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8・6前

 僕が反核・平和運動に関わるようになった大きなキッカケを与えてくれた人で、大阪に住んでいるWさんという方がいます。長年、関西地方で平和運動を引っ張ってこられたというだけでなく、原水爆禁止日本国民会議(原水禁)本部の専門委員としても、運動の指導的な役割を果たしています。現在82歳です。その人から先日電話がありました。

 「あのなあー元気かあー。今年の夏は広島に行かれへんわー。体調が悪いし、暑いし。そやけど、君にはどうしても会いたいんやけどなあー」と。Wさんと出会ったのは1978年のことです。今から36年前のことです。この年の春に国連で開催された第1回国連軍縮総会を前に、関西地方の人たちを中心にしてアメリカの草の根市民グループとの交流ツアーを企画されました。このツアーのメンバーに僕が加えてもらったのが出会いでした。Wさんはツアーの代表者でした。

 約20日間の旅行でしたが、そのほとんどがホームスティや教会での宿泊で、なかには野宿というのもありました。僕は29歳でした。しかし、この旅行に参加したことが、それからの僕の人生に大きな影響を与えたのです。

 それ以降、Wさんは毎年広島にやってきました。そしてお好み焼きを食べたり、お茶したりして、喋りまくりました。そのWさんが、今年は来られないという連絡です。もちろん僕が関西に行くときは会っていましたし、東京でも会っていましたが、8・6に広島で会うことに大きな意義があったと思っています。それが今年は出来ないということは、とても残念です。
 今年の2月頃に送ってあげた、広島の牡蠣がとても美味しかったことも電話で話していました。「やっぱり広島の牡蠣は美味しいわ。娘の夫が美味しいと言って全部たいらげたんだー。あの牡蠣の代金も払わんといかんしー」とも。

 2年前に、アメリカジョージア州アトランタで会った日本山妙法寺の信者であるKさんからもメールが入っていました。現在福岡に住んでいる造園師さんです。彼はアメリカ国内にも何か所かに在る、日本山妙法寺の道場内での庭園を造っていました。このKさんは明日から広島にやってきます。明日、広島駅近くで会うことにしています。この時期、全国からの友人が会おう、話そう、飲もうという連絡をしてきます。改めて、多くの友人に囲まれて育ててもらったと感謝するのです。

 そして、いつまでもこれらの友人・知人からの期待に応えられる「省ちゃん」で在りたいと思うのです。

 さー明日から8月、「8・6」の本番です。最近はこの時期に関わらず、忙しいことは忙しいのですが、やはり違う意味で緊張感と忙しさを伴う144時間が始まります。
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詩人、橋爪文さん

 詩人の橋爪文(はしづめ ぶん)さんという友人がいます。友人と言っても許してくれると思います。僕とは、「文さん」「省ちゃん」という仲です。文さんは14歳の時、広島市千田町の広島貯金局で原爆に遭いました。だから、現在83歳、東京都町田市に住んでいます。

 この文さんが、被爆体験記「ヒロシマからの出発」を出版され、27日にその出版記念のトークの催しがありました。

 僕と文さんとの出会いは、そんなに前からではありませんが、フランスが最初に核実験を行ったアルジェリアに、アルジェリア政府からの招待ということで一緒に行くということになった時のことです。アルジェリアは長い間フランスの植民地だった関係から、この国の広大な砂漠の中で核実験が強行されたのです。まあ、僕は文さんの付き添いというかカバン持ちみたいな感じでしたが、結果的にはアルジェリア政府の対応の悪さで、この旅行は私たち側からお断りにしました。

 アルジェリアという国、政情も混沌としていますし、日本のプラントメーカーの「日揮」の社員が殺されるという事件も起こっています。先日はアルジェリアの首都アルジェに行く飛行機が墜落したという事件も起きています。

 この旅行へ行くという準備の中で、文さんと出会い親しくなりました。83歳ですが、すごく行動力のある方です。単に行動力のあるというよりも、行動力の塊のような方です。

 文さんのニックネームは「フーモギ」です。これだけでは意味が分からないと思いますが、「疑問符」という言葉を下から読んだものです。文さんの著書で「フーモギの105日」というのがありますが、この本の帯文には「還暦すぎてからコスモポリタン。14歳で原爆に被爆した著者が、持ち前のポジティブさでなんと61歳で英語留学。さらにヨーロッパひとり歩き。ギモンフから生まれた、フーモギ流こころで伝えるコミュニケーションとは!?」と書いてあります。

 さてこの度出版された「ヒロシマからの出発」という本ですが、往々に原爆体験記というのは、読むごとに落ち込んで沈むような気持ちになるものですが、文さんのは、あの時の原爆体験とともに現在の文さんに時々戻るところがとても良いと思います。

 この本の表紙は広島に住む保井ちからさんという29歳の美術家が担当しました。文さんの年齢よりも半分以下の若者です。青色を基調にした、とても素晴らしい抽象画です。明日は若い人たちが、この本を題材にしたライブが行われるそうです。このような形でヒロシマの継承が行われるのも素晴らしいと思いました。

 文さんは僕のことを「省ちゃんは広島の息子」と、他の人に紹介してくれます。僕たちはビールを飲みながら語り合いました。文さんはワイン党です。

 文さんの「永遠の青」という詩を紹介しておきます。

日本が戦に破れた日は
狂うような 青い空

原爆の日は
響くような 青い空

大切な友の死んだ日は
震えるような 青い空

空の青は
私の痛みの色
極みの色

「何色が好き?」
と聞かれて
「そらいろ」
と答えた幼い日
「青い服着て 青い顔して」
と詰られた少女の日
叶わぬ恋の炎を
青く燃やした乙女の日

こうして青は
私の色となり
私の悲しみとなる

やがて
私が終わりを告げる日も
多分 青い空
・・・・  ・・・・・
・・・・  ・・・・・


こんな時代だからこそハガキ一枚が嬉しい

 長い間、鳥取県米子市の市議会議員をしていて、先月の改選選挙で後継者に引き継いだ友人に約束通り、上関町祝島のヒジキと枇杷茶を送ることができました。

 友人は僕とほぼ同年齢で、いわゆる「市民派議員」として議員活動をしていました。ところがガンが発見されて治療に専念するために、信頼する友人に後継してもらうことになり、先月の選挙で後継者は高得票を得て見事に当選を果たしました。

 僕は、長い間頑張ってきた友人への「ご苦労さん」を兼ねて、ヒジキと枇杷茶とそして簡単なメッセージを書いて送りました。

 そしたら、その友人から一枚のハガキが届きました。暑中見舞いハガキでしたが、2円切手が貼ってあるので、「エッ」と思ってよく見たら、2013年、去年の暑中ハガキでした。本人の了解無しにハガキの全文を書かせてもらいますが、何度も何度も読み直しています。

 暑中お見舞い申し上げます。
 祝島のヒジキとビワ茶を受け取りました。ありがとうございました。毎日玄米食なので海藻は何よりものおかずです。ビワもガン治療には欠かせない植物です。早速に使わせてもらいます。まだ「定年退職の気分」になれません。選挙の残務整理や市政研の立て直しなど、いろいろあって家の整理などやりたい事に時間が取れません。意識もなかなか転換できなくて困っています。ぼちぼちを心がけます。

 こういった内容でした。友人の気持ちが凄く分かるので、何度も読み直したのです。忙しいといわれる現在、僕たちは手紙といったものを余り使わなくなったように思います。一番よく使うのはメールでしょうか。その次は電話かも知れません。その次がファックス、手紙・ハガキは最後に押し込まれたように思います。

 でもやっぱり手紙・ハガキが良いですね。その次はファックスでしょうか。やはり手書きの文字というのは、中味の良し悪しに関わらず気持ちが伝わるように思います。それが去年の暑中ハガキだろうが、年賀ハガキだろうが関係ありませんね。

 そんなことを思っていたら、知り合いの郵便配達員さんから「暑中見舞いハガキは要りませんか」と訊ねられました。衝動的に10枚購入しました。こんな時代だからこそ、ハガキを使いたいと思います。下手くそな字しか書けないのですが。

島根原発反対集会

 20日、松江市の「くにびきメッセ」で“ひろげよう!みどりのエネルギー「さよなら島根原発!」大集会”が開催されました。中国地方を中心に約4100人が集まりました。新聞によると福島原発事故以来、地元の反対集会では過去最多の人が集まったと書いていました。集会を準備された実行委員会の方たちには「ご苦労さんでした」という気持ちでいっぱいです。

 僕も、この集会を行うべきだと言ってた者の一人ですから、ある意味では責任者の一人だったかも知れません。僕が、この時に島根原発に反対する集会をやらねばならないという気持ちになったのは、沸騰水型原発では不名誉な再稼動のトップになるのが島根原発2号機だという気持ちが働いたからです。

 昨年7月、原発の新しい規制基準が原子力規制委員会から示され、その時に再稼動申請を行ったのはすべて加圧水型原発でした。事故を起こした福島原発が沸騰水型だったために、いくらふてぶてしい電力会社も、その時には沸騰水型原発の再稼動申請はされませんでした。

 しかしその後、東京電力の柏崎刈羽原発に続いて島根原発、女川原発、浜岡原発などと沸騰水型も再稼動申請がされました。今現在、沸騰水型原発で再稼動申請をしていないのは北陸電力の志賀原発だけです。

 いろいろな状況を見ていると沸騰水型原発では、どうも島根原発2号機が再稼動のトップになる要素が強いのです。溝口善兵衛島根県知事も松浦松江市長も言ってることは別にしても、再稼動は容認だと思うからです。

 そのことの状況認識を集会参加者に、きっちりと共有して欲しかったと思います。そこのところが少し不足していたと思うのです。もちろん集会後に行われたパレードの中でも、このことを市民にアピールして欲しかったと思うのです。

 沸騰水型での再稼動のトップになる可能性が高い島根原発2号機。これを止めるために、何をなすべきかという気持ちとそのための活動エネルギーを受けるのが集会の位置付けだと思うのですが。

 それと、これは大した問題ではないかも知れませんが、集会宣言を読み上げられた方、入口で配られたリーフレットには無かったことを言われてました。「安倍晋三首相様」「中国電力様」といったような言い回しです。最初はジョークというかオチョクッテ言っているのかとも思いましたが、最後までこの調子でした。その理由というか真意が僕には、未だに分からないところです。


不審者、不信者

 「気軽に子どもらに声をかけるとフシンシャに間違われるぞ」と、友人が話しました。同じような内容ブログは、この前も書いたかもしれませんが、ちょっとした違いの人が「フシンシャ」と扱われるのは、とても不愉快です。

 金子みすゞの詩で「みんな違って、みんな良い」というのがありますが、世の中みんなそれぞれ違っているから、楽しいしそれは当然のことと思います。共同参画とか共生と言われるように、また健常者と障害者とを分離されている学校の在り方についても意見があるのも現実です。

 「声かけ運動」というのも一方で行われています。しかし、「声かけ」はフシンシャとして扱われる最たるものでもあります。子どもたちが賑やかな声を出して通学路を歩く姿は本当に可愛いものです。そんな光景を見ていると、気持ちも良いものですし、声を掛けるのは自然の姿だと思うのですが、それがフシンシャと思われるのは、やはり不自然だと思うのです。

 ちょっと変わったことをやると異質な人、フシンシャと扱われる社会は民主主義の状態ではないと思います。もちろん以前では考えられないような犯罪が起こっているのも事実です。以前では表ざたに成らなかっただけかも知れませんが。

 近所の人が話していましたが、目を交わすこともヤバイですよと。先日、上関町の祝島へイベントのために行きました。10年以上ぶりに猿まわしというのを見物することができました。その猿まわしをやらせているおじさんが、見物者に「猿と目を合わすと、猿が緊張して興奮するかも知れませんから、なるべく目を合わさないようにお願いします」と注意しました。この注意を聞いて、人間社会も猿並みになったかと変な気持ちで聞いていました。

 簡単にフシンシャを不審者にレッテルを貼って欲しくないのです。それはやがて国のやり方や政策に反対することを許さない社会に向かうような気がするからです。異質な考えを許さない、抜け駆けは許さないという方向へ向かうことの心配です。

 不審者は別にして、どうも最近は「不信者」は増えたように思います。信用できない人としましょうか。最たる人は安倍晋三かも知れません。上関原発の埋め立て免許の延長問題を、意味なく引き伸ばしにしている村岡嗣政山口県知事も、僕に言わせれば「不信者」だと思います。

 不審者に対しては厳しい目が向けられるのに、「不信者」にはどうも寛容な気がしてなりません。

無責任に川内原発が再稼動に進む

 原子力規制委員会が川内原発の再稼動を容認しました。原子力規制委員会の田中俊一委員長の記者会見を見ていると、なんとも無責任という感を否めません。そのことを最も感じたのは、次のやり取りです。
Q:審査の位置付けは?
A:新基準への適合はみているが、安全とは私は申し上げられないと何度も言っていた。
という部分です。

 そしていつもいわれている事ですが、避難体制の審査の部分です。田中委員長は、審査の中では評価していない。自治体が、住民が安心できる防災避難計画を作ってほしい。防災対策を作ることは規制庁の範囲外、という発言です。

 原子力規制委員会設置法の第一条(目的)には、次のように書いてあります。=原子力利用における事故の発生を常に想定し、その防止に最善かつ最大の努力をしなければならないという認識に立って、確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、又は実施する事務を一元的につかさどるとともに・・・=とあるのです。この「一元的に」という部分を僕は言いたいのです。

 「一元的に」というのは、原発のハードな部分ソフトな部分を含めて、審査をするということではないでしょうか。

 田中委員長の発言の語尾がどうも無責任だとも思いました。そこを羅列的に書いてみます。
「まだいくつもの山はある」
「ますます努力をしていく必要がある」
「規制庁の範囲外」
「私は願っているが」
「これから研究を進めるべきだ」
「人知の及ばないことがあるというのが、不確かさにつながる」
「私たちの役割は審査に対応することで、社会的なジレンマとは関係ない」ざっとこんなものです。

 川内原発の半径160㌔の範囲には、阿蘇山・霧島山・桜島・喜界島など多くの活動中の火山もあるのです。火山からの火砕流などはどう評価されたのでしょうか。

 米国では原発の多重防護という考えの中に、第5層の考えとして重大事故時に住民の被ばくを防ぐ避難計画などの緊急時対策が盛り込まれない限り、原発の稼働許可は得られないとされています。一番肝心で大切なことを日本では考えようとしてないのです。

 川内原発の再稼動に向けての動きに対して、泉田新潟県知事からのコメントというのがありました。川内原発については、責任を持って情報を収集し分析する立場にはないとしながらも、一般論として次のように言っておられました。

 少し長いのですが、ぜひ読んで頂きたいと思います。
「原子力発電所の安全確保のためには、福島第一原子力発電所事故の検証・総括が不可欠です。それがなければ、同じことを繰り返す恐れもあり、原子力発電所の安全が確保できないものと考えています。事故の検証・総括がないまま策定された規制基準では安全確保はできません。原子力規制委員会には、地域の安全を如何に確保するかという組織の本来の目的を果たして、実効性のある対策をすみやかに構築していただきたいと思います。また田中委員長は面会拒否を改め、立地自治体の声を十分に聞いていただくとともに、政府及び関係機関へも必要な勧告権を行使していただきたいと考えております」
 この通りだと思います。

発泡酒増税反対で政権を倒そう

 暑い夏に喉を潤してくれる、グッーと一杯。誰も発泡酒や第三のビールが普通のビールより、美味しいから飲んでいる訳ではありません。飲んでいる理由は、ただ安いからです。美味しいのは、本当のビールに違いありません。

 その発泡酒や第三のビールが増税され、本当のビールが減税されて格差を縮小するという政府・与党の方針が明らかにされて、これぞ今の政権を倒す大きなきっかけになればと思っています。

 秘密保護法も集団的自衛権も大きな反対運動が起こりましたが、発泡酒や第三のビールの増税の方が身近だし、僕の場合はほぼ毎日のことでもありますから、ここで怒れば今の政権を倒すことは可能だと思います。

 かつて焼酎はあまり美味しくはないけど、「安い」が売りでした。湯割り、水割りで量を増やして飲めるのも魅力です。酒の湯割りはないでしょうから。それが焼酎への増税が行われ、焼酎も酒並みに高くなったように思います。

 発泡酒・第三のビール増税で国会包囲デモが行われたら、これぞ大きな圧力になると思いますし、集団的自衛権反対以上に大きなダメージを政権に与えることが出来ると思います。発泡酒増税反対で安倍晋三政権を倒しましょう。

 一方、全国知事会議が人口減非常事態を宣言したというニュースも、大きく報道されています。京都府知事でもある全国知事会議の山田啓二会長は、会議の冒頭で「少子高齢化の問題が、はっきりわれわれの前に姿を現している。日本は死に至る病にかかっている」と悲壮感をもって冒頭にあいさつしたそうです。

 僕に言わせれば、こんな問題はとうの以前から分かっていたじゃあないかと思うのです。農業、漁業、林業という第一次産業を政策的に食えない産業にして行き、都会では男性・女性を問わず非正規社員を増やし、ワーキングプアーな状態では、子どもを産みたくても産むことを躊躇するような政策を進めてきたのはどこの誰ですかと言いたいのです。

 子育て支援ということで、乳児医療の無料化とか保育園への待機児童の減少策も進められているようですが、まだまだ不十分です。そして思うのは、これらの対策の間につながりが無いということです。きめの細かさが不足しています。

 そしてなによりも、これらの子どもたちが大人になった時の不安が余りにも大きいということだと思います。平均的な所得の半分を下回る世帯で暮らす18歳未満の子どもの割合を「子ども貧困率」といいますが、それが2012年時点で16.3%という過去最悪を更新したという報告も厚生労働省からありました。まだまだ増えるのは目に見えています。

 そんな中でも、親たちは身を削るような思いで学習塾に通わせる。若い世代の政治離れが強まっているとも言われてますが、ある意味では目先のことで精一杯という状況の中では仕方のないとも思うのですが。

手順書だけで事故は防げない

 以前、テレビの全国中継網の監視・制御という仕事をしていたことがあります。24時間365日、二人一組で誰かが交代勤務をしていました。何十ものテレビモニターを監視し、制御スイッチ、ヘッドホーンがある部屋でした。
 この部屋のことを、オペレーションルーム・コックピットといってましたから、だいたい想像がつくと思います。原子力発電所やテレビ局の制御室と外観は同じです。

 何も故障などが無い時は、ルーティン作業を淡々とやっていればよいのですが、いざ故障とか苦情、大きなニュースが発生した時にはたいへんでした。僕は一応これでもチーフとして仕事をしていましたから、責任はありました。社内資格認定も、とりあえず「テレビ技術スペシャルA」という立場にいました。小さなものを含めれば、故障や苦情はあるのです。起こったとしても、それを一分一秒の単位で回復措置を行うのがオペレーターの手腕でした。

 そのために手順書というものが用意されていました。これまで発生した故障時の措置やらを参考にして手順書は作られていたと思います。しかし僕はほとんど手順書というものを見ながら故障措置をしたことはありません。やはり、故障の回復措置を行うのは、これまでの経験だったと思います。そして、全体を見る目と個別を判断する技術だったと思っています。

 原発再稼働にむけて電力会社は手順書を作成し、原子力規制委員会に報告しています。九州電力川内原発では、約2000ページの手順書になったというニュースがありました。作成した人は本当にご苦労なことだったと思います。

 テレビの仕事と違って原子力発電所の故障というのは、比較の問題ですがそんなに多くはないはずです。多く起こるようでは困りますし、ましてや福島原発事故のような事故は、起こしてはなりません。

 昨年7月8日に施行された原発の新しい規制基準は、原発のハードな面については決めたとされていますが、実際に制御している人間の問題については、触れていないと思います。手順書を作ることは大切なことだとは思いますが、それを完全に習熟して、いざという時に操作できるというのは不可能だと思います。一人や二人はそういう超人のような人がいるかも知れませんが、全国の原発で、嫌、世界中の原発の作業員をそこまでのレベルに上げるのは不可能だと思います。

 僕の仕事の場合は、疑似的に故障を起こしてそれを回復させるという訓練も行われました。しかし、そういう訓練を行えるのはテレビ放送が終了した深夜の時間です。テレビだから出来たと思います。原子力発電所で、実際に故障を起こして訓練が出来ますか?圧力容器から、ガス抜きをしてフィルター付きベント装置を起動させて放射性物質の拡散状況を確認することが出来ますか?

 もうすぐ母親の17回忌の命日がやってきます。あの日、病院から様態が悪いのですぐに来るようにとの連絡があった時、僕は宿直勤務をしていました。それでも病院に駆け付けることはできませんでした。チーフ級の代りの人に来てもらって、ようやく病院に駆け付けた時には母は少し前に亡くなったということでした。忘れもしません。しかし仕方がないとも思いました。責任感を自慢するのではないのですが。

差別語・セクハラ発言・野次

 差別語・セクハラ発言・野次、似たようなものと考えそうですが相違点も多いと思います。

 差別語は、時代とともに変わってきています。いわゆるインスタントカメラも以前は朝鮮半島の人への差別語が、何の抵抗もなく使われたいたことがあります。被差別地区に対するもの、聴覚障害者など障害者に対するものなど、僕らの親世代では日常的に使っていたようにも思います。

 僕も文章を書いたり、人前で話しをすることがあるので結構気にしていますし、他の人が何の抵抗もなく使っている言葉がとても気になることがあります。痛烈なる差別語なら、やんわりと注意することもありますが、地区とか集落のことを「部落」と表現されると、「良いのだろうか。困ったなあー」と思いながらも、黙ってしまいます。

 もう亡くなりましたが、脳性麻痺の友人がいました。彼は、どこかの場で「ノーマ」と呼ばれて烈火のごとく怒り声をあげました。僕は彼に対して「そんな声で怒るのはよくない」と注意しました。その一件が終わった後、彼は僕に対して、同じことを僕が言ったとしても怒らない、だって僕たちは通じ合っているのだから、友だちだからと言いました。
 彼は僕から注意を受けたことを、少し気にしていたからだと思います。今の時代、周りを見ているとチョットしたことで怒り声を上げる人が多いように思います。その怒り声も、理路整然とした怒り方ではなく、「ギャー」とか「ガワー」といった単音による単純な怒り声です。

 根底での人間関係の作り方が難しいというか下手な時代、根っこの部分で人間関係が出来ていれば、怒り方も上手になるのではと思うのですが。

 東京都議会でのセクハラ発言、一人の「犯人」が名乗り出たら、あっという間に収束したようですね。逆に週刊誌などは、セクハラ発言を受けた方の議員の「私生活」を面白そうに興味深く書いているのには、この国のレベルの低さを感じます。

 このセクハラ発言についてテレビの中で、現職の女性大臣が最もらしく非難している顔を見て、これには何となく笑ってしまいました。この大臣、国会委員会の女性野次議員として、上位3傑までには入るとされた人ですから。執拗に品の無い、野次を連発した人です。もちろん国会ですから、野次を完全に否定するものではありませんが。

 山口県議会で、知り合い議員が自分に対して前議会とは矛盾する答弁をした県幹部に対して「恥を知れー」と野次ったことが話題になっています。新聞にも書かれていましたから。大した話題ではないのですが、その県幹部は「自分の人格を否定された」と話していました。
 「恥を知れー」はそんなに問題にあるほどの野次でしょうか。発言をした人が友人ということで、肩を持つわけではありませんが。

あほくそうてやっとられるかい

 この国の政府や電力会社、そして原発計画地などで原発を進めたい側の人たちは、あの福島原発事故があったにもかかわらず再稼動、願わくば建設開始をというふうに思っているように見えます。

 福島原発事故は、今世紀最大の環境破壊だと思います。今世紀中の完全収束は不可能でしょう。なのに、なぜ原発からの撤退が言えないのか、たかだか40年の電力のために、10万年以上も放射性廃棄物を管理し続けなければならない、そんな道理の合わないことは無いと思います。

 それでも何故か?を考えてみました。原発を進めたい側の人たちは、「たぶん自分が生きている間には、あのような事故は起きないだろう」「起きたとしても、自分の住んでいるところでは無いだろう」と思っているのではないでしょうか。

 上関町で原発を建てたいと思っている人でも、自分たちの町が国のエネルギー政策に協力するために、ぜひ原発を建設させたいと思っている人はたぶん居ないだろうと思います。建てたい理由はお金だと思います。中国電力にしても、地元に対しては「地域の発展のために、豊かな町づくりのために協力したい」と言ってます。「お金がもらえますよと」いうことです。

 上関町に住んでいる推進派の人でも、中国電力の社員でも大方の人は、上関原発は出来ないなと思っているでしょう。どちらかと言えば、建設されない方が良いと思っているのが本音だと思います。
じゃあそれなら計画撤回に!と行かないのは、お金をもらい続けるためには、上関原発計画が白紙撤回されるのは「ヤバイ」のでしょう。白紙撤回されれば、お金は入りません。建たなくても、どちらかといえば建たない方が良いけど、「建てたい」という状況が続くことが大切なのでしょう。

 上関原発計画が、2001年電源開発調整審議会において「電源開発基本計画」に組み入れられ、2005年に「重要電源開発地点」に指定されたことが「建てたい。建てるべきだ」ということが継続していることでしょう。

 「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉があります。国も中国電力も、「縁の切れ目」にならない・してはならないために、せっせっとお金を出し続けなければならないのでしょう。これほどの無駄遣いは無いと思います。出すことの言い訳にするために、「ベストミックス」だの「地球温暖化防止」だの、如何にも最もらい理由を付けなければならない。

 まあーとは言っても、そのお金は山下隆くんや苅田知英くんが払っている訳ではないし、茂木敏充くんでも無いし。これが本当に会社だったら、こんな無駄遣いは絶対にしないでしょうね。それは、僕たちの払う電気料金であり税金ですから、やはり怒るべきですよ。

 あー「あほくそうてやっとられるかい」です。来週18日は、もう毎月開催しそれも15年以上続いている「あほくそうてやっとられる会」の定例会です。あほくさい話し、頭にくる話し、腹の立つ話しをしながら、飲み喋りまくります。

祝島支援が形になって本当に良かった

 広島・上関リンク発起人の湯浅正恵さんら3人の呼びかけで行われた、「上関原発に反対する祝島の漁師さんに500万円届けようキャンペーン」の募金が、6月29日に目標達成したとの報告を聞いて、正直ホッとしています。7月21日の海の日に届けるということでしたから、予定より約20日の早く目標額を達成しました。

 僕もわずかですが、募金をしましたが6月29日よりは遅れましたから、まだまだその額は増えているものと思います。発起人の一人は、1000万円になるのではと期待しています。

 年々、魚の水揚げが減り魚価も低迷傾向が続き、漁業従事者の収入は減ってきています。これは全国的な傾向だと思います。
 祝島漁協も現在は山口県漁協祝島支店となりました。上関原発の漁業補償金を何とかして祝島の漁師さんに受けとらせようとする山口県漁協は、まさに兵糧攻めで原発建設に反対し補償金の受け取りを拒んでいる人を切り崩そうとしています。

 漁業補償金を拒むためにも、漁師さんは年金をつぎこみながら組合員を続け、数年前からは赤字補てんもしています。今年はついに赤字負担が一人約20万円になり、その支払い期限が7月末を迎えていました。そこで展開されたのが、このキャンペーンです。

 多くの人たちが上関原発の建設に反対するために、その反対運動の拠点である祝島への支援をしています。しかし、その意思が具体的な数字目標として立てられると、本当に行くだろうかという心配の気持ちもありました。口では「祝島支援」と言いながらも、「口で言うほどじゃあ無いよなー」という攻撃が行われるのが目に見えたからです。

 500万円という額、名実ともに高額です。しかしやり始めた以上は、なんとか達成して欲しいと思っていました。それが予定より20日以上も早く達成したのは、本当に良かったです。

 祝島の中でも上関原発には反対だが、今となったら補償金を受け取ってもよいのではという意見もあります。それはそれで分からないではないのですが、外部からの「支援」が「形」になったのは本当に良かったと思っています。

 それにしても理解出来ないのは祝島支店の赤字分を、なぜ祝島の漁師さん自らが負担をしなければならないかということです。こういう制度そのものを撤回することを行わなければならないと思います。漁業にしても、農業・林業言った一次産業を破壊させた責任は、国の政策にあるのですから。

 また来年も同じキャンペーンしなければならないのかと思いますが、それまでにこういう間違った「制度」は変えられるべきだと思います。

土曜日から旅に出ています

 5日の土曜日、下関市で開催された「第3回日韓反核平和協働セミナー in下関」で、「ヒロシマの視点から『美味しんぼ』を考える」というテーマでお話しをさせていただき、5日の夕方山口宇部空港から上京、6日は午前中から高木仁三郎市民科学基金の成果発表会に参加、夜長野新幹線で軽井沢へ。軽井沢で一泊した後、7日は上田市の別所温泉に浸かった後、長野市内で一泊という旅に出ていました。

 軽井沢には高校時代の同級生が、トミーというライブハウスをやっており、お互いに高校時代は変わり者だったので(僕は変わり者とは思っていませんが)、仲良しでした。トミーくんはこれまでに会社勤めをしたのは、2年くらいだと話していました。好きな音楽の道を苦労しながらも歩んだ男です。軽井沢には20年以上住んでいます。30年以上ぶりの再会でした。CDも何枚か出しています。

 上田市にある別所温泉には、安楽寺という前から行ってみたいと思っていたお寺があり、やっと実現できました。このブログでも書いたことのある「本気」という書が行ってみたいというキッカケになりました。上田市はかつて養蚕産業が盛んだったという歴史がありますが、もちろん今の上田市にはそんな面影はありません。別所温泉に行く前に小諸市にある懐古園も見たかったのですが、日程的に難しかったので、この度は諦めました。

 そして、その日の内に長野市に。長野には、以前四国の松山市で弁護士事務所に勤務していた友人がいます。松山市で弁護士事務所に働いていたというのは、分かる人にはすぐに分かると思いますが、四国電力伊方原発に反対する活動を通じての知り合いです。彼は沖縄問題にも関心を持っていて長野市で沖縄料理の店をやっています。そして沖縄楽器であるサンシンを作ることも、教えることもやっている人です。僕が来るということで、やはり友人で長野県のエネルギー計画に提言のような仕事をしている人も忙しいにも関わらず来てくれました。
 沖縄料理を食べ、泡盛を飲み過ぎました。8日は長野市といえば善光寺。お参りに行きました。そして今、このブログは長野新幹線の中で書いています。最大級といわれている台風が近づいているので、もう広島に帰らないわけにはいかないでしょう。

 ざっとこんな旅をしていますので、落ち着いてブログが書けない状態にありました。

 軽井沢はやはり涼しいです。景観を守るために2階建て以上の建物は作れないそうです。観光地が売り物ですから、それは当然でしょう。そして長野県は自給自足のエネルギー政策を実践しているところでもあります。県庁内にもいろいろな政策提言をする外部識者を積極的に導入しているのも素晴らしいと思いました。

 株主総会が終わって、少し気晴らしのできた友人との再会とおしゃべりも楽しかったです。まあー最初の二日間は仕事といえばそうですが、「美味しんぼ」については、ある月刊誌に講演原稿を元に加筆・修正したものを載せる予定です。とてもデリケートで大きな意見対立もあった問題ですが、あえて挑戦しました。掲載されたら、お知らせしますので楽しみにしないで待っていて下さい。

組織の世話役を引き受けて自分を鍛えよう

 高齢者の人口は右肩上がりという状況の中で、老人クラブは団体数も組織人員も大幅に減少しているというニュースを読みました。

 人間が組織されることを嫌う傾向なのでしょうか。組織離れとともに、何かと役員になるのを嫌がる傾向も強いように思えます。労働組合の組織率、子ども会に入る子どもの数、世話役、20代の若者に表れている選挙離れ、市民団体でも組織に入ることも、組織の世話人になることも、そして老人クラブもそのようですね。

 理由としては、組織されても良いことは無い、時間が無い、塾や仕事が忙しい、若者に現れている選挙投票率の低さなどは、「自分一人が選挙に行っても変わるものじゃあない」という感覚もでしょう。投票率の低さは、政治家にも大きな責任があると思います。約束(公約)を実行しない、裏切り、責任を取らないといったことが多いのですから。

 また、組織の役員になりたくないというのには、責任を問われる立場になることが嫌だというのも在ると思います。組織の世話役というのは、当然組織構成員のみんなの意思に基づいて行動するのですが、何かにつけ構成員と世話役との関係が対峙したものになってしまうという傾向も感じています。逆に構成員の人が、世話役を無視して勝手な行動をされた場合には、世話役は「もうこんなのなら辞めた」という気持ちになることにもなります。

 僕は子どもの頃からおとなしく、余り言葉を発しなかったと母親は話していました。母親は本気で心配したようです。「嘘じゃろー」という声がどこかから聞こえてきたように思いますが、空耳でしょうね。

 しかし、社会人になっていろいろな世話役をしてきました。広島で結成した法律の勉強会、労働組合の役員、たくさんの市民運動組織の世話役、中学校同窓会会長、カラオケグループの世話役、「あほくそうてやっとられる会」という楽しい飲み友だちの会の「尊師」、「省ちゃん会」という会、最近は「父ったん会」というのも出来ました。
 今でも法律の勉強会と労働組合の役員以外は、続けています。

 こんな世話役をやっていると、「もう嫌だ。辞めた」と思うことはたびたびです。しかし、こういう経験をしたことのない人が困ったなあーと思われるようなことを、余り大したことではないと思える部分がたくさんあります。例えば、結婚式の挨拶だとかといったものです。

 今年の株主総会では、総会場内で3回の発言をしました。マイクを握りながら、この僕の姿を見たら母はどういうだろうかと思っていました。たぶん喜んでくれるだろうとも、それくらいの余裕も持っていました。

 人間は経験によって鍛えられると思います。肉体的には鍛えられなかった僕ですが、多くの社会的な関係の中で鍛えられました。

 皆さん、積極的に組織に関わり世話役を引き受けましょう。
 この人はいいぞと思う人の選挙応援に関わるというのも楽しいものですよ。先日行われた米子市議会選挙に立候補したわが仲間を応援し、米子にも出向きました。見事に上位当選でした。これって本当に楽しいものです。

「ヒモの権威」

 広島電鉄の郊外線電車に乗っていると、小学校の高学年くらい思われる子どもが5人くらい、僕の座っている席の前に立ちました。電車で通学しているということは、私立小学校の子どもでしょう。

 5人の内、4人のランドセルのひもの部分には、非常時に鳴らす警報スイッチが付けてありました。あの「ピッピッピッー」と鳴るものです。わが家の前の通りは通学路なので、この音を何度か聴くことがあります。子どもたちは、遊びでこの音を鳴らしているので(そうに違いないと思うので)、その音が聞こえても、「イザッー」という気持ちになったことはありません。そんなものです。

 幼稚園へ子どもを迎えに行く保護者と思われる人たち、何か書いてあるカードを首にヒモを掛けています。なにくわぬ顔で書いてある言葉を読みました。それには「○○ちゃんの保護者」と書いてありました。ボランティアで道のゴミを拾って清掃している人も、腕章とともに首からカードのあるヒモを掛けていました。

 JRの電車に車いすで乗り降りする時、駅員さんが手助けしてくれます。これはとても良いことだと思います。しかし、駅員さんもヒモです。

 「ヒモの権威」を感じました。ヒモを掛けていないと幼稚園に子どもを迎えに行くことも、道のゴミを拾うことも、車いすの人の電車の乗り降りを手助けすることも出来ないのでしょうか。

 「ヒモの権威」の背景にある問題は承知しています。物騒な世の中、「変な人」が多い、責任の所在、事件・事故の防止といった理屈だとは思いますが、どの物差しで「変な人」を判断するのでしょうか。

 最初の電車の話しに戻しますが、電車の中に何かブツブツと言ってる女性がいました。公共の場ではよく見かける光景です。その時、この5人の子どもたちの眼にある種の緊張感のようなものを感じました。「変な人」がいるという緊張感です。関わりを持つまい、早く駅に着いてくれないかなあーという感じです。

 以前、居酒屋で友人と談笑していると、一人のおじさんがバターと倒れたことがありました。僕はとっさにそのおじさんに「どうしたんですか」と声を掛けました。そしたら、一緒にいた友人は「119に電話をするだけにしろ」と僕に言いました。素人がつまらんことをするなという感じです。その選択が正解かもしれません。たぶん、そうでしょう。

 最近、わが家の近くにも老人施設が出来ました。高齢化が進む中では、需要が多いのですから、これからは大切な施設だと思います。しかし、母親を施設に入れている友人が、施設の中では安全、安全と安全最優先で年寄りの自主・自立が阻害されていると悩みを言ってきました。事故の責任を問われるという問題もスゴークよく分かります。

 がしかし、本当にそれで良いのだろうかと思うのですが。

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