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日常の生活の中で パートⅡ

 誕生日のプレゼントにということで、「ケシミン」を貰いました。シミを無くすというクリームです。忘年会の時に、職場の人にリクエストした物ですが、よく覚えておられました。成果の程は、本気で期待はしていませんが、朝夕顔のシミに塗っています。ちょうど10日目くらいですが、効果が現れているかどうかはまだ不明です。通勤電車を待つJRのホームで、いつも一緒になる女性に、このことを話したら「効果が現れたら、私も買おうと」話していました。

 8月と12月以外の毎月第4火曜日の午後2時から2時間の予定で、ピースセミナーの講師をやっています。生徒さんは、全員女性です。
 今月は新年ということで、「原発をめぐる今年の動き」という話しをしました。みなさん、とても熱心です。そのうちの一人が、私たちの難しいところはゆっくりと、2ヶ月にまたがっても良いから話して欲しいと言われました。
 僕自身は、当然のように知っていることでも、分かってもらうにはゆっくりと時間をかけて話さなければと、改めて思いました。

 僕はラジオ派です。このブログでも書きましたが、「ラジオ朝一番」の特に「ビジネス展望」は必ずというくらい聴いています。日曜日は、「あの頃のフォークが聴きたい」と「落合恵子の絵本の時間」です。アナウンサーは3交代クルーで替わるのですが、だいたいその声で、性格とかが判るように思います。
 このラジオを担当しているディレクターに、それぞれのアナウンサーの人について「神経質な人だろう」「朗らかな人だろう」「意外と単純な人だろう」というメールをしました。そしたら返事があり、「声に性格というのは現れるのでしょうか。だいたい当たっていました」と。
 このディレクターの人、NHK広島放送局に以前勤務していた経験もある、いわゆる「美人女子アナ」ですが、今はラジオの早朝班ディレクターです。
NHKは会長の発言や、女性経営委員の働く女性に対する差別発言など、アベシン人事によるが問題発言を起こしていますが、現場の一線では頑張って欲しいものです。
 それにしても、今、マスコミと教育における右傾化は急速に進んでいるという危惧を持っています。

 ふっとしたキッカケで、もう亡くなられていますが、広島出身の国会議員で、大臣にもなられた人と話した時のことを思い出しました。
この人、歳を取っても「かきくけこ」の精神で暮らすようにと、うん蓄のある事を言われました。
「か」は、感性です。
「き」は、気力です。
「く」「け」は、はっきりと覚えていませんが、「け」はたぶん健康だったと思います。
「こ」だけは、忘れません。恋心です。
いつまでも、「恋心」は持ちたいものです。

 早朝に目覚めて、こんなブログのことを考えていたら、携帯電話の目覚ましの音楽が鳴り始めました。元ちとせの歌、「空に咲く花」です。

空にも花が咲いたらいいな
君の見上げるあの空にも
傷ついて立ちすくむこころに
雨が降る時にも

さあー、起き上がろう!!やれやれ・・・
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日常の生活の中 パートⅠ

 もう少しで4歳になる孫が、「じいちゃん、カルタやろう」と言ってきます。保育園でも、やっているようです。家では、電車の専用カルタで、僕は読み役です。声、顔、態度のデカイ僕ですから、本気でやります。
 =しんかんせんの おいしゃさんだよ ドクターイエロー=を、「じいちゃんの 歯医者さんだよ、うめばやし(近所の行き着けの歯医者さんの名前)」と。
 =ふじさんを みながらはしる のぞみごう=を、「富士山を見ながら走る、こだま号」と言うと、「じいちゃん それ違うよ」と。
 風呂から出てきた孫の、着替えを手伝いながら見る小さなペニス。これが大きくなる頃には、どんな世の中になっているのだろうかと思いながら、少しでも暮らしやすい時代になって欲しいと思うのです。

 妻から、「玄関にゴミを置いてるから、お願い」と、朝の出勤時に言われます。いつものようにゴミ置き場に持っていくと、近所の人から「まあー、ご主人がゴミを。お疲れ様です」と。この姿、違和感があるのでしょうか。僕にとっては日常のことですけど、こう言われると赤面します。

 火曜日の午後8時からの、NHKテレビの歌謡ショーは好きな番組です。僕のことをよく知っている友人は、この時間帯の電話は避けてきます。昨日は、島倉千代子が亡くなる3日前にレコーディングしたという「からたちの小径」を、島倉千代子本人の映像と、女性歌手が唄っていました。南こうせつが作った詩が良かったです。
もう60年近く前になりますが、通っていた五日市小学校の校門にあった、からたちの木を思い出しました。今もあるのだろうか、今度天気の良い日にでも、確認しに行ってみよう思います。
「鼻歌省ちゃん」とも言われる僕です。2~3日は、「からたちの小径」ですね。

 新聞の切り抜きを30年以上はやっています。ジャンル別にファイルをしています。「原発関係」「核問題理論」「核問題運動」「一般社会問題」「被爆二世問題」そして、僕のことで記事になったものです。「核問題運動」では、以前一緒にやっていた人たちの死亡記事が多くなりました。「原発関係」は、1年でBOXファイルが二箱になります。
切り抜きをしながら、以前のものを見ていました。その中で、当時は大先輩で、僕自身がこういう運動に関わるキッカケを与えてくれた人。もう何年か前に亡くなられましたが、今でも尊敬している人です。この人のインタビュー記事でした。年齢を見て、「えー 64歳」その頃から雲の上の人でしたが、今の僕より若いのです。自分自身の幼稚さを実感します。

 2月4日から3日間上京するので、友人の女性作家と「食事でも」という約束をしていました。しかし連絡があり、東京地方裁判所で集中審理しているオウムの裁判を傍聴して、その傍聴記を書くようにと新聞社から頼まれているから、この度はキャンセルにしようということです。東京新聞の記事になるそうです。読むことが可能な方は、頭の片すみに置いていてください。

 2月1日は中国電力の人事異動です。約4分の1の人が動く、大規模な定例の異動日です。今年は、1日が土曜日になるので前日の31日です。
27日の月曜日に中国電力前で街頭宣伝のマイクを持っていると、希望するところに行けることになったという広報の人が「長い間お世話になりました」と挨拶。僕は「良かったですね。もう、心ここに在らずじゃあないですか」と言ったら、「そんなことはありませんよ」と言いながら、顔は笑っていました。

 日常の生活の中で、まだ有るのですが、ブログの目安としている原稿の範囲を超えましたので、残りは「パートⅡ」として、次の機会に譲ります。お楽しみに!?


東の東京、西の山口

 東京都知事選挙の真っ最中ですが、2月6日になったら山口県知事選挙が告示、2月23日投開票という日程で行われます。都知事選挙は2月9日が投開票ですから、選挙戦では3日間ダブルことになります。また、上関町議会議員選挙が2月11日告示ですから、山口県では知事選挙と上関町議選挙が並行して行われているという形になります。

 東京都知事選挙と山口県知事選挙の共通点は、どちらも任期満了ではない選挙だということですね。東京都は猪瀬直樹さんの5000万円疑惑によるもの、山口県は、山本繁太郎さんの病気辞任というものです。また、いずれも原発問題が争点になっています。東京都は原発総体という感じですが、山口県は上関原発です。

 予定外と言えばそうですが、猪瀬さんの辞任も山本繁太郎さんの辞任も、遅くとも昨年の秋から年末にかけての時期には予想されていたと思われます。

 自称、山口県には詳しいとしている僕ですから、こちらの方の知事選に誰が立候補するだろうかということを予想していました。もっとはっきり言えば、一つには山本繁太郎さんの後継は誰になるか、もう一つは前回の知事選挙に立候補した飯田哲也さんが再び立候補するだろうかということでした。

 山本繁太郎さんの後継として立候補を表明した、村岡嗣政(むらおか つぐまさ)候補は、僕の予定の中に入っていました。総務省出身の41歳、これまでの山口県知事は、戦後から全て国の官僚経験者ですから、大いに予想されました。 しかし何分若いということで、本人も官僚としては頂点となる事務次官を狙っていたようですが、事務次官レースから外れたということで、にわかに立候補が浮上したようです。副知事経験者に対しても、候補者を模索したようですが、山口県庁内における、山本繁太郎派と元知事の二井関成派の分裂というか確執は強いものがあり、二井関成さんが山本繁太郎さんに、強い不満を持っていたこともあり、本人自身の再登板要請も本気に考えられたようです。

 こういった状況の中、自民党の方針が決まったのは、正月のことです。正月の挨拶周りで、地元の山口宇部空港に降り立った安部晋三を出迎えた、岸信夫、河村建夫らと、空港内の応接室で話し合って、この時点で村岡嗣政に決まったとされています。

 一方、注目された飯田哲也さん。立候補しないことは予想されていました。一昨年の知事選挙が終わって、すぐに山本繁太郎さんの体調不良ということが明らかにされました。僕は飯田さんに、「間違い無く、2年以内に知事選挙があるよ」というメッセージは送っていたつもりです。であるにも関わらず、飯田さんはその年に行われた衆議院選挙に立候補。知事を狙うのなら、一貫して知事に拘って欲しかったというのが、率直な気持ちです。まさに、そこで「ケチがついた」という感じです。

 飯田さんの立候補断念は、お金の問題を含めて、体制が組めなかったということかも知れません。そして、本人の「やる気」も。

 まあー4年後には、また知事選挙が間違いなくやってきます。まだ若い飯田さんですから、そして4年後も50歳代のはずですから、その時に照準を合わせても良いのでないでしょうか。

冷凍食品農薬事件

 冷凍食品から農薬が検出された事件の容疑者が、逮捕されたということで、一安心という感じですね。この事件をキッカケに、冷凍食品全体の売り上げに影響を与えたということですから、大きな社会事件だと思います。

 容疑者とされている男性、契約社員としてこの会社で8年間働いていたようです。近所の人に、「2~3年頑張って、正社員になる」と意気込んでいたようですが、自分の給与が少ないことに「やってられない」ともつぶやいていたとも伝えられています。であるにも関わらず、会社側は「仕事ができ、新入社員の面倒も見る中堅社員」という評価もしているようです。

 ならば、なぜ正社員として雇用できないのか、ということを感じます。
 そもそも僕が新入社員だった頃には、契約社員や派遣社員という言葉自体無かったように思います。みんな平等に正社員でした。これが普通でした。だから自由にものが言え、愚痴も不満も平等だったと思います。

 もしこの男性が、僕の息子だったらと思うと、やりきれないような苦しみというか落ち込みそうです。なぜ、この国はこんな状態になってしまったのか。
 僕の時代は良かったでは、済まされない気持ちです。しっかり働いても、結婚も出来ない、子どもも育てられない、そんな世の中はやはり変えなければならない、本気でそう思います。
 
 食べ物を扱う工場では、あってはならない事件ですが、働いている人が人である以上、容疑者のような状態なら、これからも起りうる事件だと思います。

 安部首相は、「日本を、世界の経営者が一番進出したい国にする」という意味の発言をしたようですが、これは「日本を金儲けの一番できる国にしたい」という意味だと思います。「一番儲けのできる国」とは、「一番、働く人が軽視される国」です。

 僕は、この容疑者を弁護したい。やったことは悪質だけど、その気持ちが分かるからです。

 それにしても、今や何もかも冷凍食品ですね。僕が子どもの頃は、冷凍食品は無かったです。まずもって、冷凍するような設備が在りませんでした。スイカは、井戸の中にヒモでつるして井戸の底につけておいて、時間が経ったら、それを取り上げて食べました。コロッケを作るということになれば、その日の夕食はコロッケだらけというようにたくさん出来上がったとようです。巻き寿司を作るということになれば、卵を焼き、かんぴょうやごぼうを煮て、きゅうりを縦に切り、何本もの巻き寿司が寿司桶の中に並べられました。八幡神社のお祭りの日には、煮込んだアゲを半分に切って、その中に寿司飯を入れて稲荷ずしを作ったものです。

 冷凍食品は便利です。巻き寿司が一本単位で買えるのは便利であるし、合理的だとも思いますが、子どもたちに僕が今思い出すような「あの頃」は何になるのでしょうかねえー。

原水禁の会議

 僕は、広島県原水爆禁止協議会(広島県原水禁)の常任理事という役割も担っています。2ヶ月に一度くらいのペースで開催される常任理事会や、8月に開催される原水禁大会で役割があります。
 常任理事になって何年になるでしょうか。20年以上は間違いないと思いますが、記憶は定かでありません。
 
 常任理事になった当初の常任理事会は、平和運動の多くの先輩たちの議論に圧倒されたものでした。まさに大物の集まりでした。順不同で、その頃の常任理事の名前を、既に亡くなった方のみ、紹介したいと思います。
原水爆禁止運動では、
シンボル的な森滝市郎さん。
僕がこの運動に関わるようになったキッカケを作った、宮崎安男さん。
被爆者運動をリードされた、近藤幸四郎さん。
同じく、伊藤サカエさん。
詩人の栗原貞子さん。
被爆教師の会の石田明さん。
統一労働者党の議長、松江澄さん。etc
 現在も、常任理事をしている方は、あの頃はまだ若者の部類に入っていました。僕なんか、まだぺーぺー組でした。

 とにかく議論が盛んで、すごい緊張感で席に座っていたものです。時には、声を荒げての議論になることもありました。常任理事会は非公開ですけど、出入り口の扉には、マスコミ関係者が扉に耳を当てて、その内容を聞いていたものです。

 そんな会議に参加させてもらって、僕の青春は過ぎていきました。声を荒げての議論をした後は、その一方の人から「飲みに行こう」と誘われました。それぞれ、行き着けの店があるようで、今の国際ホテル近くにあった「なめくじ横丁」の、お世辞でも綺麗とは言えないような店には、何度も行ったものです。「○○くんの発言は、間違いだ!現状の認識がおかしい」とか、先輩たちの、時には嘆き節と思われるものを聞いていました。まだ若かった僕は、聞き役にしかなれませんでした。話す方も、「若い」僕と議論をするというより、まるでサンドバックのような対象だったのかも知れません。
 こんな議論を、聞くだけで好きでした。そして先輩というか、年上の人との付き合い方も教えてもらいました。今、考えれば本当に貴重な経験をさせてもらったと感謝です。

 しかし時代の経過とともに、現在は常任理事会の雰囲気も大きく変わりました。まず自分の考えに基づく発言が少ない、議論をしない、意見の対立が無い。
 先日、今年初めての常任理事会が開かれ、僕は「今年は原水禁運動が趣味のようになれる人。好きになれる人を育てていきましょう」と発言したのですが、シラッーとした雰囲気が流れ、場違いな感じをさせたようです。

 あの頃、鍛えて下さった方が居られたからこそ、今の僕がおられるのかも知れません。それぞれの議論の底流には、お互いの信頼と「ヒロシマの責任」というものが在ったように思うのですが。


アメリカ旅行を計画中です

 「二足のわらじ」を履いていた何十年の生活に、3月末でピリオドが着くために、4月になったらアメリカ旅行を計画しています。
 娘と二人です。彼女は仕事があるので途中まで一緒、残りは僕一人になります。「成田離婚みたいだなあー」と言ったら、いつものような馬鹿なことを言ってるわという感じで見られました。

 5月の連休が始まる前までには、僕は帰国しようかなあーとも思っていますが、さあーどうなることやら。でも6月には、株主総会という大切な行事もありますから、その準備をするまでには、帰らないといけないでしょうね。

 上陸は、サンフランシスコ。次にラスベガスへ行き、続いてアトランタという順番です。どの場所も、そこに住んでいる友人が、案内してくれます。
 宿泊もラスベガスのホテル以外は、全部ホームステイの予定です。どの友人も、どこを観たいかと聞いてきました。

 サンフランシスコでは、娘の希望を受け入れてアルカトラズ島。そして、僕は、サンオノフレ原発と伝えました。

 アルカトラズ島は、サンフランシスコ市からすぐ目の前にある小さな島ですが、1963年まで連邦刑務所として存在し、「ザ・ロック監獄島」としても有名です。何度も脱獄事件が起こり、この島の虐待のことを扱ったケヴィン・ベーコンが出演した映画「告発」は、今年の正月テレビでも放映していました。そのままの姿で残しているというのも魅力です。アルカトラズ島へ行くのには、この映画を観ることが必要だと思います。(ちなみにDVDを持っています)

 「62歳になったの?」というメールが、アルカトラズ島を案内してくれる友人から入りました。62歳を超えたら、観覧料金が割引きになるそうです。日本では、60歳とか65歳というように、ある意味ケジメの年齢に映画料金や、市内の公共施設料金が割引きになりますが、62歳には笑いました。日本人の律儀さも感じさせます。

 サンオノフレ原発は、日本の原発メーカーが造ったものですが、欠陥原発で閉鎖となり、原発を所有する電力会社から、日本の原発メーカーに多額の賠償金が要求されています。この問題は3・11以降に起こったニュースで、日本でも大きく報道されました。

 サンオノフレ原発は、サンフランシスコから約750キロ、2日間の行程になるよという連絡があり、この度は止めました。広島から東京の距離です。同じカリフォルニア州だからと安易にリクエストしましたが、やはりアメリカは大きな国だと実感させられます。

 旅行で一番気になるのは、為替相場です。この前まで、85円くらいで1ドルが買えたのに、今は105円くらいですねー。
 「アベノミクス」と言って、自らの国のお金の価値が下がっていることを、政策の成果だと自画自賛するのは、まさに「チョウ ど アホノミクス」です。ガソリンをはじめ、多くの輸入に頼る物の値段が上がり、庶民の暮らしを苦しめているだけでなく、旅行するにもこれまでの20%増しの費用がかかります。

 しかし、世の中多くがデフレ状態。唯一ホテルを予約したラスベガス市は、競争とデフレが影響して、宿泊料金も安くなっていたようです。ラスベガスでも、どこを観たいかと聞かれましたので、僕はネバダ核実験場をリクエストしましたが、ここでも娘の要求だけになり、何とかのショーを見物することに落ち着きました。続いてジョージア州アトランタ、ここで娘は帰国します。

 アトランタには、2年前の3・11に合わせて招待されたところです。アトランタから近いところに原発増設が計画されている、ボーグル原発に反対する行動に参加しました。ここでは、「ジョージアWAND」という、直訳すれば「ジョージアにおける女性による新しい選択を求める行動」という団体の皆さんと再会する予定です。

 無事に帰国したら、何かの手段で報告が出来ればと思っています。

被告は「負け!」と宣言すべきです。

 被告は、本気で裁判をする気が有るのか、と疑わざるを得なくなりました。
 こう思うのは、21日に松江地方裁判所で行われた、「島根原発3号機の運転をやめさせるため」の、第2回目公判の被告である国や中国電力の姿勢です。国や中国電力からの代理人弁護士は、合わせて15人いました。

 本気でやる気が有るのかとの疑いを持つ理由は、何点か有ります。一つは、原告に当事者適格が在るかということで、被告は文句が有るようです。当事者適格とは、この裁判を訴える資格が在るか否かということです。この場合、島根原発3号機からの被害を受けない人は、そもそも裁判をする資格そのものが無い、と言うことです。例えば、沖縄県や北海道の人が原告で、島根原発から遠く離れているから、島根原発からの被害は受けることが無いから、原告になれないと主張することです。しかし、福島第一原発事故の被害範囲は世界中に及んだのですから、こんな主張は「時代遅れ」です。
そう主張するのであれば、原告の一人一人について、当事者適格が在るか無いかを理由を付けて明らかにすべきです。その判断を争えばよいのです。この問題を指摘しておきながら、具体的に主張しないことは、ただ時間の無駄です。

 それと被告の姿勢で問題なのは、何を争点として裁判をしているのかを具体的に明らかにしていないことです。争いがあるから、裁判になっているのです。「島根原発3号機の運転をやめさせてください」という、こちらの主張が納得できないから裁判になっているのに、その争点を明らかにしないということは、そもそものところで、「やる気」を疑わざるを得ません。

 次に、この裁判は国と中国電力を訴えているものですが、こういう二つのところを訴えて裁判を行うことを「併合」と言いますが、被告の主張は併合でなく、それぞれを「分離」して行うべきだと主張しています。

 また、普通裁判というのは、損害賠償金を支払えとか、認可したことを取り消せとか、そういうことの実現を求めるものです。しかし、この裁判は「島根原発3号機の運転をやめるように」という、指示をすることを求める裁判です。こういう裁判のことを「義務付け訴訟」と言いますが、そういう意味でも、興味深い裁判です。

 次回の公判は、5月26日(月曜日)午後2時からです。しかし、次回までに被告は、当事者適格についても、争点についても具体的なものを明らかにするのかが、大いなる疑問です。明らかに出来ないのなら、こちらの主張を認め、裁判所は直ちに原告勝訴の判決を出すべきです。裁判所も被告も何を?待っているのでしょうか。

 ぞろぞろと、被告側の代理人がやってきます。その旅費や手当ても馬鹿にならないと思います。まさに、税金と電気料金の無駄使い。

 本気で争う気のない裁判なら、被告は「負け!」と宣言すべきです。

2025年問題を考えよう

 満65歳になって、二つの物が郵送されてきました。一つは、年金の手続きに関する物。もう一つは広島市からの、介護保険被保険者証という物です。この保険者証に、市内にある施設利用料金の減免についての一覧がありました。65歳になると、これらの施設の使用料が安くなります。例えば、平和記念資料館や広島城、映像文化ライブラリーといった施設の利用料です。約50位の施設が対象になっています。ほとんどが、「小人料金と同額」と書いてあります。
考えてみれば、数年前は65歳になれば無料になったと思います。高齢者人口が増えたので、小人料金に同額も仕方無いかも知れませんが。
 娘にこの事を話したら、「私たちより高齢者の方が収入も多いし、あたり前よー」と情け容赦の無い返事が返ってきました。

 余り大きな社会問題とされていませんが、「2025年問題」というのがあります。僕たち団塊世代が75歳の後期高齢者になるであろう、今から11年後の問題です。この時になると、二人に一人が65歳以上の高齢者か子ども、その中でも高齢者が8割になるとされています。15歳~64歳までの、生産人口が半分だそうです。「少子高齢化」問題は、ずっと以前から言われていたことですが、いざ直面すると深刻になります。

 先日、「将来推定人口」というのが報告されていましたが、日本の人口は、2008年の1億2800万人をピークに減りはじめ、2040年には1億人。2060年には8600万人、2100年には5000万人を割り込むだろうとしていました。

 人口減少の理由には、やはり経済発展のプロセスに大きなものがあると思います。結婚が容易に出来ない。非正規雇用の増大で将来への不安がある。ブラック企業という言葉が示しているように、貴重な労働力の使い捨て、全ての基準をコストとしか考えない。そんな問題があると思います。改めて、「ひとり、ひとりを大切にする」といことが、国の政策の柱になるべきだと思います。

 情熱が掛けられる仕事があること。それなりの収入があること。自分の時間が持てる余裕があること。自分の時間に、情熱を傾けられる趣味というか対象物があること。成熟した大人社会の中では、大切なことだと思うのですが。

 成熟社会の中で、これまでのように「成長だ。成長だ」と言うのは、お年寄りにバイアグラを飲ませて、「ガンバレ、ガンバレ」というようなものです。国のお金も企業のお金も、成熟社会にふさわしいような使い方があるように思います。

 長生きしたお年寄りが亡くなったら、「あー、これで無駄な食い口が減った」というような時期が来るかも知れません。こんな時代が来ないように思いますが、「本音はこうなのだ!」というような世の中の雰囲気を、何げなく感じられます。

 先祖からの歴史の通過点の中に自分が居て、果てしない未来に向けて歩んでいるのだという位置付けで、これからの社会を考えたいと思いますが。

3月末で退職すると申し出た知人

 仕事上の知り合いが、こっそりと電話をかけてきました。この人は、僕よりも5歳くらい若い人です。
「3月末で退職することにしました」と。

 この職場、何かにつけメンタルヘルス、メンタルヘルスというところです。と言うことは、心の病に苦しんでいる人が多いということでもあります。この知人も、過去に「うつ病」に苦しみ、自らから役付きを降りた人です。僕は、最近この知人から、「調子が悪い」ということを何度も聞かされていました。その人が、「退職したい」と上司に言ったのです。

「 辞めるという結論を出す前に、もう一度考えたら?ゆっくり休んで考えたら!辞めるのはいつでも出来ることだから」と僕は話しました。こう言うのが精一杯です。

 上司である課長も、休暇を取ることや、仕事の担務変更も含めて、話し合ったようです。でも、この人の「決意」は固いようでした。退職届けを受け付けないという荒療法もあるとは思いますが、退職の決意は固いようです。

 この会社は、メンタルヘルス対策を職場ぐるみで取り組んでいるのです。

 人間には、良い時、悪い時。そういう山や谷が在るものです。波風が在るものです。だから人間なのです。それを支えるのが、周りの人たちの暖かい心だと思うのですが。

 友人に心療内科を開業している人がいます。この友人に、「病院に来る人で、最も多い病気は?」と尋ねたことがあります。彼は、即座に「うつ病。そして適応障害の人」と話しました。最近は特に若い人で、適応障害に苦しんでいる人が多いそうです。学校や、職場に馴染めないという人です。この友人、こういう病気の治療をしている病院の院長ですが、自身が「うつ病」に苦しんでいたことがあるのですから。

 「省ちゃんには、心の病は無いだろうねえー」と、この前、誰かと飲んだ時、その人は話かけました。僕は笑っていましたが、まったく縁の無いことも無いのですよ。

 焦らず、ゆっくり考えて、今、考える余裕も起こらないのなら、それが起こるまでボーとしていても良いのではないでしょうか。何とかして働く方向に戻って欲しいのですが。

平和公園で偶然会ったピース ボランティア ガイドさん

 11日、会合に出席するため、平和大橋を渡って広島市立高女原爆慰霊碑の前を歩いていました。
 この慰霊碑は、「E=MC2」というアインシュタインの相対性理論の公式を、生徒たちが両側から支えて持っているという、意味有りの慰霊碑です。

 この慰霊碑の話しが主題ではありません。その慰霊碑について案内をしている、ピース ボランテイァ ガイドさんに目が留まりました。瞬間的にどこかで見た人だと思いました。このガイドさんから話しを聞いているのは、二人の若い女性でした。どこからか、広島を訪れガイドさんに説明を受けたのでしょう。

 平和公園内や原爆資料館内には、何人ものピース ボランテイァ ガイドさんが活動しています。外国人旅行者に対する、英語によるガイドさんもいるほどです。もちろん無償でやっています。僕の友人も、何人かがこのガイドに登録して頑張っています。とても勉強熱心な人が多く、原発のことなどの質問も受けることもあります。

 僕の目に留まったガイドさん、同じ職場の中で仕事をしている人でした。そのことが分かるのに、数秒は係りました。顔は見たことのある人で、挨拶程度は交わしていますが、名前も知らない人です。年齢は30歳代とも40歳代とも見えると思います。

 この人は、いわゆる非正規社員として仕事をしています。日ごろの職場の中では、ピース ボランティア ガイドをしている人のようには、まったく思えませんでした。

 僕の働いている職場のフロワーには、全部で百人くらいの人がいますが、80%くらいの人が非正規の人です。職場の中で、平和の問題、原発の問題などの会話は、ほとんどしません。

 こういう感じの職場の中に、ピース ボランテイァ ガイドをやっている人がいるということ、すごく感動的でした。

 正社員の場合、これも一面的な見方か分かりませんが、同じフィルターによる同じ物差しで、同じような価値観や考えの人が採用される傾向ですが、非正規の人たちの場合、このフィルターや物差しの目が大きいので、本当にいろいろな人がいるのだなあーと感心しました。

 職場の中でも、平和のことや原発のことなどで、自由にものが言える雰囲気が出来るのが理想でしょうけど。この百人くらいの人がいるフロワーにも、日ごろは黙っていても、いろいろな人がいるということ。なんだか、とても嬉しい気分になりました。

 純粋な気持ちで、「お好み焼きでも食べながら、被爆70年のヒロシマの役割についてでも話しませんか?」と誘ってみようかなあー。

本格的に新年がスタートしました

 11日に行われた「2014新春市民運動討論会」で、実質的に僕の新年がスタートしました。この討論会で話して欲しいと言われたテーマは、「反原発運動の当面する課題」と題するものです。13日の集りでも、全く同じテーマで話すので、レジュメも同じものを使います。

 「正念場」という言葉は、あまり頻繁に使うものでは無いと思いますが、やはり今年は脱原発を求める運動とっては、正念場の年になります。2011年の3・11直後からの1年ないし2年間は、ある意味、今にでも日本で原発の無い状況になるのではという意味で「行け行けドンドン」の意味での正念場の年でしたが、今、自民党政権になって原発復活の流れに変わろうとしている中で、やはり今年は正念場の年になりそうです。

 「正念場」という言葉、中国電力の苅田知英社長も6日に本社で開いた新年互礼会の場で、「原発稼動に向けての正念場の年」と言い、安倍晋三首相も同じく6日の伊勢神宮での記者会見の席で、「政権に取って正念場の1年」だと言ってます。みんな、それぞれの立場で「正念場」なんだーと唸っていました。正念場には正念場で勝負を掛けなければならないでしょうね。

 昨年の12月に「エネルギー基本計画」の素案が出され、今月中にこの計画が閣議決定され、国の方針になろうとしていましたが、今になって自民党の中でも「急ぐべきでは無い」という意見が出始め、昨年の素案のままでの今月中の閣議決定は延期になりそうです。
 自民党内の脱原発を求める声の広がりや、やはり急きょ出てきた東京都知事選挙、小泉純一郎さんの声、そして何よりも「エネルギー基本計画」の決め方に対する国民からの非難の声の高まりだと思います。

 安倍晋三総理にとっては、昨年末からの国家秘密法を強行した事に対する非難、靖国への参拝に対する内外からの声、そんな事に対して、今焦ると支持率低下に歯止めが掛からなくなることを懸念してのことだと思います。

 これは、私たちというより国民全体の勝利の方向だと理解して良いと思います。

僕は、2014年に運動のポイントとして、次の5点を話しました。
1、福島原発事故は収束されていないこと。
・事故の原因、真相が明らかにされていない。
・ いわゆる「汚染水」の問題。
・ 廃炉計画を含めた事故処理が終わっていないこと。その見通しも無い。
・ 除染
・ 賠償
2、「新規制基準」は決して世界に自慢できるものでは無い。
3、市民感覚からかけ離れた、「エネルギー基本計画」
4、エネルギー政策に対する市民側からの提言の必要性。
5、新しい「原発地元」を応援する、部外者にしないこと。
などを話しました。

 何年か前に亡くなれた、九州福岡に住んでおられた村田久さんの言葉を最後に話しました。
それは、「消極的な賛成より、積極的な反対意見を!」というものです。

 そして、状況を適確に捉え、その状況に対峙する運動の構築が必要と結びました。

検察庁からの逃亡者が逮捕

 横浜の検察庁から逃走した容疑者が捕まって、周辺に住む人はもとより、全国の人から「安心した、これで平和な暮らしが戻った」という声が聞こえてきます。
 
 いくらひねくれている?僕でも、捕まったことにはホッとしています。しかし、検察庁というか警備していた警察官の失態は、どうなっているのかあーと呆れてしまいます。

 それにしても、携帯電話を使うというのは、犯人の無知です。電源を入れた時点で、その位置情報が瞬時で分かるという事態を知らなかったのでしょうか。今のように機能の多い携帯では、何百メートルのエリア内で携帯基地局が選択されていますから。僕だったら、携帯電話の電源を入れたものを、どこかに置きざりにして、その場所に捜査の目を集中させておいて、まったく逆方向に逃走します。

 容疑者の男、犯したであろう犯罪は許せませんし、裁判にかけられてきちんと裁きを受けるべきだと思います。そして裁きを受けた後は、その刑罰を受け、更正していつの日か社会に復帰すべきだと思います。いくら重犯でも、20歳の青年ですから。

 しかしこの事件による警察の失態により、顔写真が全国に知れわたり、みんなが知るところになりました。普通だったら、こんなに何度も写真が見せられることもないと思うのですが。その分、将来の社会復帰も時間が掛かるだろうと心配です。

 捕まった人は、出来れば逃げたいのが心情だと思います。だから、手錠をかけられ、腰縄をされて逃げられないように措置されているのですから。

 僕は、本来的に警察官に対する「公務執行妨害」というのは、成り立たないという考えを持っています。逃げようとしたり、あばれる人を取り押さえるのが仕事ですから、それを妨害したから、「公務執行妨害」というのは、理屈が通らないと思います。極端に考えれば、犯罪者は犯した時点で、警察に出頭しなければ「公務執行妨害」だと言われそうです。
 もちろん、警察以外の公務員には「公務執行妨害」は成立するでしょうし、一般の人には「威力業務妨害」が成り立つのは当然です。

 ニュースを観ていたら、容疑者を捕まえるのに2億円を使ったとのことです。約2日間のために2億円、ということは1日1億円。優秀なアルバイトでも雇ったのでしょうか。これは、まさに株主代表訴訟ものです。 

 この度の事件で政府は各検察庁に対して、再発防止のため、設備を改善するように指示したとか。警察官という人間の習熟より設備の充実の方が、安心できるというのも理解できない訳ではありませんが。いくらの費用がかかるのでしょうかねー。すべて税金で!
これぞ、まさに「ショック ドクトリン」

 2020年に東京でのオリンピック開催が決まった週明けのALSOK(総合警備保障)の株は、取引き早々はストップ高になったのを思い出しました。

誕生日でした

 昨日は、山本繁太郎山口県知事が辞職ということでブログを書きましたが、僕の誕生日でもありました。1949年1月8日ですから、満65歳になったのです。

 人間は、年数を重ねるだけで成長するものでは無いということを、つくづく感じています。やはり成長させてもらうのは、多くの人間関係だと思っています。

 僕の場合、今取り組んでいる原発に反対する運動を通じて、多くの人間関係を作っているつもりですし、職場という場での人間関係とのバランスの中で、大人にさせてもらったと感謝してもいます。面倒な人間関係など関わりの無いような、無人島にでも生活するというのも一つの考えですが、それが果たして幸せか否かは、疑問ですね。

 その中で実感することは、どんな立場にいようとも、多くの人たちが、福島原発事故やエネルギー問題には相当に関心を持っているということです。立場上などの理由から、表立って何か行動を起こすことは出来ない人は多いですが。だから、いわゆる活動家という人のみが活動しているのでは無いということを十分知りつつ、観られているということを意識して共感を得る活動を行うということが大切だと思います。
 思い上がり、独りよがりは戒めるべきでしょう。

 すぐ上の姉が生きていた頃、誕生日の夜電話が掛かり「ハーピバースディ ツーユー。ハーピバースデイ 省ちゃん」と受話器の向こうで歌い出すのが、恒例でした。その電話を待っていたものです。その姉も亡くなってすでに8年、懐かしい思い出です。

 同じ誕生日には、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の金正恩くん。元首相の小泉純一郎さんという、ある意味では個性的、見方によっては単細胞な人がいます。一昨年、僕の誕生日を祝賀する集会のニュースがテレビで流れていましたが、これは金正恩くんのお祝いでした。

 フェイスブックには、多くの方からお祝いのメッセージをいただきました。その中にあった、高校同級生の友人。「高校の時に戻ったような気で、怖いもの無しで頑張りましょう」と書いていました。
 でも、僕は高校生の時よりも今の方が、怖いもの無しだと思っています。息子心配症だった母親もすでに亡くなっていますし、自分の子どもたちも独立していますし、どうせ後何十年も生きる訳ではないでしょうから、今が人生の中で一番怖いもの無しの時期かも知れません。

 しかし、怖いもの無しで頑張れるのも健康第一。この機会に少しは、このことを考えながらも、やって行きたいと思います。まあーたぶん「三日坊主」で、忘れてしまうでしょうけど。

山本繁太郎山口県知事、辞職へ

 今日の中国新聞が、1面トップに「山口知事、山本氏辞職へ 体調不良、後継候補に村岡氏ら」という記事を載せました。昨年の10月28日に緊急入院して、年内に復帰できなければ辞職するだろうと思っていましたが、その予想通りとなりました。

 たぶん年明け早々に辞任を表明するだろうと確信したのは、新聞の「首相の動静」記事でした。伊勢神宮に行く前に地元山口県に寄り、大谷山荘と自宅のある下関市に2泊しているのを見てのことです。山口県の自民党役員と話し合い、「この時」と、決めたものだと思います。

 それにしても、山本知事の病状について、どんな病気なのか、どこへ入院していたのかも「個人情報」として、隠し続けていた山口県当局の姿勢には首をかしげてしまいます。僕らが入院しているのとは違います。公人としての知事が入院しているのですから。12月県議会にも欠席して、議員に対しても説明をしない、これはやはり問題有りだと思います。

 辞職新聞記事を見て、瞬間的に口から出た言葉は「ウーンやっぱりか」というものでした。山本繁太郎知事は65歳、僕も今日で65歳になりました。辞任の記事を新聞で見て、次にテレビのワイドショウに目をやったら、やしきたかじんが亡くなっていたというニュース。やしきたかじんも、今年中に65歳になる年齢です。そう言えば、中国電力の苅田知英社長も僕と同年齢。病気で知事を辞める人。病気で亡くなった人。そして生き残っている僕。ここぞ死ぬ気で頑張らねばということも感じます。

 山口県知事選挙は、2月6日に告示、23日に投開票となる見通しです。東京都知事選挙、上関町議会選挙と僕の中では、この時期に三つの選挙に大注目となりそうです。いずれも選挙権を持っている訳ではありませんから、あくまでも傍観者ですが。

 山口県知事選挙には、自民党からは山口県出身の総務省で仕事をしている41歳の官僚が有力候補とされています。山本繁太郎知事も前任の二井関成さんも、中央官僚の出身です。というよりも、山本繁太郎さんは戦後から数えれば6代目の知事ですが、これまでの知事はすべて国の仕事をしていた役人に順ずるような人です。

 ここで、新たに誕生する知事が、上関原発反対を言ったなら、中国電力も喜んで、上関原発から撤退するに違いありません。この際、小異を捨てて大道につくという気持ちで候補者を立て、新しい道を歩んで行くスタートにしてもらいたいものです。

初出勤でした

 今日が、初出勤でした。年末年始で10日間休んだのですから、職場で服を着替えたら、ベルトがきつくなっていました。完全な運動不足です。

 普通は、自宅から職場まで往復で約1時間は歩いています。10日間の休みでは、ほとんど歩きませんでしたから、腹も膨れたのでしょう。それだけでなく、肌のしまりも悪くなったような気がしています。
 ウオーキングブームの中で、毎日歩くのが趣味という人もいますが、僕は歩くのは手段であって目的ではないという、とてもいじけた考えを持っています。A点からB点に移動するために、歩くという考えです。マイカーも持ってはいますが、別に車が趣味ということはありません。
 どこかに行く必要があるから、そのための手段として歩く、車を使うという考えです。

 歩いて1時間くらいのところに、フィーリングがピッタリの女性でもいたら、その人に会いたいという目的のために、歩くということはあるでしょうけど。そんな人は現時点ではいませんし。

 そういう僕も何年か前は、ウオーキング服にシューズを履いて歩いていました。手にはダンベルを持って歩いていたこともあります。ダンベルは変な誤解を受けるような事件に巻き込まれたら困るので止めました。単なるウオーキングでは、何時までに到着しなければならないというようなことが無いので、どうしても必死になれないのです。ぶらりぶらりと歩くのでは、まさに徘徊老人と思われるようでこれも止めました。

 そういう意味では、歩くことと同様に、メールもパソコンも手段であって目的ではありません。連絡をするために、文章を書くために、情報を得るためにメールもパソコンも使うのであって、あくまでもそういう位置づけで使うべきだという考えです。

 広島バスセンターからバスを降りて、当然のように、嫌、何も考えずにエスカレーターを使う。家に帰れば当然のように、無意識にテレビのスイッチを入れるというような受動的な考えではなく、メールもパソコンもエレベーターもテレビのスイッチのも、ある目的と考えでもって、これらに対して能動的になるべきだと思っていますし、そう心がけているつもりです。しかし、この地球の美しい自然に対しては、人間は受動的になるべきです。能動的に働きかけ過ぎると、福島原発事故のようなしっぺ返しを受けますから。

 今日は体調が悪いから、エレベーターを「使ってやる」。観なければならない番組があるから、天気予報が知りたいからテレビのスイッチを「入れてやる」というように。暖を取るために、たまにはみんなで、おしくら饅頭をするのはどうでしょうか。エアコンやファンヒーターには無い、暖かさを感じるかも知れませんよ。

 「仕事を辞めたら、努力をしているつもりでも運動不足になるよ」と、1年前にリタイアした友人が警告しました。
「よーし、4月からは一ヶ月に一度、近くにある極楽寺山に歩いて上がろう。僕と付きあってくれー。頂上で飲むビールは美味いぞ」とその友人と約束しました。その山は、約700メートルの高さ、結構体力を使う山です。

 初出勤の日、運動不足を意識しながら、山登りという新年の決意を固めました。まさに「一年計は正月にあり」です。
 そういえば、僕は50歳になった時の正月に禁煙を決意し、いろいろな誘惑に負けながらも、今では完全に禁煙になっています

墓参りをしてきました

 今日の午前中、墓参りをしてきました。わが家の墓は、自宅から歩いて10分ばかりの光禅寺にあります。昔からあった墓ですが、14年くらい前に建て替えました。先祖の墓で誰がその中にいるのかは詳しくは知りません。近いところでは両親と伯父さんとその妻、そして従兄弟がいます。

 僕たちが子どもの頃は、この寺の近くの小学校に通っていました。今では、線路より南側は五日市南中学校です。小学校へも、歩いて10分くらい。
 当時、僕の住所は「佐伯郡五日市町海老塩浜(かいろうしおはま)」です。文字通り海の近くです。今では、埋め立てで海側に住宅地が広がり、海が遠くなりました。

 家から出ると小さな水路がありました。周りには草が生え、夏前には蛍をたくさん見つけました。水路には、めだかやアメンボウ、ザリ蟹も見ることができました。今では、その水路は暗きょになり、水路があったことさえも忘れられ、歩道になっています。
 そして国道2号線、あの頃は「観光道路」と呼ばれていました。その道路沿いには、木造の五日市町役場がありました。役場の横には、雑貨屋と理髪店でした。今は、広島市佐伯区役所で雑貨屋と理髪店の跡は、区役所の駐輪場の部分だと思います。

 線路は、今でも同じですが、当時は真っ黒な蒸気機関車でした。そこを渡ると、中央商店街。当時はマーケットと呼ばれ、和服店、肉屋、魚屋、八百屋、文房具屋、化粧品屋、理髪店などが軒を連ね、母親は買い物かごを持って買い物に行ってものです。今では、ほとんどの店が営業を止めたようで、理髪店だけが営業をしていました。

 この商店街は、以前「青葉学園物語」という原爆孤児をテーマにした映画のロケにも使われました。この青葉学園物語を書いた吉本直志郎さんが11歳の時、自らも孤児施設に入所し、その経験をもとに作られた作品です。原爆孤児の施設は「広島戦災孤児育成所」と呼ばれ、五日市町にあったのです。今は、障害者の施設になっています。
 商店街の横には、有楽座という映画館がありました。小学校では、課外学習で生徒がそろって映画館に行ったものです。もう何十年も前に無くなっています。映画館が無くなる前は、ポルノばっかりだったと記憶しています。
 その先を突き当たって右に曲がれば、光禅寺の方へ、左に曲がればわが母校五日市小学校です。光禅寺側には、五日市町に合併する前の役場があったようで、今では小さな公園になっています。その時代のことは、僕でも知りません。小学校側には、電電公社の電話局がありました。平屋の建物で中には、女性の交換手さんが働いていたと思います。

 そして、光禅寺。この光禅寺の参道には(参道といっても、ほんの20メートルも無いのですが)「誓いの松」というのがあり、その松の下に「五日市町原爆死没者慰霊碑」というのがあります。その慰霊碑には、森滝市郎さんが書かれた碑文があります。直筆を碑文にしたもので、森滝さんから懇意にして頂いた僕は、すぐに分かる字体です。

 いつも墓参りに行く時には強く意識して通る道ではありませんが、今日改めて碑文を見てメモをしました。次のように書いてありました。
 「原爆の犠牲となった人々を忘れず、原水爆のない平和な世界を築こう」と。

 案内をご希望の方がおられましたら、連絡を下さい。喜んで!案内しますよ。

 終わったら、近くの居酒屋で「ふりかえり会」も良いですね。

「今年は正念場の年」という言葉は使いたくないけど

 毎年、毎年「今年は正念場の年」という言葉を使っているように思います。この言葉も多発すると、余り緊張感が無くなってしまう恐れがありますが、ホントにホント、今年は正念場の年になりそうです。

 確かに、福島原発事故が起った2011年も「正念場」の年だったと思います。しかし、この年の「正念場」は、ある意味「行け行けどんどん」という感じの正念場だったように思います。あの年は、近い内に日本も脱原発が実現するような気持ちを持たせたものです。

 しかし、今年の正念場は安倍晋三政権になり、原発をゼロベースから見直すという状況になって、エネルギー基本計画での原発回帰の動き、それを後押しする原子力規制委員会の再稼動了解が、春から夏にかけて出てきそうだからです。

 まず、今年の動きを全国的な流れの中で、スケジュール的に見ておきたいと思います。
①春から夏にかけて、原子力規制委員会が再稼動了解を表明する。
②自治体が了解するかどうかが、焦点になる。
 中国地方では、島根原発2号機の再稼動了解。3号機の運転承認が大きく課題になります。

 この中で、僕は、やはり自民党内での原発に反対する議員の動きを注目してます。具体的には、「脱原発を掲げるエネルギー政策議員連盟(代表世話人・河野太郎副幹事長ら)です。彼らの主張は次の通りです。
・原発は「過渡期の電源」。新増設やリプレース(既存炉の新型炉への置き換え)はしない。
・依存度を下げる行程表を示す。
・運転開始から40年経過した原発や、高速増殖炉もんじゅは廃炉。
・再稼動に関し30キロ圏内の地元合意をルール化。事故時の賠償に必要な保険加入を義務付け。
・使用済み核燃料の再処理は行わない。
 12月29日に、エネルギー基本計画を見直すようにとの提言集をまとめて発表しています。
 もちろん小泉純一郎さんの影響力も注目です。

 一方、それに対峙する、140人を超える議員が参加している、原発推進を主張する「電力安定供給推進議員連盟」の動きも活発です。この連盟の会長は、細田博之幹事長代行。細田博之は、ご存知の通り、島根原発のある島根1区を選挙地盤としています。まあーこの連盟の幹部メンバーを見ると、原発の地元を選挙区にしている議員が多いこと。事務局長の高木穀、彼の選挙区は福井3区、敦賀、美浜、高浜、大飯と原発銀座です。

 彼らの原発推進行程表は、「原発再稼動を求め続ける。電力会社も廃炉を決めずにほとぼりが冷めるのを待つ。そのうち、原子力規制委員会のメンバーも入れ替える」という戦術です。

 朝日新聞の世論調査では、小泉純一郎の「原発ゼロ」への支持が60%にのぼったとありました。

正月休み中間報告

 今年は曜日の関係で、年末年始の休みが長いですね。
 僕の場合、月曜日が週休ですから、12月28日から1月6日まで10日間の休みです。
 しかし、非正規で仕事をしている人の多い現在、時給・日給の世界では、休んだ分だけ収入が減るのですから困ったことです。そういう僕も今は非正規の身、この状況を考えています。

 普通の正月でしたら、朝から奈良漬(酒漬)のようになっているかも知れませんが、高木仁三郎市民科学基金の助成選考委員としての作業があり、申請書をじっくり読みながら、ランク付け、査定額、コメント書きの用事をしています。元旦くらいは忘れていようかとも思いましたが、頭の中から取れないので、忘れようとする方が逆にストレスになると思い、パソコンに向かっていました。
 申請書を読むと、皆さんに助成金を出してあげて、若い市民科学者を、それを目指している人たちを、応援してあげたいという気持ちになりますが、限度額が決まっているので、そうはいきません。高木仁三郎さんなら、どう判断するだろうか何と言うだろうかということを物差しで考えています。
 また自宅に居ながらして、全国各地で起っている問題点を知ることは、この作業冥利です。特に福島原発事故に関連する調査研究が多いのですが、「今の若い人はー」と言われる時代に、捨てたもんじゃあないよと感じさせられました。

 おかげで、普段の日より酒量が減りました。これは良かったのかも知れません。

 一つ嬉しい報告がありました。
 その事を話す前に、その前提をお話しします。
 僕の子どもは、娘が3人いるのですが、二女はインドネシアの人と結婚しています。その夫婦の間に子どももいます。いわゆるハーフ、今ではダブルというそうですが、僕からは孫になります。
 インドネシアで出産してから、ずーとわが家にいます。孫もこの3月が来れば4歳です。娘もわが家から出勤できるところで働いています。娘は大学を卒業して、1年間は広島の安定したところで働いていましたが、その職場が死にたいほど嫌になってインドネシアに行きたいと言いました。そして、インドネシアで10年近く仕事をして、インドネシア人と結婚、そして出産しました。しかし、出産したら医療設備のしっかりしている日本が良くなったのか、わが家に帰ったままになっています。

 僕は、生き別れでも死に別れでも、それで親を失うのは仕方無いし、覚悟が出来ることです。僕自身も、4歳の時父親を亡くしていますし、世間には数え切れない程あることです。しかし、立派な??両親がいるのなら、例えアフリカの砂漠地帯でも、ヒマラヤの奥地でも良いから一緒に住むべきだという考えです。出産から1年半後には、僕もインドネシア行きましたが、その後は夫の方も日本に来ることもなく、娘が子どもを連れてインドネシアに行くこともありませんでした。

 僕は、口には出しませんが、ずっと頭の中から取れない問題でした。
 しかし、その夫、僕から言えば義理の息子が2月にわが家にやってくるとの事。この義理息子も、日本語、英語、バリ語、もちろんインドネシア語も出来るので、その言葉力でインドネシアの中でやりがいのある仕事をしていますから、2週間くらいの滞在になるようですが、今から楽しみな2月の予定が入ってきました。孫を含めて、娘とも、今後の事をゆっくり話し合って欲しいものです。

 早速、僕は「関西新空港に迎えに行くぞ」と。これは嬉しいニュースです。
 インドネシアは今が一年で一番蒸し暑い時期、日本の寒さにビックリするでしょうね。まあー彼は、何年か日本で働いた経験もありますし。

とりあえず謹賀新年です

 とりあえず謹賀新年です。本年も「省ちゃんの前向き語り」をよろしくお願いします。

 ラジオ派の僕ですから、いつものように朝6時43分頃からのNHK「ビジネス展望」を聴いて、新年を迎えました。ビジネス展望の後はローカルニュースです。そのニュースの中で、「中国電力が、今月中に決まるであろうエネルギー基本計画で、新設原発に対する政府見解が示された時点で、島根原発3号機の運転開始を要請する準備に入った」というものでした。新年早々、すがすがしい気持ちも飛びました。というより、正月気分がいっぺんに取れました。

 「エネルギー基本計画」の問題点については、このブログでも何度か書いたつもりですが、1月中に閣議決定されて、国民無視の計画が国の方針になろうとしています。

 新年を迎える前に、資料だらけの自宅の仕事部屋の整理をしようかと思っていましたが、「活動の継続性」という自分勝手な理由をつけて、やりませんでした。

 出来るだけ早く、島根原発2号、3号の再稼動、運転許可を止めるべき運動についての打ち合わせを含めての会合を持ちたいと思っています。

 せめて今日だけは、高木仁三郎市民科学基金の助成選考の仕事もしないで、ゆっくりしたいと思っています。

 僕の方から、年賀状を出していない方も多いと思いますので、今年の年賀状は次のようなものにしていました。

                     謹賀新年
                   2014年元旦
 「自然や人間にとって大切な科学とは」ということを考えさせる、福島原発事故から3年目の新年です。
 戦後突き進んできた、大量生産・大量消費・大量廃棄という考えを問い直し、人や自然のプライドと個性が尊重される社会を目指すまでの教訓にしないと、あの事故は余りにも悲惨だと思います。
 この度、高木仁三郎市民科学基金の助成選考委員になりました。市民科学者を育てる一助になればと、思っています。
 本年も、どうぞよろしくお願いします。


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