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8月も終わり!

 毎年のことですが、8月というのは本当に長く感じる月です。「原爆の日」があるからですが、今年は特に70年ということで、観たり、聞いたり、会ったり、話したり、書いたり、というのがそれなりにありました。

 日課になっている朝のラジオ体操、この時期は「夏季巡回ラジオ体操」ということで全国各地の会場で生放送をやっているのですが、これも今日の愛媛県西予市で終わりました。広島では、市内の本川小学校で被爆ピアノを使ってやっていました。

 今朝の 家の前の道には、2学期が始まった小学生がワイワイと歩いていました。夏休み明けは、子どもたちの自死が多いとの報道がありましたが、冬休みまでの長い時間を考えれば、嫌になるでしょうね。まあー適当にやって欲しいと思います。大人でも週明けは嫌なのに、長い夏休みを過ごした子どもたちの気持ちは、よーく分かります。

 「日本のいちばん長い日」という映画を観ました。半藤一利さん原作ものです。日本が負けるというのが分かっていながら、広島・長崎も、全国各地で多くの人たちが亡くなった空襲も、訳の分からないメンツと「あらねばならない」という威圧的な言葉などに押されて、数多くの命が失われたのは許せないと思います。映画の中では、昭和天皇を「良い人に見せすぎている」という気持ちも持ちました。

 8月は「観たり、聞いたり…」と最初にも書きましたが、人だけでなく多くの出会いがあります。映画もそうですが、新聞記事にも赤線を引いた言葉がありました。8月20日の朝日新聞で“文化・文芸”というコーナーの「インテリ嫌いの寅だけど」というものです。少し長いのですが引用します。

 さくらの息子の満男から「何のために大学に行くの」と問われた寅は「(人生の一大事に直面した時に)勉強したヤツは、自分の頭できちんと筋道を立てて、はて、こういう時はどうしたらいいかなと考えることができるんだ」とも言っている。

 もう一つ、山田(洋次)監督は現代の風潮を「知らないことを恥ずかしく思わなくなってしまったのでは」と憂える。一国の宰相がポツダム宣言を「つまびらかに読んでいない」と平気で言ってしまえる世の中。若者たちも知ったかぶりをしなくなっている。いや、知ったかぶりさえしなくなったというべきか。

 すごく良い文章だと思いました。
 言いたくないのですが、老夫婦で2泊3日の岐阜と長野のツアー旅行をしました。新大阪駅からバスだったのですが、僕の娘くらいの年齢のガイドさんの案内の素晴らしさでした。この長い行程を、歴史・逸話・年号・山などの高度・そして自分のプライバシーも含めて、「ホントさすがプロ」という話しで、楽しませてもらいました。マジ、バスの中で居眠りをするということもありませんでした。僕も、時々ツアーの案内役をすることがあるのですが、といっても「上関原発反対ツアー」とか「島根原発見学ツアー」というものですが、大いにとても参考になりました。

 知らないところは、「知ったかぶり」が出来るように勉強しなければならないですね。

 一つ自慢話です。保育園の年長組にいる孫が、保育園で「夏の楽しかったこと」という題で絵を描かされたら、なんと「じいちゃんとファミリープールに行った時の絵」を描いたそうです。こういうの「爺バカ」というのかも知れませんが、数多く遊んだ夏の中で、僕とプールに行ったことを「楽しかったこと」にしてくれたのは、他人に自慢するものでもないのですが、すごく良い気持ちになりました。

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防犯、監視のどちら!?

 これほどの「防犯カメラ」が置かれ、監視されていると思うと空恐ろしい気持ちになります。大阪・寝屋川市の中学生が殺害された事件、怒りと悲しさ、そして何とも表現できない悔しさと空しさが入り混じっていますが、「防犯カメラ」が四方八方から覗いているということにも驚きです。

 実姉が寝屋川市に住んでいたことがあるので、殺された二人の中学生が映っていた商店街の道は何度も歩いた道でした。あの範囲だけで約20台もの「防犯カメラ」が置かれているのにはビックリでした。

 この事件があったために、市は約2000万円を計上して、この一帯にまだカメラを増設すると言いますから、まさに切れ目なく観られている状況になるのでしょうね。

 テレビで観ていると映像がボヤケテいましたが、その道に詳しい人に聞くと最近のはとても鮮明だそうでした。

 それにしても「防犯」というのは、嘘ではないでしょうか。犯罪を防ぐのが防犯ですから、カメラはこの度の事件を防ぐことになりませんでした。カメラがあるというだけで、威嚇的な意味から防犯になるかも知れませんが、それはそれだと思います。あくまでも監視カメラです。

 犯罪を捜査することには役にたったかも知れませんが、そのことで、いたる所にカメラが設置されて監視されていると思うと、そちらの方で嫌ーな気持ちになります。

携帯電話などからの位置情報と、高精度の顔認証システムを使われてしまったら、瞬時の内に地球上のどこに居るか、何をしているかが分かってしまうような社会になってしまうかも知れません。それも犯罪防止とかテロ対策とかいう、分かったような理由を付けられて「公けの秩序」とされたら堪ったものではありません。

 あるコンピューター関係の会社に行くことがありました。本業は大手のスーパー百貨店なのですが、その事務をしている会社でした。驚いたのは、事務室の中を四方八方からカメラで監視していのでした。こういう職場は絶対に嫌だなあーと思ったものです。

 中国電力の本店入口付近にも、監視カメラが何台も設置してあります。電球を逆さまにしたタイプのものです。

 せめて報道も、「防犯カメラ」と言わずに「監視カメラ」と言って欲しいものですが。



治らない病気

 最近はガンでも治るのが多くなったと言われてますが、ガンで無くても治らないのがたくさんありますね。まあ当然といえばそうでしょう。性格の治らないのは仕方ないのでしょうか。

 僕は「イラチの省ちゃん」ですから、「飲み会やろう!」とか「どこかに行こう」となれば、すぐに予約したり「ばばばー」としなければ収まらないというのも、病気かもしれません。若いころは衝動買いも多かったです。最近は年金生活者になったこともあって、慎重になったようですが。僕の友人には、正月の時に「今年の忘年会は」という案内を寄こすのもいます。これは笑ってしまい、憎めません。

 安保法案を審議している昨日の参議院特別委員会の様子を、テレビで観ていました。民主党の蓮舫議員が質問している時、アベシンがまたもや座っている席からヤジを飛ばしました。

 新聞では「そんなこといいじゃあないか」と書いていますが、僕の耳には「そんなこと、どうでもいいじゃん」と言ったように聞こえました。「いいじゃあないか」と「どうでもいいじゃん」では、同じヤジでも「どうでもいいじゃん」の方が、もっと品が悪いと思います。

 この男、特に女性議員から痛いところを突かれると、頭に来てところ構わずヤジる癖(へき)があるようですね。5月の辻元清美さんの時も「早く質問しろよ」とヤジっていましたが、その傾向はもう病気ですね。記者会見などで、女性記者がキツイ質問をした時のアベシンの不愉快そうな顔、すぐに分かります。まあー顔にすぐ出るというのは、「単純・軽率」といえるのだと思います。

 キチンとしたスーツ姿で、それなりの紳士・淑女面したヤカラが中学生や高校生、それも弱そうなのを怒鳴るのを電車の中などで観ることがありますが、アベシンもこのタイプなのでしょうね。ホントは気が弱いくせに。

 「女性が輝く社会」とか、大臣の中に4人の女性大臣を入れ、「女性活躍」という担当もいるのですが、アベシンの好みは、決して文句を言わないで自分を持ち上げてくれるタイプなのでしょうね。

 治らない病気と言えば、中国電力がデータ改ざんなどを繰り返すのも、これも治らない病気というのでしょう。

 それにしても特別委員会で質問をする議員たち、同じことをなんども繰り返す、怒鳴り声をあげるしかない脳が無い、テレビカメラばかりを意識している、もろ勉強不足の分かる、持ち上げる、などいろいろなタイプが在りますね。そこからこの人らの、家庭生活などプライベートな暮らしの中での姿を想像するのも面白いものです。

 アベシン君、ヤジってすぐに謝るのなら黙っていなさい。それとも謝らずに徹底的にヤジりまくって、とっくみあいの喧嘩でもやって、それを「売り」にしたら如何でしょうか。どちらも出来ないくせに。


森滝市郎・本島等

 原爆投下・戦争終了から70年の今年8月、皆さんにお薦めしたい2冊の本が出版されました。一つは「核と人類は共存できない-核絶対否定への歩み-」(森滝市郎著 七つ森書館発行)と、もう一つは「回想 本島等」(編・監修 平野伸人 長崎新聞社発行)です。

 森滝さんの本は8月6日が発行日で、本島さんのは8月9日となっています。森滝さんのは、出版に向けての手伝いを少しした関係から出来上がった時はとても嬉しく思いました。本島さんのは、編・監修を行った平野さんから謹呈されました。平野さんとは被爆二世を行っていた関係から、30年以上前からの友人です。

 お二人とも既に亡くなられています。森滝さんは広島の被爆者で、原水禁運動・被爆者運動の先頭に立ち活動された方です。森滝さんがこれまで書かれたり話されたことの本何冊かを集大成して、現在の人にも分かるように編集し直して出版されました。

 僕の家と森滝さんの家は、歩いて5分くらいの距離でしたので、近所付き合いを含めて交流がありました。原水禁の会議などで一緒になった時は、二人で帰ったこともあります。

 その森滝さんの本、原発も含め核絶対否定の考えになった時の経過、それをみんなに理解をしてもらうために苦労されたこと。「森滝・草野合意」と呼ばれる、原水禁・原水協の統一に向けての話しをしたことで、内部から強い非難が起こり森滝さんも強く落ち込み、体調を崩して静養をされたことなどをたいへん興味深く読みました。

 「力の文明から、愛の文明へ」の考えの部分も、これまた興味深い部分です。
 そして1981年2月だと思いますが、ヨハネ・パウロ二世が広島市にやってきて読み上げた、広島『平和アピール』にはたいへん感動されたようでした。あの長いアピールをほぼ暗記されたというのには、森滝さんは「スゴイ」と改めて感じました。
「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です」で始まるものです。僕もここまでくらいは記憶にありますが、それから先はまったく記憶にもありません。

 このような素晴らしい方と、親しく話しが出来る関係になっていたことを、改めて幸せだったと思いました。

 本島さんは1988年12月7日、長崎市議会で「天皇の戦争責任はあると思います」という答弁を行ったため、1990年1月18日長崎市役所前で右翼・正気塾の暴漢によって銃撃され、瀕死の重傷を負われた方です。それでも考えを変えられなかったのです。本島さんは、昨年11月31日にその生涯の幕を閉じられています。

 僕は本島さんと直接話したことは、たぶん一度くらいしか在りません。この本を読んでいて、森滝さんも本島さんもとても人間味があり、ユーモアもあった方だとも思いました。

 読書の秋です。ぜひじっくりと、かみ締めながら読まれることをお薦めします。

決断が出来ないのですか

 始めたことは止められない、それも「やっとの思い」で嘘をつきながら、ごまかしながら、大金を使いながらですから。

 それは川内原発1号機の再稼働のことです。桜島が爆発をして、警戒レベルが3から4に引き上げられ、住民が避難をしているにも関わらずです。川内原発から桜島まで約50㌔、九州電力なぞは影響は及ばない(だろう)とは言ってますが、火山学者は「大規模噴火が切迫している」と警告しています。それでも知らんぷりです。

 百歩譲って川内原発を止めたら九州地方に大停電が起こり、病気治療が出来なくなったりという大きな影響が出るというのならまだしも、電力需給にはまったく問題は無いしという状況の中で、どうして決断が出来ないのでしょうか。

 九州電力も原子力規制委員会も政府も鹿児島県知事も、何を考えているのでしょうか。アベシンなんぞ、山梨県の別荘に泊まってゴルフと休養。それにしてもアベシン君は、フジテレビの会長らと仲良しですね。二日に亘ってゴルフをしたり食事をしています。休養も仲良しの友人とゴルフも食事も決して悪いことではありませんが、フジテレビの番組が「いかがわしい」のも理解出来なくもないという思いです。

 もし川内原発に火山爆発の影響が及んだら、また得意の「想定外だった」で逃げるのでしょうね。司令塔無しのこの国の危機管理ですから。「言い訳」と「責任転嫁」は、もうヘキヘキです。逆に影響が無かったら、「それみろ火山の心配は無いんだ」と言って、やがて規制基準を緩める言いわけに使うのでしょね。そしてまた、福島が繰り返させるようなことになるかもです。

 調べる気になれば分かるのでしょうけど、川内1号は来月初めには、フル出力の運転となり正式な営業運転になるようです。電気出力が89万kwですから、総熱出力はこれの3倍強、約270万kwです。あの場所でそれだけの熱が発生していることを考えたり想像しているだけで、ブルブルとそら恐ろしくなります。

 繰り返しになるかもわかりませんが、電気の使用量が一番多いといわれている夏の本州地方で、2年間原発が動いていないということは、原発は要らないということを証明することになるので、それだけはどうしても避けたかったのでしょうね。馬鹿げた話しです。


アベシン談話

 14日のアベシン談話、18時からの本チャンの時はテレビで観られませんでした。というのは、わが家では夕食時間にはテレビは観ないということを、孫と約束しているからです。そのため、1日遅れで「首相官邸ホームページ」から観ました。談話後の記者会見も含めて、40分余りの長時間です。それが結果として、つまらないことですが良い結果となりました。その理由は、ブログの最後で分かります。

 アベシン談話、心にもないことを、さも自分の言葉で言おうとすることの不自然さを実感させられました。僕の周辺にも何人かいますが、自分の知恵をひけらかすタイプ、本や資料などから得た知識を、延々と「知ったげに」話すあのタイプです。そして話した後、「これで良かろう」と自慢して周りを視るアレです。

 就職試験なら、これで採用になるかも知れませんが、それで採用する会社というのは「みる目」のない大企業でしょうね。こういう会社も増えたのも事実だと思っています。だから「良かったんじゃあーない」という、感想も以外と多かったのではと感じています。

 「侵略」「植民地支配」「痛烈な反省」「心からのおわび」のつまみ食い4点セットは、本人の意に反して入れてましたね。でも「安倍晋三」が出て来ないのです。「私は」という自分の気持ちでない言葉ほど、心に響かないものはありません。彼は本当に熱い恋愛をしたことがあるのだろうか、と思ったのも率直な感想でした。

 大まかな感想はそんなものですが、ホームページを観ていて「えー」と思ったところが大きく2か所ありました。これからは新聞に載っている全文から観ていますが、一つは初めの辺りで言っている「植民地支配の波は、19世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません」という部分です。

 もう一つは新聞も書いていますが中段から後半に掛けての部分で、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」の部分です。
「そうしたいのなら、君~がキチンと謝罪してそれなりの措置をしたら」とも言いたくなります。そうしたとしても同じ過ちを繰り返さないためには、いつまでも謝罪の気持ちを持つことは大切だと思うのですが。

 まだムカついたところはたくさんあります。例えば「戦後、600万人を超える引き揚げ者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき」の部分、「岸壁の母」は無かったのですかと言いたくなります。

 これ以上書いていたら、スペースがたりません。

 ここらで皆さんが知りたい(知りたくもないか)「首相官邸ホームページ」で観たから良かったことをお知らせします。テレビ中継ではアベシンと、その少し向かって左側で手話通訳をしている人には距離がありますが、インターネットでは二つの画面を重ねて手話通訳の人も大きく見ることができます。二人の女性が交代でやっておられましたが、最初と最後のパーツでやった人、はるか50年近い過去のことですが、僕が五日市町立五日市中学校の時の音楽教師だった瀬尾先生に似ていました。手話通訳さんはもちろん若い方ですが、瀬尾先生はもう70歳は過ぎておられると思います。

 ぜひ皆さんホームページでもう一度ご覧になったら如何でしょうか。僕はもう一度観て、今度は手話通訳さんだけを観ていました。ストレスは少し治まりました。

 最後に「瀬尾先生お元気ですか。久しぶりに先生を思いだしましたよ」


「人任せ」雑感

 アベシン君、今夕「70年談話」を出すようですが、自分の本心のものにならないのなら、出さなければ良いと思うのですが。周辺国、とりわけアジアの国からの反発や、「戦争法」の国会審議、連立を組む公明党との関係を考えているのなら、「無理するなー。また腹痛を起こすぞー」と言いたくなります。

 それとも「建て前の談話」と「本音の談話」と二つに分けて、「これより建て前の談話を発表します」そして「続いて本音のものです」と2段構えがよろしいのではと思います。本音は「戦争が出来る強い国に…」としたら、彼のストレスにもならないのでは。

 「川内原発再稼働」問題で、中国・朝日・毎日の各新聞を切り抜いていたら、1日が掛かりました。僕は新聞好きです。原発やエネルギー問題だけでなく、様ざまな社会問題の記事も熟読していると思います。読んで、切り抜いて、分類しながらスクラップ帳に貼り付けていきますから、1日がかりになります。
 12日が日本航空の事故から30年でしたから、突然の事故で家族を亡くした人たちの、今の気持ちや生き様には涙が出ました。

 新聞の中で、作家の野坂昭如さんが寄稿した「破滅の道、再び進むか」は、短い文章ですが興味深く読みました。その中で「すべて人任せ」という言葉が目に留まりました。

 金儲けも、原発再稼働も、再稼働反対も、税金の手続きも、恋愛も、平和も、などなども、余りにも人任せが多すぎるのではないでしょうか。金儲けまでを人任せにするから、「なりすまし詐欺」に騙されたりするのでしょう。

 川内原発再稼働に対する海外の報道では、ほとんどが「懸念の声」や「抗議の市民」を報じていましたが、オーストラリア放送協会は「安倍晋三首相にとって大きな勝利だ」と報じていたようです。これにはホント、ムカつきました。

 川内原発再稼働の前に友人とビアガーデンに行った時、そいつが「今、一番忙しい時だろうに、こんなところでビールなど飲んじゃあいけんだろうー」と言いました。この友人にとってみれば、励ましか激励のつもりで言ったのでしょうけど、「じゃあお前は、再稼働を止めるために何をしているのか!」と僕は言いたいところでしたが、黙っていました。

 僕が編集委員をしている新聞に、「はんげんぱつ新聞」というのがあります。その7月号の編集を担当したのですが、その1面のエッセイを書いてくれた、この3月末まで広島市立大学平和研究所教授をしていた田中利幸さんが、伊丹十三の父で映画監督だった伊丹万作の次の言葉を書いていました。
「『だまされていた』といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう」と。

 そして、だまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、家畜的な盲従に自己のいっさいをゆだねるようになってしまった国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである…と。

 ここからは営業をさせていただきます。「はんげんぱつ新聞」を読んでみたい方、是非とも連絡を下さい。数か月間は試読として送らせていただきます。正式に読者になってもらうと、たいへん嬉しいです。月一回20日に発刊、年間で送料込みの3000円です。どうぞよろしくお願いします。


「くびれ」がほとんど無くなった電力需給

 連日、最高気温が35度を超えるという、まさに酷暑ですね。年齢とともに暑さも寒さも余り感じなくなった傾向ですが、この暑さは堪えます。

 にもかかわらず、電力需要量は思ったほど伸びません。今までのところ、中国電力管内のこの夏の最高電力は、8月6日14時~15時の1076万kwとなっています。去年は7月25日、15時~16時で1061万kwでした。去年の場合は8月になってからは雨が多く、あまり温度も上がらなかったのは記憶にあると思います。しかし、7月は結構それなりに暑かったです。

 これまで最高電力は、「エアコンを使って高校野球」というのが定番でした。本当は企業の電力使用が大きく影響しているのですが。それというのも、お盆に入れば急激に電力使用量は減りますし、土日も下がりますから。なんとかして最高電力を上げることで、原発の必要性の根拠にしたいのが本音の電力会社ですから、お盆明けの残暑に期待をしているようです。

 しかし電力使用量が上がりませんね。僕が手元に持っているデータを視ると、2010年8月20日14時~15時に1201万kwというのがあります。福島原発事故の1年前のことです。それから11年~14年まで電力の使用量は大きく下がりました。節電意識が強くなったこともあるでしょうが、最近では家庭で太陽光発電を利用する人が多くなったのもその理由ではないでしょうか。

 それを裏付ける傾向として、1日の中での電力使用量の動きに大きな変化が無くなったことで視ることができます。これまでは、日の出前に使用量は大きく下がり、午前10時くらいに午前中の山を向かえて昼休みに下がり、午後2時~3時頃に上がるという傾向でした。そして夕方から夜にかけてなだらかに下がっていくという形でした。二つの山がくびれるように視えたのですが、最近は真夜中に大きく下がる訳でも無く、昼間に大きく上がる訳でもなくという傾向を示しています。

 理由は太陽光発電の普及だと思います。太陽光発電を利用している家庭では、昼間の太陽光の多い時間は太陽光発電が発電をしているので、電力会社から購入する必要がありません。夜になると太陽光発電が止まるので電力会社から購入するということで、1日間の電力会社からの需要量がなだらかになったのだと思います。

 家庭での蓄電装置が普及したら、否、普及させる政策を積極的に行ったら、ますます自前で発電するようになると思います。風力やバイオマスなどの再生可能エネルギーも普及させると、大発電所を建設する必要性は無くなると思います。ましてや原子力発電など、どう考えても必要な理由を見いだせません。

メンツだけの川内再稼働

 明日、11日にも川内原発1号機が再稼働しようとしていますね。燃料集合体にある制御棒を引き抜いて核分裂が始まり起動となるようですが、まだ最終的な制御棒の状態についてOKが出ていないので、明確に「11日!」と断言できる状態でもないようです。

 米国のブルーンバーグという経済紙は、次のように報じていました。「国際原子力機関や米国、カナダの規制当局のデータによると、最低でも4年間停止した原爆の運転が再開されたケースは世界で14基。そのすべてが運転再開後にトラブルに見舞われている」と。

 米原子力規制委員会(NRC)の委員長を務めていたアリソン・マクファーレンさんは「原子炉が長期にわたって停止していた場合、長い間休止状態にあった機器や、さびついた運転技術により問題が発生する可能性がある」と話しています。スウェーデンでは、独電力大手エーオンが1992年から停止していたオスカーシャム原発1号機の運転を96年に再開。その翌年に6回の緊急停止があったほか、亀裂が見つかったことから38日間で終わる予定だった燃料の交換作業に4か月以上を要しています。

 川内原発1号機は、福島原発事故の起こった年の2011年5月10日から定期検査ということで停止していますから、4年3か月間です。

 口永良部島の地震に見られるように、この地帯は火山の危険性が非常に高いところです。また当初は、防災訓練を実施してからの再稼働になると言われてましたが、これも先送りとなりました。放射能を事前に予防すると言われている、安定ヨー素剤の5㌔圏内住民への配備は3割しか終わっていないのです。
 この8月に入ってからも、7日のことですが原子炉の水を循環させるポンプの振動を測る計測器にトラブルが発生したばかりです。

 今年は酷暑と言われてますが、全国的に電力供給には余裕があります。それでも再稼働をしようと考えている、国や九州電力の本音は何でしょうか。電力需要が最も多いと言われている夏に、2年間も原発が止まっているのは、原発の存在メンツが潰れるのでしょうか。僕にはそうとしか思えません。

 自分でも明確な説明が出来ないにも関わらず「再稼働」ということは、敗戦が確実となった状況を前にしながらも、東京や沖縄で、全国各地の空襲で、そして広島・長崎、にも関わらず「止める」という判断が出来なかった天皇や軍部の人たちの、自らのメンツだけでしょうか。それも極めて低レベルな利己主義的なもので決断が出来なかったのではないでしょうか。それで落とされた多くの命を思うと、やりきれない気持ちです。

 九州電力の人たちも原子力規制委員会の人たちも、本音では制御棒にトラブルが在ることを願っているのではないでしょうか。それを「言いわけ」にして再稼働が出来ないようになることを。


僕の「8・6」決算

  「8・6ヒロシマの日」が終わりました。何やかやと忙しくしていました。何年か前までは、広島が終わったら長崎にも行ってたのですが、この猛暑の中で今年もパスしました。

 それにしても、8・6直前に「辺野古移設工事の1か月中断」、中谷防衛相の「戦争法案で核兵器運搬の可能」発言、「11日に川内原発の起動が決まる」など、ヒロシマの日を意識してかは別にして、いろいろなニュースが聞こえてきます。

 その中で6日に行われた、プロ野球広島カープの試合は黙とう、半旗、鳴りもの無しの応援、そして広島の選手の背中は86とHIROSIMA、おもてはPEACEでした。これまでは原爆の日の広島での試合は遠慮していましたが、こういう形でゲームが行われました。原爆投下日時を正確に答えられない人が増えているという中で、この取り組みは興味深く思いました。

5歳になる孫は、8・6といえばトヨタの86スポーツカーだったようです。これは面白い話しですね。

 僕の中の8・6は、4日頃からの集会などから始まり、6日の夕方からの仲良しの人との振り返り会まで続きます。その中で聞こえてきた、メモに残したいような言葉や人の動きを今日になって考えています。

 その中の数点を挙げてみようと思います。「運動を考える上で、年齢の違いという縦軸と、それぞれの課題という横軸のつながりを」と発言された上野千鶴子さん、「原発からの避難計画よりも、その後の生活再建政策を」「人間の避難よりも原発に避難して欲しい」と挨拶された井戸川克隆前双葉町町長、「父はいろいろと思考を重ねる人でしたが、その上で発せられる言葉はとてもシンプルでした」と話された故・森滝市郎さんの娘森滝春子さん、「形を作ることばかりを考えるよりも、活動を担っている個人をもっと大切にすることが重要」と話した6日夜の飲み会での会話、などでしょうか。

 3日から6日までの4日間、全国から集まった多くの仲間とも久しぶりの会話が楽しめました。13年前の2002年、仏領タヒチで開催されたフランスの核実験に関する「ムルロアと私たち」という会議で出会ったロラン・オルダムさん、とても懐かしい再会でした。
ロランさんは、地域的な運動と国際的運動のそれぞれが結合して進めていくことの必要性を話していました。

 今日は、たくさんの資料などを整理した後に、溜まった新聞の切り抜きをして、少し休んだ後に来週末の締め切り原稿の構想を考えたいと思っています。そして何冊かの本を購入したり、貰ったりもしました。それも読まねばなりません。

 70年プラス1日の今日、前向きな「節目の日」にしたいと思います。

70年がやって来る

 原爆投下から70年がやってきますね。先日、友人らとの飲み会で「こういう時に、ゆっくり飲めることはないだろうが」と話し掛けられましたが、最近は8・6そのものよりも、質の違う忙しさになりました。

 いちばん多いのは宿泊するホテルはどうにかならないだろうか、というものです。「困った時の省ちゃん頼み」というようにおだてられて、頼まれます。前もっての時には「寝られれば何処でも」と言われるのですが、後から「狭かったねえー」と感想が寄せられると、「自分でやれー」と叫びたくもなりますが、そこはじっと我慢で、「悪かったねえー」と。

 それと次に「飲もう」というものです。久しぶりに広島に来た友人と、飲み語るのは楽しいものです。そしてもちろん嫌いではありませんから、しかし次の日のことを考えたりすると、時間も量もセーブしなければなりません。

 原稿は7月締め切りとかでは、もう終わりました。来週中に締め切りというのは、今の時点では全く頭にありません。

 それにしても原爆のことは「遠い過去」のことになりましたね。嫌、そういうようにさせられてしまいましたね。

 NHKが被爆70年で、電話によるアンケートを行い、その結果が毎日放送されています。今日は「平和教育」に関するものでした。「平和教育」が出来ないことの理由について、時間が無い、指導要領にきちんとした内容が書いていない、というものと政治・社会問題になるので萎縮してしまうような事も言っておりました。

 そこで思い出したのは、山口県柳井高校での「安保(戦争)法」についての生徒たちが行ったクラスでの自由な討論について、山口県議会の自民党議員らの教育長への追及です。

 平和を脅かしているものは、極めてリアルで具体的な存在です。「原発はいらない」という圧倒的な声を無視して、何が何んでもという感じで原発を再稼働しようとしている強引な勢力、数の力で押し通うそうとする「戦争法」、使い道が無いにも関わらず、大量に持とうとするプルトニウム、まだまだたくさんあると思います。

 リアルなそういう現実に知らんぷりをして、平和公園に行くことが(だけが)「平和教育」ではないでしょう。もちろん平和公園に行き、資料館を観るのも大切ですし、考えるキッカケにはなると思いますが、やはり現実の状況の中で活かせることが大切だと思います。

 僕の予定は、今日の午後から始まります。まずはある新聞社の編集委員が午後広島に来るので、その人に「70年の広島の裏表」を語ります。


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