の株主総会でも電力会社は同じことを言ってたと思います。

 「もんじゅ」を廃炉にすると、回るべきだと思っていた核燃料サイクルは、そこで途切れます。そうなると、原発の使用済み燃料を再処理する再処理工場も不要になります。当然、原発そのものも回らない核燃料サイクルですから、不要になります。「(原発は)潜在的に危険なものだけど、高速増殖炉から作られる…」ということで「我慢」してと思っていたことの、根拠の無いことになってしまうのではないでしょうか。

 「もんじゅ」は止めるけど再処理はするということになると、それはプルトニウムを使って核兵器を持つということでしか、理屈が通らなくなるのではないでしょうか。北朝鮮が「核燃料を再処理、再開を表明。兵器増産可能に」という記事も目にとまりましたが、北に対する世界の世論が日本は「まとも」な国だから大丈夫ということにはならないと思います。

 再来年2018年7月には、日本にプルトニウム保有を認めた「日米原子力協力協定」の協定期限をむかえます。自動延長・協定終了・協定再締結という三つの選択肢をどうするかということが議論になると思います。

 それぞれの選択肢の問題点などは次の機会にでも譲りたいと思いますが、「もんじゅ」を止めるのなら協定終了しかないと思いますが、しかし現にプルトニウムを大量に持っている危険な日本を、「野ざらし」にするようなことを米国が許すとは思えません。

 「もんじゅ」廃炉について、敦賀市の渕上隆信市長が松野博一文部科学大臣に「廃炉にするなら、明日目が覚めたら更地になっているようにしてほしい」と訴えたとか。この報道を見て、孫が言う「サッカーボールを買ってくれないと、学校休む」と同じかそれ以下だと思いました。

 今の市長ではありませんが、すでに亡くなった元市長が「原発は金の成る木。一人二人の奇形児が生まれても仕方ない」というような発言をしたという記憶があります。そうそうこの元市長の息子、下着泥棒でチョー有名になったあの代議士です。


九州電力の横柄さ

 7月に実施された鹿児島県知事選挙で、川内原発の運転中止を公約にして当選した鹿児島県の三反園訓知事、九州電力への再度の申し入れに対しも瓜生道明九州電力社長は応じようとしません。こんなことって常識で考えられることでしょうか。

 昨年再稼働をした川内原発ですが、その手続きの中で当時の伊藤祐一郎鹿児島県知事と立地自治体である岩切秀雄薩摩川内市長が再稼働に同意したからという理由で、強行しました。川内原発から30㌔内のUPZ(緊急時防護措置を準備する区域)圏内には薩摩川内市、いちき串木野市、阿久根市、鹿児島市など9市町が在ります。特にいちき串木野市は5㌔ちょっとというところです。しかし、いちき串木野市の同意の無いまま再稼働に許可を与えたのです。

 そんな伊藤知事に「NO」という県民の声が、三反園さんを知事にしたのではないでしょうか。

 九州電力が自分の味方になると思う場合は、「知事が同意した」という理由を「錦の御旗」にして再稼働を進め、都合の悪い三反園知事になったらその要請を無視するという態度、これじゃあまさに「民主主義のへったくれも無い」ということではないでしょうか。

 こういう一企業の態度を、原発問題は別にして全国の知事は怒るべきではないでしょうか。怒らないことも理解に苦しむのです。大きな問題にしないメディアの態度も理解できません。

 新聞を見ていると「停止させると、反原発の機運が盛り上がり、他の原発の再稼働問題にも影響しかねないと考えたとみられます」と書いていましたが、こんなことが停止させないことの理由になって良いのでしょうか。

 「知事には原発を止める法的権限は無い」とも新聞は書いていました。じゃあ再稼働を認める権限も無いのか、「だれが責任者なんだー。責任者出せー」と叫びたくなります。

 川内原発再稼働のもう一人の無責任市である薩摩川内市、10月23日には市長選挙と市議会議員選挙が行われることになっています。原発に反対する候補者も出馬するよう準備が進められているようです。市長・市議会議員選挙でも原発反対の勝利を願っています。

 今朝は新聞が休みですが、号外がメールで送られてきました。福島民報の号外で「いわき新市議決まる」というもので、友人で長い間原発反対運動をしている佐藤和良さんがトップで4期目の当選を果たしました。早速電話をして、喜びを分かちあいました。

核のごみ処分問題

 原発の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の、最終処分問題の動きが、このところ新たな展開になろうとしています。

 僕はこの問題で、資源エネルギー庁が主催したシンポジウムにパネリストとして参加したことが3回在ります。主催者としては反対の人も呼んでいるということで、度量の広さを見せたかったのでしょけど。一回目は福岡、後の2回は広島市で開催されたものでした。福岡で開催された時を調べてみたら、1998年1月となっていましたから今から18年前のことです。

 まだあの頃は、僕のような原発に反対の人間も呼んでいました。僕の横の席にいた人は、九州電力の取締役の人でした。その後の広島市での開催では呼ばれたのですが、ある時以降は声が掛からなくなりました。全国的にそうなりましたが、原発反対の人がいると「混乱」して、都合が悪いと主催者が思ったのでしょうね。最近では「説明会」という形になって、一方的に理解させるというのになっています。

 あの時からでも18年、でも「処分方法」はまったく変わらずに同じ方法の押し付けでした。そして「受け入れたい」といって手を挙げてくれる自治体を待っていたのですが、来年からは国の方から自治体側に「お前のところはどうだ」というやり方にするという方針に替えてくることになりました。

 そしてもう一つ、大きく方針転換がされるというニュースが明らかになりました。これまで高レベル放射性廃棄物は、ガラス固化体による人工的なバリアと、自然バリアで守られて「処理」されるというのが言い分でした。自然バリアとは安定した地中であるということです。だから火山や活断層のほか、隆起や浸食が大きい地域、地中の温度が高い地域などはダメということの他、人口密度や地権者の数といった問題も、処分地を選ぶ適否の要件となっていました。

 火山とか活断層といった問題は自然科学的要件と言い、人口密度といった問題は社会科学的要件と言い、これらを総合して「科学的有望地」としていました。しかし、この中の社会科学的要件というものを有望地を決める選定要件から除外するということが明らかになったのです。

 広島市内のど真ん中でも、東京のような都市でもOKということになるのです。国の言い分では、核のごみの最終処分という国民全体の問題を一部の地方だけの問題にせずに、みんなで考えるべきという理屈です。

 そうなると、これまでのより多くの場所が有望地となってきます。国の言い分も理屈に合うと思われなくはありませんが、この視点から12月にも国から有望地が提示されることになっています。

 この問題、僕は大前提にこれ以上高レベル放射性廃棄物を増やさないという立場に立つことだと思います。これ以上増やさないということは、原発を止める、今在る原発は廃炉にするということです。原発は「トイレのないマンション」だと言うことは、原発が始まった時から言われてたことではないでしょうか。これが大前提ですが、高レベルを作らないために再処理をしないことも重要だと思います。

 まずそこに立ってから、これまで大きな犠牲を払って「豊かさ」を享受してきた責任から、それこそ国民的な議論を行うべきではないでしょうか。目に見える形での「保管」というのもあるでしょう。繰り替えしになりますが、原発は止めるということが大前提でないと、みんなが本気で考える訳がありません。

 ドイツでもこの放射性廃棄物問題が議論されていますが、ドイツと日本の違いは、ドイツでは2022年までに原発を廃止すると決めていることです。


三江線に乗りました

 9月3日、青春18きっぷを使って三江線に乗りました。来年の秋に廃止となる計画が決まったということで、三次駅発9時57分の電車は2両編成でしたが、座席は満席で立っている人も10人くらいはいました。最初は5日か6日のウイークディを予定していたのですが、台風の影響が心配でこの日にしました。

 廃止の報道が大きくされて、乗っている人のほとんどは鉄道マニアの若者から中年層で、みんなカメラやビデオを持参しての観光客でした。広島からの芸備線が三次駅に着くと、駅員さんが大きな声で「三江線にご乗車の方は…」とマイクで案内し、運転手さんだけでなくもう一人JR職員が乗っていました。

 僕は1両目の先頭辺りの席に座り、他のお客と同様に写真をバチバチ写していました。ワンマン運行ですから、降りる人は運転手席側から降ります。よく見ていると地元の人と思われるのは、杖を持って小さなナップサックのお年寄りの女性と、女子高生の二人だけでした。

 三江線といえば、子どもの頃には三江北線と三江南線に分かれていて、いつの日かに全線開通になったという記憶があります。僕は「木路原」という駅で降りました。この駅でどうしても写真が撮りたかったからです。都会感覚では次の電車で目的の駅まで行ったのだろうと思われるかもしれませんが、次の電車までは5時間以上待たなければなりません。そこで、電車の中でたまたま横に座っていた「交通サークル 神戸・広島公共交通研究グループ」の活動をしている20歳代の男性とともに、歩くことにしました。

 この男性との出会いが、今日の三江線旅行にたくさんの知識とともに楽しいものにしてくれました。彼は1週間前にも三江線に乗ったということで、廃止が決まったということだが、まだ存続できる道を語りました。新聞販売店で地元の山陰中央新報を購入し、「三江線問題のシリーズが続いているのです。中国新聞も特集していますが、山陰中央の方が存続に厳しい見方をしている」と解説してくれました。僕が「広島ではどこで山陰中央を買うの?」と聞くと、広島バスセンターの売店では販売しているのだということです。僕はこういう何かを本気で取り組んでいる人が大好きです。特に若者が!

 三江線は雨や雪による災害で運行できないことが多いそうです。彼とは石見川本の駅近くのお寿司屋さんで食事をしました。そして途中で「また来年までには会いたいね」と言葉を交わして別れました。

 帰りは合併して誕生した美郷町役場がある「粕淵(かすぶち)」という駅から、三次まで乗りました。1両の電車はほぼ満員、ずっと立っていました。地元の人が「こげえに、いつも乗ってくれとりゃや廃止にやぁならんのにのー」と言葉を交わしていました。一見の我われにも温かい目で見ておられました。

 帰りの電車では立っていたので、途中の景色をよーく観察できました。午後6時も越え、辺りは薄暗くなっており普通なら電灯がともっていても良い時間でしょうけど、ほとんどの家は白色のカーテンで囲まれ、住んでいる気配の感じられない無人家です。そんな景色を見ながら、本当に悲しく寂しい気持ちになりました。

 過疎の原因と、どうしたらいいのだろうかと考えていました。「今さらなんやあー」と怒られそうですが、一に仕事があること、二には教育を受ける場があること、三に、医療施設があること、だと思いました。

 三次方面から江津方面に向かう一番電車は、浜田市まで行くそうです。その大きな理由は、この沿線の人たちが浜田市に在る病院に行くためだそうです。三江線の廃止後は、バスによる輸送とされていますが、「バスによる代替え策もやがて無くなる状況が各地で起っている」と、これも電車の中で知り合った彼の言葉でした。


総合防災訓練

 9月1日の「防災の日」に合わせて、全国各地で総合防災訓練が行われましたね。全国36都道府県で約100万人が参加したそうですから、相当に大規模です。

 僕も現役で働いていた頃は、「広島市総合防災訓練」というようなものに何度か参加した経験があります。サイレンを鳴らして工事車を出動させて、ストーリィ、予定通りの時間に復旧措置作業を終わらせたものです。まあー前日に準備をしていて、恰好だけ「○○ヨーシ!」というような声を出しておればよいものですから。

 この度の訓練で、安倍晋三首相も参加したというものは、1日午前7時10分ごろ、和歌山県南方沖を震源とするマグニチュード9.1の巨大地震が発生し、九州から東海の太平洋側を中心に最大震度7を観測したという想定で行われました。

 そこで疑問に思うというか、おかしいなあーと思うのは、この時に原発事故は起こらなかったのか?というものです。「総合」というのなら、あらゆる事態が総合的・複合的・重層的に発生したということを想定しなければならないのではと思うのです。

 九州から東海の太平洋側に震度7が発生すれば、一番心配なのは浜岡であり、川内、伊方も大きな被害を受けるのではないでしょうか。原発事故を想定した訓練は、先日の関西電力高浜原発や大飯原発の訓練のように別箇にやっているからと言われるかもしれませんが、巨大地震が発生すれば津波も起こるでしょうし、原発事故で逃げようとする場所への道が寸断しているというような事態は十分に想定されます。

 先日の高浜原発の訓練の日、たまたま福井県に行ってたのですが、今日は高浜、明日は大飯というように行われていました。高浜と大飯の間はとても近い距離です。高浜で事故が起きた時、大飯はまったく無傷というようなことってあるのでしょうか。

 長崎県佐世保市では、米海兵隊のオスプレイを飛ばしたそうですが、大金と多くの人たちを動員しての年に1回の総合防災訓練なら、震度7のあらゆる事態を想定すべきではないでしょうか。

 原発特有の事態というのは在るのですから、それだけの訓練を否定するものではありません。しかし繰り返しになりますが、年に一度の「総合」の訓練ですから、この日くらいは名実ともに総合でやるべきだと思います。

 先日、また熊本地方で強い地震がありましたが、テレビのニュースでは「川内原発は。玄海原発は」を繰り返していました。なぜ伊方原発を言わないのでしょうかねえー。伊方は熊本からとても近いのですよ。

泉田新潟県知事の出馬撤回表明

 泉田裕彦新潟県知事の次期知事選挙への出馬撤回表明、いくら新聞を読み直しても理解ができませんでした。新潟県知事選挙は、この9月29日に告示され、10月16日が投票と決まっています。もう後わずかだというこの段階で、泉田知事の出馬撤回というニュースを見た時は、本当にがく然としてしまいました。

 泉田知事は、東京電力柏崎刈羽原発の再稼働に反対している知事です。それも「本気」で反対の気持ちを持っている人で、原発に反対している全国の人から熱い支援を受けていました。

 出馬撤回の理由、今朝の中国新聞には次のように書いています。『問題となったのは新潟と極東ロシアを結ぶ日本海横断航路開設を巡り、県が3億円を出資する三セクの子会社が中古フェリー売却側の韓国企業と結んだ購入契約。条件が合う船でないことが判明し、子会社は引き取りを拒否。仲裁機関が今年7月、子会社に約1億6千万円を支払うよう命じた』というものです。これを書いたのは新潟日報社というマスコミですが、この記事を誤報であると指摘したのが泉田知事です。

 誤報か誤報でないかは別にして、単純な僕はそれがなぜ「不出馬」に結びつくのかが理解できないのです。泉田知事は「県の主張が(新潟日報)載せられないということになると、民主主義の基盤が揺らぐと懸念している」と述べたそうですが、ますます「不出馬」が分からなくなってきます。

 不出馬に対し、全国の人たちから「考え直して出馬して欲しい」という声が起っていますが、僕は泉田知事の性格を考えれば、思い直して出馬になるのは無理だと思います。

 ある友人から、「かなり前から悩みに悩まれた末の決断であり、支援者との相談後の発表ですから無理だと思います。泉田知事を支援しようなどと呼びかけておきながら、新潟の状況のリサーチを怠っていたことを反省しています。新潟日報の執拗なバッシングで新潟県民はすっかり泉田知事から離れてしまった事のようです」というメールをもらいました。

 それにしてもやっぱり分からないのは、8月31日の記者会見で知事が話した「私が引くと、原発にどう向き合うのかなどの純粋な議論ができる。引いた方が思いが遂げられる」という言葉です。

 ベストセラーになった小説で「原発ホワイトアウト」というのが在ります。この小説の「知事逮捕」という第16章は、「新潟県知事の伊豆田清彦の一日は、早朝六時からの散歩に始まる」という出だしで始まります。原発に懐疑的な新潟県知事の伊豆田清彦さんが、逮捕されるというものです。

 泉田知事が新潟県内の原発賛成の自治体首長や県会議員らから、強いバッシングを受けているというのは、聞いていた話しです。知事といえども人間、友人のメールであったように、僕の責任も問われているようで暗い気持ちになっています。

 新潟県のホームページに「知事へのたより」というのがあり、数回ほどたよりを送ったことがあります。たよりには担当部署から丁寧な返事も送られてきました。泉田知事の性格を表わしたものだと思っていました。

 往々にして私たちには、期待はするが、期待に反すると批判をするという体質が在るように思います。知事の存在というのは沖縄県にしても鹿児島県にしても大きな物ですが、知事だけで要求が実現するというものでは無いでしょう。改めてこのことを知らしめた今日です。


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