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何とも不愉快な出来事です

 何とも不愉快な出来事です。8月9日米ミズーリ州ファーガーソンで警察官に射殺された少年、マイケル・ブラウンさんのことです。2月にもフロリダ州で、同じく黒人の少年が同じように警察官の銃で射殺されました。

 この事件をきっかけに、米国各地で警察などへの抗議行動が行われていますが、どうしてこんな事件が後を絶たないのか、本当に悲しく不愉快な気持ちです。

 8月28日は51年前の1963年、マーティン・ルーサー・キング牧師の呼びかけにより、ワシントンで人種差別撤廃を訴える大行進が行われた日として歴史に残っています。リンカーン記念館前でキング牧師が言った「I Have a Dream(わたしには夢がある)」の演説は有名です。

 僕はこの4月米国に行っておりました。目的はジョージア州アトランタ近くのボーグル原発増設に反対するためでした。アトランタはキング牧師の出身地です。
 今、米国では福島原発事故があったにも関わらず、原発増設の動きが加速しています。ボーグル原発のジョージア州にしても、もうひとつの原発増設地点であるサウスカロライナ州のV.Cサマー原発にしても、米国地図を開いてもらえば分かりますが、米国東南部です。

 僕は、最初ボーグル原発近くの教会で話しをすることになっていましたが、教会側から貸し出しを断られました。そこで別の教会で話しをしたのですが、集まった人たちはほとんど全員が黒人でした。その時集まった人たちの眼(まなこ)を忘れることが出来ません。集まった人の顔からは、悲痛な思いと絶望が見えました。

 「私たちはボーグル原発に反対したら、殺される。私たちは神に祈るしかない」と話していました。この地域では、銃規制などほど遠い話しです。貧困、差別、格差など多くの問題を抱えています。

 僕がこの地を訪ねた時、4月20日の復活祭(イースター)と重なっていました。教会で催しがあるということで、行ってみました。黒人の集まる教会でした。百人以上の人が集まるという行事が、3回も行われました。その場で、「ヒロシマから原子力発電に反対する人が、この教会に来ている」という紹介がされました。同行した友人が、「貴方のことを紹介した牧師は、すごい勇気のある人だ」と、僕に話し掛けてきました。

 昨年の夏、米国バーモント州にあるヤンキー原発の閉鎖が決まりました。福島第一原発と同じ型の原発で、5年間の長い闘いの中で勝ち取った成果です。日本でも話題になりました。

 バーモント州は、米国の東北部です。この反対運動の記録がNHKのBSで放送されていましたが、この地方は白人が多い地域です。映像には黒人の姿は見えませんでした。米国も、原発建設は弱い立場が犠牲になります。僕は、あくまでもボーグル原発の建設反対にこだわりたいと思います。

 それにしても、まだ米国では人種差別が少しも解決されていないと思うと、情けないやら腹立たしいやら不愉快な気持ちです。

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原発推進側が本音を表しました

 経済産業省の総合資源エネルギー調査会・原子力小委員会は21日、原子力発電のコストが高額であることを実質的に認めました。そして、建設も後始末をやっかいだということも認めました。

 原発で発電した電気に基準価格というのを設定して、市場価格がこれより下がったときには、差額分を後の電気料金で回収するようにし、逆に上がったときには差額を還元するというものです。電力会社などの原発事業者の収入を保証するという仕組みです。

 もちろん、負担は私たち消費者です。2年後に行われる予定の電力自由化で、現行の料金制度(総括原価方式)が撤廃されると、原発にかかる巨額の費用を回収できなくなる可能性が高いので、それを保証してくれるこの制度は、原発事業者にとっては本当にありがたい制度です。「まあここまで政府がやってくれるのなら、原子力発電をやるというポーズは止められんなあー」と言うでしょう。

 これまでも今でも政府や電力会社は、原発の電力は安いという主張を図々しくしています。しかし原発を1基建設するのに、約4000億円と言われてます。そして、シビア・アクシデント(過酷事故)対策費用(再稼動申請をしている島根原発2号機について、中国電力は2000億円以上を使ったとしている)、廃炉や使用済み核燃料の処分費用などなどを含めると、これほど高くつく電力は無いと自らが認めたことになります。

 電力会社がこんな厄介な原発を持つと、全面自由化や発送電の分離が進むと「やって行けない」と政府に泣きつき、それに対して政府が救いの手を差し出したということになります。これに対して経済産業省は、「官民の役割分担の見直しや新たな政策措置が必要」と、「言語明瞭なれど意味不明」の言いわけをしています。

 原子力基本法や原子力規制委員設置法で、この法律の目的として「我が国の安全保障に資する」という文言が入り、国に内外から強い懸念と抗議が寄せられたのは、まだほんのこの前のことです。

 僕は以前から原子力発電は、ねずみ講の商品ような物だと言ってきました。ねずみ講の商品は商品その物の価値よりは、ねずみ講というシステムというか制度に儲けの価値があるということからです。

 9月1日インドの首相と安倍晋三との間で、原子力発電売り込みの話しが行われます。

 「我が国の安全保障に資する」という言葉が出た時に大きな抗議が行われましたが、政府は強引にこの言葉を入れ込みました。こんなことを考えていたら、「やっぱり核兵器が持ちたいんだ」と思わざるを得ません。


原子力に負けないゴキブリ

 8月17日付け朝日新聞の1面全紙を使った政府広報を見られたでしょうか。政府広報、復興庁・内閣官房・外務省・環境省が掲載したものです。タイトルには、「放射線についての正しい知識を」となっています。

 「今月3日、政府は福島県より避難されている方々を対象に、放射線に関する勉強会を開催し、放射線に関する様々な科学的データや放射線による健康影響などについて専門家からご講演をいただきました」と書いて、中川恵一東京大学医学部付属病院放射線科准教授と、レティ・キース・チェム国際原子力機関(IAEA)保健部長が話したことが要約して載っています。

 中川恵一准教授の発言要旨は、「100ミリシーベルト以下の被ばく量では、ガンの増加は確認されていない、しかし増加しないことを証明するのは困難、この「困難」というのは福島にパンダはいないことを証明するのが困難であることと同じこと」の論理です。福島県内で増えている肥満、高血圧、糖尿病、肝臓がん、すい臓がんなどは、わずかな被ばく量を恐れることで、運動不足などにより、生活習慣が悪くなり、発がんリスクが高まった」という理屈です。

 パンダを引き合いにし、極めて「ノウテンキ」な人です。まさに「みんなでヒバクすれば怖くない」の理屈です。

 レティ・キース・チェム保健部長の場合は、「放射性物質はいたる所に存在している、放射線以外にもタバコの煙や紫外線、アスベストなどなど健康に影響するものは、いろいろ在る。だから心配しても仕方ない。医療放射線は多くの人命を救っている」という理屈です。ただこの人の場合は、一般市民の年間被ばく線量は1ミリシーベルト、原子力事故が発生した地域では20ミリシーベルトとしていて、この人の場合はまだ正直です。

 この一面全部を使った広告は朝日だけでなく、その他の全国紙にも掲載されたと誰かが話していました。莫大な費用を使いながらの政府広報を見ていると、原発再稼動の動きと含めて原発復活を画策する、政府の場あたり的な作戦としか思えません。

 話しは替わりますが、横浜から最近知り合った友人が広島にやって来て、飲みながら話しました。東京で市民科学研究室というNPO法人を運営している人です。広島市と安芸高田市で、「野菜の甘さをいかしてクッキーを作ろう」ということで、こども料理科学教室の講座にやって来ました。飲みながら、話しながら、笑い転げながら楽しい時間を過ごしました。

 彼の家では、ゴキブリをペットとして飼っているそうです。ゴキブリはとても生命力の強いペットです。そのことは僕も知っていました。原子力事故が起こっても、強く生き抜ける動物だと言われてます。
 そこで、彼は実験をしました。何も飲まさず食べささずで、どれだけ生き抜くかという実験をしたそうです。20日間生き抜きぬいたそうです。21日目に死んだというのではありません。21日目なって可哀そうにになって水を与えたそうです。

 この根性に感動して、このゴキブリに名前を付けました。名前は「ヨコイチ」さん。名前の由来は、戦争が終わってもフィリピンで生き抜いていた元日本兵、横井正一さんの生命力にちなんで付けたそうです。こんな話しをしながら、またまた笑い転げていました。「友、遠方より来る、また楽しからずや」でした。


雷と大雨でした。

 19日の夜から20日の早朝にかけての大雨で、広島市内が大きな被害を受けました。さっきのテレビニュースでは、死者・行方不明者が90人を超えると言ってます。たいへんな災害です。何人かの方から心配メールや電話を頂いていますが、僕の住んでいる佐伯区には被害の報告は出ていません。

 19日の夜は会議をしていました。ときおり大雨が降ったと思うと、静かになるというような異様な状態の繰り返しのような天候でした。帰宅中もそんな繰り返しでしたが、JRの電車はゆっくりと走っていました。この時点で広島市内に中心部は、そんなに強いという感じではありませんでしたが、わが家の近くでは大きな水溜りが出来ていました。

 帰宅したのは、午後9時近くだったと思います。雷は少し離れたところからという感じで、光と音が交錯していました。この繰り返しとともに、時折り大雨が降り始めました。そんな状況でしたが、11時過ぎには熟睡の域に入りました。

 そして早朝、いつものようにラジオのスィッチを入れたら大災害が発生しているというニュースです。大被害が起こった安佐南区・安佐北区にも何人かの友人や知人がいます。電話をしたりメールをして被害を聞いていますが、今のところみなさん生きていました。田んぼが流されたという人がいましたが、少しホッとしました。

 今年の日本列島は、直撃する台風も多いようですが、広島というところは余り大きな被害を受けないところだと思っていました。だからといって甘くみるところや、緊張感が少ないというのもあるかも知れませんが、山のふもとまで宅地開発が進む状況を見ていますと、こんな事態が起こることは心配されていたとも思います。

 1999年の6月だと思いますが、僕の住んでいる佐伯区も大雨が降り何人かの死者が出るという被害があったのを思い出します。株主総会の日だったからよく覚えています。

 それにしても、8月も終わりが近づいているのに梅雨の末期のような天気図が続いているようです。今夜は友人ら数人とビアガーデンに行く予定にしていましたが、中止にしました。ビアガーデンも屋外プールもあがったりでしょうね。

 地球の温暖化が原因だろうとか、それに起因する異常気象とも考えられますが、そんな理由をウンヌンする前に、被災地の復興と行方不明者の無事なる発見を願っています。亡くなられた人のご冥福も祈ります。

 近いところでこんな大きな災害が起こると、そのことを特に強く感じます。

男性と女性の役割り分担

 男女役割のクォーター(4分の1)制とか、ハーフ(2分の1)制という言葉をよく聞きます。特にリベラルな市民団体とか革新的な政党では、役員はそうすべきだという考えを持っているように思えます。僕もまったく同感です。しかし欧米と比べて日本の場合は、一時期よりはその方向に進んでいるように思いますが、まだまだという感じがしています。

 女性が代表者をしている市民団体は少ないように思えます。僕が関わっている団体も、代表者はすべて男性です。女性の人が代表になってくれたらどれだけ「やる気」になるかと思うのです。そして女性に対して門戸を閉じているとは思わないのですが、なかなか女性から「やろう」という声が出てきません。

 家事や育児を女性に押し付けるという、この国の「悪しき慣習」というのもあるだろうとは思いますが、家事や育児を深くやらねばならない年齢を過ぎたと思われる世代の人でも、なかなかという感じです。

 「原爆の日」の前後には多くの集会が開かれましたが、女性の役割は、司会とか最後のアピール文の読み上げといったようになっています。言葉は悪いが「安全パイ」な役割です。重要なパートは男性がすべきだというような男の思い上り感覚があるのなら、そして女性の人が「仕方が無い」というように自己規制しているような傾向があるのなら、改めなくてはならないと思います。

 是非とも来年の「原爆の日」までには、あえて荒療治的にもそのようにすることが大切だと思います。主催挨拶も基調的な挨拶も女性がして、そして逆に司会やアピール文などは男性がやるようになれば集会の雰囲気も変わってくるように思えます。

 国民生活白書が、男性が「こんな人とは恋愛したくない」と思う女性像というのを発表しました。アンケートの結果は、「人の悪口ばかり言ってる女性」が最も多く18%、「口うるさい・怒りっぽい女性」が17%、そして「男性のプライドを踏みにじる女性」「男性にはおごってもらって当然と思っている女性」「世間体を気にし過ぎる女性」「やきもちを焼かせようと思っているのがミエミエな女性」「働いたことが無い女性」「自分の考えを持っていない女性」「専業主婦になるのが大前提の女性」と続いていました。とても興味深く読んでいました。これは男性側から女性に対して、女性の自立を求めている傾向だと思いました。「女は家事と子育てをしておけばよい」という古き男像ではないことに、少し安心しました。

 この傾向は離婚申立て理由にも見えてきます。男性側からの離婚申立て理由でもっとも多いのが「性格が合わない」で、女性側は「暴力を振るう」「生活費を渡さない」だそうです。この理由を視ていて思うのは、女性は総じて「現実的」、逆に男性は「想像的」だと思いました。

 もちろん当然ですが、すべてがそうだとは思いませんし僕の周りには、年齢に関係なく素晴らしい女性、理想的な夫婦がいっぱいいます。こういうことを書けば女性側から総反発を受けそうですが、それも望むところです。

 安倍晋三がいう「輝く女性」は、エリートであるにも関わらず従順な女性だと考えていました。アキエさんとは違う、タカイチ・サナエのような人だと勝手に思っています。

 こんなことをツラツラと思いながら孫の顔を見て、このままだと「まだまだ男受難の時代は続くぞー」と独り言のように声をかけていました。

お盆週間

 9日から16日まで、予定を入れずに過ごしておりました。最初は9日に今年の8・6総括と終了後に打ち上げ会を予定していましたが、台風の影響が心配だったので中止・延期としていました。

 この間、墓参り・レンタルDVDでの映画鑑賞・近くのスポーツセンターで体力アップのまね事などで過ごしました。墓は呉市の倉橋島と、自宅から歩いて10分くらいのお寺にあります。レンタルDVDでは、「鉄道員(ポッポヤ)」「あなたへ」を観ていました。どちらも映画館で観たものですが、何度も観てウルルンときています。
 このような旧作DVDは一つ150円プラス消費税、60歳以上の老人には金曜日に借りにいくと一本は無料というサービスがあります。だから昨日は、次の物を借りてきました。「きけ、わだつみの声」と「ホタル」です。織田裕二、緒形直人が主演した「きけ、わだつみの声」は、祝島でロケショーンがされました。祝島の人たちもエキストラとして出演していますので、ぜひ興味のある方は観て欲しいと思います。比較的最近の高倉健作品が好きです。

 スポーツセンターでは、マシーンを使っての運動とプールでスイミングです。スイミングはこの1週間で3回通いましたが、内2回は4歳の孫と一緒ですから、孫守りが主な役目になりました。

 それにしても今のところ今年の夏は、夏らしくありませんね。雨が多いし日照時間が極端に短いし、やはり地球温暖化に伴う異常気象としか考えられません。日照不足は野菜の値段に影響しますし、秋のお米の収穫に影響を及ぼすのではと心配です。

 日照不足は電気の使用量に影響してきます。カッーと暑くないと、使用量は低くなります。今年の最大使用電力量は、今のところ7月25日午後に達成した1061万kwです。中国電力は1096万~1201万kwを想定していましたから、少なく推移しています。ちなみに猛暑・酷暑ともいわれた昨年は8月22日の1112万kwですから、それよりも低い値です。

 お盆明けがどのような動きになるかも知れませんが、天気予報ではまたもや雨模様ですから、このまま秋になるのでしょうか。湿度が高いというのもつらいものですが、湿度対策での電気使用量は大きく伸びない傾向に動きます。

 中国電力のホームページ上には、毎日「天気予報」というのが出ます。昨日の最高値は750万kwでした。お盆明けになる来週月曜日は、880万kwを予想しています。普通の夏なら考えられない低い値です。
 「天気予報」には、「安定的に供給できる見通しです」と書いていました。中国電力の本音は「節電など考えずに、どんどんと使ってください」だと思います。ついでに「わが社は電気を売って儲けているのですから。こんな数字だと原発再稼動という理由が無くなりますから」と書けば、素直だと思うのですがね。

“りくでん”も「再稼動」申請

 りくでん、北陸電力の略称ですが、12日ついに志賀原発2号機の「再稼動(規制基準適合審査申請)」を行いました。これで原発を持っている地域電力9社と、日本原電が「再稼動」申請をしたことになりました。

 志賀原発は、敷地内に存在する断層が活断層の疑いが強く、原子力規制委員会の調査が行われており、再稼動申請は難しいというのが大方の見方でした。しかし抜け駆けを許さない電力会社同士ですから、この度の申請になったようです。

 その背景について地元の北國新聞は、同じように敷地内に活断層が疑われていた青森県の東通原発1号機について、東北電力が6月に再稼動申請を行ったことが参考になったと書いていました。

 原子力規制委員会は東通原発について、当初、断層の結論が出るまでは審査をしないという考えをしていましたが、方針転換をして実質的な審査に着手するとしたため、北陸電力も断る理由が無くなったようです。

 僕は北陸電力もやるだろうと予想はしていましたが、たぶんお盆明けだろうと考えていました。それがお盆週間の真っ只中とは予想外でした。そのためか、特に広島県内の新聞記事は小さな扱いでした。

 これで、福島原発事故と同型の沸騰水型原発も再稼動申請が行われたことになります。

 福島原発事故の真相について、大きなカギとなるとされている、いわゆる「吉田調書」について、原発事故情報公開弁護団が行った情報公開請求について、内閣官房は不開示としました。これに対して、弁護団は8月20日に行政文書不開示決定処分取消請求訴訟を東京地裁に提訴することになりました。

 この「吉田調書」は、事故の真相を明らかにすることにとって大切なものだと思われるものだと思います。事故から3年半が経った今でも、原因究明も再発防止策を不完全です。事故直後の重要な情報を隠したままで、再稼動をさせ、原発輸出を行おうとすることなどもってのほかだと思います。

 島根原発2号機の再稼動審査も、秋にかけて新しい動きが出てくると思われます。島根原発2号機が、不名誉な沸騰水型原発トップの再稼動にならないようにするためにも、これから秋にかけての運動構築をと思っています。そための、手始めの目標は40年越えの1号機の廃炉を決断させるべきとの思いを持っています。

痛快だった長崎式典の「平和への誓い」

 「長崎の日」の式典の模様をテレビで観ていました。いやいや本当に痛快でした。なにが痛快か?それは被爆者の城臺美彌子(じょうだい みやこ)さんが読みあげられた「平和への誓い」です。

 5月21日に福井地裁が下した、大飯原発の運転差し止め判決に匹敵するものでした。

 僕は、YOU YUBEでも何度も観ました。その一部は次の部分です。
 「核兵器禁止条約の早期実現が必要です。被爆国である日本は、世界のリーダーとなって、先頭に立つ義務があります。しかし、現在の日本政府は、その役割を果たしているのでしょうか。今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です。日本が戦争できるようになり、武力で守ろうと言うのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではないですか。日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください。
 福島には、原発事故の放射能汚染でいまだ故郷に戻れず、仮設住宅暮らしや、よそへ避難を余儀なくされている方々がおられます。小児甲状腺がんの宣告を受けておびえ苦しんでいる親子もいます。このような状況の中で、原発再稼働等を行っていいのでしょうか。使用済み核燃料の処分法もまだ未知数です。早急に廃炉を含め検討すべきです。
 被爆者はサバイバーとして、残された時間を命がけで、語り継ごうとしています」

 心からの言葉でした。本気だからこそ言えたものだと思いました。それに比べて安倍晋三くんの挨拶、広島も含めて去年の挨拶のコピペ(引き写し)といわれてますが、本気でないからこそ白々しさのかたまりでした。
 本気の挨拶なら「僕ちゃんは広島も長崎にも来たくないのです。防衛大学校の卒業式の方が性に合っています。出来れば原爆も福島原発事故も無かったように、戦争の出来る国、原子力発電を世界中に売りつけたいと思っています」と言いたいのでしょうけど。これなら本気度丸出しの挨拶が出来たのでしょうね。

 新聞を読むと、城臺さんは戦後、小学校教員になり自らの被爆体験を子どもたちに語るようになったそうです。昨年も被爆者代表を何度か打診されたが、そのたびに断ったが、昨年から今年にかけての安倍政権の動きに危機感を抱き、引き受けたということでした。そんな思いで「誓い」の文言も、準備していた表現を強めて「暴挙」という言葉を使ったということです。城臺さんの元々原稿が、長崎市から今日郵送されてきました。一番肝心なところを、勇気を持って直しておられました。

 誓いを聞いていた安倍晋三の思いを想像しました。「あのおんな、たぶん元ニッキョウソだろう!ああゆうのがいるから、ニッキョウソは潰さんといかん。NHKはテレビ中継したのか?あいつらの恰好の宣伝になるから、式典中継のあり方について、会長にひとこと言っておかなくてわ!」そんなことを語っているのではないかと、想像をしました。誰かどこかのマスコミが、あの誓いに対する感想を安倍晋三に聞いてくれないですか。

 それにしてもこの「平和への誓い」に対して、「平和ボケもいいかげんにしろ」「確かに日本人が一方的に殺されれば戦争ではないよね」「スイスなんて国民皆兵なんですよ」とか、城臺さんに対しては「正直、殺意がわいた」までの、インターネット上の書き込みが見られます。

 集会やデモも大切な行動ですが、城臺美彌子さんを護ることも大切ではないでしょうか。もちろん身体を護るというだけでなく、彼女の思いを若い人たちに伝えることも含めてです。



やっぱり金目で「解決」しようとする石原環境相

 福島の中間貯蔵施設問題、やっぱり国は金目で「解決」を図ろうとしています。

 当初の交付金(口止め料)の金額は、約1千億円と伝えられていましたが、政府は3010億円を地元に提示しました。3倍以上に跳ね上がったことになります。
 石原伸晃環境大臣が6月に「最後は金目でしょ」と発言して、地元から猛反発を受けていましたから、政府も地元のご機嫌を取るために3010億円と決めたようです。

 「金目でしょ」発言が、2010億円ほど掛かったことになります。施設の候補地である大熊町も双葉町も福島県知事も、予想外の金額に喜んでいるようです。しかし、施設が施設ですからそれをモロ顔に出せないという「嬉しい苦しみ」もあるようですが。

 福島県の幹部職員も、政府側の担当役所である環境省職員らもこの金額が示されることは、まったくの“寝耳に水”だったようです。お互いの職員は「真面目」にコツコツと交渉を進めていたのですが、政治判断でいきなり3倍の額が出されたら、まさにメンツ丸つぶれだと思います。

 背景には、10月に行われる予定の福島県知事選挙にあるようです。7月の滋賀県知事選挙に続いて福島でも敗北するようだと、非常事態だという意識が政府の中で働いたようです。しかし、もともとこの佐藤雄平知事は民主党の参院議員だった人物です。本来ならば自民党としては、佐藤知事の対抗馬を立てて名実ともに自民党の知事を作る努力をするべきでしょうけど、それが出来ない事情があるようです。

 福島県の自民党は、それを願っているようで独自候補の擁立を視野に努力しているようですが、パッとした候補者がいない。自民党本部としては対立候補を立てて佐藤雄平に負けるよりも、出来れば相乗りして「負けが形にならない」ことを死守したかったようです。

 そのためにも、佐藤知事の「実績」を作りたかったように思われます。

 3010億円の内訳は、1500億円が「中間貯蔵施設交付金」、1000億円が「福島復興交付金」で、この二つは復興予算です。そして510億円の「電源立地地域対策交付金の増額分」は、主に私たちが毎月払う電気料金に含まれている電源開発促進税からです。

 当然、どちらも国民の税金からです。「最後は金目でしょ」と発言した石原伸晃くんに株主代表訴訟ならぬ、納税者代表訴訟を起こしてせめて増額分の半分は戻して欲しいものです。

 石原伸晃くんが、「そうじゃろう、やっぱり最後は金目だっただろう。僕はウソを言ってないんだから」と独り言を口走っているようにも思われます。


69年前も雨だったら

 69年目のヒロシマは雨でした。ニュースによると、43年ぶりの雨だということです。「文化の日」以上の「晴の特異日」かも知れません。

 69年前のあの日も雨だったら、広島に原子爆弾が投下されることは無かっただろうか、そんなことを考えていたらから誰かが同じ意味のことを集会で話していました。広島に投下されなくても、よそのところに投下されたでしょうが。

 8月9日アメリカは当初の予定では、小倉市に2発目の原爆投下することにしていたそうですが、天候が悪く2番目の候補地である長崎に向かいました。長崎でも天候が悪く、視界が良くなかったので上空を少しの時間旋回していたそうですが、ちょっとした雲の切れ間があり、その時に投下したそうです。

 そこで、天候と原子爆弾についての関係が調べたくなり、京都大学原子炉実験所で仕事をしている友人に問い合わせのメールを送りました。そしたら返事が届きました。それには、次のように書いてありました。

 雨が降っていると、熱線はある程度吸収されるでしょうね。放射線でいえば、ガンマ線の吸収はちょっぴりでしょうが、中性子線は結構減ると思います。ネバダの実験データが広島・長崎にそのまま適用できない理由のひとつが、大気中の湿度が違うので、ネバダよりも広島・長崎の方が2分の1か3分の1程度だと評価していたそうです。ネバダは砂漠の乾燥地帯ですから、広島よりも湿度は低いですね。
 是非とも知識として参考にして頂きたいと思います。

 毎年、8月6日の夜は友人と「今年の8・6」について語り合う時間を取っています。もう30年は続いているでしょうか。今年は7人が集まりました。皆さん、テレビなどのマスコミでも出ておられる「有名人」です。好き勝手に喋り合う楽しい時間ですが、誰かが面白い話しをしました。

 「ヒロシマの日はいつも赤と白の夾竹桃の花だけど、今年は特に赤の夾竹桃はほとんど見なかった。白を少し見た程度」と。そう言えばそうだったような気がします。やはりヒロシマの日は照りつける太陽の日差しの中の夾竹桃だと思います。ヒロシマの日らしからぬ日だったという感想です。

 雨交じりで空の色は灰色で、夾竹桃の色も観られなかった。市長の平和宣言もイマイチだったし、白々しいアベシンの挨拶。その中で良かった点を挙げると次のことです。

 一つは高校生平和大使の生徒が「私たちは微力ではあるが無力では無い」と言った発言。二つには、僕が担当した「ひばくを許さない集いPart15」の議論がとてもかみ合って進められたこと。そして、中国電力前の反原発座り込み集会の時に雨が降らなかったことと、盛り上がったことでしょうか。

 僕にとって1年のスタートは、新年だけでなく8月6日もです。新たな緊張感と決意をもらいました。

1億人時代のこの国の在り様

 今から36年後の2050年には、日本の人口は1億人を割り込むだろうといわれてます。現在は約1億2千万人ですから、2千万人ほど減ることになります。

 かつて人口が1億人を超えたのは1966年です。僕がちょうど高校2年生の時になります。戦後、約30年で1億人になった数が、これから同じく約30年が経って1億人に戻ることになります。プラスされたものが、マイナスになるということは、ある意味プラマイ・ゼロですから同じと捉える人も在るだろうと思いますが、1966年と2050年では大きな違いがあります。


 1966年に1億人になった時には、65歳以上の高齢者の全人口に占める割合は10%でした。現在は25%という数字です。それが2050年になると65歳以上の割合は40%に、75歳以上の割合は25%になると予想されています。人口のほぼ半分がお年寄りということになります。

 だからこういう時代の、この国の在り様を本気で考えなくてはならないと思います。前号のブログでも書いたように、その時の社会は成熟した、嫌、成熟しきったような社会だと思います。

 64歳までの今でいう働き手世代の人たち負担は、ますます大きく重くなるでしょう。集団的自衛権によって戦場に行かなければならないかも分かりません。福島原発事故はこの時でも終わっていないでしょうから、福島に行かなければならないかも分かりません。年寄りの年金のためにも、せっせと働かなければならないでしょう。

 こうなれば、65歳以上も働ける者は当然働く必要があると思います。放射線に対する感受性が低くなった年齢の者は、率先して福島に行くようになるかも分かりません。

 こういう時代を見据えて、政策が考えられるべきです。「べき」だの悠長なことは言えないとも思います。たぶん、僕はその時にはあの世だと思います。今考えれば、僕たちは戦後からこれまで間を旨いことすり抜けるように、生き抜いてきたように思います。ある意味とてもラッキーだったと言っても良でしょう。

 しかし孫と遊んでいたりしていると、「どうなるだろうか」という心配もよぎります。こんな心配をしていても、仕方が無いのですが。

 次の言葉、このブログの中で一度使いましたが、やはり「スロウ・スモール・シンプル」の暮らしの中で「ビッグスマイル」が生まれるように思うのですが。
 そんなことを考えていたら、末娘が「来年3月に出産予定」と言ってきました。

 生まれてくるだろう僕にとっては3人目の孫は、2050年には35歳という働き盛りです。戦場にも行って欲しく無いし、福島に行くのも正直困ります。

「品性」のある景気対策を

 時たま証券会社からIRの案内の電話があります。IRとは、英語でInvestor Relationsと言われるもので、日本語では「個人投資家のための会社説明」です。証券市場に上場している会社が、わが社の株を買ってくださいという意図で株式に興味のある人に行う説明会です。そういう意図ですから、会社の社長クラスの役員がやってきます。

 先日、広島市内に本店が在る銀行のIRがあり行ってきました。この時は頭取ではありませんでしたが、常務クラスの役員が説明に来ました。

 銀行というところ究極的にゼロに近い金利で庶民からお金を集め、それを企業や個人に対し、集めた時の約10倍もの金利を掛けて貸し出すということですから、僕に言わせればアコギな商売だと思います。最近は、企業が銀行からお金を借りるというのが件数も金額も減少傾向ですから、やはり個人向けローンというのは、銀行にとっては大切な儲け口だそうです。

 貸し倒れにならない「信用」があると思われる企業や個人であっても、担保や保証人を付けるという手段を行ってお金を貸すのですが、夜逃げや破産という不安を感じながら商売しているのですから、銀行員の素顔というのを見ていると、どうも僕には好感が持てません。この度、話をした男性役員さんもサラ金の取立屋のような感じで話していました。

 銀行物の著書を多く書いている池井戸潤さんの中に、「銀行は晴れた日には傘を差し出し、雨が降れば傘を取り上げるところ」という言葉が出てきますが、これは銀行の性格を良く示していると思います。

 わが家も住宅ローンをやっとの思いで払い終えて、抵当権設定登記を外そうと思い、その手続きをするための書類を銀行に請求した時、その対応の悪さと遅さには呆れたことがあります。お金を貸す時には、嫌になるほどわが家に押しかけて来た癖に。

 今、全国で空き家の戸数が830万戸になり全ての全住宅戸数の13.5%になったという報告がされていました。空き家予備軍ともいえる一人暮らしの世帯は552万世帯という数字です。
 一方で福島原発事故避難者の約14万人以上が不便な仮設住宅に住んでいるということです。空き家には火災といった事故の危険性も大きくあります。こんなに空き家が在るのなら、住めるように修理などして希望する避難者に貸し出すことは出来ないのだろうかと思うのです。

 この国の景気浮揚政策といえば、住宅・道路・ダム・大規模建物というように、何かと無駄なお金を使わせるという対策に終始しているように思うのです。 
 その結果、個人には重くのしかかる住宅ローン、国や自治体は返済の見込みの立たない大きな財政赤字で苦しめているという状況です。であるにも関わらず、景気対策といえば40年以上くらい前からと同じ無駄なお金を使わせるという「対策」、この国の指導者には考える頭脳というのが無いのでしょうか。戦後69年が経って「成熟した大人社会」の中では、それらしい景気対策というのが在ると思うのです。それは、もっと「品性」のある対策だと思うのですが。



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