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勤め人生活を終えて丸1年

 昨年3月31日に65歳で仕事を完全退職し、勤め人生活を終えていましたので、今日で丸1年となりました。

 1歳年下の誰々さんが退職するとか、そういった話が誰からともなく伝わってきます。まだ職場で忘れられていないことは、率直にうれしいことです。

 僕の場合長い間、仕事と反原発運動を中心課題にした平和運動という「二足のわらじ」を履いた生活をしていましたので、一足を脱いだぶん少しは楽になったところもありますが、「仕事だから無理~」という理由で用事を断ることが出来なくなったというのもあります。

 でも良いところもたくさんあります。まず何といっても、大好きなラジオを聴くことができ、ゆっくりと考える余裕ができました。仕事をしていた頃は、1週間以上溜まっていた新聞の切り抜きはたいへんな作業でしたが、今は外泊でどこかに行かない限りは、その日のうちに切り抜きができるようになりました。
 そして夢だったプランターを使っての野菜作りが可能になりました。僕は「花より団子主義」ですから、花を植えるということはしません。今は玉ねぎ、にんにく、らっきょ、ネギ、えんどうを作っています。あと1週間したら、夏に向けてキュウリとゴーヤを植えることにしています。「あー うどんのネギが無い」そういった時に、野菜作りをしていることのだいご味を感じます。

 毎日プランターや鉢を覗きこみながら、「早く大きくなれ」と声を掛けています。この時期の庭には、名前も分からないのですが青色の小さな可憐な花が自然に咲いていました。その花を観ながら「野に咲く花のー 名前は知らないー だけども野に咲く花が好き~」という昔のフォークソングを口ずさんでいました。こんなことも1年前までは考えられもしなかったことです。

 そしてプラスαの日程で、旅を楽しむことが出来るようになりました。今も平均的に1か月に1度は上京するのですが、これまでは出来れば日帰り、そうでなくても1泊2日でしたが、最近は前か後に休みを入れて古くからの友人と話したりする時間を取ったりしています。

 でも今困っていること、それはお腹が出てきたことです。体重計ではほとんど増えていないのですが。考えるに胸あたりの肉が垂れてきて、腹に溜まってきたという感じです。いわゆる老人体型です。なるべく歩く、朝はラジオ体操、そして最近友人に誘われて一度だけですがヨガを体験しました。

 今、抱えている原稿は、とりあえずは4月20日締め切りの8400字指定のある雑誌。

 昨日の夜、車に運転していたら花束を持った中年の男性を見ました。定年退職か人事異動と思われました。春の風物詩ですね。

 定年後の人生を如何に過ごすか、とても大切なことですよ。



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必要な時はこないよ!

 27日、中国電力は2015年度の電力供給計画を発表しました。毎年、3月のこの時期に発表し、経済産業省への報告が義務付けられているものです。

 先日発表した島根原発1号機の廃炉表明も、遅くとも供給計画発表までにはしておかねばならないものでした。

 計画発表の記者会見で、苅田知英社長が上関原発について「必要な時が必ず来る」と断言?しています。何を根拠に言ってるのかハッキリとは分かりませんが、「上関原発の重要性が増した」とも発言しています。

 今でも上関原発について「建てたい、建てたい」と言い続ける態度、本当に横柄で無責任な態度だと思います。本気で苅田さんは上関原発が必要だと思っているのですか。上関町に原発建設計画が浮上して、今年で33年です。一つの計画を行って現実的にその場所に何一つ建てられない、杭一つ打てない、こんな状況でも「建てたい、建てたい」というのは、まさにストーカーです。暴力です。

 苅田さん、電力自由化が進む中で原発は無用の長物ですよ。苅田さんだって分かっていると思うのですが。福島原発事故など「無かったかのような」思い上りです。

 沖縄でも、辺野古に対する安倍政権の態度、これも暴力だと思います。県知事選挙も市長選挙も衆議院選挙でも辺野古反対の意思が示されたのに、それでも暴力的に強行する、これが上関原発への苅田くんの態度にダブって見えて、とても不愉快な気持ちになります。

 広島でも今日から市長選挙が始まりましたが、こんな状況の中で「選挙に行こう」という言葉の空しさです。選挙に行かない有権者が「投票しても変わらない」と言うのが、なんとなく分かってきました。

 フランスでの旅客機墜落事件のニュースを視て、フランス国内での原発地図を睨みながら、唸っていました。撃墜したフランス東南部は原発が密集しているところです。この副操縦士が原発を目指して突っ込んでいたら、どうなっていたでしょうか。考えただけで空恐ろしい気持ちですが、しかし心の端っこに原発に激突していたら、「原発は止めよう」になっていたのではなかろうかという気持ちもあります。

 マスコミはこのことを全く報じていません。原発の規制基準を策定する時には、あれほど「航空機墜落対策」「テロ対策」を書いたのに。

 苅田さん、電力自由化、人口減少時代への突入、どこをどう考えても上関原発が必要な時は来ませんよ。


見た目だけで良いのでしょうか!

 集会などを開催した時、何人集まったというのが評価の基準になるのは当然かもしれませんが、そればっかりではないと思います。マスコミも何人というのにとても感心を持っているようですね。

 4月末から5月始めに掛けて国連で開催される「NPT(核拡散防止条約)再検討会議」にも、被爆者を始めたくさんの人が訪米することになっています。しかしNPTと日本の関係、核兵器禁止に対する日本政府のスタンスをしっかりと勉強して望まないと、時差ボケと疲労だけでまさにお金をドブに捨てるような旅行になってしまうのではないでしょうか。

 長い間こういう問題の活動に関わっているから言えるのだと思いますが、様ざまな課題にとても熱心に取り組んでいる人を何人も知っています。最近の平和運動を見ていると、どうもこういう個人として熱心に取り組んでいる人を軽視しているように思えてなりません。

 熱心に取り組んでいる人は知識もあり、多くの国や人たちとのネットワークを持っています。しかしどちらかというと、お金は持っていません。人集め(動員)力も余りありません。

 しかしこういう人を、組織は大切にしなければならないと思います。育てるということです。育てるためには、必要なお金や場も提供してあげることです。そういう度量が必要ではないでしょうか。

 いつまでも見た目の形だけを考えていたら、形だけで中味の無いものになってしまうのではないでしょうか。いわゆる「動員(ドウイン)」では本物でないことを見抜かれてしまいます。

 日本では大組織である労働組合の動員によって、平和運動もその他の社会運動も「形」が造られてきました。まだ労働組合に余裕があった時は、それなりに熱心な人に支援も行われてきたと思います。

 しかし、今では労働組合も自らのことだけで精一杯という感じで、ますます「形」だけのみになっているような気がしてなりません。これでは日本の平和運動、社会運動の先の暗さを思わざるを得ません。

 年度末、多くの人たちが入れ替わる時です。東京に事務所がある原子力問題を扱っているNPOにいる友人が、定年で退職することになりました。後継者がいるのなら、定年も良いかもしれません。であっても、その人に給料は払わないにしても、最低限の活動のための実費くらいは出して、支えるべきではないでしょうか。まさに「人材」です。人材は「一朝一夕」に造られるものではありませんから。

 僕も数回アメリカなどへ行って現地の平和運動団体と交流をしたことがありますが、集まってくるのは問題意識を持っている「個人」の集まりです。
 戦後70年、日本も「形」の時代から「個人」の時代に移る時ではないでしょうか。

 ついでにひと言、NPT検討会議の事前勉強会の講師としてマスコミ人の名前が挙がっていました。僕は元マスコミ人というのなら許せるのですが、現職のマスコミ人は講師を頼むべきではないと思います。マスコミの中立性ということを考えると自分の考えを話すとは思えませんし、話せないと思います。
 個人として、NPT問題に熱心に取り組んで勉強している人を何人も知っています。こういう人にお願いしたら、中味のある勉強会になるのではと思うのですが。どうでしょうか。

島根原発1号機の廃炉を表明

 3月18日、中国電力は島根原発1号機の廃炉を決め、松江市や島根県などに通知しました。松江市と島根県には苅田知英社長が行ってますが、30キロ圏内の新たな地元には、ランクの低い取締役などが対応しています。時間も30キロ圏内は、松江市や島根県よりは遅らせてそれなりに顔を立てています。

 本来ならば2011年3月11日直後には決めておくものでしたが、4年遅れとなりました。

 まともな原発行政がされていたら「3・11」直後は当然でしょうし、島根原発1号機は福島第一原発1号機と同じ年代に建設され、またマークⅠ型という欠陥原発だからです。しかしこの国はまともな政治をしていないのですから、仕方無いかも知れません。

 その理由は横に置いていても、遅くとも昨年の10月までには廃炉を決定すべきでした。原子力規制委員会が一昨年7月に新しい規制基準を決め、それでも再稼働を狙っている電力会社などは、その対策を進めていました。過酷事故対策といいますが、莫大な費用を費やしていました。

 原子力規制委員会は運転開始から40年を超えた原発については、この7月までに「特別点検」を実施し、その結果を原子力規制委員会に報告させるとしていました。「特別点検」は少なくても7~8か月は掛かるだろうと思っていましたから、時間を逆算すれば10月が時間切れによる廃炉表明が、まともな筋道だったからです。

 それが3月18日となったのです。その理由を考えていると、廃炉の会計処理期間を10年とする、経済産業省資源エネルギー庁の省令が施行されるのを待っていたのが大きな一つだと思います。3月13日に省令が施行されました。そして同じ13日には、2015年度の国の予算が衆議院を通過し、遅くとも1か月後には自然成立することが決定しました。そしてついでに考えれば、廃炉表明を聞く立場にいる、原発立地県の県知事の多くが3月26日告示で行われる知事選挙を控えていたからだと思います。
 島根県知事の溝口くんも、福井県知事の西川くんも選挙ですから、廃炉を表明させた後の方が選挙に有利に動くと判断したのだと思います。

 遅きになったとはいえ、僕たちはいつも申し入れ書などには島根1号機の廃炉を求めていたのですから、とりあえずは歓迎です。しかし、1号機の廃炉が2号機の再稼働、3号機の運転開始を加速させる動きが強まるのは必至だと思います。これに対する警戒は特に強めなければならないと思います。

 中国電力は1号機の廃炉費用を360億円くらいとしているようです。廃炉のために積み立てているお金より30数億円ほど不足しているようです。

 島根原発1号機は電気出力が低いとはいえ、このレベルの原発廃炉は未経験です。東海原発の廃炉が進められていますが、まだ終了していません。島根原発1号機の廃炉にどれくらいのお金が掛かるのか、どれくらいの年数が掛かるのか、どれくらいの労働者が被ばくをしながら作業をしなければならないのか、まったく不明です。もちろん使用済み核燃料の扱い、放射性廃棄物の処理・処分も目途無しです。

 国会議員らから、廃炉後の敷地に原発のリペア―を求める声がありますが、あまりにも廃炉に対する知識が無いというか、簡単に考えていることに「開いた口がふさがりません」。

3月14日

  「3月14日、今日はなんの日」ではありませんが、今日はいろいろな出来事がある日です。

 山陽本線の横川駅と広島駅の間に「新白島」という駅が完成し、今日から営業を始めました。同じく山陽本線では、新型電車が導入されました。そして朝からニュースでも何度かやってますが、北陸新幹線が金沢まで開通です。

 そして「忘れたふり」が出来ないのが、孫の誕生日です。満5歳ですから「3・11」の1年前に生まれました。今夜は「4分の1成人式」を祝うことにしています。この孫が自らの孫を持つ頃には、この世の中はどうなっているでしょうかね。考えていたら、あまり希望が持てないような感じなので、深く考えないようにしていますが、何とか精神的には「気持ち良く」生きられる時代で在って欲しいと思います。

 それから原発のことを考えている者にとって忘れてはならないのは、1970年3月14日です。この日の午前4時に日本原子力発電の敦賀原発1号機が営業運転を開始し、大阪千里で開催された大阪万国博覧会の開幕に合わせて会場に原子力の電気が送られた日です。
 万博会場の電光掲示板には「原子力の電気」という表示がされたということです。

 僕はこの時、21歳の青年でした。万博は覚えていますが、その時は「原子力の電気」は知りませんでした。万博で覚えているとしたら、岡本太郎がデザインした「太陽の塔」の目玉部分に、男が立てこもったという事件があったことです。この事件で特に感慨深かったのは、この男が何日か後に捕まった時、太陽の塔の目玉のところに、大便をした痕跡が無かったということです。
 この事件は覚えていても、大便のことはたぶん皆さん知らないと思います。感動ものでしたし、もしあの時の人が今も生きておられたら会いたいです。この頃から、僕はだいぶ変わり者だったのかも知れません。

 話しが横にそれましたが、この敦賀原発1号機について日本原子力発電は廃炉を決定し、来週の18日に地元説明をするようです。この1970年の11月28日に営業運転を開始した関西電力美浜原発1号機も、2号機と合わせて来週の同じ日に廃炉の地元説明をするそうです。

 日本の最初の商業用原発は1966年開始ですが、本格的な原子力時代は1970年からです。その象徴的存在となったのが、3月14日の万博に送られた「原子力の電気」です。

 あれから45年。当然ですがこの年に生まれた人は、今年45歳です。たったの45年、しかしされど45年、人間は幸せに生きてこられたのでしょうかねえー。


300年後だけで良いの?

 経済産業省の「有識者」会議で、2030年度の電源構成(エネルギーミックス)を話合いが続いています。会議の構成員が原発推進のオンパレードという関係からか、原発20%以上という声が多いようですが、再生可能エネルギーも20%という試算もされています。

 広島市で先日開催された「日本のエネルギーミックスを考えるin広島」というシンポジウムでは、2030年のエネルギーミックスとともに、2050年のことも話されていました。今から35年後です。

 この時、僕が不可解というか少し気を悪くしたのは、これを説明した経済産業省大臣官房審議官という人の話しが2050年というのを、ものすごく先のことのように話していることでした。

 ある計算では、石油などの化石燃料はあと300年しか持たないとされています。300年先までしか化石燃料が「持たない」と考えるか、300年後まで「持つ」と考えるかによって、僕たち世代の考え方の基本的なスタンスは大違いだと思います。もちろん原発の燃料であるウラニウムも有限な資源です。

 石器時代の始まりは、今から約200万年前といわれてます。一方、日本に初めて電燈が灯ったのは1878年(明治11年)3月25日です。3月25日が記念日になっているのは、その為です。1878年からこれまでが137年、これに300年を足して437年、200万年分の437年は0.02%です。

 時間にして0.02%の「便利」な生活のために、地球が何億年もの中で造りだした化石燃料を使うことというのは、どういう意味を持つでしょうか。僕が生きている間は、かろうじて「便利」な生活は維持されるでしょう。幸いにもラッキーだったでは、これも済まされないと思います。

 0.02%の「便利」のために、この地球が骨と皮だけのように、痩せ細った身体にしてしまうことが許せるでしょうか。300年後には新たなエネルギーが開発されているかもしれません。しかしその便利さは、地球をますます痩せ細らせることだったら、それもやがて終わってしまうでしょうね。

 「便利」な生活を一度経験したら、なかなか後退させられないのも事実です。じゃあー「後は野となれ山となれ」では先祖に申しわけないことです。これまでの「便利」が、これからもずっと続くと考えることこそ現実的でない現実だと思います。

 「便利」だから「幸せ」には繋がりません。「便利」な今に住んでいる人は、全員「幸せ」では無いように。逆に「便利」からはほど遠かった江戸時代の人は、みんな「不幸せ」と繋がらないように。

 今日の夕方、僕にとっては3人目の孫が生まれました。この孫が、孫を持つ頃にはどんな風景になっているでしょうか。後、300年でこの地球人は終わって欲しくありません。


4年

 3・11から4年が経過しましたね。朝からラジオを聴きながら、さまざまな想いが交錯していました。1度ブログにも書いたと思いますが、2011年3月7日~9日まで僕は茨城県水戸市にいました。書いていた本の取材というのが目的でした。

 東海村に行きJCO事故の被害者から聞き取りを行い、10日からは福島に行って、原発労働をしていた方から聞き取りをする予定にしていました。そしたら、残念なことに話しをしてもらう予定にしていた方の妻が亡くなられた直後ということだったので、この度は遠慮としていたのです。今でも思います。あの時予定通り福島に行っていたら、どういう運命になっていたかです。

 残念ながらという思いで9日の朝、水戸駅から上野へ行く常磐線に乗りました。車窓から見えた偕楽園の梅の花がきれいだったのを思い出します。雪も残っていました。東京で用事を済ませ、夕方新幹線で帰広しました。

 震災と原発事故の時は、職場の休憩室で友人とお茶を飲みながら、駄弁っていました。冬の日差しが窓から差し込んでいたのを覚えています。

 あれから4年、まさに福島原発事故など無かったかのように、「原子力ムラ」が息を吹き返してきたように思います。昨日のアベシン記者会見でも、彼は原発についてはほとんど何も語りませんでした。
おりしも来日中のドイツのメルケル首相は、「脱原発」を熱く語っています。他国の首相が脱原発を話しても、当の日本の首相は何も語らない、こんな状況はなんとも情けない話しです。

 世論調査を行っても、大多数の国民の関心事は「景気・景気」。統一地方選挙でも選挙の争点から原発、エネルギー問題があえて外されているように思います。

 政府の事故調査委員会の委員長をしていた畑村洋太郎さんも、「(事故調の提言が)全然生かされていない、今は規制のハードルが上がったほかは、事故前と同じ状況だ。避難計画も実施可能かはわからない。実際に30㌔圏内の住民全員を計画通り動かしてみるくらいのことをやったうえで・・・」と話していました。

 朝のラジオが、今でも避難をしている人は22万人以上がいるそうです。22万人の内、いまだに仮設住まいというのが8万数千人です。広島県にも400人以上の人が自主避難しています。

 珍しく落ち込み気分です。気持ちよい風に吹かれたいけど、昨日から広島もとても寒いです。

考えられない買収金額

 なんでもないただの石ころを100万円で買いたいという人が現れたら、嬉しいでしょうね。買いたいと言う人の頭の中を心配することになるかも知れません。
 その石ころが、特に思い出になるものなら、こういう値段が付くこともあるでしょうけど。例えば、愛する人の記念品だったりとか、戦争で死んだ息子の遺品とかいうものだったりとかでは。

 1平方メートルの土地の値段が、固定資産評価額では5円少しの値段しか付かない物を、それを約250倍の値段で買いましょうと言われると、僕だって心は動きます。「僕だって」ではなく「僕だからこそ」と言った方が正しいかも知れません。それも愛着もなにもない土地だったら、間違いないと思います。「原野商法」に騙されているのかもと疑うのが普通でしょう。

 中国電力が上関原発建設予定地で、これまで土地をどれだけの値段で購入していたのかということが明らかになりました。原発計画地ですから、宅地でもありません。草ぼうぼうの山林です。

 普通住宅を建てる宅地は、評価額も高いです。税金を掛ける時の基準にするのを「路線価」ともいったりしますが、場所によって値段は違います。田や畑もそれなりですが、山林・原野になると1平方メートルの値段は5円そこそこなのです。

 その山林の値段が、約259倍の1,450円で買っていたのです。住宅のように土地面積が200平方メートル程度でしたら、1,450円でも大した額にはなりませんが、山林といったものは一筆当たり何千平方メートルというのもあります。

 売買価格というのは、当事者間の「売りたい」「買いたい」で決まるものですが、やはりそれなりの「適正値段」というのが在ると思います。

 不動産業者などから聞いた話しですが、だいたい評価額の1.3倍くらいが売買価格になるということです。それが約259倍というのは異常な値段と言わざるをえません。

 中国電力は上関町の町道の整備をしています。「3・11」によって原発計画が中断しているという事態にも関わらずです。そのための土地買収価格も原発建設計画地と同じ額を出しているというようですから、こんなことが許されてよいのか強い疑問があります。

 言っておきますが、このお金は苅田知英社長のポケットマネーでないことは当たり前、みんなが払っている電気料金です。「ここで怒らずして何に怒る」という気持ちです。

原発推進広告が復活

  「3・11」以降、鳴りを潜めていた原発推進広告が復活しました。まだ4年しか経っていないというのに。そして今なお事故は進行中であるにも関わらずです。

 3月1日の中国新聞は、全紙の下3分の1を使って電気事業連合会の「意見広告」を掲載しました。大見出しは「おしえて!岸先生 ニッポンのエネルギー」とあり、中見出しは「現在、国内の原子力発電所が全て停止し、火力発電の割合は約9割に。これは第一次オイルショック当時を上回る水準です。だからこそ、安全性が確認された原子力発電所の再稼働が必要なのです。」と書き、その下には長々と小さく書いています。

 この岸先生こと岸博幸くんは、一橋大学を卒業し現在の経済産業省の前進である当時の通産省に入り、この国に大きな差別構造を造りあげた竹中平蔵を師匠と仰いでいる面長男の年齢は52歳という人物です。現在は慶応大学大学院教授という立場にいます。

 電気事業連合会は略して僕たちは電事連と呼びますが、沖縄電力を含む全国10社の電力会社が加盟している「任意団体」です。現在会長は関西電力の八木誠社長です。歴代会長は東京電力、関西電力そしてたまに中部電力のトップが座っているのです。

 たくさんのお金を集めて運営されているものと思われますが、この「任意団体」というのが「くせ者」です。普通この程度の団体になると、○○法人とかいう肩書が付くはずですが、あえてこういう肩書を付けていないのです。だから、その事業もホームページで公けに書いてあること以外は、秘密のベールに包まれているのです。会計も任意団体ということで、明らかにされていません。

 だから国会議員などへの裏金配りが、時々その噂が上がることがありますが、全て闇の中に包まれています。かつて青森県知事選挙で核燃凍結派の応援演説で呼ばれたアントニオ猪木議員が、大金を貰ってそれをキャンセルしたというスキャンダルは有名ですね。このお金の出所は電事連というのが周知の事実となっています。

 民主党が政権を取っていた時には、この電気事業連合会から同党の議員たちに大金が配られたという話しも、みんなが知っているところです。そしてマスコミも電事連に弱いのです。10月26日の「反原子力の日(電力会社的には原子力の日)」には、大きな広告を出してくれるのですから。

 昨年の秋頃から、急激に「原子力ムラ」が息を吹き返してきたように思います。まるで福島原発事故など無かったかのように。経済産業省の「エネルギーミックス」を決める議論とともに、広告も増えて来る気配が強まると思います

三隅火電の将来の姿を読む

 昨年10月だったと思います。島根県浜田市にある三隅火電1号機に続いて、2号機を当初予定の40万kwから100万kwに出力を上げて、それも関西圏への売り込むことを目標に新規建設することが明らかにされました。この2号機は2001年以降、電力需要が低迷していることを理由にずっと延期、延期がされていたものです。

 地元の商工会や浜田市は、「建ててくれ。建ててくれ」を中国電力に訴え続けていました。別に商工会や自治体は火電が好きな訳ではありません。ただただ理由はお金です。

 しかし中国電力にしてみても、必要の無いものを建てるとは言えません。いくら何でも理屈の立たない物を造る訳にはいきません。そこで、その理屈になったのが関西圏への売り込みということでした。電力の自由化という背景からです。ということで、昨年10月に明らかになったのが「三隅火電建設へ」の発言でした。

 そこはたぶん中国電力としては「予想外」だったと思いますが、「島根原発再稼働が必要だ」という理屈に合わないという反発でした。この反発は、三隅を造るなというのではなく、「関西圏に売るための三隅建設を」というのに対する反発でした。

 という経過の中で、この度中国電力は自社管内への電力供給のためということで、2月27日に島根県と浜田市に対して2号機新設の申入れを行いました。島根県も浜田市も、申入れを受け入れるのは確実です。久保田章市浜田市長の「作業員が長期に滞在してくれて、宿泊客が増えれば地元経済へのメリットが大きくなる」というコメントは、まったく分からないではありませんが、なんとも目先のことしか考えない浅はかさを感じます。

 予測しておきます。三隅火電の運転開始時期は2022年としていますから7年後のことですが、僕の予想では中国電力にとってはその時には、余分な発電所となって関西圏への売電電力になっているものに変身していると思っています。もしその時、自社管内での電力だったら、頭を丸めることを約束します。今はそれなりに毛髪はありますが、はげ頭になっていたら申しわけありません。

 「三隅を造ってくれー」と言ってる人たち大物らも、たぶんその時には多くの人たちは、この世の人ではないでしょうし、「島根原発再稼働前の建設表明はけしからん」と言ってた人も、そのこと自体を忘れているでしょうから。

 経済産業省の将来の電源構成(エネルギーミックス)を話し合う作業部会では、2030年では今よりも18%超ほど電力需要は減るという数値を出していました。なのに、まだ100万kwクラスの発電所を必要とするのでしょうか。いつも言ってることですが、「今だけ」「金だけ」「自分だけ」の、代物です。


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