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オバマさんこれだけはして欲しい

 1978年4月、第一回国連軍縮総会を前にアメリカの平和団体との交流ツアーに参加しました。20日間くらい旅行でしたが、この旅行の経験は僕がこのような運動に関わることになった大きなキッカケです。

 あれから38年になります。この旅行の企画をしたのは、大阪で長い間活動をしていた人で、この人との出会いが僕のそれからの生き方に大きな影響を与えました。

 この旅行には広島から、数人が参加しました。その一人に原爆孤児となった女性の方がいます。彼女は、原爆投下の時は広島市を離れていましたが、両親らは亡くなられました。今77歳ですが、昨夜久しぶりに電話を掛けてこられました。

 その時の旅行で、私たちはニューメキシコ州ロスアラモス国立研究所という原爆開発のためのマンハッタン計画行われたところに行きました。ロッキー山脈のふもとにある、結構高い場所にその研究所はありました。

 研究所の展示館入口に、リトル・ボーイとファット・マンの同形大の模型が展示してありました。リトル・ボーイとは広島に投下された原爆の名前で、ファット・マンというのは長崎のそれです。

 その展示の前には、「人類が生み出した偉大なる科学の成果」という説明書きがありました。そして展示館の中には、広島への原爆投下を絶賛する当時の新聞記事が、たぶん銅版刷りにしてあったと思いますが、誇らしげに額に入れて展示してありました。

 その展示を見た原爆孤児になった彼女は、大きく泣き出しました。今でも強烈な印象で覚えています。昨夜その彼女は電話で「オバマさんが広島に来て平和を願うのなら、せめてあの展示を撤去して欲しい。それを伝えたい」と話しました。

 あの時の旅行から38年が経過し、その展示がどうなっているか分かりませんが、たぶんそのままだと思います。その後、僕もアメリカでこの手の博物館というかそんなところに行ってますが、やはりリトル・ボーイ、ファット・マンはアメリカの核開発のシンボルとして扱われていますから。

 オバマさんもアメリカに帰ったら、是非ともあの展示だけでも撤去して欲しいものです。広島訪問が彼にとって大統領退任前の単なるレガシー(過去の遺産)にするのではないということを、この撤去で形にして欲しいものです。

 先日のキューバ訪問、そして広島、2009年4月のチェコ・プラハでの「核兵器を使用した唯一の核保有国として、米国は行動する道義的責任がある」という立派な演説をし、私たちは大きな感動と期待を持ったものです。

 しかし、それが結果として実現出来なかったのも現実です。ロシアとの関係、北朝鮮のこと、その他アメリカ国内での状況など現実の困難さが理由かも知れませんが、その中に「核の傘」の下にいたい日本があったかも知れません。

 でも人間は理想を持って行動すること、夢を語ることは大切なことだと思います。原爆投下から71年、被爆者にとっては投下した国の最高責任者が広島市を訪れたことで、大きな要求は実現したかも分かりませんが、世界状況の現実をいうのを思い知らされ、もっと具体的な中でのヒロシマの「存在意義」が問われているように思うのですが。




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71年節目の初夏

 オバマ米大統領にあわせて、米国の退役軍人協会のメンバーが広島市にやって来るということですね。退役軍人協会は被爆者に会って話がしたいとのこと、オバマ来広が確定した段階でこういう事態は予想されていましたので、驚きはありません。むしろ遅いなあーと思うくらいの動きです。

 改めて「ヒロシマ」が世界の政治状況の中に在るのだということを、まさに知らしめましたね。

 広島では「謝罪を求める。求めない」の議論伯仲ですが、オバマが「する、しない」は別にして、求めることは必要だと思います。僕が韓国に行った時に「38?年、日本侵略の歴史」という言葉を、まさに嫌になるほど聞かされました。ヒロシマがオバマに謝罪を求めないということは、逆に日本は韓国や中国の人たちに対する犯罪を謝罪しないということに通じると思うのです。

 通常生活の中では、この謝罪や「加害・被害」の問題というのは、封印されているという感じがしますが、オバマ大統領によって封印が解かれたという感じで、そういう意味では感謝すべきかと思ったりもします。

 先日ある被爆者の人と話すことがありました。この人は1歳くらいで被爆した人で、もちろん原爆の覚えは無いのです。

 この方は「『謝罪を求める、求めない』の議論は、これからの人たち特に被爆二世・三世の人たちが引き継いで欲しい」と言われ、また「あまり被爆者を責めないで欲しい」とも言われました。

 僕の心の中に強烈にインパクトがありました。「被爆体験の継承」ということ、主に親たちのことですが、原爆に遭遇した時の体験そのものや、被爆後の生活のことが往々にして「継承」になるのですが、謝罪を「求める・求めない」の議論も継承の大きな点ではないでしょうか。ヒロシマ・ナガサキの体験に象徴される日本の平和運動ですから、被爆者、被爆二世、三世だけでもなく日本人全体の議論となる必要があると思います。

 この議論、以前からあったといえばあった事ですが、オバマ来広によって急浮上したこの議論で、ヒロシマも少し「立ちくらみ」状態かも知れませんね。

 そしてこの被爆者の方が言われたもう一つの、「あまり被爆者を責めないで欲しい」という言葉、被爆から71年、高齢化する被爆者、そして当然ですが好きこのんで原爆に遭った訳でもありませんし、体験も思いもいろいろな方がおられるのは当然です。被爆者だから「こうあるべきだ、あーあるべきだ」という押し付けはやるべきではないと思います。

 本番のサミットよりも、注目度の高いようなオバマ大統領の広島訪問です。かつて「いかなる問題」や今でも「平和利用問題」で論争が行われる日本の反核運動、今度は「謝罪問題」で大きな議論が起こるかもしれません。71年目の熱い議論を行いたいものです。

 明日5月24日、東京で「オバマ大統領広島訪問に向けたNGO共同記者会見」を行うという連絡が入りました。日本原水協、原水爆禁止日本国民会議らとともに創価学会平和委員会も加わっての共同会見です。会見案内には「会見は日本語で行いますが、英語通訳が必要な方は当日申し出ていただければ対応します」と備考に書いてありました。世界から注目されています。


豊後水道で地震発生

 インターネットを見ていたら、19日17時21分震度3の地震が、豊後水道を震源地として発生したという情報が入りました。地震学者ではないので、これがすぐに中央構造線に関係していくかは分かりませんが、熊本・大分の大地震が徐々に東方向に移動しているというのは事実だと思います。

 熊本・大分地震が発生し大被害が起こり、今なお多くの人が避難生活をしているという状況の中で、多くの人が現在運転中の川内原発について「すぐに止めて欲しい」という声が起こるのは当然だと思います。これに対し、原子力規制委員会が「あの地震での川内原発周辺の地震動は数ガルだった」と言っております。この数字も嘘ではないでしょう。

 しかし人間が感覚的に感じる「川内原発を止めて欲しい」という気持ちは、やはり大切にしなければならないと思います。九州電力管内の電力需給の状態を見ていて、川内原発が動いていなければならないということは絶対にありませんから。

 やっとの思いで動かした原発ですから、何が何でも動かしておきたいというのは、いつものような「省ちゃん流」の品の悪い比喩ですが「やっとの思いで彼女(彼氏)ができたので、何が何でも失いたくない、別れたくない」という感じです。こういうのが往々にしてストーカーになるのだと思います。

 市民の思い・感覚というのは、数字より尊重しなければならない意見だと思っています。原子力規制委員会も九州電力も再稼働を開始した時は、問題が起ればすぐに停止させると言ってたはずです。次に再稼働を控えている、四国電力の伊方原発3号機が動きだすまでは、どうしてもシームレスに原発が動いている状況を作っておきたいのでしょうね。

 こんなやり取りを見ていて、病院にいった時の医者の対応を思いました。患者の顔をまともに見ることも、触診などをするでもなく、コンピューターに向かってキーボードを叩きながら、「それでは、エコーと内視鏡をやりましょう。○日の○時はいかがですか」というものです。

 そして検査結果が出たらこれまた患者の顔を見るのではなく、映像とか数字を見て「異常ないですねえー。ストレスが溜まっているんじゃあないですか」こういう対応をされたら、医師の仕事もやがてロボットがその代わりになるのではと思います。たまに血圧でも測定するために腕でも触ったら、よほど汚いものでも触れたかのように、消毒液で念入りに自分の手を洗っている姿を見ると、もう二度とこんな病院には来てやらないという気持ちになります。

 黒澤明の映画で「赤ひげ」というのがありますが、あの時代が懐かしいです。病院も「医療過誤」問題で、後からイザコザになるのを恐れているというのは分かります。だから触診や打診、問診というものより、数字、映像を尊重するというのも分からなくはありませんが、だからといってこの国の人々の健康が改善されたということは無いと思います。

 1~2年に一度くらい行く病院で「赤ひげ」のような医師がいます。2年くらい前までは入院設備もあったのですが、儲けにならないし本人も高齢になったので、入院は止めたと話していました。絶滅危惧種のような医師です。本人もそう話していましたから。



イン・平和公園

 今年の最高気温になった昨日、石川県からやってきた中学生に平和公園の碑めぐり案内をしました。集合時間午後3時20分、一番日差しの強い時でした。

 修学旅行のことでは、先日もこのブログで書きましたが、この時季が平和公園を訪れる修学旅行生が一番多いのです。僕は原発が建設されている県から来る人に話しをする時は、特に力(リキ)が入ります。石川県といえば志賀原発です。ずっと前、鹿児島県の中学生の時は、川内原発が再稼働した直後でこの時もそうでした。

 昨日の平和公園は、修学旅行生、メディア関係者、外国人、そして制服警察官がほとんどといって良いほどでした。来週のオバマ米国大統領の来広ということで、テレビカメラも広島市内の放送局ではない東京や海外のカメラも目につきました。

 この間、原爆資料館周辺の地面を掘り返しての作業が行われていましたが、見るとほとんど終了しているようで、オバマさんが来たときにはキレイな形で迎えるのでしょう。

 オバマが来ることに関連して、僕が何年も前ですがアメリカで高校に呼ばれて話しをした時のことを、修学旅行生に話しました。原爆の話しをしたら、アメリカの高校生から戻ってきた質問というか意見、ほとんどのクラスで次の3点だったこと。

 それは一つには、最初に戦争を仕掛けたのは日本だ、パールハーバー(ハワイ真珠湾)だ。戦争の責任は日本にある。二つには、原爆を落とすことで戦争を早く終わらせることができた。三つには、今でも日本人はアメリカを憎んでいるか。ということを話しました。

 原爆ドームを案内した時は、「原爆ドームはユネスコの世界遺産となっているが、世界遺産に登録される時に賛成しなかった国が二つあるけど、そこは何処だろうか」と訊ねました。そしたら、真面目そうな顔で話しを聞いていた女子生徒が「アメリカですか」と正解の答えをしました。もう一つの国は、解らないようでしたが。「それは中国です」と教えました。

 最近の中学生、仲間の中で目立つということを避ける傾向が強いですね。「みんなの住んでいるところから、志賀原発までどれくらいで行けるのだろうか」という質問などは別にして、「今日の夜食はお好み焼きかな?」と聞いても、お互いの顔を見ながら何も答えがないという感じです。

 しかしだんだん慣れてくると、「どうして広島に原子爆弾が落とされたのか?」とか、「志賀原発の真下には活断層があるのですか?」「福井県のように原発が集中していると怖いとお父さんが話していた」、こういう質問になると暑さの中、熱く語り合いました。

 慣れてきた頃に終了時刻となります。この生徒たちが次は何時広島に来るのか分かりませんが、今回の経験で、頭の中にほんの少しでも広島での印象が残ってくれていたらと思いながら、「さよなら」のあいさつを交わしました。

選挙、政党、議員、労働組合

 このブログ、僕としては珍しく??書こうか、書くまいかと悩んでいました。しかし、書かないでスキップすると「次ぎ」を書く気持ちにならないので、やっぱり書くことにしました。

 前置きが長くなりましたが、それは社民党の吉田忠智党首が5月12日の常任幹事会の席で、夏の参院選の情勢が厳しいとした上で「民進党との合流も一つの選択肢として考えなくてはならない局面に来ているのではないか」と述べたということです。

 言っておきますが、僕は社民党の党員でも強い支持者でもありません(弱い支持者ではありますが)。働いていた頃は、職場の労働組合は社会党(現・社民党)を支持していました。選挙ともなれば、会社も公認という感じで選挙応援に駆り出されたものでした。僕は「ここまで労働組合、イクオール社会党」という状況に反発する気持ちも持っていました。「労働組合員である者、社会党支持者であるべき」ということへの反発でした。

 その社会党は、労働組合の総元締めが総評(日本労働組合総連合会)から、連合(日本労働組合総連合会)となり今の民進党が出来て、連合に加盟している労働組合は民進党を支持することになりました。

 今、社民党を支持している労働組合はとても少なくなってきたと思います。2年前に職場とはまったく縁の切れた僕ですが、退職者ということで民進党の候補者への投票依頼がたくさん届きます。

 さて、社民党吉田党首の発言、参議院選挙が本番直前というこの時期にという状況で、余りにも唐突です。その気持ちが在るにしても、せめて去年の今頃に言うべきことではないでしょうか。吉田さんは自治体の労働組合である自治労の出身です。そして本人もこの参議院選挙で改選を向かえられます。

 支持母体といわれる出身労働組合というのは、金も票も人も出してくれるので、「頼り」になる存在だとは思います。しかし労働組合の組織率の低下、労働組合と組合員との一体感の欠如が強まる中で、あまりアテにならない存在でもあります。そしていつまでも労働組合頼りの選挙をし、議員になったのでは、この国の将来もおぼつかないものです。

 しかし吉田党首としては、民進党との合流ということを打ち出すことで、「安きに流れる」方向を考えられたのでしょうか。政党の根幹はあくまでも政策だと思います。政策を実現するために頑張ってくれるから、支持されるのだと思います。

 日本も「労働組合のおんぶに抱っこ」という状況への偏向傾向から、国内にたくさんある環境・平和・反原発などなどの思いを持っている団体や個人からの、まさに手弁当の支持を受けながら選ばれるべきではないでしょうか。

 少数政党になったとはいえ、一貫して社民党を支持し頑張っている友人が全国にたくさんいます。これらの人たちのことを頭に置いて、それらの思いに依拠されて吉田忠智議員も参議院選挙で、ぜひとも当選して欲しいものです。

 

世界的なトランプ現象なのか?

 「フィリピンのトランプ」といわれているロドリゴ・ドゥテルテがフィリピン大統領に当選しましたね。それも相当な大差で、まさにビックリです。国民が選んだ結果ですが、この現象をどう考えればよいのでしょうか。

 本家本元のトランプも、共和党の候補者に選ばれるのが確実のようですね。共和党の歴代大統領の大物たちがいくら苦言をしようが、選挙本番では投票しないといっても、そんなこと「どこ吹く風」という感じです。

 ドゥテルテは治安回復のためとして「暗殺団」を暗躍させ、実際に超法規的な措置として何人もの人を殺しているし、本人もそれへの関与を認めているというから、まさに殺人犯罪者です。

 ロシアのプーチンだって、似たり寄ったりという感じがしています。劇場での占拠事件などでも、容疑者以外の人が必ず巻き添えになって殺されてしまうことが分かっていながら、軍隊を突入させて「解決」させる手段は、どうしても納得できません。そしてこういう手段での「解決」が横行しているようにも思います。

 何年も前の親戚の法事の場だったと思いますが、「どうせ死刑になるのだから、さっさと執行すりゃあーええんじゃ」「どうせ自民、公明が多いんで成立するんじゃけえー。面倒な議論なんか止めりゃあええんじゃあ」と、まさに僕にケンカを売るような感じで話している人がいました。

 こういう言葉が出てくること、とてもヤバイことだと思っています。フィリピンもアメリカも「トランプ」が選ばれることは、国民の政治に対する欲求不満の表れだと思いますが、だからこそ「決めることの経過」を大切にしなければと感じています。

 最近は仕事を就くことも、学歴だけが大手を振っていて、これだけが社会人としての評価になるという感じがしています。ある友人が話していました。「高校の野球部員で、卒業までスタメンに成れなかった生徒を希望している会社がある」と。我慢強かったというのが評価のようですが、となると、もしスタメンに起用されようとしたら「すみません、断ります。今のままがいいんです」となるのでしょうかね。言っておきますが、僕の友人の息子は一生懸命スタメンになるように頑張っていますから。

 最近は男女交際もそれを成就させる「経過」を大切にしないというか、そこで学ぼうとしないというか、それを楽しまないという傾向が強いように思って仕方ないのです。

 インターネットの普及で、簡単に「欲求」が満足できるというのも在るとは思いますが、僕は本当の男女交際ほど人間を鍛えるものはないと思っています。

 若かりし頃、たぶん坂本九さんが唄ったものだと思いますが、「明日がある」という歌、「いつもの駅でいつも会う~。セーラー服のおませなこ(可愛いこ、かな)。もう来るころ、もう来るころ、今日も待ちぼうけ。明日がある、明日がある。明日があぁあるうさー」というのがありました。

 話しがねじれまくってしまいましたが、男女交際も政治も「経過」が大切にされ、大切にする政治家を選ばなければならないと思うのですが。




オバマ来広決定

 昨夜、9時過ぎに友人から「NC9見ている~。オバマが広島に来ることが決まったと~」の電話がありました。外相サミットまでは、4対6で来ないだろうと思っていましたが、ケリーが来てこの数字が逆転してオバマも来るだろうと予想していました。

 まあー、オバマ大統領の任期も残り1年を切っていますし、ケネディ駐日大使の思いや、大統領就任直後の2009年4月のプラハで「核兵器なき世界」を訴え、そしてノーベル賞まで貰った人ですから。この前のキューバ訪問と同様に、大統領としては最後の実績作りだと思っています。

 この時期、広島市平和公園は修学旅行の最も多い時です。僕も今月は中学生に話しをし、碑めぐり案内をする予定が2回も在るくらいです。警備の関係で修学旅行生を含め、一般旅行客は全て公園内の立ち入り禁止となったら、生徒たちに大迷惑です。オバマと修学旅行生たちが混在しているような形にはならないでしょうかね。それが希望です。

 オバマ来広で、早くも「原爆投下の謝罪ではない」という声が米国から持ち上がっていますし、日本では「原爆投下という無差別大量虐殺の責任を」とか、「もう来てくれるだけで良い。謝罪なんかいらない」という意見というか議論が周辺で起っています。

 僕の考えは、国としては特に安倍政権ですから、謝罪は言えないだろうと思いますが、ヒロシマ(広島市)としては責任について全く触れないというのは、こちらの方が少しおかしいというか、ズッコケル感じがします。

 今朝の中国新聞に、「平和記念公園で原爆慰霊碑を前にしての一挙手一投足、語り口、その内容からオバマの覚悟を見極めることになる」と書いていました。僕も、オバマのスピーチにかすかな期待と強い関心を持っています。

 沖縄県と日本政府の米軍基地に対する主張が違うように、ヒロシマ独自の意見をオバマに伝えて欲しいものです。例えば「CTBT(核実験禁止条約)を早期に締結して欲しい」とか、「日本に認めているプルトニウム所有は、強い心配だ」とか、そんなことです。

 しかし改めて思ったのですが、オバマ広島訪問を一方の核大国であるロシアは現時点では静観しているが、「核兵器なき世界」の主導権をめぐって強い関心をもって見ているというニュースです。広島にどっぷりと住んでいる者としては、日ごろは感じないことですが、世界の中での「広島の位置付け」ということを、ヒシヒシと強く感じました。同じ中国新聞は「ヒロシマの覚悟が問われる」という表現で書いていました。

 米国では「謝罪せよ」というのなら、それなら天皇がハワイの真珠湾を訪れて「謝罪しろ」という意見が起き上がることも予想されます。

 それにしても、安倍晋三がオバマと同行するとのこと。僕には参議院選挙を前にした彼の魂胆が丸見えのような気がするのですが、皆さんはどう思いますか。


声をあげよう

  「火事場泥棒」という言葉から始まって「ショックドクトリン」という高尚な表現まである、「人の不幸に便乗して稼ぐということ、実際にお金を稼ぐとともに、点数を稼ぐということは往々にしてあることですね。

 熊本・大分の大地震でオスプレイを飛ばして、復旧のための資材や食料などを輸送したというニュース、彼の「本音」がミエミエだからこそ、こういう人は何をやっても、その裏に在るであろう本音を考えてしまいます。

 福島原発事故では、約10兆円近い金が「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」を通じて東京電力に払い込まれています。機構はお金を稼がないので、そのお金の多くは交付国債という借金、原発を持っている電力会社からの出資金です。交付国債も電力会社の出資金もモロに国民の負担になっていきます。

 このお金を使って、ほとんど効果が少ない除染作業が行われています。元請けの大手ゼネコンは、大儲けをしています。地元のバス会社は、福島原発事故で働いている人を運ぶのにこれまた大儲けで、大きなビルを建てたと福島県に住んでいる友人が話していました。

 事故が起ってしまったのですから、収束させるためにお金を使うのは仕方がないことだと思いますが、その大前提は「もう原発はやらない」ではないでしょうか。世界でも有数の地震国ですし、現に地震の影響で福島原発事故は起こったのです。そして、熊本・大分地方ではその真っ最中にあるというのに。

 九州電力は稼働中の川内原発を止める気は無いようです。事実、川内原発での地震動は少なかったにしても、そして川内原発を襲う地震が来ないにしても、多くの市民が感じている不安、心配、恐れ、などが一番の原発を止める要因ではないでしょうか。

 国も九州電力も、やっとの思いで再稼働を実現した川内原発ですから、この際は「何が何でも止めない」という本性が丸見えです。どうせ8~9月には定期点検で停止させることになるのなら、伊方原発を動かして「原発ゼロではない状態」にしておきたいのでしょうね。

 この度の地震が起って、伊方原発の地元の愛媛新聞は、「足元の活断層は今。検証・中央構造線断層帯」というシリーズもの特集を、5回に亘って載せていました。今日で特集は終わりましたが、熊本地震との連動についての危険性を書いていました。

 定期購読している「マスコミ市民」の今月号に、ドイツの神学者で、ヒトラーの教会支配に抗して闘い、逮捕されてダッハウの強制収容所に送られたマルチン・ニーメラー師の、戦後解放されたときの言葉が載っていました。興味深い言葉ですから、是非とも読んでいただきたいために書かせていただきます。

 「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった-私は共産主義者ではなかったから。社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった-私は社会民主主義者ではなかったから。彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった-私は労働組合員ではなかったから。そして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」




ゴールデンウィーク

 「毎日が日曜日」の立場にある僕ですが、やはりいつもとは違う10日間でした。小学校に入学したばかりの孫が、5月2日は遠足、6日は4月に行われた土曜日参観日の代休ということで、彼もゴールデンウィークでしたから。

 この10日間を振り返ってみました。4月29日は、山口県周東町(現・岩国市)に実家がある友人宅にタケノコ掘りに行きました。といっても、僕が山に入って掘る訳ではありません。「ここに生えているよ。先っちょが出ている」と言ったら、友人が掘ってくれます。もう30年くらい前からの、この時季の恒例行事です。友人から4月の半ばに「いつ来る~」という電話が掛かってくるのですが、どうも最近、その電話が少しづつ早くなるようです。温暖化のためでしょうか。

 30日は、高校野球の春季大会を観戦しました。応援チームは勝ちましたが、残念ながら優勝にはなりませんでした。しかし、今から夏が楽しみです。プロ野球はほとんど観ないのですが、高校野球は好きです。

 1日はニューズレター用の原稿を2本、ひたすら書いていました。「電力小売り完全自由化問題と原子力発電」というシリーズ物と、「コラム」です。コラムは「チェルノブイリから30年、フクシマから5年」というタイトルで書きました。コラムは字数というか行数が決まっているので、引くのも足すのも苦労です。

 2日は中国電力に今年の株主総会への、株主提案議案の字句の最終調整のためです。株主提案議案は28日に提出済みでしたが、これまた「てにおは・句読点」を含め、提案理由文は400字という制限が在って、400字より少ないと「損」をした気持ちになりますし、多いと減らさなければならない代物です。
 ちなみに、今年の中国電力株主総会は6月28日火曜日、午前10時から本店2階講堂で開催となっています。そして今年も9電力会社すべてで株主提案議案の提出ができました。しかし株主総会開催日は、全て6月28日となっていて、世の流れとは逆行して集中しています。

 3日は義兄の3回忌法要のために、米子市に行きました。お寺でのお経の後は皆生温泉の旅館で食事、1泊しました。久しぶりに姉や甥・姪らの親戚と喋り飲み楽しい時間を過ごしました。翌4日は、横浜から来ていた甥らとともに、境港市の「妖怪ロード」と松江市内を観光、帰広しました。まあーなんと風の強かったこと。吹き飛ばされそうになりました。

 5・6日は何をしていたのでしょうか。7日に上関原発問題で特に「埋め立て免許問題」を話してくれと頼まれていた関係で、調べたりレジュメを作ったりしていました。

 7日は、その話しをしてくれと頼まれた本番でした。上関原発の埋め立て免許問題では、山口県当局の「いい加減・あいまい・県民無視・自主性無し」のために、山口県から中国電力への「補足説明要求」、それに対する中国電力から「回答」という猿も怒る「猿芝居」が続けられており、7度目の回答日が6月22日となっています。この問題については、後日詳しく書きたいと思っています。

 そしてゴールデンウィークの最終日の今日は、廿日市市の洞雲寺(とううんじ)の花祭りに孫と二人で行きました。子どもの頃、母に連れられて行ったことのある、懐かしいお寺の祭りです。ビックリしたのは、周辺の変化でした。まず、ひと山無くなっていたのと、新しい道路が出来、住宅地に変貌していました。以前の山に囲まれた面影は無くなっていました。

 ざっとこんな10日間でしたが、晴れた日には毎日のように近くの公園で孫とミニサッカーをして汗を流しました。「ご苦労さんです」とか、近所の方から励まされ?ますが、僕の方はまずはメタボ気味の腹のラード(固型油)を取りたいという思惑が働いています。しかし、効果は見えてきません。
 
 そのことを友人に伝えたら、食事制限と激しいトレーニングをしないとダメ。ハリウッドスターが役作りでやるやつみたいな。もちろん彼らには大きな目的があるから頑張れるのだけどもね。

 やる気を無くさせる友人です。

最近のニュース

 たまにNHKから取材を受けることがあります。何年か前、僕のことを「議員さんじゃあないですよね。近々、選挙に出ることはないですね」と記者から訊ねらたことがありました。

 僕がただの人だと分かっている記者は、「デモの先頭に議員さんとかはいないですか。立候補予定の人も」と訊ねられます。つい数か月前もありました。

 訊ねられる理由は、議員とか立候補予定者への「エコヒイキ」にならないためのようです。映像に表れることで、選挙が有利になるという心配があるのでしょう。

 どちらかといえばラジオ派の僕ですが、ニュースを聴いているとどうも肝心なニュースというよりも、桜が咲いたとか、鯉のぼりが連なったとか、そういうのが多いような気がしてならないのです。桜も鯉のぼりもまったくダメという訳ではありませんが、その手のニュースが多いような気がしてなりません。スポーツのニュースも多すぎのように思います。

 5月3日、山陰の米子市で義兄の3回忌法要があるために、車で向かいました。休憩のために宍道湖サービスエリアに入ったら、山陰のテレビ局スタッフが勢ぞろい。なにか大事件かと一瞬ビックリしましたが、日本海の岩カキを販売しているということでした。リポーターがマイクを持って、カメラの前でレポートしている姿には、正直ビックリでした。

 これまで僕の夜の定例は、午後7時からのニュースを見て、7時30分からのクローズアップ現代を見て、天気予報で終了というのがパターンでした。唯一、火曜日の夜は歌謡ショーを見るのが楽しみでした。晩酌のおかげで目はつむったままで、半眠り状態でもありましたが。帰宅が遅くなる時は、クローズアップ現代の見たいものは、録画をしていました。

 新年度からクローズアップ現代が10時に移動したそうですが、移動した時間のこの番組は見たことがありません。

 岩波書店が発刊している、「世界」の5月号に「テレビに未来はあるか」という特集があり、国谷裕子さんが「インタビューという仕事」というタイトルで一文を書いておられました。

 限られた時間枠の中で、視聴者が聞きたいこと、疑問に思うこと、問いかけたいことを、相手を傷つけることなく、しかししっかりとインタビューすることの難しさとだいご味を、国谷さんは相当に「気を使って」書いていました。しかし気を使うなかでも、彼女の思いがヒシヒシと伝わってきました。

 私たちは。「NHKはダメになった」とか「読売は右」という、言葉のレッテルをすぐに貼ってしまいます。確かにそういう部分は多いとは思いますが、NHKにも読売にも仲良しの友人記者がいて、彼ら彼女らは「それでも何とかしたい」という気持ちで頑張っているのも事実です。

 「世界」には、「TVキャスターたちはなぜ声をあげたのか」という一文もありましたが、「声をあげた」人たちのほとんどが、僕ら年代だったことは気になりましたが。

高校野球観戦

  「春季広島県高校野球大会」を観戦しました。まずは、なんといっても爽やかな風と緑、この時季の野球観戦は良いですね。夏の超暑いのもそれなりですが、まさに身も心も爽やかな気持ちになりました。

 対戦したどちらのチームにも、僕の住んでいる広島市佐伯区の中学校を卒業した選手が多かったように思いました。

 高校野球には「応援ルール」のようなのが在るのですね。このルール、新鮮でした。まずは失敗を責めないことです。プロだと「○○をやれやあー」とか、「交代、交代」とかいう声というかヤジが応援チームにも飛びかいます。高校野球は、自チームの良いプレーには、当然拍手や声援が行われます。しかし、相手チームの失敗にも『喜ばない』。これが爽やかなルールの基本なのでしょうか。

 もちろん高校野球も、ベンチに入られる数は決まっているので熾烈な競争が行われているでしょうし、足の引っ張り合いも当然に在ると思うのです。長い人生の荒波?に犯された僕の中には、自チーム選手の『失敗』を喜んでいるのではという根性が在ると思うのですが。でも対観衆、対相手チームには一丸となっているところには、大いに教えられました。

 繰り返しになりますが、自チームも相手チームの失敗も「責めない、喜ばない」というところです。

 僕の居る世界では往々にして、仲間同士を責め、相手の失敗を喜ぶというのがありますが、心の中ではそういうことはあっても、もろに形に出すのはよくないでしょうね。これを感じさせたのが、最大の収穫でした。

 選手にかけられる声援も、とても面白かったというか興味深い言葉でした。名前も姓の方で呼んだり、名の方で呼んだり、中味も例えば「省ちゃんは我らの救い主」とか「お前が打たなきゃ誰が打つ」という感じです。言い回しにもリズムというか謡曲のような調子があって、相撲甚句を聞いているような感じもしました。

 応援団も高校生、ポロシャツを着た保護者、グランドに入れない部員選手らが中心になって、それぞれが役割りを担っているところ、これも爽やかな要素だったと思います。

 自チームが攻撃をしている時には、応援団はみんな起立して声援、点が入ると肩を組んで緩やかに揺れるところ、そして応援席にいる人はみんな親切な感じでした。


 「古豪」とか「強豪」という言葉が付けられるのは、選手らにとっては大いなるプレッシャーでしょうね。僕だったら「古豪」の方が、よりプレッシャーが強いようにも思いました。「古豪」だと、同じ勝ったにしても、勝ち方によって組合せに運があったとか、そんなことを言われるかも知れませんし。大相撲で横綱が「猫だまし」をしたり、立ち合いに変化したら責められるけど、下の者だと頑張ったになるようなものでしょうか。しかし結果がすべての世界、そして「今日負けたら明日が無い」というトーナメント方式、そこが高校野球の良いところでしょうか。

 野球観戦をしながら、そんなことを思っていました。僕はボールを投げることも打つことも、守ることもたぶん出来ないでしょうから、選手を見ていて羨ましくも思いました。

 帰りの道で、野球部員に出くわしたので「明日は大変だねー」と話したら、「大丈夫です。勝ちます」という返事が返ってきました。考えてみれば「明日は」というのは失礼ですよね。じゃあ「今日は楽だった」になりますから。

 答えてくれた部員、大きな身体でした。たくさん食べているのでしょうね。このことを、保護者の友人にメールしたら「身体が大きいから食べている、細いから食べていないのではありません。細い子も皆んな頑張ってますよ!涙目で苦しみながら毎日頑張っております。(笑)」の返事がありました。

 何歳になっても、分かっていない僕です。だから、多くのことを教えられたと思った1日でした。

 

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