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大江戸にタイムスリップ

 1994年8月が第一刷ですから20年以上前に出版された本ですが、「大江戸リサイクル事情」「大江戸エネルギー事情」というのがあります。石川英輔さんが書いたものです。出版されてすぐに購入し一度は読んで、面白い本だとは思っていました。

 この2冊を再び読む気になって、いっきに読み終えました。江戸時代は物価の値上がりもほとんど無く、平和な中で約250年続いたとされています。あの頃のエネルギーのほとんどは人間そのものです。主食のほとんどはお米ですから、太陽の恵みが無いと出来ないものです。太陽は水を作り、風を作りますから、全てのエネルギーの源は太陽ということになります。

 野菜を作る肥料も人間そのものの糞尿ですから、農家にとっては堆肥が無いということは死活問題でした。そのことをくどくどと説明する原稿スペースが無いので省略しますが、僕らくらいの世代の人なら子ども時代の記憶の中で少しは思い出になっているでしょう。

 大江戸の良いところは征夷大将軍だろうが天皇だろうが、照明で使う行灯も今では靴と言われている草鞋も、夏の暑さをしのぐ手段もみんな一緒でした。移動手段もほとんど同じで、征夷大将軍はエアコンを使っていたということはないのですから。

 身体がエネルギーの源ですから、現在問題になっているようなメタボも若年者性高血圧症も無かったようです。

 石川さんは、江戸時代は今の考えから視ると不便な事この上ないが、皆が同じ境遇でこれしか無かったのだから、不便とは思わなかったのは当然と書いています。この二つの本の中で何度となく触れられているのが次の言葉です。

 「今、急に変える必要もないし、変えられませんが、いずれ、いやでも私たちの生活様式を変えなくてはならない時代が来るでしょう。その時の基礎になるのが何かというと、人間は、太陽エネルギーで育てた植物の範囲で生きるほかないという常識ではないでしょうか」

 「エネルギー資源をどんどん掘り出して燃やせば、当座は間違いなくいい暮らしができます。でも、いずれは何らかの形で行き詰まりがきます。私たちは、そのツケを払わなければならない時がもう目の前に迫っているのです。行き詰まりが本格的になれば、その時には、ご先祖様による250年以上の経験以外に、われわれ日本人がお手本にできるものがあるでしょうか」

 先日4歳になる孫といっしょにJRの電車に乗りました。吊り広告にNHKの大河ドラマの「花燃ゆ」のポスターがありました。ポスターには出演者が屋根に座って空を見上げているものでした。孫がそれを見て言いました。「じいちゃん、屋根の上に上がったら怖いし落ちるのでは?」と。僕は、「今は2階建がほとんどだけど、昔は2階建なんか無かったよ。だから、気軽に屋根にも上がれたんだ。もちらんマンションなんか無かったし」孫はびっくりしたような顔で「えーマンション無かったん」と。

 平和大通りにある白神社という神社がありますが、その案内版を読むと白神社から広島湾が見えたそうです。あの頃はどんな姿だったのでしょうか。一度戻ってみたいものです。






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哀れというか愚かなりけり

 「人命尊重の観点から人質の早期解放を求める」というものと、「このようなテロ行為は言語道断の許しがたい暴挙だ。強い憤りを覚える。国際社会と連携して戦う」という二つの言葉、どうしても矛盾していると思うのです。

 「イスラム国」のこの度の事件、人質になった二人の人は昨年の段階で誘拐され、すでに身代金を要求されていました。そんなことは十分に知っているアベシンは1月10日から21日までエジプト、ヨルダン、イスラエル、パレスチナを訪問して、「イスラム国」などのテロリストと対抗するという意味の発言をして、身代金と同額の援助を出すと約束しています。

 テロは大きな犯罪には違いはありません。しかし二人の人質のことを考えれば、長い目ではなく目の前の問題解決のためには、アベシンの中東での発言は理解できません。

 配慮が無いというかアサハカというか、「イスラム国」としてみれば、「売られたケンカは買わざるを得ない」という心境だと思います。ここで怒らなかったら「イスラム国」も立つ瀬が無くなるという状況だと思います。

 今年に入ってフランスの新聞社が襲撃される事件が発生したにも関わらず、アベシンの発言は全く理解ができません。ドイツの新聞は「アベシンの発言はテロリストを挑発させたものだ」と強い口調で批判しています。そしてこの新聞は「日本ではどうしてアベシンの発言に抗議する声が起こらないのか」という疑問の声も書いています。

 外務省の職員の中では二人の人質に対して「バカなことをしてくれた」という言葉が語られているともありました。そしてNHKは繰り返し「日本の支援は平和的・人道上」というのを繰り返しています。

 一般的な日本人の中には、「どうしてあの人たち(二人の人質)は、バカなことをして」という声が多いように思います。しかし大手のマスコミを中心に真実を報道しない中で、どうしてもフリーという人が真実を観て、それを伝えるということはとても大切なことだと思います。

 「イスラム国」のテロ行為は文句無し、許されない行為だと思います。しかし10歳そこそこの子どもたちが銃を持って兵士になってテロ行為を行っている、女性や子どもたちが恐怖の中でブルブル震えながら暮らしている、これも現実です。兵士にさせられた子どもたちを含め、多くの弱い立場にいる人が犠牲になっています。

 面白おかしくこの手の事件を書く、その手の新聞は「ここで人質が救出されたら安部内閣の支持率は大きく上昇するだろう」とも書いていました。

 アベシンの中に、中東訪問を含めてこの間に自分が行った行動や言動に対する反省というのは少しでもあるのでしょうか。

 そして、なぜ日本のマスコミはこのことを指摘しないのか、これぞ「哀れというか愚かなりけり」だと思うのですが。






社会的責任

  「企業の社会的責任」ということを、ここ10年くらい前から強く言われるようになってきました。英語では、Corporate Social Responsibilityと書きます。この頭文字をとってCSRですね。

 昨年の3月末まで勤めていた職場でも、CSRは何度も聞かされました。年に1度か2度は研修会というか勉強会も行われていました。会社のホームページを開いてみると、「CSR憲章」というのを読むこともできました。たぶん99パーセントの職員は読んだ経験は無いと思いますが。

 僕のCSRの解釈は、企業がその儲け活動だけを行うのでは無く、社会的な存在として消費者や地域社会、株主などに責任を負うことだと思っています。法律違反とまではいかなかったとしても、倫理上の責任を問われることを指していると僕なりに理解しています。もちろん法人としての企業が法律違反を行えば、法律違反による責任が問われるのは当然だと思います。

 「中国電力企業倫理綱領」というのが在ります。この会社では、俣野川ダム測定値改ざん、島根原子力発電所の点検項目を実施していなかったことなど多くの問題を起こし、この反省からコンプライアンス経営の推進を掲げ、役員の率先垂範のもとに作られました。

 島根原子力発電所PR館の前庭には、風化防止モニュメント「誓いの鐘」というのが置いてあります。2010年3月の島根原発の不祥事についての再発防止策を定めた最終報告書を提出した6月3日を「原子力安全文化の日」と定めて、この鐘を作りました。ほとんど毎年、社長も来てセレモニーをしています。その誓いの言葉を紹介しておきます。
「安全と品質の確保を最優先に、業務の確実な遂行とわかりやすい情報発信に努め、安心していただける発電所にすることを誓います」です。

 中国電力は上関町でも、CSRに触れることを何度も起こしています。その極め付けは、1987年の町長選挙で行われた中国電力社員の不正転入事件だと思います。不正転入をした当人は公職選挙法違反という刑事責任を負いました。当然中国電力自身のCSR違反というのは在ると思いました。しかしこの時の中国電力幹部の開き直り発言は「社員が勝手にやったこと。会社としての指導は何も無い」というものでした。これはCSRには違反しないと言えるのでしょうか。

 企業の社会的責任とともに、個人にも僕たちのような市民団体や住民団体にも社会的な責任というのは在ると思います。

 法律違反では無いが、社会的な責任が、そして人間としての倫理上の責任というものだと思います。簡単なことですが、資料が欲しいと言われて送ってあげても返事をしない、頼んだことの途中経過の説明がされない、約束の時間が連絡無しで守られない、といったものです。
 大切なのはレスポンスだと思います。レスポンスは反応とか応答という意味です。僕にも全く身に覚えのないことだとは言えませんし、大いに反省したこともあります。

 しかし一方で、メールだけの依頼というのはどうだろうかと首を傾げることもあります。電話一本くれたらOKにもなったことが、文字で返さなければならないメールというのは、どうしても曲がって伝わることも在り難しいものです。やはりコミュニケーションの「いの一番」は言葉だと思うのですが。

 こういう事を言ってるのは、60歳超えのアナログ人間の時代遅れの話しでしょうかねえー。

絶滅危惧種のような医者

 今どきに絶滅危惧種と表現してもいいような医者がいます。この医者との出会いは8年くらい前になると思いますが、出会いは休日当番医だったということでした。緊急避難で駆けつけた病院ですから、わが家からは近くない距離です。

 開業医さんですが入院設備も持っていました。僕より少し年上で、外科・消化器内科・肛門科が専門です。

 昨年の12月から1月に掛けて「メチャクチャ」というほどでも無いのですが、ずっと机のパソコンに向かって「ウーン」と唸りながら用事をしていました。そしたらケツ(お尻)の穴が急激に痛み始めたのです。ついでに慢性的にある腹部の違和感も診てもらうことにしました。
 8年くらい前に、同じ痛みで我慢できなかったので、休日当番医であったこの病院に行ったのです。この度は大したこと無かったのですが、「待ってましたと」ばかりの気持ちで行きました。

 最近の特に若い医者は「どうぞお座り下さい」とは言っても、ボソボソとよく聞こえないような声で話して、こちらをあまり向いてくれないように思います。もちろん全てではないのですが。そして医者が向いているのは、患者ではなくパソコン画面で手はキーボードです。「どうされましたか?」と訊ねてはくれますが、眼はパソコンから離れません。

 「待ってました」とばかりに行ったこの絶滅危惧種の医者は、じっと僕の顔を見つめて脈・血圧を計り、これまでの病院で検査してらったことを十分に聞いてくれます。そしてそこのベッドに横になってと言って腹部をいろいろと触っていました。「腹の痛いのは背骨に問題があるんじゃあないだろうか?」と言ってレントゲンで撮影することにもなりました。
 そして続いてケツの診断です。この年齢になると恥ずかしいという気持ちは全くないのですが、この診察は大声を上げそうになるほどの痛みが伴います。二人の看護師(女性)さんが僕の身体を押さえつけていました。
 でも「大したことない。早く来たからだろう」と、この絶滅危惧種さん。

 僕は、「最近の医者はパソコンにだけ向いて、こちらを見てもくれない。ちょっと触ったとしても、すぐに消毒液で手を洗い相当に汚いものを触ったような顔をしている」などと話して少しに時間を雑談で楽しみました。

 そんな雑談の中でこの医者は「僕なんか絶滅危惧種の医者だ。そしてやがて絶滅する」と宣言していました。僕は医者の集まりでも原発の話しをすることがたまにあるのですが、ヨーロッパなどでは、医者は患者から話しを十分に聞いて診断をするだけ、それに徹しています。患者の話しは専属の助手の人がキーボードに向かっていると聞いたことがあります。

 この病院、初めて行った時は入院設備を持っていましたが、最近入院は止めたそうです。「入院するような患者はそんなに居ないし」とも。病院の建物も以前の通りでした。最近の建物ばっかり素晴らしい病院とは違います。何よりもこの医者の素晴らしいことを証明したのは、看護師さんが昔のままの人だったことです。「この医者なら働きやすいし、辞めんだろうなあー」とも思いました。職員が長く勤められる職場というのは、上司が素晴らしいのだとも思います。

 医術も立派です。僕は8年間まったくその痛みは無かったのですから。
 ただし決してきれいな建物でもないし、患者の「痛たたたー」の叫び声は待合室にダダ漏れです。特に僕は大げさに声を出すからかも知れませんが、でも待合室も同病の人が多いのでしょうから、そんなに気にすることも無いでしょうね。

 この病気で苦しんでいる方、紹介しますから是非ともご連絡を下さい。



20パーセントという数字

 今月末から経済産業省に新設する「有識者会議」で、発電方法ごとにどの程度の数字にするかという議論が始まります。要するに何パーセントの電力を原発で賄うかという議論です。発電コストなどを検証して、この夏までには結論を出そうというものです。

 この数字は「2030年における」というものですが、原発比率を20パーセントにしたもので検討しているということが明らかになりました。「有識者」の議論が始まる前にこういう数字が出てくるというのは、おかしな話しだと思います。そして「ユウシキシャ」にかぎかっこを付けましたが、アベシンが選ぶユウシキシャに対して大いに疑問があるからです。

 昨年4月に閣議決定した「エネルギー基本計画」では、将来の再生エネルギーの割合を「約2割を上回る水準」と決めていました。この時点では、原発の比率は先送りされていました。本音は「原発復活」だったと思いますが、世論の様子見だったと思います。政府内では「原発を減らすと電力供給に支障が出るが、さりとて脱原発の世論を考えると再生エネ以上の活用は難しい」という、まさに「フクシマなどまるで無かった」かのような「方針」が決まっていたようです。

 先日のブログでも書きましたが、中国電力の苅田知英社長が1月8日に山口県庁と上関町役場に行った時に記者に対して「この夏に示されるであろう数字を観て埋立て免許問題を判断する」と答えています。なんとも自主性の無い男ですが、今さら言っても仕方がありません。こういう人だから社長が出来ているのですから。

 この20パーセントという数字、原発比率の低い中国電力では上関原発の復活も十分に予想される数字だと思います。ますます「ドロ沼」に入ることになりそうです。

 何度も言いますが、まだ議論が始まってもいないのですから、この数字の議論はしっかりと世論を聞き取って、みんなが参加出来る形で行われるようにすることが大切だと思います。もちろん僕は原発ゼロパーセントです。

 一方、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度の導入ルールに対する、意見募集(パビリックコメント)の結果が、1月16日に明らかにされました。当然ですが、再生エネ抑制制度に対しては異論が出されています。

 なにしろ政府方針の、再生可能エネルギーの「接続可能量」は電力需要から原子力、火力、水力などの発電方式の割り当て分を引いた残りの量になっているのですから。原発の割り当て分が増えれば、当然再生可能エネルギーの接続可能量は減ります。またビックリしたのは、この原発の数字には廃炉が「確定」している島根原発1号機も含まれているのですから。

 2016年4月から電力小売りの全面自由化が始まります。そのために経済産業省の直属で「電力市場監視委員会(仮称)」が設立されます。

 自由化をにらんで「新電力会社」が、たくさん誕生すると予想されています。昨年12月現在でその数は468社と明らかにされていました。来年4月から私たちは、さまざまなメニューの電気を購入することが出来ます。当然電気料金は安くする方向で価格競争がされると思われます。

 こんな中で、20パーセントの原発を保ちたいという政府の方針、そこまでやられたら電力会社も普通では破産です。それが破産させないために税金が使われるようです。


「公正中立を求める」

 小さなことで心配したり悩んでいる、特に僕より年下の人に話す励ましの言葉に省ちゃん流のがあります。「あのオウムの麻原だって今でも処刑されていないのだから、悩むことはないよ。そう簡単に殺されるようなことはないし」ずいぶん乱暴で品の無い言い方だとは思います。でも本当に品位の無い省ちゃんですから、仕方ありません。僕は親が悪かったのだと責任を親に転嫁しています。

 昨年12月の衆議院選挙で自民党はマスコミ各社に「公平中立を求める」という圧力文書を送りつけたことは、本当に醜いことだと思っています。

 このことによって、選挙がいっぺんに面白くなくなりました。マスコミはいっぺんに萎縮してしまいました。まるでナメクジが塩をかけられて小さくなるように。テレビ朝日の「朝まで生テレビ」は評論家で編集者の萩上(おぎうえ)チキさんの出演を取り消しました。僕は荻上さんの『僕らはいつまで「ダメだし社会を続けるのか…』など彼の著書は何冊か読んでいます。若くて素晴らしい人です。

 NHKの「ニュース9」も、アベシンの広報番組になっていました。投票日の前日だったと思いますが、各政党の党首らがいかに選挙選を戦ったかを振り返っていた番組がありましたが、アベシンは約30分はやっていたと思います。 僕の知人できちんと何分何秒まで測ったのがいましたが、アベシン以外は、まさに「お茶を濁す」程度の扱いだったと彼は怒っていました。

 時間とかだけでなく、選挙の争点も「アホノミクス、ごめんなさいアベノミクスでした」だけに限定され、特定秘密保護法も集団的自衛権も原発再稼働も「政治と金」もTPPも何もかも外されてしまいました。こういうのを書いたら、マスコミ関係者から叱られるかもしれませんが、マスコミの主張が選挙戦で示されなかったことです。

 マスコミは争点だと思うことについて「ここが重要だ」とか「わが社はこう考える」とか言っても問題は無いと思うのです。低い投票率を問題視していますが、選挙を面白くしなかったマスコミにもその責任は大いにあると思います。

 僕もマスコミ関係者から取材を受けることがありますが、この前こんなことがありました。質問を受ける前に「次の県議選挙などに出馬されることは無いでしょうね」と尋ねられました。僕はいっしゅん何の意味か分かりませんでしたが、テレビに出たり新聞に名前が載ると、選挙に有利に嫌不利もあると思いますが、不公正になると判断したからでしょう。もちろんその記者が判断してのことだとは思いませんが。

 ここまで書いても、冒頭の「あのオウムの麻原だって…」を書いた理由は分からないと思います。僕の言いたいのは、つまらんことで「ビビルな」ということです。

 「自主規制・自主萎縮」なんかするなということです。今のところこの国では、報道によって処刑されることは無いと思いますから。ただし先のことは分かりませんよ。自主規制したり萎縮して、「大本営発表」のマスコミになったらそういう時代が来るかもしれませんね。


1月8日にどんな話しをしたの?

 1月8日、中国電力の苅田知英社長らが山口県庁と上関町役場を訪れています。山口県知事の「知事往来」を見ると、午前11時に「苅田知英社長ほか」が訪ねています。11時20分には次の人が知事と会っていますから、20分間です。

 この日は東京で全国知事会が開催されていますから、ほとんどの知事が上京したのですが、なぜか山口県知事だけは県庁内をウロウロとしています。苅田社長と会うために全国知事会を欠席するということは無いと思いますし、この日の山口県知事の面談者も見ても知事会を欠席するほどの人はいませんから、その理由は分かりません。

 苅田知英くんも村岡嗣政くんも主体性の無い男ですから、上関原発の建設問題について、自分から「こうしよう、あーしよう」という発言は無いと思います。そんなに甲斐性があったら、とっくに「カミノセキ」は終わっていたと思いますから。

 翌日の新聞によるとついでに訪れた上関町で、記者のしつこい取材に対して「国のエネルギー政策における(上関原発の)位置付けを補足説明で(山口県から)求められている。状況をしっかり見て回答する」と答え、その時期については「期限は守らなければいけない。議論を見ながらタイミングを考える」と話したとされています。

 この議論とは、政府が夏までの決定を目指す新たな電源構成比率の議論のことです。原発を「重要なベースロード電源」としたエネルギー基本計画の閣議決定が去年の春に行われました。しかし一方では原発比率を「可能な限り低減する」ともしたものでした。

 「重要なベースロード電源」と「可能な限り低減する」ということは、矛盾した考えだと思います。こんな矛盾した国の態度の中で、苅田くんも村岡くんも自分で「上関原発やめた」などと言える訳もありません。

 しかし埋め立て免許延長問題の6度目の、山口県と中国電力の「猿芝居」回答期限は5月15日です。「猿芝居」と言ったら、猿に怒られるでしょうね。猿ほど几帳面でキッチリしている動物は居ないと言われてますから。

 昨日、打合せを兼ねて上関町に行きました。埋め立て工事は「3・11」から中断となっていますが、送電線の買収はどんどんと進めているようでした。原発も送電線が無いと電気を送れませんし、1本だけの送電線ということはありませんから、2ルート以上は必要です。牛島とか佐合島とかいう島を経由して送電線を考えているようです。

 上関原発について仕事をしている者にとっては、何もしないで給料をもらうわけにはいかないでしょうから、そして「後は野となれ山となれ」体質が染みついているのですから、将来近い内に上関原発が撤回になっても、その日が来るまでは家族のためローン返済のために、仕事をするのがサラリーマンの宿命でしょう。僕も長年サラリーマンをしていましたから、その「基本体質」は分かり過ぎるほど分かっているつもりです。

 「今だけ・金だけ・自分だけ」3だけ主義の現在ですからね。

成人の日

 日本人ですが長年アメリカに住んでいる友人に「1月10日~11日は土日で12日が成人の日だから、3連休になるんだよ」とメールをしたら、「えーいつから12日が成人の日になったの」という返事がありました。

 そういえば遥か何十年前の僕の成人の日は、1月15日でした。ホームページで調べたら、1999年までは1月15日だったとありました。アメリカでも「ハツピー マンデイ」というのがありますから、日本だけが変わっているというのではないと思いますが。

 僕は成人式には出席できませんでした。ある大学の通信教育を受講していて、ちょうどその日が広島市で開催された地方講座の日に重なってしまい、そちらを優先したからです。夜は男女を含めた何人かが友人の家に集まり、コタツを囲んで話したのを思い出します。鮮やかに思い出すのですから何か良いことがあったのか、それは分かりません。成人式の記念品が鏡だったのも鮮明に覚えています。

 今日のニュースで、成人式の会場から出てきた若者を観て思うのですが、女性はどうしてあんなに厚化粧しているのだろうかとビックリします。あの年齢なら素顔で十分に冴えていると思うのですが、厚化粧がどれも同じようで皆が同じように見えてしまいます。そしてみんながVサインでカメラに収まるのは、これもまた今流でいえば「キモイ」という感じです。

 男性は新撰組のような白系統の着物を着て、刈り上げ君のような髪型もイヤハヤという感じです。

 そして男も女も、みんなくるんで喜んでいる姿にもイヤハヤです。もちろん成人の日に久しぶりに友人と会って楽しいのでしょういから、いらんお世話かも知れません。くるんで脅かされたら僕も謝るしかありませんけど。

 僕たちの成人の思い出は、なんといっても話し好きでした。政治を話し社会の在るべき姿を話しあったものです。それで煙たがられるとか、浮いてしまうということは無かったと思います。今の時代、就職試験などで政治に興味があるようなことを言ったら、就職できないといわれます。雇う側の度量の無さを思います。雇われる側も強く自己規制しているように思います。雇う側世代が僕らよりも少し年下世代ですから、僕自身の責任も感じてしまいます。雇う方が、いわゆる「安全パイ」を希望しているようですね。

 僕ら世代は相当に職場などで社会に迷惑を与えたのでしょうかね。それが堪えたのでしょうか。僕らの時代は年寄りが保守的で、若者は革新的というのが定番だったように思いますが、最近はこの傾向が逆転しているように思います。

 以前、このブログで「意見言え、異見を言ったらすぐ左遷」というサラリーマン川柳を紹介したと思います。個性尊重だとかグローバル化時代に対応できる人材などと言いながらも、成人式の顔が同じに見えるのは少しガックリです。

66歳になりました

 1月8日ついに66歳になりました。早朝に長女から「おめでとう!」のメールが入りました。さすが気くばりの娘です。

 よりによって、この日中国電力に対して島根原発問題で申入れを行いましたが、終わった後にマスコミ関係者から「何歳ですか」と聞かれ思わず65歳と言いかけましたが、「そうだ今日から66歳だー」と言ったら、一人の女性記者が「おめでとう」と言ってくれました。
 根が単純な僕ですから、すごく嬉しかったです。まあー考えてみれば、そんなにおめでたい年齢でもありませんが。Face Bookには何人かの友人がメッセージを寄せてくれました。

 ズウズウしい話しですが、ほんのこの前まで「ヒロシマの若者、被爆二世」として新聞などに取り上げられていたという記憶は、今でもハッキリと残っているのですが。でももう「65歳以上の高齢者・・」という枕言葉が付く年齢になり、2年目の春となった訳です。

 若いと思っている人もすぐに歳を取りますよ。まさに「命短し恋せよ乙女」です。

 66歳になっての決意、そうですね僕より若い年齢の人に優しく且つ厳しく声を掛けたいと思います。最近の歳取った人はどうも若い人に対する指導を怠っているように思います。僕が若い頃はすごく指導されたものです。顔を見ただけでも、まさに震え上がるような人もいました。

 今となっては、この経験が僕を大人にさせてくれたと感謝の気持ちです。若い人たちが「○○さんに怒られた」とか「叱られた」ということをすぐに言って、言った人を「悪者」扱いにする傾向が強いと思います。この風潮はとても良くないと思っています。近所の中学生前までくらいの子どもたちに注意したら親から怒鳴り込まれる時代ですから、大人も教師も萎縮してしまいます。

 昔は先輩にきつく指導され、お嫁さんは姑から注意されたりある時にはいじめられたりもしたものです。

 そして最近は注意する方法もとても苦手な人が多くなったと思っています。「黙れ!」「うるさい」「バカたれ」という単語で怒り声をあげる人は時々見ることがありますが、こういう言い方しかできない人の「ゴキャブラリイ」の無さを感じます。単語で怒り声をあげるよりも、優しく注意する方が本当に難しいのですよね。

 66歳になって、「かきくけこ」を実践します。「か」とは感性、「き」は気くばり、「く」は前向きに苦労を考えること、「け」は研究心と健康、「こ」は恋心を持つこと。恋心を持つ対象は男女を問いません。もちろん年齢も。最近、年齢に関係なく素敵な男や女に出会うことが多くなりました。


土地共有の功罪

 原発反対運動などを進めるためによく使われる手段に、土地共有化運動というのがあります。いわゆる「一坪地主」といわれるものです。土地を何人かが共有して(一つの土地を何人かが共同で所有するというもの)、みんなの合意が無ければ、土地を相手側に売却させないための手段として使う作戦です。

 もっと端的にいえば一人だけが土地の所有主だったら、その人が原発反対から賛成に寝返ったり亡くなったりした場合、その土地が相手側の所有になることを防ぐためです。

 人間ですから心変わりすることもあるでしょう。その理由は原発の場合はほとんどがお金のためだとこれまでの経験から思っています。また反対を強く貫いていた人も亡くなってしまえば、相続人がその土地の所有権を持つことになり、その相続人が亡くなった人の意思を貫くということも期待出来ない場合もありますから。

 上関原発の建設計画が浮上して今年は33年目に突入しました。33年もすると様ざまなことが起こるのは当然です。僕たちは上関原発計画地の土地で、絶対反対を貫いていた人の土地を、地元の人を中心に全国の人たちと共有するという運動を進めていました。一筆の土地を40人とか25人とかという人に共有してもらっています。そういう土地の所有権が今現在どの人になっているかということは気にはなりますが、あまり調べようとはしないものです。

 何年か前、上関原発建設のために海の埋め立て工事が強行される前に反対派の人が持っている共有の土地に監視小屋を建てようとしました。設計をしてもらい、いざ工事に入る前になった時、中国電力から「その土地は当方も所有権を持っています。従って建物の建設は認められない」という連絡がありました。調べてみると、確かにその土地の共有分権利が中国電力に売却してありました。反対派だと思っていた人の権利が、中国電力に売却されていたのです。

 原発建設反対派と賛成派が「仲良く」一緒に持っているという状況になるのです。こうなれば双方が、その土地に対して何も出来ないという状態になるのです。

 ということがあって何かと調べる機会があれば調べるのですが、これまで数筆かの土地の権利が中国電力に売却されていました。

 このたび、「上関原発反対神社名義地裁判」の最後の原告だった竹弘盛三さんが亡くなられ、竹弘さん所有で全国の人たちが共有している土地について調べました。

 そしたらある土地の権利が、中国電力に売却してありました。それも元々の所有者が上関原発反対派の拠点といわれる祝島の人でした。それも去年の5月に移転しています。

 中国電力の上関事務所が、3・11以降工事が凍結しているからあまり用事が無いから、土地所有者に声をかけて購入したのだと軽く視ることはできません。「上関原発はもう終わった」のだと思っている人も在るかも知れませんが、そう甘く視てはいけないと思います。

 この状況を観て、僕はピーンと張り詰めるような緊張感も持ちました。そういう意味では「良い新年の刺激」だったかも知れません。

 中国電力は土地の権利をいくら払って取得したのでしょうかね。それにしても無駄な金だと知りながらも懲りずにやっているようです。

集中しています

 今、集中しています。昨年から「高木仁三郎市民科学基金」の選考委員をしている関係で、枕にしては少し薄いかもしれませんが国語辞典くらいの厚さがある助成申込書を、まさに一字一句読みながら書類選考作業をしています。

 僕の選考尺度になるのは、なんといっても高木仁三郎さんだったらどのように判断するだろうかというものです。
高木さんは2000年10月に62歳という若さで亡くなった人ですが、NPO法人「原子力資料情報室」を立ち上げ今でも「反原発運動のカリスマ的存在」と今でもいわれている人です。高木さんの遺産などをもとに結成されたのが「高木仁三郎市民科学基金」で、今年は14年目の助成金応募となっています。約1000万円を市民科学者も目指す人に助成するというものです。

 一度はこのブログでも書いたと思いますが、僕は高木仁三郎さんとは「省ちゃん仁さん」という関係で付き合っていました。その「高木仁三郎市民科学基金」ですから、僕も本気で選考作業をしています。申込みの状況などを、この場でお知らせすることは出来ませんが、申込書を読んでいると世の中には色々な問題に関心を持っている人が居るのだということを改めて知らされます。そういう意味では「捨てたもんじゃないよ」というのが率直な感想です。選考はランク付けとそれぞれの申込書へのコメントが主なものです。しかし選考委員の中でも半分くらいが高木さんと直接付き合った経験の無い人で、時の流れも感じています。

 だから本気で集中しています。今月中に書類選考結果を上げなければならないのですが、一件の申込書を睨みつけてまま一時間も考えている時もあります。まさに唸っています。一日二日で終了するようなものではありませんから、まあ集中するのも一日5時間くらいでしょうか。月末には終了するとは思います。

 集中している時には邪魔をしてはいけないという人も多いだろうと思いますが、一段落した時に掛かってくる電話とかメールというのは良い気分転換になる場合もあります。どうしても行き詰ったら持参しているDVDの映画を観ることもあります。先日は黒澤明の「天国と地獄」を観ていました。

 一日の作業を終えて、机から立ち上がったら声が出ないというような状況になったこともあります。声を出さずに書類を睨みつけパソコンに向かっているからだと思います。

 でも最初にも書きましたが、居ながらにして各地にはさまざまなことをしている人が居て、その活動に実態を知ることができるのは本当に興味深いことです。これぞ「選考委員冥利」といえると思います。

 良しの友人と、「終わったころに飲もう」という約束をしました。もう日にちも決めていますから、その日のために頑張っています。

 そうそう明後日の8日は島根原発問題で中国電力への申し入れ行動です。こういうのも「気分転換です」と言ったら怒られそうですが。



注目は佐賀県知事選挙

 異例の正月を挟んだ県知事選挙が行われています。九州の佐賀県知事選挙です。前知事の古川康くんがアベシンの子分として昨年の衆議院選挙に立候補して不在になったために、12月25日告示の1月11日投票で選挙が行われています。佐賀県といえば九州電力への「やらせメール」で悪名高い県です。

 この選挙には4人が立候補しています。自民候補が分裂し、共産党も候補を立てないという状況の中で原発反対で立候補している、九州大学大学院教授の島谷幸宏(しまたに ゆきひろ)さんが「玄海原発再稼働反対と佐賀空港へのオスプレイ配備反対」を訴える唯一の候補者として奮闘しています。これまで嘉田由紀子・元滋賀県知事や井原勝介・元岩国市長も応援に駆けつけています。

 選挙結果は川内・高浜に続いて3番手ともいわれている玄海原発の「再稼働」問題に強い影響を与えると思います。

 4月は統一地方選挙の時期です。中国地方の県知事選挙では、島根と鳥取の県知事選挙が行われることになっていますが、注目は島根です。これまたハッキリとした違いが見えない中で、現職の溝口善兵衛くんと元出雲市長と元安来市長が立候補を予定し、共産党系と民主党系も立候補する予想されていますが、衆議院選挙の結果をみれば民主党は立候補を断念するのではと思っています。どちらかといえば元出雲市長は原発に対しては「反対もどき」ですから、県民の判断が注目です。

 統一地方選挙が終われば、5月には上関原発埋め立て工事免許延長申請の判断期限やってきます。あの村岡嗣政山口県知事と中国電力による、ほんと「バカバカしい猿芝居」の6度目中国電力回答期限がやってきます。5月15日です。

 また延長させるか否か、とても微妙だと思っています。というのは、一つには経済産業省も全発電設備の中での原発比率を数字で示すようにしていますし、二つには40年越え原発の廃炉問題が遅くとも4月には明らかになるでしょうし、三つ目は2016年から本格化する電力完全自由化の動きだと思います。

 その辺りは、「総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会」で議論されている原発推進者から出ている、「廃炉にしても原発優遇策」のいやらしいほどの攻撃がどう政策に反映されるかが、大きな注目点だと思っています。

 3月末には中国電力の「2015年度経営計画の概要」が提示されます。5月の「猿芝居」の「結論」が出るまでは、中国電力も経営計画の中から上関原発を外すことは出来ないでしょうけど。何分、原子力発電所は原子力で動くのではなく「政治力」で動いているのですから。

 そういった中でも今の大注目は佐賀県知事選挙です。これで勝てたら、大きな展望が見えてくるように思うのです。まだまだ書き加えたいところもありますが、残りは次に譲ります。


僕の正月

 12月31日の「NHK紅白歌合戦」成人してからは毎年観ていました。その後の「ゆく年、くる年」もかかさずでしたが、ついにそれが破られました。理由は簡単です。数人を除いて知ってる歌手がいなかったからです。テレビを観るのを止めてイヤホンでラジオを聴いていましたが、23時を少し過ぎた時点でイヤホンも外していました。

 最近の歌手はグループで攻めてくるし、ほとんどインパクトは無いし歌詞が面白くありません。歌手に個性が無いし、詩に味を感じることがありません。僕は失恋演歌も大好きですが、若い人の歌はそれにも深さを感じないのです。

 そのまま元日を迎え、いつものようにパソコンでメールを開いたら、紅白で横浜アリーナから中継参加しサザンオールスターズが唄った「ピースとハイライト」というのが話題になっていたようでした。残念ながら紅白での生放送は観ていないのですが、この歌は発売当初は話題になっていたと聞いてはいました。友人が「ピースとハイライト」を「平和と極右」と解釈していると言ってたのを思いだしました。「NHK内は騒然」というようにYAHOOは書いていましたが。

こんな歌詞です。

何気なく観たニュースで
お隣の人が怒ってた
今までどんなに対話(はな)しても
それぞれの主張は変わらない
教科書は現代史を
やる前に時間切れ
そこが一番知りたいのに
何でそうなっちゃうの

というものです。

 この「ピースとハイライト」の後にサザンは「東京VICTORY」というのを唄っていたようですが、僕はこちらの方が好きです。歌詞を知りたい方は是非ともどこかで探してみてください。僕の中では「東京」が「福島」に替わるのです。

 元日の新聞にはサザンが3月に発売する「平和の鐘がなる」とい歌詞が載っていました。
こんな歌詞です。

過ちは二度と繰り返さんと
堅く誓ったあの日の夏の日
未だ癒えない傷を抱えて
長い道を共に歩こう

 年始の後はレンタルDVD三昧です。ちなみに「スラムドック ミソオネア」「オーシャンズ イレブン」「ボーンコレクター」「ニキータ」「キャッチミー イフユーキャン」を明日の夜までに観る予定です。同じ趣味の人はいますか。もしおられたら、お友達になりましょう。
 もちろん孫と寒い風が吹きしきる中、海鳥公園に凧上げにも行きましたよ。

Appendix

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