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口永良部島で火山爆発

 口永良部島で火山爆発が発生したというニュースが飛び込んできました。爆発の高さは、9000㍍にも及んでいるそうです。火砕流も起こり、島民は全員が避難です。

 昨年の御嶽山といい、やはり2011年3・11の東日本大震災に以降、日本列島の地質は危険な動きを見せているということだと思います。

 時をほぼ同じくして、5月27日原子力規制委員会は九州電力川内原発について、運転管理ルールを定めた保安規定について「災害の防止上、問題がない」として認可し、再稼働に必要な全ての審査手続きを完了した、と発表しています。

 九州電力は口永良部島火山爆発と川内原発再稼働の関係について、150㌔以上離れているので、「関係ない」と早速表明しています。関係ないかあるかは、僕にも分かりません。だってさっき起こった火山爆発ですから。口永良部島が、これからどういう動きをするかそれも全く不明で、爆発のメカニズムを分かっていない段階で、九州電力の「関係ない」との発言のふてぶてしさに腹が立つのです。

 九州電力は審査の過程で、火山についてはモニタリングを実施し、極めて大規模な噴火の前兆があった場合には原子炉を止め、核燃料を搬出するとしていました。この判断尺度から見て、口永良部島火山爆発は尺度に該当しないといえるのでしょうか。もし川内原発が動いている時にこのようなことが起こったら、九州電力は影響無いから「止めない」と言い張るでしょうね。「止めるべき」否「止めない」の議論で時間だけが過ぎて行くのだと思います。そして爆発によって、川内原発で大事故が起こったら、「想定外だった」とか言って責任逃れをするのでしょうね。そして「ホトボリが覚める」のを待って、またもや事故などなかったかのようにやりだす、こんなことを想像しています。

 福島原発事故も、その原因はきちんと分かっていません。それでも原発を再稼働しようとする、2030年には原発を20%~22%を維持しようとする、この無責任はどこで正当化されるのでしょうか。傲慢、謙虚さなし、上から目線、市民を馬鹿にした態度、言葉の暴力による口封じ、嘆かわしいばかりです。

 原子力規制委員会が本気で国民のことを考えているのなら、「ちょっとストップ」と言うのは当然だと思います。「裸の王様」ではありませんが、どう考えてもそこまでして原発にこだわる必要性が見いだせないのです。

 5月14日、国際原子力機関(IAEA)は福島第一原発事故を総括する最終報告書の要旨をまとめ、加盟159ヵ国に配布したと発表しました。42ヵ国180人の専門家が作成したものです。その中では事故の原因について、「安全」の思い込みが主因と、日本政府や東京電力の対応を強く非難しています。そして、5月27日に鹿児島~福岡311㌔リレーデモが12日間で博多の九州電力本店に到着したという連絡もありました。

 しかし国際原子力機関の報告書のことも、311㌔リレーデモのことも、マスコミの取り扱いは小さいか取り上げませんね。特に国際原子力機関の報告書は、とても重要な指摘をしていると思うのですが。

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修学旅行生を案内

 5~6月、この時期は広島を訪れる修学旅行生が最も多い季節です。特に中学生が多いと思います。昨日、鹿児島市の中学生の平和公園慰霊碑案内をしました。

 5月だというのにとても暑い日で、何はともあれ熱中症にならないようにと気をつけました。集合は原爆の子の像前。中学生たちはこの像の前で式典をしていました。平和の歌を唄い、持参した千羽鶴を捧げ、黙とうをしていました。引率の教師を含めて総勢150人くらい、これに案内係は15人、一人10人が相手です。これくらいの人数を案内するのが良いですね。

 僕は原爆の子の像⇒韓国人原爆慰霊碑⇒供養塔⇒原爆ドーム⇒爆心地⇒原爆慰霊碑の順番で案内しました。今は中学2年生で修学旅行をするそうです。案内したのは、女子生徒。あどけなさも残る可愛い生徒でした。

 2泊3日の行程で、1日目はスペースワールドに行って宿泊は山口市の湯田温泉に泊まったそうです。2日目に広島に来て、広島に宿泊して明日は帰るというものです。

 一番気になるのは、小遣いでした。3日間で1万円です。僕の中学生時代を思いだしていました。たぶん2千円だったと思っています。京都、奈良、大阪という関西の旅でした。今から半世紀前が2千円ですから、1万円というのはそんなに多い額ではありませんね。

 原爆の子の像は、2歳で被爆し白血病になった佐々木禎子さんをモデルにして作られたものです。単に佐々木さんのことだけでなく、子どもたちが放射能の被害をこれからも受けないようにと、チェルノブイリ事故のことや福島原発事故のことも話しました。ついでに、みんなの住んでいる川内原発のこともチラッと触れました。ちょうど朝刊に「川内原発7月に再稼働」という記事もありましたから。残念ながら生徒たちは川内原発には興味を示してくれませんでした。考えてみれば、チェルノブイリだって当然生まれる前の出来事です。

 案内時間は1時間30分ということでしたので、長い時間を掛けることができませんでしたが、僕の家族と原爆との係わりも交えて70年前の被害を、今の中でどう受け止めるかも話したつもりです。

 例えば原爆ドームが世界遺産に決まった時に、どの国は賛成しなかったかを話しながら、この前のNPT会議で世界に指導者に広島に来て欲しいという文書をどの国が反対したかなども。

 韓国人原爆慰霊碑の前では、プロ野球選手でただ一人被爆者だった人がいること。日曜朝のサンデーモーニングで“喝”と叫んでいる張本勲さんですが、張本さんの話しも交えていました。引率の教師さんは、サンデーモーニングを知っていましたが、生徒たちは観ていないようです。

 それでもそれなりに質問も出てきました。大人では言わないような、奇想天外な質問です。こういう出会いは楽しいですね。生徒たちが大人になった時、この広島修学旅行はどんな形で思い出に残るのでしょうか。

 短い時間でしたが、久しぶりに楽しい時間だったように思います。

一番若いか?広島原爆の被爆者

 昨日、一番若いであろう広島原爆の被爆者の方に会い話すことがありました。この方は1946年(昭和21年)4月生まれの現在69歳です。
 原爆が広島に投下されたのは承知のはずですが、1945年8月6日です。最近ではこの日を知らない人が増えたという新聞記事があったので、あえて書きました。

 この方は胎内被爆です。46年4月生まれですから、お母さんが妊娠したホヤホヤの時に被爆されたことになります。お父さんは、現在の平和公園内にあった郵便局に勤めていました。
お父さんは通勤電車の中で被爆され、今も行方不明です。「たぶん八丁堀辺りで原爆に遭ったのだろうか」と話していました。お母さんは広島駅近くに住んでいて助かりました。

 この方には3人の兄と姉がいます。お母さんは4人の子どもを育てられたのです。たいへんな苦労をされたのだろうと想像します。現在、胎内被爆した人の新しい組織を作るために頑張っておられます。

 この人の話しでは、今のメンバーは40人と言っておられました。全国には胎内被爆者は7400人ほどいるそうです。この人のお母さんは10年くらい前に亡くなられたそうですが、原爆のことは全く話されなかったそうです。

 僕の姉も胎内被爆者です。姉は1946年2月生まれです。姉は10年前に59歳で亡くなりました。突然の死だったので、本当に驚いたのを思い出します。

 胎内被爆された人には、原爆小頭症という病気を持っている人があります。ちょうどこの日、僕はあるセミナーで、医療被ばくの問題について話しをしていました。その中で妊娠期間中のどの時点に放射線を遭うのが危険か、ということも話しました。妊娠3週目までは、放射線の影響による先天異常の危険性の増加というのは、ほとんど見られません。3週目から8週目までが最も異常発生の危険性が高いといわれています。8週目から通常の出生時である38週目までは下がっていきます。

 僕もセミナーでの話しをするための「にわか勉強」で知ったのですが、この方の場合は妊娠3週目くらいまでだったと思います。姉の場合は、これからまさに異常発生の危険性が増加するという段階だったと思います。

 世間では、胎内被爆について知っていない人が多いと思います。そして普通の被爆者よりも胎内被爆の方が、とても差別的に見られているように思います。井伏鱒二が書いた「黒い雨」も、NHKが何年か前に放映いた「帽子」も主人公は胎内被爆者ですから。

 この人との会話は2時間くらいでしたが、とても身近に感じました。そして改めて、母や姉のことを思いだしていました。


NPT会議、大詰め

 異論・反論があるだろうと予想しながら、このブログを書いています。ついでに言えば、異論・反論は大歓迎です。もちろん賛成というのもです。

 NPT(核拡散防止条約)再検討会議が大詰めを迎えています。ここで出てきたのが、世界の政治指導者たちに、広島・長崎を訪問するようにと呼び掛ける内容を最終文書に盛り込むよう求める日本側の主張の扱いです。中国の反対の姿勢のために削除されようとしていますが、この主張は日本の本当の声でしょうか。

 僕も「来るもの拒まず」ですから、オバマが広島に来るからということで反対する理由も、習近平が来るからといって反対する理由も何もありません。

 世界の指導者への被爆地訪問問題が、大詰めを迎えているという中で、そして日ごろから「広島訪問を」と悲願のように発言している広島市長さんは、なぜニューヨークに向かわないのでしょうか。それだけの強い要求ならば再びニューヨークに行って、熱くその想いを語っても良いのではないでしょうか。

 被爆者団体も平和団体も、急きょ国連内でロビー活動などを展開しても良いのではないでしょうか。新聞などではこのことが大きく報道されているのに、なんとも運動側、行政側の「本気度」を疑います。

 しかしオバマ君が広島に来たとして、広島市長は彼に対して「原爆投下の責任と謝罪」を求めることができるでしょうか。習近平君が来て日本の「加害責任」について、聞かれた時に答えることができるでしょうか。

 そんな問題を横において原爆の悲惨さを訴えても、それは単なるセレモニーだけではないでしょうか。市長や指導者の前で被爆体験を語る人は、一生一大の歴史に残ることでしょうけど、それだけのことです。警備と準備に莫大なお金を使ってしまうことだけにならないでしょうか。

 中国政府の広島訪問反対という姿勢に、原爆投下を歴史の中でどう問われているか、その位置付けについても改めて知らされました。広島に住む者としては、まさに「眼からウロコ」という感じです。

 NPTは、やはり核保有国のかたくなな核兵器も持ち続けたい姿勢と、核兵器即時廃止を訴える国々との対峙の姿だったと思います。この問題を考えるとき一番に問われるのは、わが日本がどういうスタンスに立っているかという問題だと思います。

 核兵器即時廃止も言えずアメリカに追随して、それだけではなく「戦争法」を強引に制定させようとする動きの中で、世界の指導者たちが広島・長崎を訪問することをNPTで決めようとしていること、どこかチグハグな感じで見ているのですが、僕がおかしいのでしょうか。

住民・世論無視の引き延し戦術

 予想はしていましたが上関原発の埋め立て免許延長問題、中国電力は5月18日に免許延長の再申請を行いました。免許期間を2018年6月まで延長するというものです。

 今の申請している免許の工事期限がこの10月までですから、そこから計算したら2年8カ月延長するというものです。先週の16日が中国電力と山口県との6度目の「猿芝居」、意見照会・回答の締め切りの日でした。15日付けで中国電力から山口県に送った回答はその中味が明示されていませんが、「2030年のエネルギーミックス議論において、原発割合が20~22%とされているから、上関原発は必要だ」と熱く述べたようです。

 この意見照会に対する山口県知事の判断は、現時点では明らかにされていませんが、再延長をしたことで見解は「ご破算」になったと思います。村岡嗣政山口県知事も再延長申請と意見照会・回答とを一体で審査するとしていますが、再延長問題が上位に立つだろうことは明らかでしょう。

 このやり取りを見ていて、住民や世論をまったく無視したやり方に、同じ男として情けないやら嘆かわしいという気持ちになります。
 自分の考えが正しいと思っているのなら、中国電力も10月までまってその後に再延長をすべきではないでしょうか。

 中国電力にとって、免許が期限切れになったりすると一から取り直す必要があるし、建設自体ができなくなるとの声があると新聞は書いていました。しかし、中国電力にとって上関は「最重要課題」であるし、「不退転の覚悟」で建てたいとしているのではないでしょうか。それなら一からのやり直しなど、「受けて立つ」くらいの性根は持っているはずではないでしょうか。

 村岡君も、いたずらに行政判断を引き延ばすことはよろしくないことを知っているはずですから、ここはいったん「失効」させて、「時期を見て再延長申請をするように」と指導すべきではないでしょうか。

 新聞は「時間稼ぎ」との批判もあると書いていますが、なんで「も」ですか?この白々しい書きかたは止めて欲しいと思います。なぜ住民の声を取材しないのですか。33年も建たないものは建ちません。建つはずがありません。

 来年からは電力の小売り自由化も本格的になります。経済界などは何とかして原発を復活させるために自由化を骨抜きしようとしていますが、原発反対の世を軽視することはできません。

 中国電力も山口県も自分の責任にならないのなら、今すぐでも上関は止めたいと思っているのでしょう。全国各地には住民のことを考えて頑張っている首長さんはたくさんいます。函館市長、新潟県・滋賀県知事さんなどなど。

 村岡君も県民のことを考えて、上関白紙撤回の「行政手腕」を発揮されることを提言します。少しの間は安倍晋三君から攻められるかもしれませんが、多くの県民は拍手を送りますよ。

大阪都構想、住民投票

 大阪都構想の住民投票、反対が多数になると思っていましたし、そうあって欲しいと思っていましたが、結果は僅差でしたね。僕は65対35くらいで反対が多数になると思っていましたが、その点は予想外でした。

 橋下徹という人物、考えも政治の手法も強引さも好きではありませんが、インパクトのある政治家だと思っています。今時の政治家、首長・国会・県会・市会議員も含めて存在感のある人が少なくなっているように思います。政治は数であるというのは当然ですが、数というよりも何分の1の分母としか思えない人が多いように思います。顔の無い、数の一つとしか見えないのです。

 自民党の若手議員や公明党の議員にその傾向を強く感じます。100人の人が集まっていても、その中で存在を強く意識するような人というのは、一人二人という感じに思います。

 そういう意味では橋下徹のインパクトは強いと思います。僕にその他の人で、良しも悪しもと名前を挙げれば、自民党では安倍晋三、菅義輝、社民党の福島みずほ、共産党では小池晃といったところでしょうか。引退したり亡くなったりした政治家では何人もいますが。

 大阪都構想の住民投票、投票率が66.83%という数字は、最近10年で最も高かった2009年の衆院選や、2011年の大阪府知事と市長選挙とのダブル選挙の時よりも上回っています。関心も高かったのでしょうし、投票結果がすぐに政策に反映されるということが、有権者に投票に行こうという気持ちにさせたと思います。「投票に行っても、政治は変わらん」という声が聞こえてくるように、一票が結果に反映されないというのは有権者にとっては強いストレスですし、政治離れ、不信感の大きな理由だと思っています。

 その典型が、衆議院選挙などに現れた沖縄県民の辺野古基地問題への考えだと思います。こんなことを書いたら、上関原発問題で町長選挙などに現れている、「推進」町長を選ぶ町民の意思を尊重しろと言われるかもしれません。しかし前回の町長選挙で現職町長は、原発問題をあえてという感じで避けて選挙をしていたと思います。それと上関原発問題は、単に上関町だけの問題ではありません。最低限でも山口県の問題、中国地方、日本全体の問題だと思っています。

 あえて住民投票をしなくても、世論調査などで「原発ノー」の国民の声はしっかり示されていますが。

 昨年の総選挙では、自民党の示した大きな争点は「アベノミクス」でした。解釈改憲で「戦争法案」を成立させようとする手段は、まるで詐欺師の手法だと思います。やりたいのなら、しっかりと憲法改正の手続きを踏むべきです。

 それが出来ないのなら、やりたくない政治家は、にせ物だと思います。統一地方選挙で広島市議会選挙が行われ、またもや議長の選出をめぐって醜い多数派工作が進められています。選挙の時、候補者たちは議長問題などを選挙で訴えたでしょうか。福祉だ景気だ、若者支援とかしか言わなかったのではないでしょうか。

 「投票に行きましょう」というキャンペーンが選挙中に行われますが、一番の投票率アップの作戦は、選挙の中で訴える争点の見える化だと思います。

 そういう意味では、この度の大阪都構想住民投票は、投票結果が政策に反映されたという爽やかな気持ちになるものだったと思うのですが。



5月15日、明日はなんの日

 海の埋め立てをしなければ建設できない上関原発、埋め立て免許の延長申請に対してその是非を判断する権限を持っている山口県。最初の埋め立て免許で、その工事期限であった2012年10月までに工事が竣工できなかった中国電力は、期限ギリギリの日に延長手続きを行っていました。あれから2年7か月、延長が許可されることも、不許可になって失効することもなく、時間だけの引き伸ばしが行われてきました。もちろん埋め立てが出来なかったのは、反対運動があったからです。

 意見照会・回答の繰り返しという、猿も怒る「猿芝居」が行われて、5月16日という6度目の回答期限の日がやってきます。16日は土曜日ですから、中国電力は15日の金曜日に、意見照会に対する回答を郵送することになっています。
 その郵便が山口県に届くのが18日の月曜日、おもむろに封筒を開いて「回答」を読んだ村岡嗣政山口県知事君が、「あーどうしよう」と考えるという手はずになっています。それまで回答を全く知らないでいるというのも茶番の塊り、まるで「花燃ゆ」時代です。

 それまで中国電力の回答は明らかにされません。否、山口県からの意見照会も明らかにされていないのですから、猿も怒るという所以です。この前近代史の話しを怒らないマスコミ人たちは、批判能力を持つことなく、従順に学生生活を過ごして、マスコミというエリートの社会に就職できて、それだけで本人も父も母も喜んだという姿を想像します。

 その中国電力回答、政府のエネルギーミックスの結論を視こして、上関原発の必要性を「熱く」主張するようです。一方の山口県トップの村岡君、政府に逆らえない小物ですが、これまた「熱く」自分の責任転嫁を考えているようにしか思えてなりません。そのため「国」に責任を転嫁した形で、延長を許可するように思えてなりません。といってもこの10月が来れば、この度の延長申請工事期限がやってくるのですから、たぶん、そこをどう理屈付けするかが彼にとっては「最重要課題」だと思います。

 そこには、上関原発反対に全てを捧げて活動してきた人の思い、福島原発事故によって故郷を奪われて避難所生活をしている人たち、原発は要らないという市民の気持ちなど、まったく眼中に無いと思います。この感覚は今のマスコミ人との共通点すら持ちます。

 中国電力は本気で上関原発に「熱い」のでしょうか。山口県も「熱く」上関原発を語られるほどの本気度を持っているのでしょうか。アベシンのどこが怖いのかですか、それとも孫子の暮らしを維持するために、できるだけ楽ちんにメシが食える生活が欲しいのですか。

 このブログを村岡君か苅田君が読んでいたら、是非とも連絡をください。ゆっくり語ろうではありませんか。割り勘で飲んでもよいですよ。決して怒ったりしませんから、逆に一緒に泣いてあげます。あなたの計算では、上関原発の完成は何年後ですか。それまでご両人とも生きておられますか?

 よく退職した人から、言い訳がましい「あの時は、仕方がなかったのです」という部類の言葉を聞くことがあるのですが、これほど醜い姿はありません。




小が中に食われて、中が大に食われる

 小学生頃だったと思います。近所に小さなスーパーマーケットが出来たのを思い出します。最近のと比べると小規模だったと思います。「LIFE」という名前でした。駐車場はありませんでした。

 それまで買い物といえば、個人商店しかありませんでした。スーパーマーケットでは自分で欲しい物をカゴに入れて、それをレジで計算してもらう、このことにすごい新鮮味を感じたものです。個人商店では買ったものは、新聞紙にクルクルと包んでもらってお金を払って持ち帰ったものです。自分が探してレジまで持って行くということで、定価より少し安くなっているんだというように理解していました。

 今、僕が住んでいる広島市佐伯区も隣り街の廿日市市にも、超大型のスーパーが軒並み開店しようとしています。新聞を読んでいたら従業員2千人くらいで応募したら、現時点で千六百人くらいが集まったと書いてありましたから、その規模は百貨店並みだと思います。

 子どもの頃、楽々園遊園地というのがありました。ゴーカートのような遊具、大きなブランコ、少し高い場所から池のようなところにザブーンと行く船のようなもの、そしてそこは海に面していましたから、夏は桟敷のある海水浴場になっていました。お化け屋敷もあり、怖くて固まったことも思いだします。この遊園地がスーパーマーケットに変身した時は、スーパーマーケット自体が新鮮な店だったので、別に遊園地が無くなることには想いはありませんでした。しかし今となっては、スーパーより遊園地であって欲しかったと思っています。

 このスーパーを経営しているのは、広島市内を中心にバスや電車を運行している会社ですが、この会社の3月期決算の新聞記事を見たら、スーパーが赤字になっているとありました。ここより大きなスーパーに押されて赤字になったようです。超大型のスーパーを開店させる会社に、自らが持っていた土地を売却してとりあえず増益にはなっていましたが、自らが経営している中型スーパーが赤字になるというのは何とも皮肉なことではあります。

 子どもの頃、母親に連れられて買い物籠を持って、中央連鎖街というところに食材を買いに行ったのを思いだします。魚屋さんで魚を買い、八百屋で野菜を買いました。みんな顔見知りでした。今でも中央連鎖街は残ってはいますが、魚屋も八百屋さんも閉めています。残っているのは商売の中味を替えたクリーニング屋さんと、理髪屋さんくらいです。

 買い物といえば、近くの商店にはキッコーマンの醤油ビンを持って醤油を量り売りで買ったのを思いだします。豆腐は小さな鍋を持参して、水に浸かった中から、これまたフヤケタような指の店のおじさんが豆腐を取り出してくれたのを思いだします。

 小さな個人商店は無くなり、その次にできたスーパーも商売が困難な時代だそうです。やがて超大型のスーパーで買い物ゾーンは占拠されてしまうように思えて、少し悲しい気持ちにもなります。それと生き残られるのはコンビニかもしれません。

 同じ作り方で同じようなサイズの野菜が並び、ちょっと傷が付いているというだけで廃棄される、弁当は賞味期限を1時間でも超えるとこれまた廃棄される。この廃棄にかかる費用は、かろうじて金になった商品の値段に含まれる、こんな時代、やはり少し変だと思うのですが。僕が変なのでしょうかねえー。




今、やらねばならないこと

 中高生だった頃からの悪い性格でしょうか。テストの前になると、日ごろはしもしないのに、部屋の掃除をしたり整理したりするという癖(へき)がありました。他の人にもこういう性格の人はあると思います。
毎朝、6時30分からラジオ体操をしているのですが、この10分間くらいは体操に専念すればよいのでしょうけど、枕の周りに散らばっている新聞紙が気になって片付けをしたりしています。そんなものです。

 原発の再稼働問題では、九州電力の川内(せんだい)原発に原子力規制委員会から最初の再稼働許可が出たということで、全国の人たちが川内原発に集中して再稼働をさせないための行動に取り組んでいます。僕も、川内原発のことはとても気になっていますし、この反対運動はとても大切だと思っています。

 しかし足元では、島根原発2号機の原子力規制委員会における再稼働に向けての審査が、急ピッチで進められているという新聞記事が載っていました。2013年12月に「再稼働申請」がされて、審査会合は45回を数えているのですが、今年だけでその半数に近い20回が行われているということです。

 僕は常々、島根2号を「B(沸騰水型原発)型の再稼働トップとさせてはならない」ということを言っております。福島原発がBで、今まで原子力規制委員会において審査に合格したのは、すべてP(加圧水型)です。いくらなんでも福島原発と同じBの審査が先行するとは考えていませんでしたし。再稼働申請が行われたのも、Pが先でした。

 Bの原発で再稼働申請がされているのは、北からの順番では青森県にあるJパワーの大間原発、東北電力の女川原発、東京電力の柏崎刈羽原発、北陸電力の志賀原発、中部電力の浜岡原発、そして島根原発2号機です。これらの原発状況を分析してみると、消去法から島根原発2号機がBの再稼働トップになる可能性が高いのではと思うのです。

 昨年10月に広島市内で開催した「反原子力の日」集会で講師をしていただいた藤田祐幸さんが、「広島の人には島根原発の再稼働を止めること、上関原発の反対運動に全力をあげて欲しい。全国に人たちが自分の住んでいるところと関わりの強い原発反対に全力を入れて、各地の人たちが出来る限り協力をするということが大切だ」と話されたのを思い出していました。

 まずなんといっても、眼の前にある島根原発と上関原発の問題を考えなければと思っています。統一地方選挙が終わってからということで、打ち合わせ会が延びていましたが、今日松江市で「島根原発問題の打ち合わせ会」が開かれることになり、松江市に来ています。

 島根原発も宍道断層、基準地震動、そして何よりもB原発に設置が義務付けられているフィルター付きベントシステムなどの問題を抱えています。意地にかけても島根原発をB型の再稼働トップにはしたくないです。

 そんなに大きな力のある僕たちの運動ではありますが、特に力を入れて考えなければならないことを選択し、それに全力をかたむけ、事実の分析・検討、なにが相手の弱点かということの判断、その上に立ってなにを行動の力点とするかを考えなければならないと思っています。

予定無しの3日間でした

 5月4日~6日までは全く予定無しの3日間でした。お正月でも友人らとの食事という予定が入るのですが、全く無いというのは珍しいことです。そしたら珍しついでに、風邪をひいてしまいました。

 自慢というか少々変態的ですが、僕が風邪をひいたのは20年ぶりです。忘れもしない地下鉄サリン事件の時です。38度以上の高熱になってフーフーとウナリながらテレビを見ていたのを思い出します。

 あれ以来、風邪というものとは無縁でした。この冬に家族全員がインフルエンザを罹ったのですが、僕だけは無縁でした。もちろん予防接種といったような面倒なことはしません。注射は痛いですし、「費用対効果」を考えるからです。毎年のようにインフルエンザに罹るのなら、予防接種も考えるでしょうけど、ほとんど罹らないのですから、無駄な?費用は掛けないという道理です。それがこの度ひいたのですから、20年ぶりの快挙でした。これでやっと人並みになりました。

 といっても家でゴロゴロはしていませんでした。春になって小さな庭にプランターで野菜を作っています。「花より団子」主義ですから、今植えているのはゴウヤ、ネギ、ピーマン、キュウリ、ナス、ニンニク、トマト、玉ねぎ、ラッキョといったものです。種類だけを見ると大農園のように思われるかも知れませんが、ほとんどが1株ずつです。それでも、プランター用のケースや肥料、培養土、害虫防止のスプレーといったものは揃えていますので、それなりのお金は掛けているつもりです。この夏はゴーヤで「グリーンカーテン」を作るのが大目標です。

 こんなことを知りながらスーパーマーケットなどで、玉ねぎ1玉45円とかいう安い値段をみると余り良い気分がしません。

 以前はタネのところから購入していたのですが、タネからの作り方の使用方法を読んでいると、最近少し悲しくなることがあります。キュウリを例に話しますが、米つぶくらいの小さな種を小さな鉢にばら撒いて、小さな葉っぱが出たところで一つ二つを残して間引きを行います。そして、その一つ二つを少し大きめの鉢に植え替えて、また間引きを行って、庭に植え替えるということです。最初のタネだったものの、50分の1くらいがキュウリとして選別するというやり方です。

 この「偉い・元気」なものだけが晴れて選ばれるという思想に、分かってはいるし僕自身もそれを実行しながら、やはり面白くないのです。だから最近は小さな苗の段階から植えることにしました。

 話しが下ネタになりますが、通常人間の男が1回の射精で出す精子の数は、8千個から1億3千個といわれてます。「個」というより「匹」という方が正解なのかも知れませんが、その内の1匹が受精し、生まれ、成長して成績や学歴、今や「子どもの貧困率」というのが社会問題になっていますから、親の収入といった部分も大きく作用して一人の成人として選別される。8千から1億3千分の1というのも宝くじ以上の確率ですから、いん石がわが家に落ちる確率と同じだーとも考えていました。

 こう考えていると単純ですが、生まれてきたことに感謝です。そして子どもや孫たちも自分の人生を大切に生きて欲しいとも思ってしまいました。

 言っておきますけど、この度の風邪では熱はありませんでした。省ちゃんは高熱に侵されて変なことを思い出したとは考えないでください。

駄々をこねないで松浦松江市長さん

 難しい、困難だと思っていても「欲しい、欲しい」と駄々をこねるのは、まあー小学校入学前までくらいの子どもなら憎めないかも知れませんが、大人をやり過ぎたような人間が、そして市長ともあろうものが言うのは、ただ単なる駄々か悪く解釈すれば巧妙なユスリかも知れません。

 島根原発と「共存共栄」で甘い汁を吸いまくり、そして原発のことを十分に知りつくしている松浦正敬くんだけに、何を今さらと腹立たしくも感じます。

 島根原発1号機が正式に廃炉となった4月30日、松浦くんがこの1号機の使用済み燃料を2、3号機の燃料プールに一時的に保管する可能性について、「それはだめだ」と述べ、認めない姿勢を示したことです。中国電力の苅田知英社長は3月27日の会見で1号機の燃料について「状況によっては2号機のプールに保管する場合がある」と発言しています。

 廃炉作業の中で、使用済み燃料の取り出しが大きなものであることは、いうまでもありません。ここが解体撤去作業の入口だからです。
 言っておきますが、僕の考えは解体撤去を急ぐなという考えです。マスコミは20年~30年の期間を要すると報じていますが、この期間でも短くしていると思っています。20~30年は電力会社の、根拠のない数字だと思っています。東海原発の廃炉の完了は2018年3月で、この原発の運転が終わったのは1998年3月ですから20年です。20年で同じじゃあないかと思われるかも知れませんが、東海原発は電気出力16.6万KWで、今どきの原発に比べれば小さいとされている、島根原発1号機は46万KWです。島根原発の方が東海原発に比べたら3倍近い出力を持っているのです。出力が大きいほど期間が長く掛かるのは当然です。このことからも、島根原発が東海と同じ期間で終了するとは思われません。

 ついでに根拠のない数字と思うのが、廃炉に要する費用です。これも東海原発と比較しますが、東海原発の廃炉費用は885億円と見込まれています。島根原発1号機の費用は378億円としています。この378億円の根拠を知りたいところですが、これで済むとは思われません。

 話しが松浦くんに戻りますが、1号機燃料を2号機プールに置くこと、当面はこれしかないと思います。それか1号機をこれから50年、出来れば100年間、そのままの状態で置いておくことです。もちろん厳重なる管理の元です。そういうことを全部知っておりながら、早く搬出しろというのは自分勝手といわれても仕方ないと思います。

 松浦くんの頭の中は、お金だと思います。最後は2号機プールに置かしてあげるから「お金」と言ってくると思います。

 似たりよったりを発言したのは、島根県知事の溝口善兵衛くんです。それは核燃料税について、原子力規制委員会の廃炉措置計画認可までは「課税する」という発言です。どちらもお金を出すのは中国電力です。

 まあー「どうせ貢ぎあげたお金ですから、それはダメ。もう別れましょう」とは言えないでしょう。考えれば考えるほど、間の抜けたドラマです。


250㍉シーベルト

 昨年7月30日、田中俊一原子力規制委員長は「現行の緊急時作業の被ばく限度100㍉シーベルトを上回る原発の重大事故は避けられない」と語り、被ばく限度の引き上げを提案していました。

 その後、原子力規制委員会、放射線審議会、厚生労働省において、被ばく限度の引き上げをはじめ緊急時作業に関する「見直し」が進められています。特に労働安全衛生法の電離則で原発被ばく労働者を所管する厚生労働省では急ピッチで検討が進められました。そして緊急時の被ばく限度を、250㍉シーベルトに引き上げる等の検討委員会報告書案が4月17日にまとめられました。新聞にも取り上げられていました。

 この案は政府内での手続きが進められ、この秋にも法令が改定されて施行されるとされています。もちろんパブリックコメントは行われることになっていますが。

 250という数字、よく分からない方もいるかと思いますが、私たちのように一般人は年間の被ばく限度は1㍉シーベルトとされています。しかし職業として放射線に従事している人は年間50㍉シーベルト、緊急時の限度は5年間で100㍉シーベルトとされています。1回で100㍉シーベルトの被ばくをすると、5年間は放射線作業が出来なくなるというものです。

 この100を250に上げようとするのが、この度のたくらみです。限度の引き上げは、仕事をしている人たちの安全の健康をこれまで以上に危険にさらすことになります。この引き上げは、国策として原発を推進し福島原発事故を起こしたにもかかわらず、重大事故を前提にして原発をこれまで通り維持し保っていこうとすることに、その本質があるように思われます。

 福島原発事故に関連した作業をしてきた友人に、このことを話したら「100になったら仕事をクビになるところが、250まで働けるというのは喜ぶ人もいるのでは…」というのが返ってきました。この理屈も分からないではありません。

 この話しを聞いて、情けなくもなりました。身分が不安定な立場にある労働者の人たちが自分の健康を犠牲にしてまでも働くことを選択しなければならないことです。

 先日、福島第一原発で原子炉内の状況を調べるためにロボットを入れて、その中の状況を調べたというニュースがありましたが、なんと放射線量が毎時9.7シーベルトとなっていました。9.7シーベルトとは9700㍉シーベルトです。9.7シーベルトを被ばくすると人間は1時間以内に必ず死亡するとされています。

 「なぜ、なぜ」こんなに危険なものを作ってしまったのか、そして今でもそこから逃れられないのか、単純に考えても、どうしても、どうしても理解が出来ないところです。

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