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非国民と言われてもいい

 東京電力は、福島第一原発事故による損害賠償の総額を、約7兆1千億円と見積もっていることが分かりました。この4月は総額6兆1252億円としていましたが、それより約1兆円増となりました。僕は廃炉措置も含めれば、最終的に100兆円は超えるだろうと予想しています。

 一方、2020年開催予定の東京オリンピックの国立競技場の改装費用が、当初の見積もりより900億円値上げして2520億円となったとの報道もありました。国立競技場だけでこの値段ですから、全ての費用はいくらになるでしょうか。

 そして福島第一原発では、毎日約7千人の原発労働者が放射能と闘って作業をしています。福島では福島第一原発本体だけでなく、除染・ガレキ撤去・モニタリングという作業も毎日行われていますが、作業員数は膨大です。

 人・金の問題だけでも、オリンピックなどに浮かれているときではないと思います。こんなことを言うと非国民とされるかも知れませんが、2020年にこだわらずに、その4年後、8年後でも良いのではないでしょうか。

 2028年に福島第一原発問題が収束しているとは思いませんが、そこまで反対だと言うと、この国ではホントに「刺される」かもしれませんから黙っておきますが。

 福島は事故当日に発出された「原子力緊急事態宣言」が、今でも継続中です。緊急事態だから、年間1㍉シーベルトが守られなくても良いとされているそうです。作業員は100㍉シーベルトでも良い、そして来年4月からは250㍉シーベルトに引き上げようとされています。

 「オリンピック開催どころではない」と思っている人は、それなりの数はいるでしょうが、どの政党の国会議員も「反対」と言いません。マスコミも、そのことは言いません。この事態を見ていて、ミャンマーのイスラム教少数民族、ロヒンギャの人たちのことを思い出しました。ミャンマーの民主化運動リーダーのアウンサン・スーチーさんですら、ロヒンギャ問題には触れないということですから。

 やはり非国民と言われてもいいから、僕は「オリンピックどころではない。反対だ」と言いたいと思います。国も東京都もこのことを、よーく考えて欲しいものです。

 世界中の人が安心して日本を訪れ、心からオリンピックを祝福して開催される状態になるまで待っても、遅くはないと思います。オリンピックに反対して非国民といわれるなら、それは喜んで非国民になってもよいと思っています。
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薬師寺

 27日、大阪市で開催された「被爆70周年 非核平和シンポジウム」にパネリストとして呼ばれ、ついでに姉の家に泊まりました。このブログでも紹介したことがありますが姉は73歳、去年1月に夫が亡くなり経営していた電気工事会社の社長をしています。社長といっても、働いている人は10人くらいの小企業です。

 仕事大好き人間で、出来れば後20年はこの仕事をしたいと言ってます。仕事しか趣味がないというか、とても忙しいようで他のことは考えられないという状況です。子どもが4人いますが、それぞれ独立して近くですが他に住んでいます。

 「省ちゃん、私は話し好きなのに、ひとりだと話し相手がいないんよ。大阪あたりに来たら連絡してきてよ」と言うので、27日は姉の家で0時過ぎまで語りあっていました。どうも子どもには遠慮するようで、僕が話し相手としては最適なようです。

 姉がわが家に住んでいた時の話しが中心で、あそこはどうなってる?あの人はどうしている?あの八百屋さんはどうしてる?、というものでした。

 そして翌日の28日、一緒に奈良へ行こうということになりました。そういうこともあると思って、運転免許証も持っていました。奈良のどこへ行こうという予定もなく、生駒山のクネクネ道を運転しました。

 道路標識に「薬師寺」というのがあったので、「薬師寺に行こう」ということで、薬師寺見物としました。薬師寺のことをグダグダと書く必要はないと思いますが、さすが奈良のお寺、広くて大きくてダイナミックです。見物している人も適当な数で、ゆっくりと見学ができました。僕も姉も初めてです。途中で奈良市内に住んでいる息子を呼びだしました。

 少しの時間見学をして、近くにあった店で食事をしただけですが、姉はとてもとても喜んでいました。僕が昨年の3月に職場を完全退職して、家の小さな庭で少しの野菜を栽培している話しや、毎朝ラジオ体操をしていることなどを言うと、姉もその気になったようです。マンションですから土地はありませんが、プランターを買ってくるとも言ってました。

 僕がわが家に帰宅して帰宅報告の電話をしたら、「景色も良かったし、歩いたし、楽しかった」を連発していました。たぶん今日からは元気に仕事を始め、プランターでの野菜作りもラジオ体操も忘れていると思いますが、また大阪辺りに行ったら、次回は法隆寺にしようかと思っています。

 帰りの新幹線の中で、長い間入退院生活をしていた従妹が亡くなったというメールが入ってきました。僕は3人兄弟ですが、すぐ上の姉は10年位前に亡くなっているので今は二人だけです。出来るだけ頻繁に会って、今は亡き両親のこと、もう一人の姉のこと、そしてふる里のことを語り合いたいと思います。僕にとっても、久しぶりにいい気持ちになった2日間でした。


中国電力株主総会

 中国電力のホームページを見ると、「中国電力社員を騙った詐欺事件が発生しています」という文が載っています。25日に開催された株主総会では、「中国電力社員がNTT社員と名乗る秘密工作事件が行われています」、ということが明らかになりました。そして中国電力自身も、この指摘に対し「そういうことを行うことがある」と、その事実をすんなりと認めました。

 株主総会の場で、上関町祝島から出席された人が、次のようなでだしで質問をされました。

 祝島の旅館に以前より、NTTの社員というお二人がちょくちょく泊まっていたそうです。先日のこと、旅館の女将が出先から帰るところ、その方々に出会い挨拶をしたのですが、そっぽを向かれてしまい、不審に思ったそうです。その二人と話していたのは、近頃中国電力からの補償金を貰おうと島内の漁業者に盛んに持ちかけている人でした。それを見ていた人から、「○○さんが中電と話している」と聞かされて、初めてその客二人がNTT社員ではなく、中国電力の社員だったとわかり、旅館に帰ってきた二人に「どういうことか」と聞きましたが、話しをそらそうとする。そこで名刺をくださいと言うと、持っていないとの返事。…
 これは一種の騙りではないでしょうか。NTTの了解を得ているのでしょうか。4月の山口県漁協の補償金配分会議の前に頻繁に来ていたそうですので、漁協に頼まれて何らかの工作をしていたと見られても仕方がないのではないでしょうか?当社はこういうことを社員にさせているのですか?コンプライアンスというのはこんなものなのでしょうか?
 こんな形で質問をされました。それに対して、中国電力は事実を認めたのです。

 中国電力による祝島島民に対する切り崩し工作は、いろいろと聞いていましたが、この手は初めてのことです。遊漁船のお客として、船の中で漁師に対し普通の遊漁代金以外の多額のチップを払うというやり方は何人かの人から聞いていましたが、チップという名目からなかなか問題にしにくかった内容でした。

 それもこれも、すべて僕たちの払う電気料金が基でです。この度のNTTを騙るハレンチ事件については、多くの人に知ってもらいたいと思います。こんなことが地元では行われているのです。

 最近、知人が「祝島の人たちも、原発を受け入れる方向に向かっているようねえー。どうなっとるん」と、さも他人事で無責任に聞く人がいますけど、裏ではこんなアクドイやり方が行われているのです。このことを多くの人に知ってもらい、一緒になって怒って欲しいのです。

 「中国電力社員を騙った詐欺事件…」のホームページの言葉、「お前らこそするな」と叫びたいものです。中国電力も当然ですが、きちんと謝罪し責任者の処分、そしてこんなことをしなければ建てられない原発建設は、止めることです。

 それにしてもマスコミは、この事を書いていない。株主総会の様子をモニターテレビで観ていた記者から訊ねられはしましたが、今朝の新聞ではスルーしています。これぞ「プロメテウスの罠」ではないでしょうか。

 株主総会が終わりました。6月末の開催ですから、これで今年も半年が終わったなあーと思う毎年です。これからは原爆の日に向けて、また忙しくなりそうです。

安倍晋三退陣のシナリオ

 世論調査による安倍内閣の支持率が、去年の11月以来、40%割れの39%となりました。前回の5月16・17日の支持率が45%ですから、急速に下がった数字です。

 週刊誌の記事では、「急速に下がる支持率。ポスト安倍は?」という見出しも載っていますが、にも関わらず40%くらいの支持率は「高いなあー」と思っています。

 僕のファンである同志社大学教授の浜矩子さんが、ある月刊雑誌のインタビューの中で、支持率が下がらない理由について、三つの理由を挙げて話していました。浜さん発言は次のものです。

 一つは、確信犯的な富国強兵待望論的な路線の人たちが財界の中に塊として、いることです。もう一つは、政治不信と英雄待望論とが一体となってポピュリズム(大衆主義・人民主義)の毒牙にやられている若年層がいますね。一番問題なのは、三つ目に「絶望に駆り立てられた期待」ともいいますが、「これがうまくいってくれなかったら最後だ。あとはもうない」と考えている人が、特に中小・零細企業を中心にいることです。と述べています。

 この発言をじっくり読んでいると、やはり思うのは民主党政権の期待と、裏切りだと僕は思います。まだまだ尾を引いています。戦争法案の国会での審議の中で民主党が言う「しっかりと国民的な議論をするために、いったん国会を閉じて」とかの言葉、どうもガッチリと組できないのですよね。なんでバッシーと「絶対反対、断固阻止」と言えないのでしょうかね。

 僕は安倍晋三に直接会ったことも、遠くから見たこともありませんが、彼の性格から観察するに、相当に支持率は気にしていると思います。安倍内閣を退陣させるには、とりあえずそのキッカケは、支持率をいかに下げるかだと思っています。見かけによらずか、見かけ通りかもしれませんが、支持率で頭がいっぱいだと思いますから。

 そこで「安倍晋三退陣シナリオ」を考えてみました。
 次のどこかのマスコミの世論調査で、またもや支持率の低下が発表される(特にNHKの調査が良い)→秋に行われる自民党総裁選挙前に、党内からも「降りろ」という声が起こる(これは余り期待できないが)。→不眠症になる→持病の腹痛が始まる→またもや支持率が下がる→戦争法案がモタモタしている中で、破れかぶれの決定的な失言を行う→妻の昭恵さんから「もう辞めたら。私がやってる居酒屋のマスターにしてあげるから。それがいちばん似あうと思うよ。でも私はあなたとは一緒にやらないけど」と言われる。

 ここが潮時だと思います。そのためには、やはり「安倍内閣反対」の声を大きくすることでしょうか。


またもや嫌な事件です

 僕がいちばん気になるアメリカは、アメリカ東南部です。そのサウスカロライナ州チャールストンの黒人教会で17日の夜、銃撃事件が発生し、黒人礼拝者9人が死亡、1人が負傷したというニュースです。

 去年アメリカに行った時も、ジョージア・テネシー・サウスカロライナというのが主な行き先でした。黒人が多く、アメリカの中でも特に貧困層が多いところです。それなのに共和党の支持者が多く、銃規制も進まない地域だとも理解しています。

 犯人として逮捕された21歳の白人男は、人種差別主義者で南アフリカが、かつて行っていた人種隔離(アパルトヘイト)政策を、支持していたそうです。。警察は犯行を「憎悪犯罪(ヘイトクライム)」と断定したそうです。

 去年、僕はジョージア州ウェインズボロでボーグル原発の建設が進められている近くの教会で、地元の人たちに話しをする機会がありました。今回の銃撃事件の起こった教会のように古い建物でした。地元から集まってきた人は全員黒人で、今でも集まった人の眼(まなざし)、顔を忘れることはできません。

 ボーグル原発に反対する人たちはすごい嫌がらせを受け、ある女性は「私たちは教会で祈ることぐらいしかできない」と話していたのを思い出します。

 アメリカは福島原発事故後、原発建設を加速させましたが、その全てが東南部です。東北部のバーモント州ヤンキー原発は、白人を中心にした市民・住民運動によって閉鎖になりました。

 先日、オハイオ州のオバリン大学の教師と学生ら9人が広島にやって来て、話しをする機会がありました。主にアジアのことを勉強している学生で、大学自体も自由な雰囲気という感じで、学んでいる学生たちも良家の息子・娘という感じでした。オハイオ州は北部の五大湖近くです。

 僕がアメリカ東南部で原発建設が進んでいることを話したら、ある男子学生が、「南部は貧しいし、人口も少ないから仕方ない」という意味の発言をしていました。

 それにしてもこの度の事件、本当に悲しく、情けなく、そして怒っています。現場になった教会は、今から約200年前に建設された歴史のある物だそうです。奴隷解放運動の象徴的なところだそうです。

 アメリカ政府、FBI、そしてアメリカ国民が、この事件にどう向き合ってこの国にある根っ子の部分を明らかにして欲しいものです。決してウヤムヤにさせはなりません。来年は大統領選挙ですし。それにしても日本でも多く起こっている「ヘイト」問題、日本も歪んでいると思います。

井戸川克隆さん

 福島県双葉町の前町長だった井戸川克隆さんが広島に来られて、2時間くらい話しをしました。双葉町は福島第一原発が存在しているところで、現在町は「帰還困難区域」と「避難指示解除準備区域」の二つに2分されています。

 井戸川さんといえば、漫画「美味しんぼ」で全国に名が行き渡った人です。僕もある雑誌に「ヒロシマの視点から美味しんぼを考える」という一文を書いていたので、ぜひともということで会いました。初対面でした。

 井戸川さんは、体調が悪く広島の病院で検査を受けたいという希望から来られたのですが、広島の人からいろいろな話しをしたい、聞きたいということも大きな目的だったようです。「生きている間に何とか頑張って原発の無い社会を」、をという強い気持ちを持っているのがヒシヒシと伝わってきました。

 双葉町は原発事故後、埼玉県加須市に移転していましたが、去年の8月にいわき市にふたば幼稚園や小学校・中学校を建設・完成させて、そちらに町機能を移したようです。井戸川さんは今も埼玉県加須市に住んで、“脱被ばく”という活動をして、全国を駆け巡っています。

 井戸川さんが双葉町長に初当選したのは、原発事故前の2005年です。2009年に再選を果たしました。「僕は原発推進の町長だったのですよ」と最初のひと言。僕はすかさず「やはりその立場だったら、『良い目』もたくさんあったでしょうね」と、問いかけました。「その気になれば『良い目』もあるでしょうけど、僕はお酒を飲まないし」と。

 僕らが福島を見た時、これまでずいぶん良い目をしてきたのだろうからというように見てしまいますが、双葉町という自治体には、あまりその「恩恵」は無いようです。「たくさん金を得ているのは、県でしょうね」「昭和49年から平成23年までで、福島県には合計2,837億円の3法交付金が下りてるけど、双葉町は33億円だけ。私が町長になった時は、報酬をカットしなければならないほどの財政状況だった」とも話しました。

 話しが“避難計画”になった時、話されたのは興味深いものでした。「自治体の指示で避難が整然とおこなわれるなんて不可能。避難計画よりも避難後の生活計画を作ること」というのは、「流浪の民」となった福島第一原発の時に町長として苦労されている実経験によるものだと実感しました。

 「あの地が元の状態に戻るのは、200年から300年、500年かかるかも知れない。この間にあそこは人が住めない地域になって核のゴミの最終処分場にしようと国は思っているのでしょう」とも。

 広島では3泊されて、病院で検査をされたようですが、その結果については聞いていません。

 僕は広島に住むものの使命として、「福島原発事故被災者援護法」のようなものを作る運動の大切さを思っているのですがと話したら、是非とも一緒にがんばりましょうと固い握手を交わしました。そして、多くの資料を貰いました。肩にグサッと重みのかかる話しでした。


上関原発、スラップ訴訟最終局面へ(その2)

 この日の被告本人尋問は、「上関原発を建てさせない祝島島民の会」の代表で上関町会議員の清水敏保さんと、シーカヤックガイドの原康司さんです。僕の傍聴券はハズレでしたが、清水敏保さんへの尋問は傍聴させてもらいました。

 予定より7分遅れで開廷、桑原直子裁判長は裁判所の構成が替わったことを告げた後、清水さんと原さんが二人で「宣誓書」を読み上げました。

 清水さんは生まれも育ちも上関。1982年に上関原発建設計画が公けになった時から一貫して反対運動に関わってきて、現在6期目を務める町会議員でもあります。清水さんのモットーは「原発の無い安心して心豊かに暮らせる上関町づくり」です。

 弁護士の質問に答える形で、計画浮上から34年間の上関原発に反対する気持ちを語りました。毎週月曜日に行われている反原発島内デモは1223回になったことも話しました。

 上関原発の建設に反対する理由について、①建設計画地から祝島まで、海を隔てて4キロメートル②建設予定地の海域は祝島の漁師にとって、大切な漁場であること③祝島には、原発で下請け労働者として働いた経験者が何人も居て、原発の危険性について身を持って知って居ること④広島の原子爆弾を経験した人が居ること⑤原発が建設されて事故が起きたら避難が出来ないこと、等を淡々と語りました。
 また、この埋め立てには海の生態系について研究している、多くの学会が反対していることなども話し、埋め立ての不当性も主張しました。

 「事件」の日とされている2009年11月6日から清水さんの行動について、中国電力側の代理人は「阻止」行動だというようにしたいために、ネチネチと問いただしました。それに対し清水さんは「抗議」行動だと毅然として反論していました。

 中国電力は工事海域に清水さんが船を入れたこと自体を「阻止」だと主張していましたが、工事前の中国電力が出した「お知らせ」には、「船舶は十分注意して走行してください」だったので、これは尋問の途中で言わなくなってきました。

 ついには工事現場海域に来たこと自体について、「近づかなければ危なくない。だから近づいたのが悪いのだ」には、笑ってしまいました。この理屈でいけば「道を歩けば交通事故に遭うのだから、道を歩いてはいけない」という屁理屈に通じます。
 
 清水さんの尋問の後は、シーカヤックガイドの原康司さんの尋問となりましたが、原さんは世界の自然に詳しい環境問題の専門家です。毅然として答え、逆に中国電力側弁護士に逆質問して、慌てさせたそうです。

 次回は7月1日に残りの二人の尋問が行われ、通常ではその後双方から最終準備書面が提出され、結審・判決と流れます。

 僕はこのスラップ訴訟について、次のように思っています。①には、被告とされている人たちの行動は、上関原発を止めたいという強い意志に基づいた行動であり、正当防衛的な行動であること。②現実に埋め立て工事は「3・11」によって工事は凍結され、行われていないのだから中国電力は被告に感謝こそすれ、訴えるようなものではない。③普通このような「事件」を起こしたのなら、まず刑事事件として扱うのが常識である。例えば「威力業務妨害」といった事件として告訴をするのがパターンである。これを行わないでいきなり「損害賠償請求」はまさにスラップ訴訟である。このように思っています。

 今、沖縄でも経済産業省前でも数件のスラップ訴訟が起こされています。正当な発言や抗議行動が力づくで抑え込まれる時代にさせてはなりません。

上関原発、スラップ訴訟最終局面へ(その1)

 始まりは2009年9月からです。14万平方㍍もの海を埋め立てなければ建設ができない上関原発は、前年の10月に山口県知事は埋め立て免許を交付しました。埋め立て免許は、免許交付から1年以内での工事着手、着手から3年以内に工事を完了させるという条件を付けました。

 中国電力は、1年以内とされた工事着手を工事予定海域周辺に灯浮標(ブイ)9基を設置することとしました。このブイの運び出しは、「田名(たな)埠頭の戦い」と言われるように、上関の隣り町、平生(ひらお)町の田名埠頭に置かれていたこのブイを、運び出さないための抗議行動でした。
 9月7日から始まったこの戦いは、海上からは祝島の漁師さんたちが、お互いの漁船を「もやい(ロープ)」で結んで、埠頭前海域に並んだのです。陸地側からは、地元の人たちが中心となり、全国各地から支援にやってきた人たちの抗議の声でした。

 この田名での戦いは、上関原発のことを全国に知らせることになりました。各地から多くの人たちが田名にやってきました。色とりどりの「原発反対」バナーも連帯のしるしとして並びました。

 結局ブイの海上設置は、着手期限が迫った10月7日、台風接近という悪天候の中で、別のところに置いていた中古の物を2基ほど予定海域に設置し、中国電力は着手としたのです。

 田名での戦いは、残り7基のブイを運ばせないということで続いていましたが、現場は上関原発計画地の上関町四代(しだい)田の浦へと移りました。そこで、11月を迎えたのです。

 中国電力は大型重機を積んだ工事船を、埋め立て予定地の取水・排水・本体設置場所海域の3カ所へ強引に運んできました。着手にも相当に手こずったので、中国電力自身に焦りと苛立ちがあったのかも知れません。この場所でも多くの人たちが抗議の声を揚げましたが、その中の4人の人が中国電力から訴えられたのです。

 4人の内、二人は祝島で長い間上関原発反対運動をしていて、現在「上関原発を建てさせない祝島島民の会」代表をし、町会議員をしている清水敏保さんと、漁師の橋本久男さん。そしてもう二人はシーカヤックガイドをしている原康司さんと、広島で特に海の環境を守るための運動をしている岡田和樹さんです。

 中国電力は工事が妨害され損害を受けたとして4人に対し、4800万円の損害賠償を求めたのです。これが上関原発スラップ訴訟の起こった背景です。

 スラップ訴訟とは、国や大企業が原告となって、それに反対する個人を民事裁判で訴え、発言や取り組みを封じる事を目的に起こす訴訟戦術です。中国電力は、この年の12月に訴訟を起こし、それから約5年6か月延々と裁判が続きました。

 5年以上の間には、当初4800万円としていた賠償額を3900万円に値下げするという値切りもありましたが、「裁判を長引かせて、被告とされた4人の負担を大きくし、上関原発反対運動を弱める」という目的でしたが、いよいよ裁判の大きな山場である本人尋問となり、昨日6月10日の第28回公判で二人の尋問が行われました。残りの二人の尋問は7月1日に行われます。これからの裁判の流れとしては、本人尋問が行われたら双方が最終準備書面を提出し、年内かあるいは来年早々に判決が出る予定です。

 6月10日は、広島からも岡田和樹くんの地元の県東部から大型バス1台、広島市内周辺からは中型バス1台、そしてマイカーなどでの支援行動が行われました。バスは2台とも満席札止めとなりました。

 裁判の傍聴定数42人に対し、これまで最大の196人が裁判所前に並ぶという狭き門になりました。もちろん山口県からの参加も多く、公判終了後の報告集会では北海道から沖縄までの参加者があったということが話されていました。

 アメリカ人で詩人、絵本作家で「被告4人を応援する応援団」の団長をしているアーサー・ビナードさんも参加してくれました。

 字数の関係で二人の尋問の内容については、次回に譲ります。お楽しみに!


18歳から選挙権

 選挙権年齢が引き下げられ、18歳から行われるようになりましたね。どうせ下げるのなら、16歳からすればと思っています。義務教育が終われば就職して、当然税金も取られるのですから。

 思えば今から半世紀以上前の話しです。1960年代の終わり頃から、全国の高校生の中に、制服の自由化からベトナム戦争反対を訴える運動が起こり、この流れは高校全共闘という形で広がりました。

 僕の通っていた高校でも、「民青」の集まりが出来ました。僕も誰かに誘われて、その高校生班という集まりに出たことがあります。そこに行けば何人かの女子高生もいて、僕の高校は男ばっかりだったので、女子と会える・話せるというだけで楽しかったという記憶があります。

 この動きに対して、高校側は異常なばかりに神経質になっていました。しかし担任教師が、今考えれば共産党の「毛沢東派」だったと思いますが、とてもこの運動に好意的で、直接的ではないにしても応援してくれていました。ラジオの日本語北京放送を聴くように薦められ、アンケートに答えたら中国の記念切手が送られてきたのを思い出します。北京放送は「こちらは北京放送です。日本の皆さんこんばんわ」で始まっていました。この先生も20年以上前に亡くなられたようですが。

 18歳選挙権も、たぶんこの時期だったら国の方が警戒感を持って、絶対にしないでしょうね。この度の18歳に引き下げられたのは、「若者は政治への関心が少なく、たぶん投票にも行かないだろう」「政治的には中立でなければならない」という訳の分からない学校教育の指導で、考えない高校生に育てたと思っているのですから、彼らもナメられたものです。

 最初にも書いたように、僕は16歳にすべきと思っています。いい歳になっても、会社や労働組合の言われるがままに投票する「大人」が多いのですし、用事もないのに選挙中に選挙事務所に行き、タダ酒を飲みたがる「大人」たち。選挙中に「よろしくお願いします」の連呼と、誰が誰やら訳の分からないオジサンやオバサン候補の「えーの、えーの」の主張にはうんざりですからね。そのあたりの貧弱な発想に、一番ウンザリしているのが若者だとも思っています。

 18歳からの選挙権、大いに期待しています。「子どもの貧困率」の異常な上昇、非正規社員という現実、ワーキングプアー、そしてこれまでは考えもしなかった戦争に行かねばならないと思われる「戦争法制」が作られようとしています。

 ナメられている若者たちが、「大人」たちの見本となるような生きた政治と民主主義を勉強して、怒りの一票を投じて欲しいものです。
 ついでにやるなら、被選挙権(立候補者になる権利)も18歳に引き下げたら如何でしょうか。そのためには、選挙に出るための供託金という悪しき制度を廃止するか、若者割引でも行って、選挙も政治も活性化して欲しいものです。

「現場重視」????

 山口県知事の村岡嗣政君、全国の知事の中では三重県知事に次いで若い知事です。若さが売りで、就任した時から「若さと行動力」を強調していました。知事に就任したのは昨年の2月23日ですから、1年と3か月以上が経過しています。

 この村岡君、4月22日の記者会見で上関原発建設予定地の埋め立て免許の延長問題に関連して、これまでも今後も現地視察を予定していないことを明らかにしました。文章を間違えているのではありません。

 正確なものにするため、その時の記者会見を再現してみます。
朝日新聞
 さきほどの上関原発の問題に絡みですね、知事は埋め立て地というのをご覧になったことはあるのでしょうか。予定地です。ご覧になったことはあるのでしょうか。
知事
 埋め立て地そのものですか。実際に現場に行って。それは、行ったことはないです。
朝日新聞
 今後行く予定はあるのでしょうか。
知事
 今のところ予定はありません。

 何とも常識では考えられない人物です。もう一度言います。村岡県政は「現場重視」なのです。

 山口県は今年2月9日から、「3重視運動」というのを始めました。3重視とは、①現場重視②成果重視③スピード重視の三つです。これを見て、不謹慎ながらゲラゲラと笑ってしまいました。

 村岡君は埋め立て現地だけでなく、上関町そのものにも行ってないと思います。原発計画地から祝島を眺めたというのも、聞いた記憶がありません。そして何度読んでも解らないのが次の発言です。
「(上関原発計画の)国のエネルギー政策上の位置付けについての確認をしている」
「現場主義というところは、今の法律の手続きの中で対象になっているものではない」

 言ってることと、埋め立て予定地の現場には行かないという繋がりが分からないのです。

 最近の若者は保守的というのをよく聞きますが、これはビビリとか指示されたことしかしない、出来ない、という意味とも受け止めますが。
 村岡くん誰にビビッテいるの、誰からの指示しか聞かないのー。


実現不可能だと思っているのに!

 2030年の電源構成(エネルギーミックス)議論は、原発を20~22%とする数字で経済産業省の「有識者会議」は了承しました。これからパブリックコメントを経て、7月に正式決定されることになっています。

 たぶんこの政策の実現は、不可能だと思います。「たぶん」と書きましたが、絶対に不可能だと思っています。僕だけでなく、政府も電力会社も同様に不可能だと思っているでしょう。
特に電力会社にとっては、「困ったなー」でしょう。今年から3段ステップで始まる電力改革、人口減少などを考えれば、やっかいな原発などにお金を掛けることなど、したくないことですから。

 政府にとっては明日からドイツで始まるサミット、年末のCOP21会議に向けて温暖化防止の「対策」を世界に示さなければならないという、スケジュール優先でバタバタととりあえず決めたという感じですね。まずはこの年末までこの路線を示していて、年末のCOP21が過ぎれば、この数字についての話しも沈静化すると思います。
 そして3年後とされているエネルギーミックス議論の見直し時期まで、ほっとらかしということになると思います。

 しかし原発20~22%というのが続いている限り、電力会社としては特に原発比率の低い中国電力にとっては、「上関原発は必要」と言い続けなければならないし、それなりのお金を、上関に注がなければならないことになります。まあでも、社長以下、今年採用されたばっかりの社員にしても、自腹の金ではないのですから、「まあーしょうがないか」というのが本音だと思います。

 33年間の時間を要しても建たないものは建たないでしょう。それも知っていながら、「建てる、建てる、必要、必要」と言い続けなければならないのは、しんどいことでしょう。しかし何よりも反対運動を続けなければならない、特に地元の人たちに対する罪は重大です。これは犯罪です。

 話しは変わりますが、福島原発事故で「汚染水」の対策があれこれと行われていますが、凍土壁では「汚染水」を防ぐことは不可能だと思います。しかしこの工事を請け負っている、たぶん鹿島建設だと思いますが、国費で行う工事をして金儲けをして、やってみてダメだったとなると、じゃあ次の対策を考えて壁を作りましょうかとなり、別のゼネコンがそれを請け負って大儲けをするという構造です。

 ゼネコンは原発を作るときに儲けて、事故が起きれば事故の収束や除染作業でまた儲けて、「汚染水」対策で実現不可能な対策と知りながら、やってみてまた儲ける。まさに究極のショックドクトリンだと思います。

 これと同じような形で、2030年の原発20~22%に向けて「突っ走るようなポーズをする」、「後は野となれ山となれ」で大金が使われる。こんなことで良いのですか。

浅はかなやり方、考え方

 人は誰でも身内だけで何かを決めたり、やったりする方が楽ですし、ストレスも無いものです。身内でも、特に仲の良い方が楽なのは当然でしょう。しかし昨日の友が、明日には敵になることは度々ですから、この仲の良いというのも「くせ者」です。

 昨年の3月末までサラリーマンをやっていましたから、その世界のナマナマしさは、知りすぎるほど知らされていました。言っておきますが、40年以上のサラリーマン生活の中で、僕自身が人間関係でとか、イジメにあって悩んだり苦しんだりしたことはありません。

 原発から出る核のごみ(高レベル放射性廃棄物)の最終処分場をめぐり、経済産業省資源エネルギー庁は今週、中国地方の全ての県で市町村を対象とした説明会を開催しました。しかし非公開での開催でした。まあー僕たちのような傍聴人は入れないにしても、マスコミは当然入れなければなりません。

 こういうやり方で説明会が開催されるという連絡は、北海道の知人から岡山経由で入ってきました。その連絡というのは次のようなものでした。

 総務省が案内した「自治体向け連絡会議」(3月から全国の自治体へ働きかけているメンバー、窓口の登録)に、エネ庁の廃棄物対策室が高レベル廃棄物最終処分に関する資料提供と称して説明会をする。第3回最終処分関係閣僚会議(総務省も参加)が5月21日(基本方針の閣議決定の日)に行われ、その日のうちに総務省からメールでメンバーに案内した。というものでした。

 マスコミ関係者も入れないで、本気で高レベル放射性廃棄物の最終処分場が選ばれると思っているのでしょうか。非公開とした点について、国からは「静かな環境で」という趣旨のことを説明したそうですが、この問題は喧々諤々の議論をして、どうするかを決めることが最も大切だと思うのですが。

 広島市でも6月2日に開催されました。高レベル放射性廃棄物の問題、その大前提はこれ以上廃棄物を作り出さないことです。それは原発をこれ以上運転しないことです。その前提に立って、今存在している物の扱いを考えるべきです。もちろん再処理をするのかどうかということも、考えなければならないでしょう。

 松江市で開催された説明会では、中国電力島根支社の人間が会場設営や質疑の際のマイク運びをやったそうです。なんでも身内だけでやって、実績作りをするというやり方、最近は何ごとでのこういうやり方が増えているように思います。このやり方に彼らの本気度の無さを感じるのです。居酒屋へ飲み行くとか、カラオケに行くのとは違うのですから。

 それにしても、マスコミはこのやり方に市民団体が抗議したとか批判したという記事は書いていましたが、マスコミ関係者自身は、何も思わないのでしょうか。マスコミから主催者に抗議文を出しても不思議ではないと思うのですが。

君ら自身は第三者かあー。無視されバカにされて、何も考えを持たないのかあー、と言いたくもなるのですがね。ジャンジャン!!



優しくて、強い人でした

 米子市政研究会を主宰していた、そして前・米子市議会議員の中川健作さんが5月30日午後8時46分に亡くなられました。66歳でした。

 中川さんとは同年齢で、他の人にはない親しさと何でも話せる関係を持っていたつもりです。ご本人は面倒がられていたかも知れませんが、ある意味で僕は甘えの気持ちも持っていました。

 一昨年の冬の頃だと思います。米子で会った時「来年(14年)は市議会議員選挙だけど、大腸癌になったので選挙には立候補せず引退する。代わりに土光さんが立候補してもらう。土光さんが引き継いでくれたので嬉しい」と話していました。そして去年の選挙、土光さんは見事当選を果たしました。それもこれまで中川さんが取ったことのない得票を得ての上位当選でした。

 中川さんの簡単な紹介をしておきたいと思います。1949年2月7日、山口県生まれ。お父さんの仕事の関係で下関、広島で育ちました。男3人兄弟の長男でした。広島大学の学生時代の前半は、大好きな自転車で本州四国縦断旅行をしています。後半はベトナム反戦運動の高揚の中で全共闘運動に参加、1970年に米子に移り、車椅子製造販売の仕事をしながら、いのち・人権・環境・平和などの市民運動にかかわり、市民自治をめざして活動を続けてきました。

 米子市政研究会を運動の柱として、中海淡水化や島根原発の反対運動などにもかかわり、市民自治ということを考えの根底に置いていました。僕が何年も前に「みどり会議」から参議院選挙に出た時には、本気になって応援してくれました。

 1987年に米子市議会議員に初当選、以後7期27年間、市民派議員として活動をしてきました。2013年3月大腸癌が発見され、闘病生活が始まりました。闘病生活では免疫力を高める自然療法を積極的に取り組み、神の存在を受け入れ、自分の力以上の力をもらいながら癌の進行を抑え、散歩や釣りなどを楽しみ、ゆかりの人を訪ねる旅もしていました。

 とにかく優しい人でした。広島時代からの知り合いの高齢女性の人がいわゆる「なりすまし詐欺」のような被害を受けたことがありました。たぶん僕だったら、その女性に対して罵声を浴びせて怒るかもしれませんが、中川さんの優しい対応には本当に頭が下がったものでした。この時の中川さんの対応は、それからの僕自身の生き方にも大きな影響を与えています。

 土光選挙の時、僕は電話作戦をしたのですが、中川さんの知名度は抜群でした。土光選挙が終わって「中川さん、これからは何する?」と訊ねたら、「家族でとりあえず旅行をしたい」と話していました。フェイスブックで旅行先の写真が載っていたのを思い出します。

 葬儀は家族葬として、6月1日に改革バプテスト米子キリスト教会で行われました。彼の遺志で、新聞の死亡記事も葬儀が終わった翌日に掲載されています。


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