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職場生活を終えて半年

 今年3月31日に長かった職場勤めを終えましたので、今日でちょうど丸半年が過ぎたことになります。なにぶん47年間も勤めたのですから、いろいろなことが在りました。今ごろ思うことは、47年前に新入社員として勤め出した6か月後頃のことです。

 あの頃は当然独身でした。母親と姉二人の4人家族でした。床が抜けるほどのボロ家でした。今ではほとんど見ることが出来なくなったわら屋根の家でしたから、雨漏りもあったように思います。風呂はマキを使って沸かしていました。近くにあった製材店から、不要な木材を貰っていました。リヤカー一杯をナンボで購入していましたから、リヤカーが押されなくなるような位の量を山積みにして運んだものです。

 近くには大きなレンコン畑もありました。清楚で白いレンコンの花を思いだします。山陽本線は蒸気機関車・ディーゼルから電車に移行する時期だったようにも思います。

 わが家の前には潮回し(しおまわし)というのがありました。潮回しがどんな役割をしていたのかは良く分かりませんが、メダカが泳ぎアメンボウが水面を走り、ボラが泳いでいました。

 職場で働いている人は全員正社員です。今のような派遣とか契約とかいう雇用形態すら無かったと思います。臨時というのは居ましたが、やがて知らぬ間に正社員となっていました。新入社員の月給は1万7千5百円、その年の春闘で1万9千9百円になったものです。今どき千円上がったとか2千円上がったと、政府も労働組合も成果を強調し自慢していますが、あの時代ですら2千4百円も上がっているのですから。

 年齢に依るものと役職以外では、原則として全て平等でした。大学卒というのは新入社員の中で1割にもならない数字だったと思います。役職になって転勤してくる人よりも、古株で長いあいだ根を下ろしたように働いている人の方が、「エライ」人でした。課長といったようにして転勤してくる人も、古株に嫌われると仕事にならないので、大いに気を使っていたものです。

 職場の人たちとはソフトボールやボーリングをしたり、たまには日帰り旅行も企画されたり、職場の中では書道や華道、囲碁・将棋の同好会のようなものもありました。年に1回くらいは職場の休憩室のようなところで書道展も開催されていました。みんな大らかだったように思います。

 こんなことを考えながら、47年前の6か月後頃を思い出しています。それが除々にではありますが、職場の中での差別時代に進んでいったように思います。まるで、昭和の始めから戦争に突入して行ったように。

 これから47年後には、僕は間違いなく生きている訳はありませんが、今年就職した若者たちが、やがて退職という時期を迎えた時、どんな47年前を思い出すのでしょうかね。


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貧困・災害・土井たか子さん

 ちょっとブログに間隔が空きました。読者の方には、寂しく思われた方は多分おられないとは思いますが、21日~23日まで上京しておりました。帰広してからも、何かと用事が続いていました。ブログに書きたいことは多く在ったのですが、一つにまとめて書いておきます。

 NHKのクローズアップ現代で、食べることも出来ないほどの貧困問題を扱っていました。16%を超えるといわれる「子どもの貧困率」、平均的な所得の半分以下の収入で暮らす18歳未満の子どものことを「子どもの貧困率」というそうですが、豊かとか飽食といわれるこの時代にこんなに多い数だとは驚きでした。その中でも一人親家庭が、50%を超える数字だそうです。一人親になったのには、死亡・離婚・行方不明という理由などだと思いますが、どれを取っても大人本人には責任が無いことだと思います。

 こんな家族に住む子どもたちが、自分の望む進路に行けること行けるという希望を捨てないで努力できる社会こそが、政治の大きな責任だと思うのです。

 御嶽山の火山噴火は、自然の脅威を改めて思い知らされました。今年は台風・広島市の土砂災害・そしてこの度の火山噴火「災害は忘れた頃にやってくる」という教訓を改めて教えたと思います。
 度重なる災害や相次ぐ残虐な殺人事件などを見ていると、そしてみんなが日々の生活に追われながらの中では「忘れる」ことが、とても早くなったように思います。火山噴火という出来事も思い起こしてみれば、日本列島ですら数年間隔で発生している事です。地球儀的に見るともっと頻繁です。

 まともな頭で政治家や大人が存在していれば、これで九州電力川内原発の再稼働は在りえないと思います。阿蘇・雲仙・霧島・桜島・開聞岳・鬼界など九州地方は火山の多いところです。これらの火山の他、北薩火山群(ほくさつかざんぐん)という、川内原発周辺に東西約50㌔南北約40㌔の範囲です。まさに「川内原発の真下」で噴火が起こっても不思議ではないものです。

 もっと政治家も行政を司る人も、謙虚な姿勢が大切だと思います。九州電力の人も、この度の御嶽山の噴火で「困ったなあー。これで再稼働が遅れる」と思うのではなく、川内原発を動かさない天からの教訓が与えられたと考えるべきでしょう。

 旧・社会党の委員長だった土井たか子さんが亡くなられましたね。僕はある衆議院議員の後援会機関紙の編集長をボランティアでしていた頃、土井さんとカラオケを楽しんだことがあります。土井さんは背丈の大きい方ですし、とても自分に素直というか裏表の無い方だなあーというのが強い印象でした。心も身体も大きい存在でした。一世を風靡した政治家だったと思います。

 土井さんの十八番は「マイウエィ」、思い出します。僕も好きな歌です。


ついに電力会社が正体を見せた

 九州電力が太陽光発電などの再生可能エネルギーから発電した電力の受入れを、実質的に中断することを明らかにしました。

 福島原発事故後もう原発は要らないという世論の高まりの中、特に太陽光発電は大きく伸びています。統計によると2000年から2010年の10年間の増加率は、0.7%から1.1%のたった0.4%だったようです。それが、2012年の固定価格買取り制度の導入により、2014年4-5月期の伸び率は4.2%といいますから、すごいものです。

 九州電力管内では、この7月現在の太陽光発電は339万キロ㍗です。九州電力レベルの会社では、びっくりするほど多い数字ではありません。中国電力でも110万キロ㍗ですから。この数字に脅威を感じた九州電力は、もう太陽光発電の電気は買わないとしたのでしょう。脅威とは、言うまでもなく儲けが減るということです。

 この動きは近いうちに全国に波及すると思います。九州電力は2020年には太陽光発電の電力は600万キロ㍗になるという心配をしているようです。九州電力の電力需要のピークは1500万~1700万キロ㍗と言われてますから、3分1以上が太陽光発電ということになるという想定です。この数字を見ると原発の再稼動などあり得ない話しです。

 こんなブログを書いていると、太陽光発電の数が多すぎて固定価格で買い取る電力が需要を超えてしまうという反論が出てくるのは想定内です。そこで言われているのが、コンピューターと組み合わせたスマートグリット、スマートシティという電力供給システムだったと思うのですが。電力を貯める、すなわち蓄電する技術も日本では大いに伸びている技術です。

 安倍晋三政権になって、再生可能エネルギーつぶしが進んでいるということは有名な話しです。原発再稼動へ向けて、なりふり構わず突き進んでいるのですから、太陽光発電などの再生可能エネルギーは邪魔者になっているのです。この作戦に経済産業省、電力会社と一体となった「原子力ムラ」連合が組んでいるのですからね。欧米や中国でも自然エネルギーが主流なのですから、時代遅れも甚だしいものです。

 4月11日に閣議決定された「エネルギー基本計画」でも再生可能エネルギーの発電を増やすと固定価格買取り制度により、消費者が払う電気料金が高くなるぞーという脅しもしていました。この制度は止めるとまで言う声まで上がっているのですから。

 このお金のことを賦課金といいますが、電気料金の中に占める割合は3%程度と言われています。福島原発事故後、電気料金は全国平均で10%上昇しました。原発が止まっているからのみではありません。世界的な原油やLNGの上昇と、日本では「あほノミクス」、嫌、アベノミクスによる円安が影響したのです。

近くの文房具店がつぶれました

 もう何十年も前から買っていた近くの文房具店が倒産しました。正式には破産したということです。この店、ショッピングセンターのような中で営業していた店です。

 何も知らないで店に行くと、店の周りには中が覗けないようにパーテーションのような物で覆われていました。その端のところにA4くらいの紙に破産したことが書いてありました。破産管財人に○○法律事務所とあり、この法律事務所をやっていたボスは僕と昔からの友人でした。去年の暮に若くして病死した男です。

 この店には何十年もお世話になり、店に無い商品は、電話一本で取り寄せてくれていました。ホント近くに文房具店が無くなって困ります。もう一軒ほど車で行かなければならないような所に、知り合いの文房具店があります。ここは自分の家を店にしている人です。その店に行って店主さんと、倒産した店の話題になりました。店主は「あの店のようにショッピングセンターのようなところで店を構えているのは、家賃が高すぎて相当に儲けないとやっていけないんですよね」と話していました。ついでに言われたのは「うちのような店は小さいけど、家賃を払わんでいいから何とかやっていける」とも話していました。

 そういえば町の小さな薬屋や本屋が急激に減っているように思います。大型というか全国チェーンの店や、なんといってもインターネットで購入できるというのが、その原因だと思います。そういう僕も何かとインターネットで購入することが多いと思います。わざわざ行くことは無いというのが何よりもですし、定価のままで配達してくれるというのも大きな魅力です。

 ある出版会社の人が話していました。このインターネットで本を販売する会社は、普通は本の場合8掛けとかいいますが、中小の出版会社からは極端には6.5掛けくらいで本を仕入れて販売しているそうです。それだから送料込みでも定価で販売しても儲けが出るようです。

 最近本の値段が高くなっているなあーと思っていたことが納得できました。少し面倒でも町の本屋さんに注文すべきでしょうけど、口では言いながらもそれをやっていない僕です。

 さっき話している小さな文房具屋の店主の妻が、「ここに来るお客さん、来るといつも戦争の時の話しを延々としているのよー。私は何十回聞いたことやら」と話していました。

 全国チェーンの薬屋では、店員が一人のお客に対する接客時間は何十秒以内というように決められているのだと聞いたことがあります。全国チェーンの店員に戦争時代の苦労話しをしているようなお客は見たことありませんね。

急激な円安ですね

 急激な円安ですね。ここ10日くらいの間に5~6円は安くなって108円台になったようです。この傾向は世界的な傾向の様で、ポンドもユーロも安くなっているそうです。

 円安効果か広島市内では、すます多くの外国人観光客を見るようになりました。平和公園周辺のお好み焼き屋さんの入口あたりの看板には、英語によるメニューも書いてあります。そして、僕らが日ごろ近所で食べるお好み焼きの値段よりも、2百円くらい高い値段ですが、列になって待っているお客も見かけます。

 定期的にアメリカから本を購入しているのですが、円安は大きく影響します。自民党政権に交代するまでは、1ドル70円~80円までで、こちらから400ドル送金するとしても400ドル×80円で3万2千円くらいでしたが、今は4万5千円くらいになりましたから、大きな痛手です。

 しかし、ほとんどの人が話していませんが、円安にも関わらずガソリンの値段は上がっていませんね。ガソリンスタンドの値段も、セルフなんかでは159円くらいで、この前は154円というのも見かけました。普通円安になれば輸入物価は値上げするものですが、上がらないのを不思議に思っていました。

 気になることはすぐに調べたい僕ですから、調べてみました。すると、原油の値段が大幅に下がっていることが分かりました。原油はバレルで取引きされていますが、1バレル当たり90ドル台に下がっているようです。高い時は110ドル近くにもなっていたようですが、原油大暴落の状況だとある専門紙に書いてありました。原油の先物取引きで儲けようと思っていた人たちにとっては、まさに死にたくなるような大損だそうです。

 ちなみに1バレルとは約160リットル、正式には158.987・・・・と続く数字ですが、原油の暴落でガソリンの値段が上がらないというのは、僕たちにとっては朗報のような感じですが、原油が特別で他の輸入値段はこれから上昇傾向に向かうような雰囲気もあるようです。

 大方の予想に反して、スコットランドが独立しないことになりましたね。これも予想外でした。やはり国民は大きな変化を望まなかったのでしょうか。スコットランドが独立すると、まさに何百年以上も続いた大英帝国の崩壊だとも大げさに考えていました。

 たまにわずか400ドル程度のお金をアメリカに送るだけですが、この事を通じて世界の経済などに興味を持つことが出来るのは楽しいと思っています。

 ここだけの話しで内緒ですよ。僕はこれもわずかですが、あるアジアの国の国債を購入しています。これは円高になると儲けが出るというものでしたが、このままで満期くると儲けにはならないようです。1ドル70円台が恋しいものです。

 ここはじっと我慢で、庭に植えたラッキョとネギを見ながら自給自足の生活を目指します。しかし、とりあえずどうしても必要なのはドブロクですが、これは違法なのですよね。

結婚式の誓いと政治家の言葉

 結婚式の誓いで交わされる言葉、「病める時も、健やかなる時も・・・」のあれです。神父や神主などからこう訊ねられて、「いいや」という人も「さあー分からない」と言った人を聞いたことがありません。

 ここで言う誓いの言葉という儀式が、法律上の契約行為ならば、離婚したり家庭内別居の状態になったりDVになることは、全て契約違反になることだと思います。そうであれば、すべて契約違反による損害賠償に当たることかも分かりませんが、これで責任が問われたことを聞いたことはありません。

 九州電力川内原発の再稼動を政府の原子力防災会議は、12日に了承したというニュースが入ってきました。原子力規制委員会が川内原発について、新基準に適合したと判断したのは10日のことです。千百ページを超える「審査書」を僕も手に入れて読んでいますが、こんなものを普通すんなりと読めるはずはありません。10日にこれが発表されて二日後の12日に原子力防災会議が「了承」ということは絶対にあり得ないと思います。原子力防災会議の議長は言うまでもなくアベシンです。
 アベシンや小渕優子が、二日間で千ページを超えるものを読んだということはあり得ません。そしてこの二人に川内原発のことを正確に判断できる能力を持っているとは想像できません。

 小渕優子経済産業大臣の名前で伊藤祐一郎鹿児島県知事に、文書が渡されました。この文書の中に「万が一、事故が起きた場合は関係法令に基づき、政府が責任を持って対処する」と書かれています。これに対して伊藤知事は記者会見で「国の責任が明確にされた」と述べたそうです。伊藤知事の「これで僕の責任は無くなったー」というアホ顔が容易に想像できます。

 こういうセレモニーが行われるだろうということは、全くの予想通りでした。法律上何の根拠も持たないセレモニーです。

 これが結婚式に誓いと同じだということです。まさに浪花節の世界です。究極のあほくさいことです。そして開き直りです。

 福島原発事故が発生して、国はどんな責任を取ったでしょうか。ことは結婚式の誓いの言葉とは違います。そういえばアベシンが「再稼動はやりますよ」と博多で九州の経済界のメンバーとの懇親会で話していたというのは、有名ですね。

 こんなことを市民が許すはずはあり得ませんね。

朝日新聞問題

 僕が情報を得る多くの物は新聞からです。新聞・テレビラジオ・専門紙・メール、そしてホームページなどからでしょうか。もちろん直接聞くという方法もあります。

 新聞には、「もっと、ここまで突っ込んで欲しい」という気持ちを持つことは在りますが、原則的に掲載された記事は信用してしまいます。ここまで突っ込んで欲しいというのは、例えば川内原発の再稼動問題では周辺自治体の反応や、この再稼動問題に対する記者自体の考えということです。記者自体や新聞社の考えというのは社説の扱いかも知れませんが。

 僕もこんな活動をしていると、何人かのマスコミ関係者の知人がいます。名刺を交換した人の数なら1000人を超えると思います。しかし、この世界「金の切れ目が縁の切れ目」ではありませんが、マスコミ者の多くは「仕事の切れ目が縁の切れ目」というのが多いのも事実です。地元のマスコミ関係者でも、自分が担当している部門から離れると、縁の切れ目になることが多いようです。
 全国紙やNHKなどは、全国を、嫌、世界中を駆け回る人も多いのですが、時たま中東地域などから暑そうな顔をしてレポートをしてくる記者もいて「バカ話しながら飲んだのに、偉そうなことを言ってらあー」と懐かしく思うこともあります。何分忙しい方でしょうから、縁は切れてしまいます。僕もそれで良いと思っています。

 それでも、長年付き合う人も20人くらいは居るでしょうか。退職をした人も多くいます。退職者の方が多いかも知れません。

 この度の朝日新聞問題、「また仕出かしたのかあー」という思いです。もちろん、「また」で済まされるものではありません。福島第一原発の当時の吉田所長の意に反して福島第一原発から職員が撤退したという記事など、韓国のセオル号沈没事件と同じだというニュースとなって世界中で報道されていましたし、「従軍慰安婦」記事は外交問題にも影響を与える重大事ですから、簡単に済まされる話しではありません。そして何よりも朝日の信頼度が低下し、権力者から攻撃を受けること、受けた側はそれに伴って萎縮してしまうことが心配でもあります。

 仲の良い朝日の記者は、「うちの悪い体質。もう15年くらい前からある。そう簡単に治るものでもない」と話していました。

 僕たちは、読売は右、毎日は頑張っている、NHKは会長が替わって最悪、というような言葉を使って決めつけてしまうことが多いように思います。しかし、それぞれの記者は本当に何とか自分の思いを記事に映像に反映させたいという強い気持ちを持っているのも現実です。

 今回の朝日新聞事件を視て、その原因について考えました。何といっても、特ダネ主義・抜いた抜かれた主義・そして日常的に記者たちが忙し過ぎて、取材する人との人間関係が、余りにも「仕事の切れ目が縁の切れ目」になり過ぎているのではないかと思うのです。
 先月まで朝日新聞も購読していましたが、今月になって中断していました。そこで今朝、JR駅まで行って売店で朝日新聞を購入しました。売店には、一部しか残っていませんでした。他の新聞はたくさん残っているのに。やはり多くの人が関心を持って買ったのだと思います。

 こんな事件を起こしても現場で頑張っている記者の顔を思うと、やはり朝日は嫌いになれません。「問題児ほど可愛い」ともいうように。


川内原発、出来レース

 原子力規制委員会が九州電力川内原発について「新規制基準適合」を決めました。まさに出来レースです。

 福島原発事故前まで原発の建設手続きの中で、第一次・第二次公開ヒアリングというのがあり、これについては建設手続きのためのセレモニーという表現をしていました。こちらは再稼動ですが、原子力規制委員会の審査もセレモニーであり出来レースだと思います。

 川内原発では特に周辺地域が火山地帯であり、火山の影響について大きく議論が行われていました。周辺地域の活断層問題もあります。もちろん避難計画もたくさんの問題点を持っています。
 伊藤祐一郎鹿児島県知事の「高齢者や要介護者、重病者の避難計画は10㌔圏内で十分」という発言は「見殺しか」という強い非難があります。また、津波が押し寄せてきた海岸を通って避難しなければならないなど、現実を無視した避難計画には現実性が在りません。

 これからの手続きは、九州電力が工事計画認可などの申請手続きを行い、大きなハードルとなる「地元同意」という手続きに向かいます。

 ここで問題は、地元をどの範囲までとするかです。川内原発から30㌔圏内には、薩摩川内市を始め、いちき串木野市・さつま町・阿久根市・日置市・鹿児島市・姶良市・出水市・長島町という自治体が在ります。

 伊藤祐一郎鹿児島県知事も岩切秀雄薩摩川内市長も再稼動OK派です。なぜか10㌔圏内に市全体面積の約三分の一が存在し、30㌔圏内に全市が含まれるいちき串木野市は周辺自治体の扱いです。

 防災の範囲というPAZ(予防的防護措置を準備する区域)、UPZ(緊急時防護措置を準備する区域)といった概念と、立地か周辺自治体という考えは同じようで少し異なる問題点があるようです。

 いちき串木野市は、人口が3万人を切る自治体ですが、今年5月から「市民の生命を守る避難計画がない川内原発再稼動に反対する緊急署名」が取り組まれ、みごとに1万5464筆の署名を達成し6月議会で「市民の生命を守る実効性のある避難計画の確立を求める意見書」が議員提案され、全会一致で可決されたという実績があります。
 またギリギリ30㌔圏内にある姶良市は、この7月11日に「川内原発1号機2号機の再稼動に反対し廃炉を求める意見書」というのを採択しているのです。

 こんな状況の中で、国や鹿児島県が言う立地自治体の「同意」という表現と、周辺自治体には「丁寧に説明をする」という言葉には大きな違いがあることを見抜きながら、これからの活動を考え行っていきたいと思います。


9月16日まで一週間

 9月16日まで一週間となりました。僕の誕生日ではありません。「原発ゼロ」一週年です。猛暑の夏も大雪の冬も原発ゼロで苦労なく乗り越えられました。

 現在、すべての原発が止まっていることを知らない人が、まだまだいます。そういう人にも大いに宣伝し、飲み会や井戸端会議などで話題にしなければなりませんね。「原発ゼロ祝賀会」をするのも如何でしょうか。原発反対などと言う必要はありません。結果として原発ゼロでやっていけたことを品良く話せばと思います。

 川内・玄海原発の再稼動にまっしぐらの九州電力は、原発が無ければ、洗濯機も使えなくなるようなことを言ってたのですよ。今でもこういう脅しが効くと思っている時代遅れの感覚には、市民をバカにした上から目線を感じざるを得ません。

 それにしても政治家や御用学者が言う原発推進発言に品位が無いのには、驚きです。8月17日に朝日新聞など全国紙に、政府広報として1ページすべてを使って宣伝された「放射線についての正しい知識を」の中で、東京大学医学部付属病院の中川恵一放射線科准教授は、100㍉シーベルトとガンの増加の関係についての困難さの話しで、「困難」というのは福島にパンダはいないことを証明するのが困難(たぶんいないと思いますが、パンダをこっそり飼っている人の存在を完全に否定できない)であることと同じことです。と言ってます。

 先日日曜日のNHK日曜討論の中で、甘利明経済再生大臣は「原発が再稼動しないと、燃料費がかさみ国富が流失してしまう。そして二酸化炭素の増加で地球の温暖化が進む。デング熱の流行はその結果だ」と発言していました。NHKの司会者もこの発言についてスルー。よほどNHKは現政権が怖いのでしょうね。

 デング熱は西暦200年代から存在する病気です。日本でも昔からある病気で、太平洋戦争中に流行したと言われてます。世界中では、インドやアフリカ・中米地域に主に流行しています。甘利明君の、原発が無い→地球温暖化が進む→デング熱の流行という市民を小バカにした方程式、こんな方程式がまかりとおるのなら、僕の数学の成績も少しは良かったのではと思うのですが。

 何はさておき9月16日がやってきます。昨年のあの日は広島市内で、「原発再稼動をさせないために何が必要か」というタイトルで講演をしていました。偶然にも今年は「地域の電力事情と原発避難計画」と題して福山市で話しをすることになっています。

 来年も再来年も、これからずっと9月16日を「原発ゼロ」で迎えたいものです。しかしこれも何もしないでノホホンと過ごしていて可能なことではないでしょうね。相手は極めて巧妙で人を騙すというか誤魔化すのが得意な、「おれおれ詐欺師」のような者ですから。
 そういえば僕の知り合いで、絶対に騙されないと自他共に思っていた知人が還付金詐欺に遭いました。損害は大した金額では在りませんでしたが、皆さん注意しましょう。

生まれるのが25年早かったら、遅かったら

 僕は1949年1月生まれです。昭和で言えば24年1月です。時々もし生まれるのが25年早かったら、遅かったらということを考えることがあります。こういうことを考えるのは僕だけということは無いとは思いますが、少し変わっているでしょうか。

 25年早かったら、1924年大正13年です。遅かったら1974年昭和49年です。

 1924年だったら、徴兵に取られるギリギリになるかなあーと思います。学徒動員の運命になっていた可能性が大です。「聞けわだつみの声」のように徴兵拒否をする勇気や度量もありませんから、特攻隊に行って死んでしまったという可能性も大きいと思います。生きていたとしても、原子爆弾に遭って死んでしまったということも考えられます。生きながらえていたら、戦後の労働争議などの先頭に立って頑張っていたかも知れません。

 逆に25年遅かったらバブル時代に青春期を過ごし、バブルの崩壊とともに「失われた20年」に社会人となり結婚し親になる世代かとも思います。

 25年早く生まれても遅く生まれたとしても、不幸せな時代になっていたように思います。特に25年遅かったら、就職したとしても賃金は少ないし結婚したとしても期待に応えられるような収入も無く、妻や子どもたちからも冷たい視線を受けているように思います。

 ましてや原子力発電に反対するというような活動に加わり、「利益を生まない」お金を使っていたら「何を考えてるのよー」と怒鳴られていたかも知れません。もちろん相手にもよるでしょうけど。そして何よりも、そういう市民運動に加わるような、良き環境が在ったか否かということも考えられます。

 労働組合の力がだんだんと弱体化していき、社会的な運動に関わることに対して消極的になったのが、失われた20年時代だと思います。

 僕たちは時々、若い世代の「活動家」不足を嘆きます。しかし、考えてみれば若い世代の人たちの社会人としてさまざまな影響を受けるべき時代環境が、とても悪かったというのを素直に感じます。

 そんな中でも、時々素晴らしい若者に出会うことがあります。時代環境が良かった僕ら世代とは違う、難しい時代の中で考えた末に出来上がった活動家は素晴らしい感性を持っているように思います。

 こんなことを考えながら、今は亡き父と母に感謝しているのです。僕が何を言いたいか分かって頂いたでしょうか。

内閣改造(解像)

 中国新聞の天風録に「意見出せ 異見出したら すぐ異動」という川柳が載っていました。久々のヒット文だと思いました。

 第2次安倍改造内閣・党役員の人事異動が発表されました。午後6時半から行われた安倍晋三の記者会見を聞いていましたが、アベシンは福島原発事故の事についてひと言も触れなかったように思います。「福島の復興無くして・・・」と、この前までは言ってた男だと思っていましたが、もう忘れてしまったのでしょうか。

 顔ぶれをみると、まず政界引退までには何でも良いから大臣になっておきたいという感じが丸見えの初入閣年長組、同床異夢でアベシンを利用している感じの留任組、アベシン以上に右翼で、それも決して思想右翼ではなく脳ミソ無し行動右翼ついでに苦労知らずで育っているからますます性質が悪い女組。この顔ぶれから異見が出るわけが無いと思っています。

 「福島原発事故で死んだ人はいない」と発言した女装大臣、死刑実行論者の東大卒、電力会社からもっとも信頼されていると言われている原発大好き男、何が何でも靖国神社が好きなという元日本マクドナルド、国会のヤジ女議員として名を馳せた弁護士出身の横滑り党役員、どの顔ぶれも「ヤレヤレ・イヤハヤ」というものです。

 ここで終わったら「前向き語り」では無くなってしまいます。じゃあどこで「前向き」な気持ちを持てるか?人事異動の顔ぶれを睨みつけても希望が見えてきません。が、しかし「あえて」名を挙げるとしたら、佐藤勉国会対策委員長としておきます。この人は核武装反対でありTPP反対であるからです。それと結構ご苦労をしているからです。こういうことを書くと反論が出そうですが、あくまでも「あえて」ですからね。

 9月中には北朝鮮のいわゆる「拉致問題」に対して何らかの結論が出るとも言われてますが、最近どうもアベシンと金正恩くんとは波長が合っているのではないかと思うことが多くなりました。共通点、それは①どちらも怖がり。怖がりだからこそ、自分の主張が一番だと思っていて他人の意見を聞かない。②本当の意味での大人のケンカができない。③直系の親族の性格が良くない。妻ともイマイチ旨くいかないという事です。

 この人事異動で、来年10月の消費税10%の可能性がとても高くなったと思います。それを止めるのは、やはりこの7月~9月までのGDP(国内総生産)の指数だと思います。消費税上げの結論が出た後に来年春は統一地方選挙ですから、選挙を有利に戦うためには消費税上げは不利と思うはずです。GDPの点では夏の天候不順が消費を下げていますから、どうしても欲しい物でないのなら、せめて10月になるまで待っておくことでしょうか。

土砂災害から考える

 8月19日の夜、市内中心部で行われた会議に出ていました。午後8時過ぎに終わり車で帰宅の途でした。暗い空に鉛色の雲、鉛色の方が冴えて見えていたように思います。JR電車は新井口から五日市の間で徐行していました。

 そして夜中から雷と強い雨、しかしまさかこの雨で安佐南区や安佐北区で70人を超える人が亡くなり、家屋の全半壊という土砂災害が起こるとは予想もしませんでした。
 この夏、日本列島には台風や大雨の被害が頻発しましたが、広島というところは直撃という事態は無かったです。友人とも、「広島は良いところよねえー。災害が少ないし」と話したのはちょっと数日前のことです。

 マスコミは広島市の避難勧告が遅かったこと、松井一実広島市長が遅かった避難勧告後も市長公館で「寝たり休んだりしていた」と記者会見で喋ったということに非難の声も上がっています。後日、「私が寝たり起きたりしていてはいけないと、マニュアルには書いていない」という開き直りには、この人の品格を疑いますが。まあーこんな人なのでしょう。

 僕の記憶では1999年6月に、広島市内に大雨が降り何人かの死者が出たというのがあります。15年ぶりです。市長の肩を持つわけではありませんが、大雨が降ったからといって四六時中緊張感を持つことなんて不可能だと思います。ましてや、被害は「丑三つ時」の深夜2時過ぎです。住民にしても今となっては避難指示が遅かったとか言ってますが、正確に指示が出ていたとしてもその連絡はきちんと届いただろうか。連絡を聞いたとしても、避難という行動に動けただろうか、はなはだ疑問のあるところです。

 今、原子力発電所の周辺自治体などでは、避難計画の策定が義務付けられ、ペーパー上の避難計画が出始めています。しかし、土砂災害と違って放射能は無色透明であり音も無いです。避難が決断出来るでしょうか、連絡はきちんと届くでしょうか。土砂災害よりも何百倍も放射能の方は性質(たち)が悪いのです。

 策定が義務付けられている自治体を視ていて思うのは、自治体の中にある「事故は起こるかも知れないけど、まあーわが自治体が被害を受けることは無いだろう。もしかして在ったとしても、まあー俺が生きている内には無いだろう」というように考えているとしか思えて仕方がないのです。それも何の根拠も無しでの上です。正直、これが人間の性(さが)だと思います。

 広島の方は、避難指示・避難勧告も8月末にはほとんどの人たちに対して解除になり、不安な中にも前に向う一歩を歩むことになりました。2週間近い避難生活でした。

 考えれば福島原発事故では、事故から3年6か月が過ぎた今でも約13万人もの人たちが仮設住宅による避難生活を送っています。マスコミはこれらの人たちの避難生活について、最近はほとんど触れなくなりました。触れないということで多くのこの国の人たちも、気持ちを馳せることも少なくなったように思います。

 この度の災害について自然の脅威だとか、土砂災害が起こるようなところに宅地開発を許可したことに責任が存在するという声も上がっていますが、これから生活を再建しなければならない人にとっては、慰めになる言葉にはなるまいと思います。

 しかし言っておきたいです。原発事故は自然災害ではありません。原発事故は人工的に行われた災害です。人工的に行われた加害は、当然のこととして加害者の責任が問われるものだと思います。

 福島原発事故では、誰も責任が問われていません。「組織された無責任。組織されたあきらめ」では済まされないのは当たり前だと思います。

BGもBQも出来なかった8月

 8月も終わりましたね。最後の2日間くらいは夏の終わりを思わせる天気でしたが、8月の本番が無く終わってしまったという感じがしています。

 8月29日だったと思いますが、広島気象台はこの日の時点で8月中に雨の降らなかった日は、広島では8月12日の一日だけだったと伝えていましたから、やはり変な月だったと思います。

 広島市の場合、何と言っても8月20日の早朝に起こった大雨による土砂災害が大ニュースです。70人を超える多くの人が亡くなったり行方不明という事態は残酷です。

 雨が多かった関係から、友人と計画していたビアガーデンも、山登り仲間での島根県匹見峡散策も、子どもや孫と予定をしていた、もみの木森林公園でのバーベキューもすべてキャンセルとなってしまいました。孫とは近くのスポーツセンターの屋内プールに3度も行き、僕は温泉に浸かるようにプールに入っていました。まあーお金を使わずに済んだ8月でしょうか。

 心に残っている8月の出来事を2点挙げてみたいと思います。
 まず、何といっても長崎原爆式典での城臺(じょうだい)美彌子さんが読み上げられた長崎・平和の誓いです。アベシンの前で、「集団的自衛権は暴挙」「原発再稼動などしないで」という部分にはテレビの前で大拍手でした。しかし、この発言を受けてインターネット上での書き込みには、脅しとも思われる書き込みがたくさん載っていました。

 しかし、城臺さんのところに直接の嫌がらせは無いそうです。彼女は「腹が立つのでネットは見ないし、メールもしない」と話しておられたということを、取材記者から聞きました。直接嫌がらせをするほどの勇気が無いのでしょうね。
75歳の人生の先輩が58歳のバカ造に、悟らしたということでしょうね。

 次は中国電力管内の電力使用量です。僕はほとんど毎日、中国電力のホームページ上に載る「でんき予報」をチェックしています。たぶん8月中は、電気使用量が1000万キロワットを超える日は無かったと思います。これは近年には無い事態だと思います。現時点での管内の最高電力量になった日は、7月25日の午後3時~4時までの間に記録した1061万キロワットです。この1061という数字も中国電力が予想していた数字よりもはるかに少ない数字だと思います。

 長雨・台風・土砂災害・それに伴う野菜の値段上昇ではなく、やはり8月はカーと照り付ける太陽が似合います。BG(ビアガーデン)もBQ(バーベキュー)も出来なかった空を見上げながら、恨み節の独り言です。

 それにしてもアベシンという男、何を語っても嘘っぽいし何か裏というか本音が在ろうがと思わせます。

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