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完全退職から丸2年

 勤め人生活を終えてから、丸2年となりました。元の職場の人から、「○○さんも△△さんも辞めてよ」という情報が伝わってきます。電車に乗っていたら、送別会でもらったと思われる花束を持っている人を見かけました。僕より2年後輩の方が多いのですが、65歳になる前に退職した人もいました。仲の良かった友人と昼食を一緒したのですが、彼は県北の故郷である三次市に帰って「農業でもやろうかなあー」と話していました。

 退職の先輩としてひと言アドバイスするとしたら、①新聞などから多くの情報を得ること、②規則正しい生活をすること、③身体を動かすこと、④小さくても庭があったら無くてもプランターでも利用して野菜でも作ること、⑤近所の人と親しくなること、をアドバイスします。

 そして近所の中学生だった子どもも4月からは高校生になるとのこと、「入試に合格して息子はまったく勉強しません。遊びまくっていますよ」と、そのお母さんは話していました。そりゃあそうでしょうね、この時が勉強とはまったく縁の無い時間でしょうから。

 上関町祝島では、小学校が休校になったという連絡もありました。3年後にはアイターンした人の子どもが入学して、復活する予定だそうです。子どもの多い時には、同じ山口県熊毛郡の中でも2番目に生徒たちの多かったと聞いています。昨日は離任式が行われ、定期船に乗って別れのテープとともに教師らが島を後にされたそうです。これはやっぱり寂しいことです。

 そして孫の一人は小学生になり、もう一人は保育園に入ります。特に小学生になる孫を見ていたら、僕自身が小学生になった時のことを思い出しました。あの時は列車の踏切を渡って通学していました。古い木造の建物で、平屋でした。母親が入学式の日に和服を着ていました。父親は僕が4歳の時に亡くなっていましたから、母はどう思っていたのでしょうかね。母が生きていたら同じ大人としての立場で、その時の気持ちを聞いてみたいものです。

 あの頃は児童館というような、放課後も子どもの面倒をみてくれるシステムはありませんでした。学校が終わったら何をしていたのでしょうかね。母は仕事をしていましたから帰りは遅く、二人の姉が遊んでくれたのでしょうか。夕方になればヒチリンで火をおこしたことは覚えています。

 小学生になる孫の「なりたい仕事」はサッカー選手です。夕方家にいる時は、二人サッカーをしています。足が筋肉痛になってしまいますが、孫が大人になった時、「じいちゃんとサッカーをしたよのー」とでも言って、懐かしがってくれることだけを思って筋肉痛を我慢しています。

 高校野球の有名校に去年入学し、最初は先輩から強くしごかれたという友人の息子は、4月になると「しごき役」に転ずるようです。厳しくとも心の在る「しごき役」になって欲しいものです。

 そう忘れてはならないこと、明日から中国電力の社長が苅田知英さんから、清水希茂(しみず まれしげ)さんに交代します。苅田さんは会長になり、現会長の山下隆さんは相談役になります。社長交代などは株主総会でということが通例ですが、明日からの電力小売り全面自由化の開始に合わせての人事となりました。
 この人事異動で、中国電力の取締役は苅田さんが僕と同年齢で、後は社外監査役の一人を除いて皆さん年下となりました。



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 小売り自由化とプルトニウム

 いよいよ4月、全面的な電力小売り自由化が始まりますね。何人もの人から「中国地方でのお薦め新電力は?」と訊ねられるのですが、残念ながら現時点では在りません。

 新電力の参入と切り替えは、東電エリアの首都圏と関電エリアの近畿圏に極端に集中している様相です。それにしても小売り自由化で、ますます原子力発電がこれまでの地域電力会社にとって、重荷になっているのは現実です。そこで国は原発を持っている電力会社を、極端なまでに擁護しているのは目に余ります。それを知っていながら新聞などが、「原発の再稼働が始まれば、小売り自由化でもこれまでの地域電力が値段でひとり勝ち!」と報じているのには、腹が立ちます。

 その「極端なまでの擁護策」の中で、再処理問題をめぐる重要な会議が近々ワシントンと広島市で開催されます。

 電力自由化が進むと、原子力を持っている電力会社が競争にさらされ、再処理というそれでなくても「やりたくない」現実には破たんしている事業が続けられなくなるのは明らかです。

 そうなったら困るということで、今の国会に「原子力発電における使用済燃料の再処理等のための積立金の積立て及び管理に関する法律の一部を改正する法律案」という、とても長い名前のものが提出されています。略して「再処理等拠出金法案」としていますが、再処理するための認可法人を設立して、これまでの電力会社が積立金という形で出している費用を、拠出金という形であらかじめ徴収するというものです。この法律が成立すれば、地域電力会社にとって電力自由化の影響は再処理事業に及ばなくなります。

 要するにどうしてもこの国は、プルトニウムを持っていたいと思っているのです。プルトニウムはご存知とは思いますが、核兵器の原料になるもので、日本は約4万8000kgを持っているのです。国際原子力機関(IAEA)の計算方法でも8kgで一発の核兵器になりますから、6000発分の核兵器を持っていることになります。核兵器を「持たない、持てない」国の中で、この量は大異常なことです。

 アメリカですら約5万kgの余剰プルトニウムの処分に手を焼いているのです。しかし上に書いた法案が成立したら、六ヶ所村再処理工場の運転だけでなく、第2再処理工場の建設すら強硬的に行えるようになります。

 その重要な会議というのは、ワシントンでの「核セキュリティー・サミット」、そして広島市で開催される「G7外相会合」です。特にワシントンは重要です。この会議でプルトニウムを作らないということを決めることが、大きく核セキュリティーに通じることだと思うからです。

 用も無いプルトニウムを持つことは、大きな脅威です。特に日本周辺のアジアの国々にとってみれば、「広島、長崎の体験を持つ被爆国の日本が!」と、どうしても信じられないことです。

 広島市でのG7外相会合でも、このプルトニウム問題は大いに議論することが大切です。特に岸田文雄外相は広島選出の大臣なのですからね。2018年は日米原子力協力協定の期限を迎える時なのですから。

オバマの広島訪問は実現するか?

 昨日の新聞、オバマ大統領が5月26日~27日に開催される伊勢志摩サミットに合わせて、広島市訪問を検討しているという記事が大きく載りましたね。

 「あー、キューバ訪問の延長線上だ」と、一人で声を挙げてしまいました。大統領選挙のことも興味津々なのですが、もう一つオマケの楽しみが増えたようなことになりました。といってもオバマの広島訪問を、歓迎していでるのではありません。これが実現するだろうか、ヒロシマはどう反応するだろうかということが関心を持っているのです。懸けをするとしたら、大統領はクリントン、オバマの広島訪問は52対48で実現できないのではと思っています。

 アメリカ国内では当然反対の意見が出るでしょうね。特に今は大統領選挙の真っ只中、アメリカで大きな力を持っているとされている退役軍人協会などは、「行くべきではない」という意見ではないかと思います。クリントンもトランプも、自らの選挙への影響をはかりかねているという状況ではないでしょうか。

 広島市に来れば原爆投下の責任について、何らかの発言をしなければならないでしょう。原爆投下で戦争を早く終わらせた、広島の人は今でもアメリカを憎んでいるのか?、あの戦争はもともと真珠湾攻撃をした日本が悪いのだ、という大方のアメリカ人の原爆感を考えれば、自らの発言原稿に悩むのではと思います。

 それでも有名なチェコでの「核無き世界を目指す」という発言、それらが理由でなんといっても、ノーベル賞を受賞した人です。そして広島市長らはオバマの広島訪問を強く??要望しているのですから。駐日アメリカ大使のケネディさんも、どうせオバマの大統領退任とともに交代する人でしょうし、お互いに広島訪問は最高の花道になるでしょうね。わざわざこのためだけに広島にやってくるというのは、不可能でしょうから。

 今、被爆者がアメリカを憎んでいるという感覚は、ほとんど無いと思いますが、やはり広島の立場からは、きちんと言うべきことは言わないと、オバマ自身が『ズッコケル』のではないだろうか。やはり原爆投下という国際法違反の行為、大量虐殺の責任などはきちんと指摘した上で、「核無き世界」の実現に向けて何をどうするかについて、意義のある話しが出来ればと思うのです。

 始めの部分にも書きましたが、オバマにとって広島でどんな発言が出来るのか、どこまでもがアメリカ感覚から許容範囲なのか、迎える側の広島市長が「ヒロシマの心」を尺度にして、国とは違うどんな発言が可能なのか、なんぼなんでも「北はけしからん」はないでしょうから。

 オバマ自身もヒロシマから受けるであろうものは、アベシンとは違うと少々怖い期待?をしているかもしれません。それにしてもアメリカ大統領の広島訪問で、ヒロシマとしてのとりあえずの希望は実現したということで、広島が普通の街にはなって欲しくないとも、思っています。

 頭の中の考えが少々まとまっていないということもあり、支離滅裂にもなってしまいました。オバマの広島訪問をきっかけに、原爆投下が本当に必要だったのかとか、大量殺りく兵器としての原爆の問題、などを討論するようなシンポジウムでも実現したらとも思います。できうればオバマさんにも出席してもらえば、広島訪問の意義はあると思います。たぶんアメリカ国内も日本政府も反対するでしょうね、それでも積極的に要請することを頑張ってみようとする市長でもないでしょうが。


 トランプが強いこと

 アメリカ大統領選挙の共和党候補者の指名争い、トランプが当初の予想に反してリードし、このままでは共和党候補として指名されるのではというムードですね。

 このブログでも書きましたが、アメリカに住む友人は「トランプが大統領になったらアメリカを脱出する」とか、日本に住むアメリカ人は「アメリカに帰らない」と話していました。

 アメリカのマスコミも、ことここに至ってトランプ降ろしの論陣をはっているようですし、日本政府もトランプが大統領になった時のために彼のことの調査を本気で調べだしたとかで、笑ってしまいました。そんな圧力の中でも、多くの州でトランプがリードしている現実、ある種の「トランプ頑張れ」とも言いたくなります。

 ここまで書くと、「省ちゃんはけしからん」と批判されそうですが、トランプに対するリベラルマスコミの批判や友人らの個人的な評価と、それでもトランプを支持する多くのアメリカ人が存在していることは異なります。

 たぶん大統領にはクリントンになるでしょうね。まさにこれは敵失です。一番喜んでいるのはクリントンかも知れませんね。

 それにしてもこれまで僕が思っていた、アメリカは最も民主主義の発達した国で、社会的な雰囲気も賢い国だと思っていたことが間違いだということが明らかになったという思いです。「一流な国」だと思っていたことも、「そうではない。日本並み」と思えば、安心したという気持ちにもなります。

 アメリカにおける貧富の差、マイノリティといわれる人たちからもトランプが支持ことは、一言では片づけられないほどの重症なのでしょう。大統領選挙の動きは凄く興味深く見ています。

 日本の政党について、ひと言ふた言があります。素人には理解に苦しみことです。その一つは、民主党はどうしてことここに至って民進党としたのでしょうか。もちろん維新と一緒になったからというのは知っています。

 でも7月に行われる参議院選挙を直前にして、民進党という名前が有権者に行き渡るとは思えません。参議院選挙の全国比例は政党名で投票するのを知っていて、あえてこの時期に民進党はないでしょう。民主党と書いたものは無効票になるのです。維新と一緒になることに、第三者の僕がいう立場ではありませんが、選挙後でも良かったのではないでしょうか。これも政党人の世間離れというしかないと思います。

 そしてもう一つ、これは笑い話のようなことですが、「維新の会」と「大阪維新の会」、時をほぼ同じくして「山口組」が分裂して「神戸山口組」ができました。どうも「維新」の分裂と「山口組」の分裂、混同しそうです。どちらも同じようなものと言ったら叱れるでしょうけど、ニュースを観ていたら間違えそうになるのです。

 新聞の川柳欄に「でも次の総理どこにも見当たらず」というのがありました。こんな川柳が選ばれることは、残念なことです。

中学生の自殺事件

 広島県府中町の町立中学校の生徒が自殺した事件、悲しいやら情けないやら、腹が立つやらで落ち込んでいます。「前向き」な?このブログを書く気も起りませんでした。

 やってもいない万引きを、その自殺した生徒はどうして最後まで「僕はやっていない」と言いきれなかったのか。どうして担任教師は聞く態度になれなかったのでしょうか。そして何よりも、この学校の閉鎖性というか、教師間の連携の無さです。

 学校という職場だけでなく、どんな企業でも役所でも都合の悪いことが公けになりオープンになるということは、出来れば避けたいというのは必ず在ることだと思います。でもそれが原因で、何よりも大切な命を落とすことになったというのは、最悪だと思います。それも「冤罪」だということがある時点で分かっていたにも関わらず、それの回復措置が取られなかったかというのには、「世も末」という気持ちになります。

 そして万引きをしたということが、高校入学の推薦書を書かないということに、即、結びつくのかということがまさに恐怖という気持ちです。もちろん万引きは窃盗罪という大きな犯罪です。しかし、それは大人であっても初犯だったら説教を食らって始末書で許してもらえるものです。それが中学生で、その処罰が推薦書を書かないということにされるのは、これは初犯にしては厳罰です。

 僕だったら「そこまでやられるのなら服役するから」と言うでしょうね。

 僕らの時には、推薦書というのは在りませんでしたが、内申書というのがありました。今でも内申書があるかも知れませんが、どちらにしても中学生にとって推薦書や内申書は大きな「人質」になるのでしょう。教師が何かあれば「内申書に書くぞ」と言ったのには今でも腹が立っています。その教師が出席する同窓会には、今でも出席しませんから。

 そしてこの学校の校長の記者会見の様子をテレビで観ていましたが、その態度から、声から、「本気度」を受け取れませんでした。

 そして思いだしたのは、一昨年だと思いますが、長崎の離島中学校で起こった同じく中学生生徒の自殺事件です。少し目立ったということで「いじめ」に合い、いじめにあったのはある程度が仕方が無いにしても、やはり腹が立つのは学校がそのことに対して「知らんぷり」をしていたことです。

 一方で教師という職業をしている人の、「心の病」を患っている人の多さです。言っておきますが「心の病」はどの職場にもあります。僕が勤めていた職場にもいつも何人かが、その病で休んでいました。しかし、特に教師の場合は多いと思います。知人の中には耐えきれずに若くして退職した人、長い間休んで病院通いをしている人、何とか仕事をしながらも何人もの人から「定年まで持ちそうにない」という悲鳴のような言葉を聞かされることです。

 選挙権年齢の引き下げで、学校などで「有権者教育」というのが行われているようです。選挙権年齢の引き下げにより、選挙の仕組みとかいうものを教えるのは当然のことだと思います。大人ですら、知らない人の方が多いような感じですから。しかしこれは社会科の授業の一つでやれば良いのではないでしょうか。

 愛媛県が高校生の政治活動について、事前届け出を決めたというニュースがありましたが、ビックリでした。こういうことを「お前らから、どうこう言われたくない。指示されたくない」という気持ちです。

 こんなことを決められて、教師が怒らないのも不思議です。生徒も保護者も、労働組合も、そして世の中の人みんな何故怒らないのかでしょうかね。

仮処分決定の威力を実感

 仮処分の「威力」というか「インパクト」、すごいですね。こんなに興奮したことは、久しぶりでした。関西電力高浜原発3,4号機の運転を認めないという大津地裁の決定です。

 これまで北陸電力志賀原発2号機や高速増殖炉「もんじゅ」の裁判で1審裁判では差し止めが認められても、確定判決にならない限り実際に止まらないというのがストーリーでした。そして、ほとんど控訴審になれば、こちら側が負けるというのが筋でした。

 それが決定の翌日には原発停止作業に入り、夜には止まるのです。こんな経験初めてですし、興奮するなというのが無理なことです。

 決定を下した山本善彦裁判長、山口地裁で出会ってからというもの、忘れることの出来ない人でした。これまでの人生の中では、何度か裁判に関わったことがありましたが、裁判長の顔や名前など覚えていることはありません。しかし、この山本裁判長は、「上関原発神社名義地裁判」という上関原発建設計画地の入会権裁判で、最高裁からの差し戻し裁判の裁判長でした。

 僕はこの裁判では、お金集めを含めて協力をさせてもらいました。当然、毎回の公判には傍聴に行きました。最初に顔を拝見した時、どこかのお笑いタレントに似ているというのが直観でした。今朝の朝刊に写真が載っていましたが、やっぱり似ています。だから忘れられなかったのでしょうか。

 裁判長という人、だいたいに堅物のようで声も小さく、あまり喋らないというのが多いのですが、この山本裁判長は違っていました。原告・被告のどちらの弁護士にも、ズゲズゲというタイプでした。そして声のトーンが高いこと、言葉のイントネーションもはっきりしている人でした。

 この神社名義地入会権裁判は、こちらの主張を認めてくれませんでした。12年12月のことです。そして、翌々年の14年4月に大津地裁に転勤になりました。新聞に載る人事異動の小さな記事、印象の強い裁判長でしたから、見つけて切り取ったものです。

 まさかこの度の高浜原発差し止めで、再会できるとは思いませんでした。山本裁判長は14年11月にこの高浜原発3,4号機差し止め裁判で、決定を出しました。その時の決定は、仮処分申請について「再稼働は迫っておらず、差し止めの必要性はない」として却下しました。しかしその決定理由の中で、「原子力規制委員会がいたずらに早急に再稼働を容認するとは考えがたい。差し止めの必要性はない」としていました。

 この決定が出た時、原告(正式には申立人)側は、異議申し立てを行いませんでした。それは山本裁判長の思いが読めたからです。僕も結論では負けたが、内容では負けていないという気持ちでした。

 あれから1年4か月、原子力規制委員会は「いたずらに」再稼働を認め、空論の避難対策で再稼働が行われたことへと続きました。14年11月の裁判長の「期待」に反して。

 仮処分というのは、急迫不正な侵害が押し迫っていた時に下すという性格のものだとされていますから、14年11月の決定から今回の決定、物語のような流れだと思っています。今朝から3紙の新聞を念入りに読みながら、切り取りをしていました。少々疲れましたが、これって「気持ちの良い疲れ」というのでしょうね。


もうすぐ3・11から5年

 もうすぐ5年目のあの日がやってきますね。今年はあの年と曜日の並びが同じなので、「あの年の今日は?あの時は?」という感じで思い出します。一年前のこのブログでも書いたか分かりませんが、僕は3月6日に京都で会議があり、会議が終わった後に、茨城県の水戸に向かいました。夜遅く水戸に着いた時、寒くて雨が降っていたのを思いだします。

 茨城では1999年9月30日に起った、JCO臨界事故で被害を受けた方に会って話しを聴くことと、その地域を視てまわることが目的でした。東海村の村会議員をしておられる友人に、たいへんお世話になりました。東海村は雪が降っていて、道はシャーベット状態になっていたのを思いだします。

 本来なら水戸での用事が終わると福島県の双葉町に行き、福島原発で働いたことのある人に原発労働について話しを伺うことにしていました。しかし、この人の奥さんが亡くなられて間もないということで、双葉町行きは諦めて3月9日の夜遅い新幹線で広島に帰りました。

 10日・11日は職場に出勤し、11日は午後3時前に休憩室で休んでいる時にテレビからのニュースで地震を知ったのです。あのまま双葉町に行ってたらどうなったか、生きてたか死んでたか、生きていたとしてもどうなっていたか、今でも思います。

 3・11から5年ということで、新聞は大きくスペースを割いて記事を書いています。それらを読んでいてつくづく思うのは、5年経ってもほとんど何ひとつという感じで状況は改善されていないことです。

 福島第一原発の廃炉作業が終了するのは、何時のことでしょうか。終了するのにいくらのお金がかかり、どれだけの被ばく者を作るのでしょうか。終わらない原発はずっと生き残り、人間はどんどんと入れ替わっていく、本来責任を取らねばならない者たちは、ノウノウと亡くなっていく、まるで他人事のように、本当にふてぶてしい話しです。

 最近3・11が教えてくれた僕たちへの忠告、ということを考えていました。それなりに考えた、僕の中間結論というのを聞いてもらいたいと思います。

 それはリスペクト(respect)ということです。日本語では「尊敬する」「敬意を表する」「価値を認める」という意味ですが、このリスペクトが特に弱い立場のものや、価値ある歴史などに対して無くなっているのではと思うのです。子どもたちに、年寄りに、田舎に、自然に、在日の人たちに、そこに流れている川や森に、難民とされている人たちに、格差社会の犠牲者に、歴史や風習というものに、そして何よりもこの日本が最も大切にしなければならないはずの平和憲法にです。

 リスペクトを奪う、その最たるものが戦争であり原発だと思うのですが。今年で5度目の3・11、あの時の僕が何をしていたということが、リアルに思い出されるから特に考えるのかもしれません。

洗濯機から異常音発生!

 わが家の洗濯機からガタガタ、ドドドドという異常音が発生しました。なにか詰まったかの簡単な問題だと思い、「洗濯機の原理は洗濯漕とモーターだから」と、知ったげに「視てみよう」と言ったのですが。重さも軽いというのが僕の中の洗濯機感でした。

 懐中電灯とドライバーなどの工具を持って、洗濯機を持ち上げようとしたのですが、持ち上げられるような重さではありませんでした。床との間に接着剤が付いているのではと思ったくらいです。その重さの理由は、乾燥器付きということでヒーター機能が付いていたためです。こんなことを書いたら、省ちゃんは洗濯などしたことがないのだろうと非難されるかも知れませんが、まあ当たっていなくもありません。

 思い出す洗濯機は、ローラーが付いていて洗った物をそのローラーに手動で入れて、ハンドルを回すとセンベイのようになった物が出てきていたあれでした。もっとたどれば、子どもの頃は洗濯板を使い、大きなタライの中でこすっていました。長い間使うと洗濯板の山の部分が丸くなっていき、そうなると買い替えたものです。使えなくなった洗濯板は、風呂を沸かす燃料で消費されました。僕ら世代が、洗濯板の記憶がある最後の世代くらいかもですね。

 僕の中で洗濯板といえば、拷問で洗濯板のような物の上に座らせられて、「白状しろ~」とムチで撃たれるのを想像します。こういう手の夢をよく見るからかも知れません。

 洗濯機は簡単な原理なのだから、というのがこれまでの考えのベースにありました。考えてみたら、ローラー式から二層式になり、乾燥器付きになり、機能は大きく膨らみましたが、それなりに値段も高くなったと思います。

 僕の手ではどうにもならないので、電器店の修理の人に来てもらいました。とても感じの良い人で、洗濯機についても詳しい人でした。製品番号を視て、「これの使用年数は7年です。クラッチが壊れていますが、部品も最終製造日から7年しかメーカーにも在りませんが、でも今なら間に合います」とのこと、僕なら「修理をお願いします」になるのですが、かつてそれなりのお金を出して部品交換したら、それから少し経ったところで煙が出てきたという自動車事件で前科者になっていたので、僕は黙っていました。結局は買い替えになったようです。「ようです」にしたのは、その後の経過については感知しないことにしたからです。

 買い替えにしても、僕だったら店先にズラッと並んでいる中古品を扱っているようなところへ行くと思いますが。その方が安いし、どうせ新品でも使える年数が決まっているのならと思いましたが、こういうことは発言しないのが僕の基本でもあります。

 沸騰水型原発も、BWRから最近はABWRになり、機能が充実してきました。でも機能が充実してくるとますます故障した時に修理が難しくなってくると思います。ABWRについて「あれは、『えーかげんな』BWRよ」と、言った人がいました。

 結局捨てられることになった洗濯機、よく視ると日立製でした。わが家に初めて入ったローラー式洗濯機は東芝でした。日立も東芝も原発メーカー、新品の洗濯機はどこのが来ることでしょうか。まさか三菱、興味深々です。


炉心損傷、溶融??

 東京電力が福島第一原発で起った炉心溶融を、これまで炉心損傷と言ってた問題、たぶん炉心溶融という言葉のイメージが否だったのでしょうね。炉心溶融→メルトダウン→チャイナシンドロームに繋がってくるからでしょう。

 チャイナシンドロームはたぶん知っていると思いますが、1979年のアメリカ映画のタイトルです。アメリカの原子力発電所がメルトダウンを起こしたら、融けた燃料が重力に引かれて地面を溶かしながら貫いていき、地球の中心を通り越して反対側の中国まで溶けていってしまうのではないかという、ブラックジョークの言葉です。主演はジェーン・フォンダがやりました。アメリカで公開されたのが1979年3月で、偶然にも同じ月にスリーマイル島原発事故が起こり大きな話題になりました。

 これまで東京電力は、福島第一原発事故の原子炉の状況について、「炉心溶融(メルトダウン)」ではなく、その前段階の「炉心損傷」と説明し続けてきました。しかしこれまた不思議なのは、あの事故から2か月後には東京電力はメルトダウンを認めました。しかし炉心溶融ではない、普通メルトダウンを日本語でいうと炉心溶融になると思いますが、「メルトダウンだが炉心溶融ではない」、これではまるで一休さんのトンチ話です。

 東京電力には炉心溶融の判断基準を明記したマニュアルが存在していました。しかし、そのマニュアルが社内で共有されていなかった、そんなマニュアルなら最初から作るなと言いたいです。

 僕も勤め人だった頃、故障や事故が起こった時のための対処マニュアルを作成するような仕事をしていたことがあります。いろいろな事態を想定してマニュアルを作るのですが、それはゆっくりと落ち着いた状況の中で作るのです。いろいろな事態を想定するのですから、膨大な物になります。それが緊急事態になった時に本当に役立つのかについては、大いなる疑問を持ちながらも、まあー仕事だからという感じで作ったものです。

 新聞には、専門家の見方というのが掲載してありました。原発推進で有名な大学教授のコメント、ここまで開き直るかと言いたくなります。
 =炉心溶融(メルトダウン)を正式に発表していたら、国民の間で大パニックが起きていたと思う。判定基準に基づいて炉心溶融と認めたところで、何かしらの利点があったとは思えない。溶融は東電も把握していたと思う。マニュアルの存在に気づいたところで、事故の推移にも影響は与えていないだろう。溶融を判断する基準として炉心損傷の割合が「5%」という数字を設けていたのは新事実だが、特に事故の解明に役立つものでもない=

 僕は思うのですが、検察審査会から勝俣恒久元会長ら3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴されたのを始め、自主避難した家族に賠償を認めた京都地裁判決、思うように進まない柏崎刈羽原発の再稼働問題など、これ以上のイメージダウンは、4月からの電力小売りの全面自由化にも悪い影響を与えるとでも思った、点数稼ぎなのでしょうかね。

 泉田裕彦知事もコメントしていますが、メルトダウンを隠ぺいした背景を明らかにしてほしいものです。そのためには第三者を加えた社内調査も含め東京電力に批判的な人も加えてやらなければ意味のないことだと思います。



葬儀

 先日、いとこが亡くなり葬儀に出席しました。葬儀は会館のようなところで行われました。最近の葬儀はほとんどが、そういうところですね。

 知人に葬儀会社で仕事をしているのがいますが、最近は家族葬という形が多く、以前のような大規模で豪華なのが無くて、そして葬儀会館も増えて儲けにならないと愚痴っていました。お寺の僧侶をしている友人もいますが、彼の仕事のほとんどは葬儀会社からの連絡からというもので、葬儀会社に見放されたら仕事にならないと、これまた愚痴っていました。お寺、門徒、という関係の希薄さを感じます。

 僕の妻のルーツともいえるところは、瀬戸内海の島です。橋が架かっているので陸続きで行けますが、田舎です。

 ここでの葬式は、集落の中の石で造られた祠のようなのが在り、その前に棺桶が並べられて行われました。祠は集落全体の物ですから、お金は掛かりません。

 葬儀が終われば、荼毘にするということになりますが、この集落では、正月が来るとこの集落の人たちが山に入って、雑木や枯れ木などの燃料を採って決まった場所に貯蔵しておくというシキタリがありました。その年に亡くなる人の火葬をするために使う燃料です。

 火葬場は山の斜面のような所に小さな場所があり、お棺は大八車のようなのものへ積んで、そこへみんなで運びました。その場所に薪や枯れ木などを、火がつき易いように並べて、その上に遺体を横にするスペースがありました。一度だけその場を視たことがあります。遺族は、荼毘にしてくれる人に、一升びんのお酒と冷奴を持参するというのが慣わしでした。山の中腹からは、煙が上がっていたのを思い出します。約半日は掛かったと思います。

 火葬が終わると遺骨を自宅に持ち帰って、仏壇の前で僧侶にお経を読んでもらうのですが、そうすると後の方に居る人から、仏壇方面にお金が何にも包まれずに投げられました。まさに投げ銭という感じでした。とても興味深い体験をしたのを思い出します。この形の葬儀は、妻のお祖父さん、お祖母さんでは行われました。まさに入会の習慣であり、みんなで助け合う姿です。

 従姉妹の葬儀では、受付けで香典を渡すと会館の女性職員が「中味を拝見します」と言って、中を確認して「お返しはこのA~Dの中からお選びください。お帰りの際にはご用意いたしておきます」とカタログを見せながら言いました。お返しは…は別にして、香典の中味を後に並んでいる人にも聞こえるように言われるのには、とても恥ずかしいという思いでした。「こいつケチだなあー」とか、「見栄はって」と思われるのではと思って。以外とこういうのが恥ずかしい体質なのです。昔から香典泥棒というのがありますから、分からないでもないのですが、余りにも味気ないという感じです。

 火葬場には煙突というのがありませんでした。最近はIHヒーターの要領でやるのでしょうかね。

 慶応義塾を創設し教育者であり哲学者でもあった福沢諭吉が、1901年2月3日に亡くなった時、その葬儀には自宅からお寺までの間に約1万5000人が集まったとされています。そして福沢諭吉を慕う慶応の学生たちが、「僕にも棺桶を持たせてくれ」と強く頼みながら泣いたそうです。

 最近友人が生前葬をやるから来てくれと連絡がありました。仕方ないから行きますけど、生前葬に行ったら本葬の時には参加しませんよ。

 そういえば最近、家の玄関に「忌中」という紙を貼っている家を見なくなりましたね。どうしてでしょう。妻のルーツのような場所での葬儀のこと、こんなのが、ほんのこの前まであったのだということは、せめて孫には話しておかなければなりませんね。


スーパーチューズデー

 ドイツ系アメリカ人で広島に来て仕事をしている知人が、「もしトランプが大統領になったら僕はアメリカには帰らないでドイツに戻る」と話していました。 
 今現在、アメリカに住んでいて、日本ともつながりの深い友人は「トランプが大統領になったら、東京に来る」と話しました。でもこの友人は真面目ですから、「日本に来たら選挙権はないから、やはりアメリカ人としてアメリカの政治に責任を取るために、ここで投票をする」とも話しました。

 スーパーチューズデーの状況を視ていると、おそらく民主はヒラリーで、共和はトランプで一騎打ちの確立が高そうですね。トランプ旋風は、最初まったく予想もしなかったことですが、安倍晋三首相の支持率が期待外に下がらないのと同じような現象とダブって視えてきます。

 アメリカで22年暮らしている日本人の友人は、「トランプがもし大統領になったら、いったいどんな舵取りになるのか。サミットとかの国際会議の場に出てどんな発言をするのか、気が気じゃあない。でもヒラリーは嫌いだというアメリカ人は多い」とメールをしてきました。

 アメリカでも子どもの貧困の問題、下流老人などの問題も起っています。日本よりもっと深刻かも知れません。貧富の格差は世界一とも言われてますから。

 大統領選挙の本番は11月ですが、すでに終盤戦の様相ですね。国中が選挙一色になると、国内の政治が停滞するのがアメリカです。多くの政治課題が大統領選挙後に先送りされるという感じです。

 僕の友人のアメリカ人は揃って、トランプになったら困るが、ヒラリーは余り好きじゃあない、でもサンダースの考えは、まだアメリカでは一般的には受け入れられない、というところで一致しているようです。

 僕は最近、本来的に大方のアメリカ人は気が弱く、しかも恐れで神経質、肝っ玉の小さな性格ではないかと思うことが多いのです。まさに「弱い奴ほどすぐ怒る」というものです。

 だから銃を手放せない、原子爆弾を落とす、銃の乱射事件が頻発する、非難されることを極端に嫌う、そういったところです。

 安倍晋三首相の支持率が落ちないことについて、ある雑誌の対談で同志社大学教授の浜矩子さんが次のように話していました。
 支持率が下がらない理由は、三つあるのではないかと思います。一つは、確信犯的な富国強兵待望論的に路線の人たちが財界の中に塊として、いることです。もう一つは、政治不信と英雄待望論とが一体となってポピュリズムの毒牙にやられている若年層がいますね。一番問題なのは、三つ目に「絶望に駆り立てられる期待」ともいいますか、「これがうまくいってくれなかったら最後だ。あとはもうない」と考えている人が、特に中小・零細企業を中心にいることです。その人たちは、やっていることは変だと思いつつも、何らかの成果を上げてほしいと願っています。 =中略= 本当に藁をもつかむ思いで支持している部分が、結構あると思うのです。

 大統領選挙でのトランプの支持が高いこととの、共通点もあるのでは思いました。でも最近、安倍晋三首相の支持率が少しづつですが下がり始めましたね。大いに期待をして視ています。

高浜原発4号機、緊急停止

 関西電力高浜原発4号機が、再稼働ボタンが押されて3日目で緊急停止しました。再稼働が行われた6日前の2月20日に、この原発から放射性物質を含む34リットルの冷却水が漏れたという事故を起こしておりながらも、というふてぶてしさです。

 この冷却水漏れの原因は、配管に取り付けた弁のボルト1本の締め付けが不十分だったという、明らかな「人為的ミス」という人災であったにも関わらずのことです。

 関西電力もですが、この時の対応について原子力規制委員会にも大きな疑問を持っていました。原子力規制委員会設置法の第1条には「(前略) 原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、又は実施する事務を一元的につかさどるとともに、(中略) もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする」と書いています。最後の「安全保障に資する」は何故だ~と叫びたくもなりますが。

 この法律は、原子力規制委員会に「一元的な」権限を与えているのです。いくら審査に合格にしていた物とはいえ、否だからこそ、水漏れ事故の時に再稼働は中断というべきだったのです。これで原子力規制委員会の存在感は、落ちましたね。

 ブルームバーグという、世界中にニュースを出している通信社があります。このブルームバーグが、去年8月に九州電力川内原発1号機が再稼働をする直前に書いた記事があります。

 次のような内容でした。
 東京電力の福島第一原発の事故を受け、国内の43基の原発は順次停止。このうちのほとんどが約4年間停止しており、25基が事故を踏まえて策定された新規制基準の適合審査を申請している。来週には、新基準導入後の初めてとなる九州電力川内原発1号機の運転再開が予定されている。
 国際原子力機関(IAEA)や米国、カナダの規制当局のデータによると、最低でも4年間停止した原発の運転が再開されたケースは世界で14基、そのすべてが運転再開後にトラブルに見舞われている。
 米原子力規制委員会(NRC)の委員長を務めていたアリソン・マクファーレン氏は「原子炉が長期にわたって停止していた場合、長い間休止状態にあった機器や、さびついた運転技術により問題が発生する可能性がある」と電子メールでコメントした。

 また記事は最後に、原子力技術コンサルティング会社の、ラージ&アソシエイトのジョン・ラージ社長は、日本は「国中の原子炉がすべて4年間停止した状態」にあり、原子力規制委員会は想定外の事態に備えなければならないと指摘。規制委がいま直面している状況は「他のどの国に存在しないまったく固有に事態」だと話した。
 とも書いていました。

 もうすぐ福島原発事故から5年、再稼働を進める側の強引で強硬な態度が目立ちます。もう少し謙虚になって思い上らずに向き合うことが大切ではないでしょうか。

Appendix

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