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上関原発スラップ訴訟和解

 被告とされていた4人の顔には、ホッとした笑顔と涙を流す方もいました。2009年11月、上関原発にからむ埋め立て工事を妨害したとして同年12月、中国電力から突如として約4800万円の損害賠償請求訴訟が提起され、あれから6年8か月間、4人は被告とされていました。

 この訴訟が昨日30日に和解しました。中国電力側は請求額を全額放棄し、和解決定の後に開催された報告集会の正面横幕に書いてあった「勝利的 和解 成立」の通りだと思います。

 この訴訟について、中国電力内部からは「こういう訴訟は起こしたくなかった」という声が聞こえてきていました。しかし、埋め立て工事を請け負っていた主に上関町内の土建業者が、しつこく行われる抗議行動にムカついて「懲らしめてやれ」と町長に迫り、町長に訴訟を起こすことは出来ないので当時に中国電力社長だった山下隆さんに、起こさせたというもののようです。

 だいたいこういう「妨害」が行われたというのなら、本来は警察などに威力業務妨害や不法侵入で告訴して、刑法上の裁きを求めるのが普通の姿だと思います。それをしないで、いきなり損害賠償にするところがまさに「スラップ」です。

 この度の和解の背景を、僕なりに考えてみました。これが最大の背景だと思いますが、中国電力の中で上関原発建設の必要性がほとんど無くなってきた中で、自らの身体をスリムにさせ、スッキリした気持ちでいたいということが働いたと思います。

 その他、和解に向けての裁判所の強い指導、そして昨年の夏に被告にされた4人の本人尋問が行われ、次は原告の中国電力の尋問ということになり、具体的な人が決まりかけたということが、彼らをビビらせたという感じもしています。

 上関原発の必要性が無くなった中でも、国の「2030年、原発比率20~22%」というエネルギーミックスが存在する限り、「止めるに止めれない」という現実が、彼らに覆いかぶさっています。

 先日山口県知事から「発電所本体の着工時期の見通しがつくまでは、埋立工事を施行しないこと」という要請を、「重く受け止め、慎重に対応する」と回答した手前、なるべく上関原発のことで世間を騒がせないで、ウヤムヤにさせたいという思いでしょう。

 しかし、これで上関原発は終わりません。まさに長期戦のスタートが始まったという気がしています。都会に住む者にとっては、報道も少なくなるとだんだんと意識しなくなるかも知れませんが、地元に住む人にとっては長期戦というある意味とても難しい戦いになります。

 先日の新聞報道で、地元の人から「いつ埋め立て工事が始まるかと恐怖を感じる。時限爆弾を抱えているようだ」との声がありましたが、この気持ちを自分の気持ちとして、僕は受け止めなければならないと思いました。とても難しいことではありますが、

 こういう時だからこそ、周りに住んでいる人たちの運動がとても大切でしょう。34年間も地元の中に大きく強い亀裂を作り苦しめたということ、中国電力の責任を問いたいという気持ちです。

 今日で8月も終わりですね、この夏は「記録的な暑さ」「猛暑日」「エアコンを適切に使用し…」「熱中症」という言葉を毎日のように聞かされていましたが、電力使用量は昨年よりも少ない1044万kwでした。8月25日の14時と聞いています。ちなみに昨年は8月6日14時で1075万kwでした。

 1年で最も電力使用量の多い時でもこの通り、上関原発の137万3千kwが二つも必要な訳がありません。

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敦賀に行っておりました

 27日~28日まで、福井県敦賀市に行っておりました。2年に一度の反原発新聞総会が行われ、総会に合わせて原発見学ミニツアーが行われたのです。

 JR敦賀駅を降りた時、瞬間的に僕が子どもの頃の国鉄五日市駅前を思い出しました。駅前の幅だけは広いという感じの道路、閑散とした商店街、でもほとんどが「シャッター」です。駅前をうろうろしていたら、「みんなで昼ごはんを食べているんだー」と後ろから声を掛けられました。同じ総会参加者の友人です。その店は麺類を主に食べさせる店でした。総会参加者の5~6人と、その他のお客さんが2人いましたが、誰のテーブルにも注文品が置いてありません。麺類を作る人、持ってくる人が同じだという感じで、僕には注文も聞かれませんでした。何分かはいたのですが、迷惑をかけたという感じなので、そして「セッカチの省ちゃん」ですから、「僕は駅内の立ち食いで食べるわ」と言ってこの食堂を出ました。それが大正解だったようです。総会会場へ行くと「注文品はだいぶして出て来たけど。味が悪かった」と友人が話していました。

 ミニツアーでは、最初に美浜原発まで伸びているとされている、破砕帯を見に小高い山に上がりました。破砕帯とは、岩盤が割り砕かれて、多くの隙間を持つようになった地層のことです。 断層の運動などによって発生し、通常の地盤に比べて軟弱で、地下水などが含まれている場合も多いとされています。そこには関西電力の仕事をしていると思われる調査会社の人が、4人ほどいました。地層調査で必要な道具は、ハンマーの小さなシャベルです。皆さん持っています。破砕帯を指で実感することができました。スケジュールでは先に白木浜に行って高速増殖炉「もんじゅ」を外から見学する予定でしたが、雨が心配で破砕帯を先にしましたが、これが正解だったようです。

 続いて白木浜に行って「もんじゅ」を見学、白木浜には名古屋ナンバーなど県外車の車が何台も停まっていて、若い人たちが海水浴を楽しんでいました。

 続いて美浜原発PR館に行って休憩を兼ねた館内見学、説明員の人が丁寧に話してくれました。「1号・2号は昨年廃止しました。3号機は建設されて39年ですが、この12月にも運転開始できるように頑張っています」と。僕は「まあー頑張ってください。1号機が発電したのは、大阪万博の時ですよね。覚えていますよ、1970年3月14日、僕の友人でこの日が誕生日というのがいますから。もうあれから46年なんですよね。もう友人も年なんだー。美浜という言葉、美しい浜の町、良いですよねー」と、意味不明の激励をしてあげました。

 一点だけこのPR館の説明文で気に入ったところ、廃炉にした後の使用済み燃料について「再処理工場または中間貯蔵施設等へ搬出する計画です」と記していました。この中間貯蔵施設等の「等」が『くせ者』なのです。

 1・2号の廃炉が決まり、40年近い3号の再稼働を目指している関西電力と美浜町、美浜町は次の原発を建設して欲しいと町議会で決議したようですが、関電の本音ではその気はまったく無いようです。美浜原発を望みながらの海沿いの道、やはり砂浜で海水浴をしている若者を多くみました。

 新聞でも大きく報道されていますが、27日には高浜原発で、28日には大飯原発で過酷事故が起きたとの想定で、国や福井、滋賀、京都の各府県と兵庫県を含む関西広域連合が主催して、広域避難訓練が行われていました。

 私たちの会議に島根から来た人、28日の朝「同じホテルに島根県庁の人で知った人がいた」と話していました。島根原発の在る島根県庁の人もやってきていたのですね。携帯電話のメールには数回の「訓練情報」が入ってきました。

 このブログを書くために、どんな内容だったのかなあーと探してみたのですが、どこにも残っていません。「どうしたもんじゃろのー」という気がしています。消した記憶はありません。福井県を離れると自動的に消えるとか、そんなことは無いと思いますがねえー。



見込みが無いのだから引きあげて欲しい

 中国電力から山口県への回答、お盆明けのオリンピック終了後と予想していました。時差の関係から23日の火曜日、その通りの回答でした。山口県から埋め立て免許許可を受けたのは副社長でした。しかし回答を持参したのが山口支社の副支社長だったのには、少し驚きでした。

 経緯を簡単に説明したいと思います。上関原発計画地の埋め立てについて、8月3日山口県が許可した時、知事は「発電所本体の着工時期の見通しがつくまでは、埋立工事を施行しないこと」という要請をしておりました。この要請に対する回答を8月23日に中国電力が行ったのです。

 回答は「ご要請の趣旨を重く受け止め、埋立工事の施行については、慎重に対応することといたします。発電所本体の着工時期の見通しがついたと判断できる状況になった時点で、改めて山口県ご当局に相談させていただきます(後略)」というものです。

 中国電力が山口県からの要請に楯突くことはないので、予想されたものでしたが、僕はこれだけではなく「その気を示す」おまけの言葉ないし措置をするかもしれないとも予想していました。しかしそれが無いということは、実質的な撤退だと思っています。

 だから「バンザイ」だということではありません。それならさっさと上関原発工事事務所を閉鎖して、上関から引きあげて欲しいのです。その前に反対住民に謝罪するのが最初にすることでしょう。

 昨日の回答を見て、中国電力に対する質問書を書いていました。書きながら「慎重に対応します」で、これまでのことを水に流すことは納得できない疑問が沸々と湧き起ってきました。

 例えば、着工時期の見通しとは何ぞや、なぜ2005年の「重要電源開発地点指定」が山口県知事の許可の根拠になるのやー、「重要電源開発地点指定」の要件を満たしていないじゃあないかあー、なぜこんなに長くほっとらかしにしてたんじゃあー、これまでの山口県からの意見照会、回答の内容を公開しなさいよー、福島原発事故は何だったんですかー、安倍首相も言ってる新設はないという発言を守りなさいよー、というようなものなどなどです。全文読んでみたいという方はメールでご連絡ください。お送りしますので。

 書いていたら、全部で14項目にもなりました。何人かの人にこの質問書を見てもらったら、これも追加して欲しいという新たな追加も言われました。

 それにつけても、思い出すのは同じく中国電力が山口県豊北(ほうほく)町(現・下関市)に建てようとした豊北(ほうほく)原発のことです。ここでは反対派町長が誕生し、実質的にこの時点で終わってしまったのに、中国電力は当時「電源開発基本計画」に組み入れられていたことを理由に、供給計画の中に豊北原発は着工→未定、運転開始→未定で毎年記していました。

 そしていつの間にか、この計画は無くなっていました。「撤回」と言わないので、地元に事務所がとりあえず在り、草に覆われていたようにも思います。事務所が在る以上は働いていた人もいたはずです。

 昨日の回答で、中国電力は上関町の人に「適切な情報提供に努めるなど、地域の皆さまのご理解が得られるよう努力してまいります」としています。このことだけで約50人の職員は無駄でしょう。まあーあまり仕事をしたくない人には、とっておきの暇な仕事でしょうけど、「やりがいのある」職場とは言えないでしょうね。

上関町にとっては、上関事務所は「大口」の法人住民税の塊りですから、こんな物に頼っていた体質から脱皮していくことも大切でしょうね。脱皮しろといっても、長年そうだったので脱皮のためのリハビリ時間も必要ではないかとも思います。

祝島、神舞(かんまい)

 1100年以上の伝承から伝わっている祝島の神舞、16日の入船神事から明日の出船神事まで行われています。18日の岩戸神楽の見物するために祝島へ行ってきました。神舞の伝承については、それを書くと長くなりますから、是非ともホームページで検索してみてください。

 4年に一度行われる神舞ですが、島の人たちの減少、高齢化によって準備する人が少なくなり、毎回心配していましたが、今年も盛大に開催されました。島の人たちの、伝統と歴史を大切にする気持ちを実感します。この気持ちは、上関原発に反対する源になるのでしょうね。

 都会で行われている祭りといえば、神社とどこかの業者が準備して開催されるのがほとんどだと思いますが、神舞は仮神殿や仮鳥居を造ることから、ほとんどすべてを島の人たちが担っているのです。

 櫂伝馬(かいでんま)船の舳先と艫で舞う若い人が居なくて、という心配もあるのですが、今回も島出身の人の子どもさんたちが見事にやってくれました。

 島の波止を定期船から降りると、「元気―」「まあーよくお越しくださいました」「ありがとう」「今日は泊まれるの」「寄付金ありがとうございました」などなどのたくさんの声を掛けられました。本当に嬉しい限りです。

 島民の人だけでなく、帰省者、島が大好きな僕たちのような者だけでなく、遠くはフランスからの映画クルー、本職と思われるカメラマン、報道関係者などなどが来ていました。「未来へ残したい漁業漁村歴史文化財百選」などにも選ばれているので、関心の強さを感じました。

 上関原発関係の写真を撮り続けている女性は、島民の人たちが作りあげた仮神殿が、祭りの終わりとともに解体撤去されるまでの様子を写すのだと話していました。

 神楽は一見単純な笛と太鼓の音楽とともに、舞われるものですが、その中にはストーリーもあり、とても面白いのです。鬼の面を被った踊り手が、小さな子どもに近づくと、子どもたちは大きな泣き声を出します。僕も小さな頃、とても怖かったという記憶が今でもありますから、子どもに同情しました。大人たちは喜んで笑っているのですが、子どもにとっては可哀想な恐怖ですよね。特に祝島の女性はとても大きな声を出して笑います。

 しかし仲の良かった何人かの人は、亡くなられたとも聞きました。体調が悪くて家で休んでいるという方もいました。

 岩戸神事の中では、お願いごとをした人のその内容と名前が祭壇の前で神主らによって読み上げられました。そして記念に「鬼の棒」を頂くことになりました。3本の竹に御幣が付けられ、たぶん赤白の扇子だと思われるものなどが、木の皮の紐などで縛られた物です。たまたま、岩戸神事がこの行事だったのです。

今、この「鬼の棒」は僕の部屋のパソコンに向かって右側の机の上に立て掛けられています。「鬼の棒」は当然、上関原発計画を 叩きつぶすものです。

この1週間

 簡単にこの1週間を振り返ってみたいと思います。9日夕方に長崎から帰ってきて、広島ジャーナリストの5000字原稿、反原発新聞の600字原稿、そしてピースサイクルへのメッセージと重なっていましたが、さっきとりあえずは書き終えました。

 締め切りは25日くらいですが、早く書き終えないとずっと気にしている性格なので、終わらせたいという気持ちが働きます。

 この1週間を振り返ってみました。大手新聞社の記者で彼が広島支局にいた頃に仲よくなっていて、昨年大阪へ転勤したのですが、「この度、新聞社を辞めることになりました。お世話になったので、嫁と生まれたばかりの子どもを連れてあいさつに行きたいのですが、おられますか」という電話がありました。「どうぞ、どうぞ」と返事をして、僕としたら夜に一杯という気持ちでしたが、あいさつをしたい人が何人もいたようで、昼間に生まれたての女の子と妻を連れてやってきました。

 会話の中で「これからの子どもたち、良い時代になれば良いよねえー」というような話題になった時、彼は「まあー親が子どもたちにしてやれることなんて、限界がありますから」と答えました。そうなのですよね、僕のように祖父さんになれば孫たちのためにやれることなんて、もっと限界ありありだと思って少し気持ちが良くなりました。

 この日はお盆の最終日、家族で北広島町千代田に住む妻の弟一家に向かいました。この家には妻の両親の仏壇があるのです。妻や子どもたちや孫たちは、度々行ってるようですが、僕は何年かぶりでした。以前仕事をしていた頃は度々出張で千代田には行っておりました。そこでとても思い出のある古い温泉に一人で行ってみました。温泉の様子も受け付けの女性も、同じでした。「あー懐かしい」と話し掛けると、彼女は「建物も入浴料も変えていないのですよ」と話されました。風呂に入った後で、この温泉の周りをウロウロして昔のことを思い出していました。この地域、冬は雪が多くて大変なところなのです。

 義弟の家では、みんなでバーベキューをしました。この日は曇っていて、月しか見えませんでしたが、ネオンの光もマンションも無く、何よりも静かで真っ暗な空を見上げていました。義弟は「晴れた日は、星がいっぱいなんだ」と話していました。

 底の深いプランターの中に、ドカゲが一匹住みついてしまいました。一度は逃がしてやったのですが、また戻ってきたようです。しかたがないので、飼ってやることにしました。ここ数日間、毎朝チェックをしているのですが、いつも逃げないでいます。他のプランターに水をやる時についでに水を掛けてやると、本当に嬉しげな顔をして動きまわります。

 それでも逃げないので、抜いた草とついでに金魚のエサを与えてやりました。草の中には小さな虫みたいなのがいるようで、それを食べながらかスクスクと育っています。毎朝の楽しみになりました。ついでに何か適当な名前を付けようと思っています。「サイカドウ君」にしようかと思いましたが、ドカゲが気を悪くしそうなので、何か良い名前がありませんかね。

 昨日から上関町祝島では、4年に一度の「神舞」が始まりました。今朝の新聞やテレビニュースでは、大きく報道していました。1000年以上に及ぶ伝統の行事です。しかし、上関原発問題が浮上した頃、原発問題をめぐっての対立から、2回に亘って中断になったことがあります。4年に一度ですから、このままだと無くなってしまうということから、12年の間を空けて、復活したのです。こういう伝統行事も止めざるを得ないようにする上関原発計画、改めて怒りを感じました。

 明日は岩戸神楽を観に、祝島へ行ってきます。この前購入した「青春18きっぷ」を使って。使える期限までには、三次から江津までの三江線にも乗ってこようと計画しています。


リオオリンピック

 リオオリンピックの真っ最中ですね。テレビもラジオも新聞もオリンピックバージョンで、いつもの番組が無いというのは、生活のペースがずっこけてしまいます。まあー高校野球とオリンピックで、社会部や政治部の記者たちは少しゆっくり休めているのではと思ったりもしています。酷暑ですから、それもよろしいのではないでしょうか。

 応援は過熱しているようですが、僕はひねくれているのか、変なのか、非国民と非難されそうですが、ほとんどオリンピックには興味がありません。

 ただ、オリンピック終了までは「動きがない」というものがいくつか在り、その意味では僕もゆっくりムードです。ただ伊方原発の再稼働は、オリンピックで目がそっちに向いている時を狙ったようにも思えなくもありませんが、事故で延期させてのものですから、関係ないでしょう。

 オリンピック終了まで動きがないこと、一番のことは上関原発の建設に伴う埋め立て免許問題で、山口県から中国電力に要請した「発電所本体の着工時期の見通しがつくまで、埋め立て工事を施行しないこと」についての、中国電力からの回答です。「分かりました。了解します」になるのでしょうけど、この回答はたぶんオリンピック閉会式後の、日本時間で8月22日か23日になると予想しています。

 オリンピックに関心がないと書きましたが、一つだけあります。それはバトミントンです。孫のお父さんの国が、バトミントンの盛んなインドネシアということもありますが、リオオリンピックで日本代表が確実だったNTT東日本の社員が「違法賭博」をしていたとして、出場が出来なくなった問題です。オリンピックだけでなく、一人はNTTをクビになりました。

 オリンピック代表を降ろされ、会社もクビになり、マスコミからは晒し者にされ、まさにその人生のすべてを奪われることになったことです。違法賭博ですから、それなりの刑法上の罰を受けるのはやむをえないとしても、あまりにの抹殺ぶりには、怒りさえ感じていました。

 いくらオリンピック選手とはいえ、まだ20歳代の若者です。違法な賭博をやってみたいと思うのは、そんなに怒られることではないように思います。

 今年、6月末に開催されたNTT本社の株主総会。僕はこの総会に参加しました。そして事前に次の質問書を出しておりました。

1、リオオリンピックのバトミントン日本代表に指定されていた2名の社員について、「違法賭博」をしていたとして、本年4月11日にNTT東日本は1名を「出勤停止30日」、もう1名を「解雇」とした。
両名の行為が違法行為として罰を受けるのはやむを得ないとしても、刑法に基づく罰を受けるだけで十分だと考える。
 オリンピック代表選手を降ろされ、会社もクビになる。社会的制裁として、ここまでやるべきことであろうか。
 オリンピック代表資格もアウト、マスコミからは晒し者にされ、職場まで失うということは、その人生のすべてを奪われるということではないだろうか。
 当社も両名のバトミントンにおける功績により、大いなる経済的、社会的な利益を得てきたのではあるまいか。
 両名はまだ20代という若者である。この際、特に「解雇」された1名について、処分を撤回すべきと思慮するが見解を明らかにされたい。

 事前質問に対してNTTは、何の回答もしませんでした。総会ではずっと手を挙げていましたが、僕はあててもらえませんでした。たぶん、この事前質問書に書いていたことを、訊ねられると思っていたのに間違いありません。

 このことはNTTにとっても、ぶり返されたくないことだということなのです。当てられないということを承知して、出した質問書でもありますから。

 さて、オリンピックでバトミントン男子はどうなっているのでしょうかね。

500号

 「省ちゃんの前向き語り」の数少ない読者の皆さん、今号で500号となりました。第1号は2013年7月21日ですから、3年少しで達成しました。始めたのは、ちょうど3年前の参議院選挙の時だったと記憶しています。

 選挙の投票日だったと記憶していますが、投票日の昼間というのは僕にとっては暇な時です。単純にブログをやってみようかと思い、長くやっている二女に教えてもらい始めたのでした。「ブログを始める人は多いけど、長続きするのは難しい」と聞いていたので、そう言われないようにととりあえずは100号、次の目標は200号というようにして続けてきました。

 書いたものは「原発のこと」、「日常の生活の中で」というように9項目に自分で分類するのですが、「原発のこと」というのが一番で、二番は「日常の生活の中で」というものでした。「嘆き話し」という分類もあるのですが、これは一つだけで、あえてそうしなかったというのも在るかも知れませんが、「前向き」で良かったと思います。

 ブログをして良かったこと、それは何といっても、オボロゲな自分の知識とか記憶を間違いは書けないので、きちんと調べなければならないことだと思います。例えば前号の伊方原発の部分で、「佐田岬の幅はとても狭い」だけでは分かりにくいのです。そこを調べたら約800㍍でしたから、僕の記憶の中に800㍍は残ります。

 そして、やはり文章を書く勉強にはなります。勉強というよりこれは積み重ねでしょうね。

 何よりも嬉しいのは、どこかで「省ちゃんの前向き語りのファンなのですよ」と声を掛けられたりすることです。これには単純に喜んでいます。

 この年齢になると結婚式に呼ばれるより、葬式や法事の方が多いのですが、もし結婚式に呼ばれたらこんな話しをしよう、こんなあいさつをしようということを夢想しています。

 それは若い人たちへの希望というかメッセージのですが、それは多くの「引出し」を持って欲しいということです。仕事のことしか、上司の悪口しか、嫁・姑の悪口しか、ゴルフのことしか、逆に原発のことしか話さない、というのも疲れます。

 多くの「引出し」を持つには、何でも見てやろう、聞いてやろうの気持ちをいつも持って、とりあえずは新聞を読む、ラジオを聴く、興味の在ることは自分で知らべてみる、そしてメディアの情報をただ信じるのではなく、「まてよー」という気持ちで自分なりの考えを持ってみる、こんなことが大切ではないかと思っています。

 500号の次は600号だろうと思いますが、ブログの間が空いているから「何か書かないと」という気持ちでは、読者の方に伝わらないと思っています。夜眠っている時ふと目が覚めて、「あーこれを書かなければ、否、書きたい」という衝動的な気持ちを大切にしてパソコンに臨んでいます。

 結構、他のところで原稿を頼まれることが多いのです。今は、上関原発の埋め立て免許問題で25日までに5000字を書いています。そういう状況の中でも、このようにブログを書いています。こういう時は、中学生の頃に試験も前にしている前日に、いつもはやらない部屋の片づけをやっていたというのに似ています。


広島市からもっとも近い原発が再稼働


 12日午前、四国電力伊方原発3号機の再稼働ボタンが押されました。伊方原発は広島市からもっとも近い原発です。伊方原発の危険性について、広島市民の立場からも含めて、改めて書いておきたいと思います。

 第一に、伊方原発の再稼働については、マスコミ、行政、市民団体を含め様ざまな形の世論調査が行われていますが、どの調査もすべて再稼働反対が過半数を占めています。愛媛県の隣県の高知県では、34市町村の内、26市町村で「伊方原発の再稼働を認めないことを求める意見書」を可決しています。実に約77%に達しているのです。

 第二に、先日の熊本・大分地震の原因になった活断層は、伊方原発の沖合い5~6㌔にある日本でもっとも長い中央構造線断層帯に繋がっています。熊本・大分地震の余震は東側に移動しており、中央構造線断層帯に影響を及ぼすことが大です。南海トラフの影響も受ける可能性が大です。

 第三に、広島市内中心部から100㌔という距離にあります。呉市倉橋町は約60㌔という距離にあります。その間は海だけで遮るものはありません。

 第四に、瀬戸内海という閉鎖海域の中に建てられている原発です。原発によって瀬戸内海が汚染されても、この海水は入れ替わるには、1週間から10日は掛かるといわれてます。ある報告では1年は掛かるというのもありました、瀬戸内海は海産物の宝庫です。

 第五に、米軍岩国基地から沖縄基地に向けて飛ぶ戦闘機などの飛行ルート近くにあります。原発の上空は飛行禁止の扱いになっていますが、伊方原発周辺から何度も米軍機が確認されています。現実に1988年には、原発から1㌔の山腹に大型ヘリが激突するという事故が発生しています。また、和歌山→徳島→高知→愛媛→岩国基地というオレンジルート下に伊方原発はあります。

 第六に、伊方原発は佐田岬の根元に在るのですが、原発から西側には伊方町民の半数におよぶ約5千人の人が住んでいます。地図を見ていただければ分かりますが、佐田岬はとても細い岬(最小幅800㍍)で、西の端は豊後水道の海です。約5千人もの人を船で九州側に避難させることは不可能です。住民は原発側へ逃げることになるという、避難の理屈に合わない「避難」をすることになります。そしてとてももろい地盤に原発は建てられていますし、避難路の確保には大きな疑問が出されています。

 第七に、原発から30㌔圏内には放射線防護対策施設が7か所ありますが、その内4施設は土砂警戒区域に在ります。大地震などで原発事故と土砂災害が重なった場合、この施設が使えなくなる可能性があります。

 第八に、伊方原発3号機はプルサーマル原発といわれ、核兵器の原料であるプルトニウムを使用しています。日本のプルトニウム量を減らすことを目的にプルサーマル原発になっていますが、もともと使ってはならない原料を使うことで、原発を停止させる制御棒というものの機能が効きにくいという問題などがあります。

 その他、原発の敷地面積が狭いこと、免震重要棟が狭いこと、高圧送電線の脆弱性の問題、九州にある火山の問題、などなどの問題も在ります。そして何よりも、四国電力管内もこの酷暑の中でも電気は十分に余っているという状況で、再稼働の必要性はまったくありません。

 国の原発回帰に向けての作戦は、①何が何でも原発再稼働を主張し続ける、②再稼働を国民に慣れさせる、③その内、原子力規制委員会のメンバーをもっと原発推進派に交代させる、だそうです。


作・演出、安倍政権。演者、中国電力・山口県

 長崎から帰り、溜まっていた新聞をじっくりと読み、切り抜きをしていました。そして上関原発をめぐり、埋め立て免許の延長を認めた山口県知事と中国電力のことに思いを巡らしていました。

 結論としては、表題に書いた「作・演出、安倍政権。演者、中国電力・山口県」というストーリィです。異常とまで形容される猛暑の中でも、電力の需要は伸びません。省エネの普及、人口減少社会への突入、4月から始まった電力小売りの全面自由化、2020年の発送配電の分離などなど、そんな中で島根も上関も要るはずがありません。

 5000億円にはなるだろうと言われている島根2号機の「安全対策費用」、二つの上関原発、137万3千の電源が三つも出来たら一番困るのは中国電力でしょう。真夏の酷暑でも、半分近い発電設備を休ませておくことになります。

 しかし原発輸出を進めたいとしている安倍政権、これを公言している手前、自分の国は「原発止めた」とは言えないのです。そのためには電力会社も自治体も協力しなければならない定めなのです。ある電力会社の幹部が「安倍首相の任期が終わるまでは、やるポーズは変えられない、仕方ない」と話していたそうです。

 ましてや安倍首相の地元山口県や中国電力が、まさに「ケツをまくって」上関原発は止めます、埋め立て免許も失効させます、なぞ言えないのです。だからといって、山口県も中国電力も可哀そうだとは絶対に思いません。

 先日の山口県知事が中国電力社長へ渡した「埋め立て免許の許可」についての処分理由の中で、「上関原発に係わる重要電源開発地点指定は引き続き有効であり、事情の変化がない限り、解除することは考えていない」との国の見解を得たと書いています。

 上関原発が重要電源開発地点の指定を受けたのは、10年以上前の2005年2月のことです。これをめぐって、中国電力は経済産業省資源エネルギー庁に対し、「上関原発について、この指定は引き続き有効であり、解除されることはないと考えてよいか」との照会を行い、6月17日、資源エネルギー庁の電力・ガス事業部電力基盤整備課長が「意見のとおり、上関原発に係わる重要電源開発地点指定は引き続き有効であり、事情の変化がない限り、解除することは考えていない」と回答したというのが、延長を認めた根拠になっています。

 彼らにとって、3・11福島原発事故は事情の変化ではないのでしょうか。この事故により「原発は止めよう」という声を大きくなり、今でも続いているという現実をどう見ているのでしょうか。福島原発事故も収束するばかりか、ますます困難な状況が続いているという現実は「事情の変化」ではないのでしょうか。そしてたかだか基盤整備課長の回答でもって、国の見解として良いのでしょうか。

 中国電力はオリンピックが終了する8月22日後に、「発電所本体の着工時期の見通しがつくまでは、埋立工事を施行しないこと」という要請について「了解」の返事をすると思います。そして、ついでに電力供給計画の自社開発電源一覧の中で、上関原発の着工も運転開始時期も「未定」になっている部分の書きかえをするのだろうと予想しています。それがますます自分たちの足かせになることだと知りながらも。







身体で感じた広島・長崎の違い

 昨日の夕方、長崎から帰りました。5回の昼食・夕食の内、ちゃんぽん・皿うどんを3回食べました。もっとも有名だと言われている店では、約40分以上は待たされましたが、根性で待って「さすがー美味しい!」と食べました。 
 広島に来る人から「お好み焼きの美味しい店を教えて」と訊ねられることがありますが、ここが良いと言えるような店を知っておかなければなりませんね。

 広島での疲れた気持ちを徐々に平常に戻していくためには、長崎に行ったのはとても良かったと思っています。

 さて、身体で感じた広島と長崎の違いを書いてみたいと思います。言っておきますが、どちらが良いとか悪いとかをいうものではありません。

 長崎駅に降りると、駅の改札を出たところに赤字で「歓迎」と書いた「原水禁大会ご一行様」というのが目につきました。たぶん長崎市かJRが出したものでしょうね、広島駅ではないことですね。この看板だけで、暖かい「おもてなし」の気持ちを感じました。

 広島であって長崎で見当たらなかったこと、いわゆる「セクト系」の集会チラシはもらいましたが、市民団体が主催する集会などが余り無いことです。原水協主催のものは在るのだと聞きましたが、目に付きませんでした。

 9日の日は、爆心地公園辺りで「安倍は長崎に来るなー」というヘルメットを被ったデモ隊を見かけましたが、警察の警備がとても薄いというか普通のデモ隊への対応と同じだということも思いました。広島ではデモ隊より機動隊員の数の方が多いのではないかというほどの警備ですが、長崎はいたって少なく、数人程度のおまわりさんだけのように見えました。

 会場の場所がよく分からなく、交差点に立っている警察官に訊ねたのですがこれまた親切、丁寧に教えてくれて最後に「ご苦労様です」とまで言われて恐縮の極みです。

 そして、市主催の式典に「平和への誓い」というのがあり、被爆者代表の方が話されます。その中で「国会と政府は、憲法に反する安全保障関連法を廃止し、米国の『核の傘』に頼らず、核保有国に『先制不使用宣言』を働き掛けてください」と話された部分、そして最後に「広島、福島、沖縄の皆さんと連帯します」と言われた箇所、僕は爆心地公園の中で持参したラジオで聴いていましたが、広島では無いことです。

 安倍首相が昼食を食べ、被爆者からの要望を聞く会の会場となったホテル前をたまたまその時刻に通ったのですが、入り口付近はホテルの従業員が数人立っている程度でした。ここでも広島での警備のような嫌らしさを感じませんでした。

 広島は首都に近いから、永田町の思惑を過剰なまでに意識するのでしょうかね。開かれ方では、長崎の方が大物というのが実感でした。





僕のハチロク

 8月6日を挟んだこの期間を総称して、「ハチロク」と言います。その「ハチロク」ですが、今、長崎に来ています。長崎は10年以上前までは、被爆二世組織の代表として毎年来ていましたが、その役員を辞してからは来る回数がぐーんと減りました。

 少々年齢を重ねたら広島での行事だけで疲れが残るために、身体のためにはその方が正解だと思っています。

 その「ハチロク」ですが、なんといっても小学校1年生になった孫は8月6日が登校日になり学校へ行ったことです。学校では、たぶん式典の様子をテレビで観て、先生が何か話しをしたのだろうと思います。「じいちゃんに教えてちょうだい」と訊ねたのですが、教えてくれませんでした。それでも8月7日の朝、僕が長崎へ行く支度をしていたら、「後2日寝たら、長崎に原爆が落ちた日だー」と話していましたから、さすが俺の孫だーと喜んでいました。

 「ハチロク」に何をしたかを全部書いていたら、相当に長くなるので、思ったことの二つを書いておきます。

 それは広島の式典でのあいさつや市長の平和宣言です。市長の平和宣言ですが、『この広島の地で「核兵器のない世界を必ず実現する」との決意を表明した安倍首相には、オバマ大統領と共にリーダーシップを発揮することを期待します』の部分です。オバマがリーダーシップを発揮していない、発揮できないことを十分知っていながら、そして安倍首相が核兵器所有について憲法に違反しない論者と知っていながらであるならば、痛烈に皮肉を込めたものだと感じました。

 その次に『核兵器のない世界は、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する世界でもあり…』の部分、これも何とも言えない皮肉を感じました。市長が本当に憲法を大切だと思うのなら「憲法改正の動きに強い危機感を思う」くらいを言えば良いのでしょうが、まあー永田町に目が向いている市長ですから、期待できないでしょうね。

 一連のあいさつで湯崎英彦県知事の次の発言は、久々のヒットだと思いました。次の部分です。
「安全保障の分野では、核兵器を必要とする論者を現実主義者、廃絶を目指す論者を理想主義者と言います。しかし、本当は逆ではないでしょうか。廃絶を求めるのは、核兵器使用の凄惨(せいさん)な現実を直視しているからです。核抑止論はあくまでも観念論に過ぎません。核抑止論は逆に核が二度と使われないことを保証するものではありません。それを保証できるのは、廃絶の他ないのです。このあいさつはとても興味深いものだと思いました。

 今年は広島も長崎も開会総会に参加しましたが、長崎の開会総会は、総会を支える人が多くいたことです。被爆者の人たちだけのコーラス団、最後に歌を唄ってくれた人は100人以上いたと思います。長崎市長も何の原稿をみることなく、自分の言葉であいさつをしました。

 映像もふんだんに使った開会総会だったと思います。総会を支える人をたくさんお願いして、自分たちが作った総会だと思う人が多いほど成功なのではと思います。



双方の本音を考える

 上関原発建設にからむ埋め立て免許の延長申請を山口県が認めたという事、一昨日は朝から電話が掛かりまくりでした。

 昨日の中国新聞は4ページに亘って記事を書いていました。昨日から原水禁大会ということで、昨日から多用で新聞を全く読んでいない状態で、双方の本音を考えていました。

 結論としては山口県も中国電力も、自分が最終的に責任を問われないようにするための戦術を選択したという感じです。

 山口県は免許を認めるにあたって「原発本体の着工時期の見通しがつくまで埋め立て工事をしない」ように要請しました。そういう前提でも、この度の免許期間は2019年7月6日です。後2年と11か月です。この期間内に、新設原発である上関原発の着工が見通せることにはならないでしょう。

 中国電力としても本音では、見通せる状況になったら困るというのに間違いないと思います。3日は中国電力の迫谷章副社長が、山口県の弘中勝久副知事から免許の許可書と要請文を受け取りました。お互いの顔に嬉しいという表情は在りませんでした。まあー35度という猛暑の山口市ですから、夏バテという感じも見えていました。

 山口県としては、これ以上の引き延し戦術というのも批判を受けるばっかりだと判断して、これ以上の責任は持ちたくないという作戦だと思います。困ったのは中国電力の方ではないかと思いましたが、「着工時期の見通しがつくまで」ということで、「見通しがない」という理由で責任を国に丸投げして、とりあえず自らの責任では無くなったという思いだと感じます。

 この状態が続くということは、上関原発に反対している地元の人たちにとっては、これからも長く続く戦いになります。それを思えば、本当に怒りで一杯です。

 新設原発については「現時点では想定していない」という、今での政府方針が続いている中で、上関原発を建てさせない運動は、全国的になることがますます大切だと思います。

 昨日午後から原爆の日の用事が始まりました。今年は久しぶりに長崎にも行くことにしています。長崎ではゆっくり出来ると思いますから、次号のブログは7日以降の長崎からの発信をお楽しみに??

フクシマを忘れたのか!

 「どうなることやら!どうするのやら!」と気にしていましたが、今朝の中国新聞が1面に「中電の免許延長許可へ 上関原発埋め立て 山口県が最終調整」という記事が載っていました。

 朝、8時30分にマスコミへ「10時から正式発表をする」という連絡をしたそうです。

 山口県から中国電力への意見照会、中国電力の回答という、猿芝居を延々と重ねていましたが、中国電力は2012年10月と今年6月22日に延長申請を行い山口県と中国電力の「合作芝居」による回答が行われました。

 こういう決定を自らの考えで行えるような、村岡嗣政山口県知事ではありません。参議院選挙で自公が勝利し、安倍政権としては「新設良し!」としたのでしょうね。野党第一党の民進党も原発反対には腰折れだし、ここぞ「建設の姿勢」を示しても、大きな反対は起きないと読んだのでしょうか。

 しかし彼らには「本当に建つ、建たせる」という本気度は、無いように思えるのです。がこの許可により、「建つことを前提」に中国電力は地元や山口県に大金を注ぎ込まなければなりません。地元の原発推進派や行政は、まさか本当に建設されるということは99%想定していなくても、「建てない」と言わない限りお金が入ってくるという状況は維持できます。これしか、これのみが目的でしょうからね。

 中国新聞は「県が延長を許可した場合でも、中電が中断している工事を再開する可能性は低いとの可能性が出ている」と書いていました。

 3・11が発生して、上関原発の建設工事、正しくは建設のための埋め立て工事は「中断」という状況にあります。中断を中国電力に要請したのは、山口県であり上関町なのです。一方で2019年7月までの埋め立て工事免許の延長を許可し片方で中断が継続しているという状況を、どう落とし前をつけるのでしょうか。

 繰り返しになりますが、埋め立て免許の延長が許可されても、国の新増設へのスタンスは建て前上は無し、山口県も上関町も中断を解除することは表明していない、そして2011年7月8日、山口県議会は全会一致で「上関原発の計画を一時凍結せざるをえない状況」とした国への意見書を採択したのです。

 山口県は「許可をするにあたっての在り方」として、中国電力に対し「発電所本体の着工時期の見通しが立つまで施工しないこと」という条件を付けています。中国電力は慎重に検討し、後日返事をするということを表明したということです。

 電力供給計画でも明らかになったように、これから10年後も電力は余り過ぎです。上関原発が必要な理由は無いのです。

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